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晩餐会

セクサドルの王族を迎えたハイネ城内は騒然としていた、王城は長年ハイネ評議会の管理になっていたが、外交がまともに再開できたのはここ十年に過ぎなかった。

王国時代の経験は失われ規模も形だけの物になっていた、それを優秀な人材を集めなんとか形にしてきたのだ、その成果が今日確かめられようとしている。


テヘペロと顧問団の眼の前で小謁見室の扉が左右に割れる、白の艶やかなエナメルに蒼い顔料で文様を描いた豪華なテレーゼ様式の扉が道を開いた。

謁見室の内装も扉と同じ古風なテレーゼ様式の豪奢なものだ、ハイネ城の内装はセクサドル帝国時代にセクサドル様式に改められたが、それをテレーゼ王国復興後にテレーゼ風に改めたものだ。


テヘペロは最近得た知識の海の中からそれを掬い出す。


顧問団のメンバーは玉座を前に横一列に並ぶ、これを聞いた時テヘペロは少し驚いた、ちなみにテヘペロが指定されたのは真ん中の右寄りだ。


だが正面の一段高い場所に鎮座する玉座は空席だった、現在ハイネの支配者は存在するがテレーゼの支配者は実質空位、玉座に座る事はテレーゼの支配者を名乗るに等しい、ハイネ評議会の歴代の議長達もこれを避けてきたのだ。


やがて触れが殿下の来席を告げると、セクサドル王国王太子のアウスグライヒ=ホーエンヴァルト王子が姿を表した、彼は薄い色をした癖のある金髪は肩まで切りそろえ、非常に端正で美しい顔をしている、見事なまでに童話に出てくる王子様そのものだ。


テヘペロはつい心の中で嘲笑ってしまった。


すると王子の視線がこちらを向いた、眼が会ったかと一瞬冷や汗が流れたが、柔らかな作り笑いを浮かべて返す。

殿下は玉座の脇に置かれた豪華な椅子に座ると、優雅に長い足を組んで座った。


一部の使用人が不快感を押し殺しながら平静を保っているのが感じとれる。

なにか揉め事があったのかとテヘペロは勘ぐった。




正式なお披露目は明日行われ、今日は個人的な質疑も行われる碎けた会になると聞かされていた。

饗応役の官僚の長の姿が殿下の斜め後ろに控えている、やがて彼の進行で会が始まる。


次に殿下の短い演説が始まる、グディムカル帝国と異教の侵略から聖霊王が占め下ろす大地を護る戦いであり、セクサドルはその義挙に賛同すると言った内容だ、これは官僚達が考えたものだとテヘペロは軽く聞き流す事にした、そして悪名高き貴公子を観察する。

すると王子の視線がこちらを向いた、眼が会ったかと一瞬冷や汗が流れたが、柔らかな作り笑いを浮かべて返した。


その後はハイネの若い官僚が顧問団を一人一人紹介しはじめる、これならば時間がかからないわねと思った。

名を呼ばれたのは右端からだ、これは顧問団内部の序列に従っている、自分は真ん中より上の扱いらしい、この順番を決めるのに苦労したのだろうと饗応役の男を眺めたが、彼はそれどころでは無いようだ。


