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カメロと清楚な使用人

小さなそれでいて豪奢な立食パーティが終わる、セクサドルの人々は長旅で疲れていたので今日の行事はこれで終りだ、皆それぞれの部屋に帰って行った。

カメロは小さなホールから出ると立ち止まりハイネの西の空を見上げる、そこは薄くオレンジ色に染まり、あの下にセクサドル軍が野営している。

明日軍はマルセランを目指し北に向かうだろう、セクサドル総軍が通過するのにまだ五日ほどかかる予定だった。


「殿下達はいい身分だな、これからまた宴会だぜ、俺たちは来賓の護衛用宿舎だ」

オレクは背後の小ホールの入り口を覗き込んでいる。

「殿下の相手をせずにすむのはありがたい」

カメロは無感動にそう応えた。


「まあな、でも酒や肴はいいだろうなあ、美女も目の保養になるし」

享楽的なオレクは心底羨ましそうだった。


先ほど殿下は取り巻きを伴い上層の貴賓用のエリアに昇っていった、その後ろ姿を思い出す。

ハイネ顧問団も殿下の御下問にいつでも応えられる様に殿下に近い場所に部屋を与えられていた、あの豊満な美女の後ろ姿もその中にあった。

そしてカメロが胸の中に収めていた事が思わず口から漏れた。


「俺が上にいろいろ進言しすぎたか、疎まれたのかもしれない」

オレクはそれを聞き逃さなかった、そして嘲笑った。


「それもあるかもな、だがよお前が間違った事ばかり進言していたらここにはいないぜ?形の上では栄転だからなそれは忘れるなよ?」

「わかっている」

悪友の言う通りだった、二人は形の上では連合軍総司令部付きに栄転していた、そして王太子の補佐官の役どころだ、それに実質が無くても経歴に残るのだ。

一呼吸おいてからカメロは続ける。


「そして殿下をハイネに留めるのが俺たちの役割だ、だがこのような任務に規則も規定もない、前例があるか知らないが記録に残らないだろうな、独創的にやれと言う意味かもしれない」


それを聞いたオレクは驚きカメロに詰め寄る。

「まてカメロ、何か将軍から言われたのか?」

「いや、まったく」

カメロは頭を横に振った、将軍とはドビュアーシュ将軍を指す、オレクは一瞬何かを期待したようだが失望してうなだれた。

「だろうな・・・明言するわけねえか」

「ああ、俺たちが何かやらかしても責任は取らない、だが俺たちが何もしなければこのまま一生冷や飯だ、せめて殿下の動向を正確に把握すべきだ」

オレクは呆れた様に目を見開いてからふざけた様に肩をすくめてみせる。

「ヒデー話だな」


「さあ宿舎にもどろうか」

カメロは悪友を促す、すでに随員の多くは外郭の宿舎に向かって庭から去ってしまった、残されたのはこの二人だけだ、遠くから警備員がこちらの様子を伺っている。

「ああ」

オレクは気のいない返事をした。



「あのセクサドルの士官様ですね?軍服でわかります」

歩き始めた二人に若い女性が声をかけてきた、澄んだどこか遠慮がちな声だがその内容はどこかふてぶてしい。

カメロ達がその声の主の方を向くと、そこにハイネ城の高級使用人の制服を纏った若い女性がいた、地味だがなかなか清楚な美しい女性で黒縁の眼鏡をかけていた。


カメロは相手の出方を確かめるため肯定も否定もしなかった、彼女の次の言葉を待つ事にした。


「失礼いたしました、あの私のご主人様が、ハイネ評議会の顧問に指名されまして、その、その助けになりたいと思いまして」

彼女の態度はおどおどしていて気が弱そうに見える、そして時々言いよどむ。

オレクが何か言い出しそうだったのでカメロはそれを手で制した。


「それで?」

「ええっ?はい、あの、ご主人様はハイネで重要で高貴なお方なんです、そして私の師匠でもあります、師匠は動きにくいので私が働く事になりました、公式の情報はご主人様もご存じですが、それだけでは解らない事の方が多いのです」

