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お飾りの総司令部

儀仗隊のビューグルが城の内にまで聞こえてくる、ハイネ城の正門が数年ぶりに外国の王族の貴賓(キヒン)を迎え入れる為に開かれたのだ。

大通路の両側にハイネ評議会の評議員の参加できた者が居並んだ、そしてハイネの官僚や軍人達、殿下の補佐に付けられる顧問団の者達も迎賓(ゲイヒン)の列に加わる、テヘペロも彼らと一緒にその中にいた。


頼みのジェリーははるか後ろで侍従や女官の控場所に下っていたので近くに顔見知りがいない。

反対側にハイネ魔術師ギルドマスターのカレルの丸々とした体を見つけた時はホットした、むこうもテヘペロに気づいたので、微笑み返したら彼は眼を見開いて顔を逸らせてしまう。

周囲の者達はテヘペロを見て驚いた様な顔をした、中には顔を赤らめている者もいた、多くは平常心を保ち貴賓(キヒン)を迎える為に前を見据えていた。

そしてハイネ評議会の列の中程に、豪華で派手な正装に身を固めた壮年の男に眼を引き付けられた。

テヘペロは犯罪組織の用心棒や殺し屋じみた家業に手を染めていた事があった、その男はそんな種類の人間独特の雰囲気を持っている。

金のかかった豪華な衣装は悪趣味一歩手前だ、ふてぶてしい顔に無精髭を伸ばし金縁の遮光眼鏡をかけている。

そして異様なまでの威圧を放っていた、それは普通では無かったテヘペロの全身に悪寒が走る。


「あそこはハイネ評議員の場所だわ、まさかコステロ会長?」

テヘペロの悪い癖で独り言をこぼす癖があった、それを聞いた誰かが小さな声で忠告をくれる。

「あの方はコステロ商会会長ですよ、くれぐれも失礼の無いように」


会長の近くの人は良く平気でいられるわね・・・テヘペロは慎重に心の中でつぶやく。

その思いを儀仗隊のビューグルが切り裂いた。



やがてセクサルド王国王太子のアウスグライヒ=ホーエンヴァルトと彼を護る近衛隊二千が現れる。

先頭の騎士が獅子の大軍旗を掲げていた、かつて獅子の軍旗がこの城に掲げられていた時代があったのだ、これを見るハイネの人々の心はどうだろうか。


テヘペロの背後から、この城で獅子の大軍旗を迎える事になるとわ、そんな声がどこからもなく流れてくる。

そして軍勢の数が少ない、ハイネ市の郊外に野営するのだろうと思った。

近衛隊は城の正門前で停止すると軍列が綺麗に左右に割れた、その奥から数十の護衛に護られた貴公子の一団が現れた。


「みろ金ピカ王子が来たぞ」

その声は背後から聞こえてきた決して大きな声ではない、野次馬的な好奇心と軽侮の感情が透けて見える。


「あら本当だわ・・・」

近衛隊の軍列の中央に綺羅びやかな豪奢な正装で飾った若い貴公子がいる、その周囲を同じ様な華麗な軍装の武官達が固めていた。

話に聞いていた様に確かに端正な美男子でテヘペロよりかなり若い。

この貴公子がアウスグライヒ=ホーエンヴァルトその人だ、この男が悪趣味な衣装を指定してきたのだ、一見するととてもそんな人物には見えなかったが。

彼は儀礼的な微笑みを浮かべながら手を振っていたが、彼の視線がテヘペロを通過した瞬間とまった、そして何ともいえない笑いを浮かべる、そしてまた儀礼的な微笑みでそれを覆い隠した。


テヘペロは悪寒を感じたが気を取り直して決意を固めた。

「さてお仕事よ」

この仕事が成功すれば二属性の上位魔術師としてハイネ評議会の顧問の地位と膨大な報酬が約束されていた、そしてセクサドル次期国王との繋がりを持つ事もあからさまに期待されている。