紹介が終わると殿下が壇上から降りてきた、背後にセクサドル側の役人も控えている。

そして右端から一人一人短い会話を交わしはじめる、殿下がハイネにいる間は顧問団が相談役を務める事からこの様な場が設けられたのだろう。


ついに殿下がテヘペロの前にやってきた。

テヘペロは型通りのカテイシーと挨拶で殿下を迎えた、殿下の視線が全身を舐めるのを感じる、テヘペロは他人の視線を刺激として感じる事ができる体質なのだ。

すると頭の上から王子の声が聞こえてきた。


「頭を上げたまえ、シャルロッテ嬢」

その気軽な言い草に眼を剥いた、デートリンゲンではなくいきなりファストネームだ。

顔を上げた時には微笑んでいたが、殿下の余りにもの端正な顔が目の前にあったのでわずかに身を反らしてしまった。

だがテヘペロの好みではない。


「君はハイネの生まれなのか?」

一番見栄えの良いと思う角度を意識して僅かに小首を傾ける。

殿下の質問にテヘペロは考え込んだが正直に話す事にした、肝腎な事はごまかしながら。

「生まれはテレーゼではありませんわ、研鑽の為に長年旅をしてまいりました、一つの場所に長くとどまった事がありません」

「ならば無名なのもいたしかたないか、しかし貴女の様な美しき人が旅をするとは痛ましい」

「殿下の慈しみ身に余る幸せでございます、ですがこれも学研の徒であればいかしかたなき性でございます」

殿下の顔に不快な色が一瞬現れたが、気付かない振りをした。

テヘペロは女性として背の高い方だが殿下は細身でさらに背が高かった、そして幾分軽く身を反らして殿下を見詰める。

そうすると彼女の大き過ぎる胸が更に存在を出張する、アマリア魔術学院風の服はそれが強調されるのだ。


「わたしも魔術の見識を深めたいと思ってね、ぜひ貴女の教授を受けたいものだ」

殿下はテへペロを満足気に眺めると、その瞳の奥に熱い火が灯る。

「はい光栄でございますわ、まだ未熟なれど最善を尽くしたいと思います」


殿下の背後のセクサドルの侍従が発散する空気が殿下に次に進むことを促している。

さすがの殿下も気づいたのか名残惜しそうに次の者の前に場所を移した、そのままテヘペロは総てが終わるまで無の境地で佇んでいた。





その夜は非公式の歓迎晩餐会だ、比較的くだけた雰囲気で短時間で終わる予定だった、殿下には今日は疲れを癒やしていただくそんな配慮がなされている。

参加者は限定され晩餐会は立食形式で気軽に場所を移して会話を楽しめる、やはりまずは親交を深める事を目的としていた。


テヘペロは殿下から送られた晩餐会用のドレスを身に纏っている、最新のデザインで少々露出過多だがぎりぎり許容範囲だそして嫌な事にテヘペロによく似合っていた、内心憤慨しながらそれを認めるしかなかった。

そしてコルセットが緩いので内心怒りながらも大いに助かっていた。


着付けの時にこのドレスにジェリーは大喜びだった、使用人長から叱られながら称賛してくれたが全然嬉しくなかった事を思い出した。

公式の行事はハイネ評議会が用意する正装を身につける事になっている、公式行事の方がマシだと思うなんて何年ぶりだろうか、ため息を漏らしたがまずは戦いが待っていた。

参列者の中に昼間見たコステロ会長の姿もある、だが昼間の様な威圧感は無い、気のせいだっのだろうか。


良く見ると殿下の周囲にハイネの貴顕(キケン)達が群がっていたので今がチャンスだ。


とにかく甘いものが好物でその他の料理もかたっぱしから手を付ける、これだけ豪華な料理は久しぶりだ、金に困った事は無いが身を潜めての旅の人生ではなかなかありつけない豪華な料理だ。


体の中にできた空洞に料理を詰め込む様に食べ始める。


「お腹が空いていたのですか?シャルロッテ様」


背後からの声に驚いた、口の中の料理を飲み下してからゼリーの方を振り返った。

ゼリーが背後の壁際に控えていたのだ、すっかりゼリーの事を忘れていた。

会場の隅にそれぞれの主人をサポートする為に高級使用人達が控えていたはずだが、彼女はそこから動いたらしい。


「なぜ貴女がいるのよ?」

「なんとなくご様子がおかしいかったので」

ゼリーの貌を見たが半分揶揄するような、半分本気で心配している様な気配を読み取る。


「今のうちに食べておくのよ」

テヘペロにも理由はわからないのだ、だから適当に言い返した。

ゼリーは何か言いかけたが慌てて下がり始める。


「シャルロッテ様、殿下がおいでです」

最後にそうささやいた。




「シャルロッテ嬢、やっと話せるな」

爽やかな殿下の声が聞こえてくる、憎らしい事に声まで美声だ。

テヘペロが向き直ったときには令嬢の型を作り終えていた。

殿下の視線は下がっていくゼリーを見とがめた。


「あれは君の使用人かい」

「そうでございます、私を心配してやってきましたが、たいしたことではありません」

「そうか・・・」


だがそれと同時に会場の視線が自分に集まるのを感じた、内心で舌打ちしたが羞恥心が沸き起こる、テヘペロは足の太さを気にしていた、長旅に鍛えられた健脚をしている、これは深窓の令嬢からかけ離れていたからだ。

だが豊満な体型にかかわらず、彼女に重さや鈍さを感じさせない颯爽とした力強さを与えてくれていた、それを彼女はあまり自覚していない。

その足が最新のドレスのスリットの隙間から良く見える。


殿下の視線が称賛の色を帯びるのを知覚する、やはりこの男は・・その先をあまり考えたくなかった。


「やはり貴女は美しい、貴女の魅力は私の所まで伝わってきていたよ」

殿下はそう言ったが嘘を付けと内心で吐き捨てた、まあ社交辞令だとすぐに気を取り直す。

「殿下もお上手ですわね、でも嬉しいですわ」

そう言い返すと殿下はニンマリと微笑んだ、そのとき初めて作り物じみた殿下から人間的な物を感じたが、同時に嫌になった。


「そろそろダンスの時間だ、お相手を願いたい」

テヘペロは覚悟を決めた、ここで断る理由は無いそれが目的なのだから。

「つたないですが、よろしくお願いしますわ」

二人は踊り始めた、テヘペロの技量は可もなく不可も無かったが、これはテヘペロの生まれと育ちが貴族階級に近い事をあらためてさらけ出す事になってしまう。


それを会場にいた者達は理解できる、セクサドルの哀れな若い士官達、そして豪華な衣装のコステロ商会会長その人も二人のダンスを見詰めていた。






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