カメロは苦虫を潰した様な顔をする。


「ところで君の名前は?」

「あっ!?失礼いたしました、ゼリー=トロットと申します」

若い高級使用人は重要な事を思い出したかの様に慌てて自己紹介をした、だが主人の名前も自分の立場も明かそうとしない。


「俺はセクサドル軍士官、カメロ=アンブロースだ」

「同じくオレク=エンフォリエだ」

そして二人も最小限の事しか明かさなかった、この時点で相手は信じるに値しないと二人の中で確定していた。

その空気にゼリーは僅かに困惑しているらしい。


「この事は秘密でお願いいたします、私が仕えているのは、評議会顧問団のシャルロッテ=デートリンゲン様です」

「あの魔術師か?」

カメロは思わずそう尋ねていた。


「はいその通りです」

「君は彼女の弟子なのか?魔術師か」

今度はゼリーは無言でそれにうなずいた。

それで彼女がそれを秘している事が察せられる、だいたい魔術師が高級使用人に紛れていたのだ、これは安全上大きな問題になる。

そしてこの事からこの女性が特殊な役割をハイネ評議会から帯びている事を匂わせていた。


「私はこれをお二人に開示しました」

「だから信用しろと?」

「お願いいたします」

その女は胸の前で手を合わせた、世なれない若い娘らしい自然な仕草だったが。

オレクが片肘でカメロをつついた。


「殿下の状況が解るかもしれないぞ?生きのかかった取り巻き共に囲まれていて状況が見えない」

カメロは殿下の取り巻きの中にスパイがいると想定していた、だが彼らがカメロ達に情報をくれるわけではない、彼らは本国の中枢と繋がっているはずだ。



「君は本当にゼリー=トロットなのか?」

カメロのその質問を想定していなかったのか、使用人は驚き目を見開いた。

使用人服にはいくつも小物入れが付属している、彼女はその中を慌てて改め始める、すると足元で金属の音が小さく鳴った。

彼女はそれを身をかがめて拾う、そして手の平に乗せて庭園を照らす魔術道具の明かりにかざし確認した、それは複雑な文様の浮き彫りで飾られた金属のメダルだ。

それをすぐ小物入れに戻してしまう。


そして別の小物入れから金属の小さな板を取り出した、それはハイネ顧問団に付属する人員である事を証明する身分証だ、魔術的な加工がされている可能性が高い。


「これが身分証明証です、疑問でしたらハイネ側に確認してください」

カメロの先程の質問をそらされてしまった感があるが、現時点ではこれで満足するしかない。


「今のもう一度見せてくれないか?」

オレクが押し殺した様な声で彼女に詰め寄る、ゼリーは金属の板をオレクの目の前に差し出した。

「違うさっきのだ」

カメロは悪友が何を言い出したのか理解できなかった。


「これでしょうか?」

そして先程落とした金属制のメダルを取り出すとおずおずとオレクに見せる。

庭園を照らす魔術道具の明かりに浮き上がるメダルは、奇妙な鳥の記章があしらわれている、良く見るとその鳥は奇妙な事に三本足でそれぞれの足が三本の矢を掴んでいた。

カメロはその図案を知っている。


「これは俺のエンフォリオ伯爵家の家紋だ、俺は使うことが許されていないが、なぜお前がこれを?」

「これは昔から伝わっているもので、まさか伯爵家の家紋だなんて、とても偉かったと聞いていましたが詳しいことは何も」

「そうか知らなかったか」


カメロはエンフォリオ家の歴史を軽く思い出す。

「セクサドル帝国末期の継承者戦争でエンフォリオ家も分裂し、残ったのはお前の伯爵家だけだったな」

「まあな」


「もしかしたら親戚なのかもしれませんわね」

女はどこか嬉しそうに恥じらいながらオレクに微笑む、そうすると彼女の美しが強調された。


「カメロ、彼女はあの魔術師の使用人として配属されている、いろいろ助かる事があるぞ」

オレクはこの女を助けたいらしい。


「あの私もお師匠様に出世して欲しいんです、お師匠様はすごくもてるんです、もしかしたらって思いませんか?」

女はオレクの言葉に勢いづいて身を乗り出してきた。


その欲はいかにもありそうな欲だ、主人の出世のおこぼれに預かりたいそんなありふれた話だ。

女は僅かに顔を紅潮させ瞳を輝かせた。

そしてカメロに視線を写すとこちらを真っ直ぐ見つめてくる。


「あのお、御師匠様が王妃様になる可能性はあるのでしょうか?」

カメロは即断する。

「それはない側妃か愛妾だな、お世継ぎが生まれたら王妃に準ずる格を与えられる」

彼女は一瞬萎びた様に落胆したが、すぐに元気を取り戻した、感情の起伏が激しく喜怒哀楽が激しいのだろうか、表情がめまぐるしくかわる。


「それを聞いて不安が消えました、素敵です御師匠様にお似合いです、絹のドレスと宝石がとてもお似合いなんですよ」

カメロにはこの女が役得を夢見る俗な使用人に見えた、頭のなかは絹のドレスと宝石に囲まれた自分の姿があるに違いない、だがあまりにも型にはまった凡俗に見える事に僅かな引っ掛かりを感じた。

それはほんの僅かなひっかかりだったが。


「お前、家を復興させたいのか?」

そのするどいオレクの声に彼女は僅かに震える、そして彼女は首を慌てて横に振った。

オレクはいつもの軽薄な態度は消えて真剣な物に変わっていた、それに彼女はいくぶん苦味のある微笑を返す。

悪友はそれに気づいて彼女の貌を凝視した。


「オレク様、これがエンフォリオ家の紋章だなんて初めて知りました、父は何も教えてくれませんでしたから」

「俺は伯爵家の七男だ、何の力も無いから当てにするなよ]

「でも教えていただきましてありがとうございます、私もエンフォリオ家の歴史を調べて見る事にします、またお話を伺って良いでしょうか?」

「ああいいぜ」

オレクは僅かに顔を赤らめた。


「カメロ様もいろいろ教えていただきありがとうございました、私もご師匠様を支援しなければなりません、ご協力お願いいたします」

カメロは彼女の言葉の裏から、自分たちの目的を知っていると確信してしまった。

ならばこの女は単なる使用人でも弟子でもなくハイネ評議会の工作員なのだろうか?

それが今の時点では一番自然な答えに思える。


それからゼリー=トロットは師匠と弟子の関係で厳密な仕事があるわけではないと明かす、そして使用人としてハイネ魔術師ギルドとの繋役があり、外部に出る事ができるらしい、カメロ達と接触できる機会がある事を持ち出してきた。

最後にハイネ魔術師ギルドの会員証まで見せたのだ、そこにはたしかにゼリー=トロットの名が刻まれていた。





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