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暗雲

グディムカル帝国皇帝トールヴァルド五世が大本営の南遷を決定した頃、その南の城塞都市マルセランの連合軍の野営地は昨日にまして篝火が増えていた。

アラティア軍本隊がついに到着したからだ、これでマルセランに集結した連合軍の総力は三万に達しようとしていた。

だがセクサドル王国軍は今だ姿を現してはいない。


アラティア軍総司令官のコンラート侯爵は到着してすぐ野営地の見回りを行う、

将軍は僅かな随員を伴っているだけだったが、夕食の準備に忙しい兵士達は手を休めて緊張しながら一行を迎える、それに気さくに手を振り応えながら声をかけて行く。


すでに日は落ち周囲は暗闇に覆われていた、西にマルセラン城市の城壁と城郭の石壁が篝火に照らされて浮かび上がる。


「なんだあれは?」


コンラート将軍は足を止めると更に北西の方向を指さした、副官のブルクハルト子爵はその指の先をたどり気づいた。

オレンジ色の篝火がいくつか平地から夜空を背景に浮かび上がっていた。


「あそこはマルセラン要塞があったあたりですな、ハイネ通商同盟軍が砦を築いているそうです」

コンラートはマルセランの近くに古い要塞の廃墟があった事を思い出した、巨大すぎる為に持て余し放棄された大要塞だ、平地より高い丘の上に築かれていたためそれを利用したのだろう、そこを抑える事に多くの利点がある。

だが夜に紛れて砦の全容は見えなかった。


「物見櫓もあるだろう、やはりここで戦いたいのう、高所から相手を俯瞰できる利点は大きい」

「ありますな、城を利用すれば後背を護れます、しかしここまで敵が出てきますかな?」

兵士達はその場で立ち止まり話し始めた幹部を半分迷惑そうな目で眺めていた、その間に鍋のスープが沸騰する音が激しくなって行く。


暫く考えていたコンラートは口を開いた。


「奴らは大軍を山を越えて送り込んでおる、我らより兵站の負担が大きかろう、短期決戦に出てくるはずだ、だがワシラが付き合う理由も無い、だが奴らがセクサドル軍が全軍集結する前にしかけてくる可能性もあるのう」


「しかし戦力がたりますかな?北の防衛線に一万、その北の集結地に二万越え程ですぞ、全軍が山を超えるにまだ三日以上かかるでしょう」

「そうだな、さてそろそろ戻るか」

二人は護衛を引き連れて本営に足を向けた。




二人が戻るとすでに夕食の用意がなされている、簡易な木の長机に数人分の食器が並べられ質素な料理が盛られている。

従軍中は大貴族でも質素な食事をとるのが慣わしになっていた、これは軍の指揮に関わる事なのだ、それでも最下層の兵士達より料理の品も多く質も高い。

だが誰も席にいなかった、そして本営内が妙に騒がしい。


「まだ集まっておらんのか?」

本営にいた士官に尋ねると、士官は入り口に現れたコンラートに気づいた

「閣下、お戻りでしたか、入れ違いになったようです」

「何か起きたのか?」


「はい、コースタードとラーゼを結ぶ街道にグディムカル軍の大部隊が現れたもようです」


コンラートはあまり驚かなかった想定内の動きだからだ、冷静に頭の中の地図を広げる、テレーゼとアラティアを結ぶ大街道はアラティアの西の護りベステル要塞から南西に伸び、テレーゼの北東の護りの要ラーゼに至る。

ラーゼはラーゼ子爵が支配しているが、分不相応に堅固な城塞都市として知られていた。

ラーゼから北西に伸びる街道はグリティン山脈を越えてグディムカル帝国のコースタードに至る。

その街道に敵が現れるのは想定内だった。

アラティア軍はラーゼに予備を兼ねて五千の兵力を残した、そしてハイネ通商同盟の兵力の約半分もここに配されている。

かなりの長期戦の備えもある、さらに警戒部隊としてグリティン山脈の峠にハイネ通商同盟の兵が置かれていた。


「敵の全貌はつかめないのか?」

コンラートはあまり期待せずに尋ねる。


「夕闇に紛れた奇襲で警戒部隊が攻撃されたもよう、精霊通信による第一報であるため詳細は不明です」

「これは続報と伝令待ちですな閣下」

ブルクハルトの言葉に将軍は悠然とうなずいた。

「うむ、だがこれは予想された動きだ」



そうしているまにアラティア軍司令部の指揮官達が集まってきた、すべての部隊長の集まる会合ではないので司令部付きの要員だけだ。

簡単な挨拶を交わしただけで質素な晩餐が始まったが、話題はグディムカル軍の奇襲の話題で持ちきりとなる。

コンラート将軍は鷹揚な気性で知られていたので、このような場では気軽に思いついた事を話す。

麦酒を嗜んだある士官は気分が良くなったのか声が大きくなった。


「俺が敵なら、峠を抜いた後でラーゼに馬鹿正直に向かいませんよ、そんな事したらラーゼを堕とす前に、アラティアからの増援と引き返してきた援軍に挟み撃ちです、ははは」

「なら名将であらせられるお前ならどうするんだ?」

同僚の突っ込みにその士官は少し考えた。

「ベステルとラーゼの間か、ラーゼとマルセランの間に進出して連絡線を遮断しますよ」

その男はそう答えた、そこに別の士官が批評を加える。

「峠を封鎖しているのはハイネ通商連合の兵二千で頑強な砦を築いている、険しい狭い谷間の地形を活用しているので簡単には抜けないぞ」


コンラートは深くうなずいた、兵力二千はそう多くない様に思えるが、攻撃正面が狭く大軍を活かせないため簡単に抜くことはできないと考えられていた。

砦を維持できない場合でも時間稼ぎをした後でラーゼに撤退する戦略になっていた、そしてアラティア本国に最大二万程の予備兵力が残されている、グディムカル帝国のマルセラン方面以外の攻勢に備える為の戦力で近衛軍を含む精鋭の機動部隊だ。


「続報を待つ、うろたえるのは敵の術策にはまるだけだ」

コンラートはその太い重々しい声で士官たちを諌めたが、彼らの口を塞ぐ気はまったくなかった。



だが警戒部隊からの続報は永遠にこなかった。






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