はっきりと言われなかったがそれをギルドマスターも評議会の官僚も匂わせ、そしてテレーゼ以外でテヘペロが身を立てられないとやんわりと釘を刺してきたのだ。


殿下達は正門を抜けるとその奥の美しい庭園を兼ねた虎口に進みそこで全員下馬するのが見える。

最後に王子がこちらを見たような気がしたが、テヘペロはそれに気づかない事に決めた、顧問団に紛れてそのまま城の内郭に下がる。




「シャルロッテ様、とても可愛らしいですっ」

控室に戻ったテヘペロを頭から足元まで見てゼリーは浮かれたように喜んだ。

テヘペロはゼリーを睨んだ、衣装の直しを手伝っていたハイネ城付きの女使用人達の態度に僅かに同情するような気配があったので僅かに慰められる。

そして控室にいる他の顧問団の視線が気になって仕方が無い、それはどこか熱い揶揄するような視線と、反感がこもった視線だ。


「向こう様の指定とはいえ、背の低い方を想定していたのでしょう、時間が無く大きな修正は私共では無理でございます、申し訳ありませんシャルロッテ様」

テヘペロはたしかにかなりの長身だが、彼女達も衣装のバランスからそれは無いと理解しているはずだ、セクサドルとテヘペロ双方に気を使っているのだろう。

爪の垢をゼリーに飲ませたくなった。

「でもシャルロッテ様、お若く見えます」


「アマリア魔術学院はテレーゼの誇りです、そしてセクサドル帝国時代に創建されました、両国のつながりを象徴する衣装なのですよゼリーさん」

責任者の女官がゼリーをたしなめた、そのとって付けた様な理屈にテヘペロは驚いた、だがもっともらしいのでこれからはこれで押し通す事に決めた。


殿下達は短い休息を取ると、ハイネ評議会の名士達と会見を行う流れだ、ちなみにハイネは共和制なので評議会議長が元首だが貴族でも世襲でもなかった。

彼らとの面会が終わると、非公式の顧問団とのお目見え会が開かれる予定だ。

顧問団はテレーゼやハイネに関する相談役といった立場で、学者や官僚や魔術師やハイネで名のしれた芸術家などで構成されていた。

テヘペロは異色な存在で妖艶な容姿の二属性の上位精霊術師として注目を浴びていた、その関係で何かしらセクサドルとコネクションを作る積りかと囁かれていたのだ。


そこに触れ役の少年の様な執事が控室に姿を現した。

「まもなくお目見え会です、必要な方は小謁見室の控えの間にお集まりください」

顧問団の面々が椅子から立ち上がる音で騒然となった。


「覚悟を決めた、いくわよ」

迷いを振りき切ったテヘペロはこの時たしかに貴族の令嬢だった。






そこからかなり離れた内郭の一角がセクサドル側に割り当てられていた、殿下個人には上の階層の貴賓用の一角が割当られている。

その区画は連合軍総司令部としては狭すぎてその機能を果たせるとは思えない。

殿下付きにされたカメロとオレクの二人はそれを見て、形だけの総司令部だと改めて現実を突きつけられたのだ。

連合軍の実質的な総司令部は北のマルセランに置かれる。


「これではな・・」

カメロは予想していたがその通りの結果に落胆は隠せなかった、これではまともな情報すら入って来ないだろう。

カメロの気落ちを見て悪友のオレクが揶揄する。

「殿下の機嫌をとれば回り道になっても世に出る早道になるかもよ?」

「カルマーン大公殿下ならばな」

カルマーン大公は殿下の叔父で、セクサドル軍を長年ささえてきた一廉の人物として知られていた。


「黙れ、カメロ」

オレクはいつもの軽薄な態度を豹変させると鋭く叱責した、そして慌てて周囲を見渡した、だが今の発言は聞かれなかったらしい、みんな自分の仕事で忙しいと言うより無関心な様子だ。


「すまなかったな、俺の提案がこんな結果を招くとは」

カメロが珍しく謝罪したのでオレクは驚愕した。

「どうしたんだ?カメロ」

「お前は戦場で手柄を上げたかったのだろ?」


「まあな、だけどよ口では言ってきたが俺たち司令部付きだぜ、手柄を立てる状況なんて負け戦なのはわかっていたさ」

カメロも薄く笑った。

「確かに、俺も武器を振り回して役に立てる気がしない」



そして僅かに気まずくなったので悪友は話題を変えた。

「なあ見たかカメロ?殿下のご指名の衣装を着ていた女がいたぞ」

「俺も気づいたよ」

「すげえ胸と尻をしていたな、あれで上位魔術師なのか?」

「魔術師の実力は見かけなど関係ない、オレクあれがお前の好みなのか?」

「いや外れている、俺はもっとシュッとした女がいいんだ、豊満すぎるもっと腹回りが絞れていたら文句ないんだがな」

「だがなかなかの美貌だったぞ」

「そうだな、すげえ美人で色気があるよ、たしかに殿下の好みだ」

二人は苦笑するしかなかった。


「二属性の上位魔術師を抱えている国なんてまずない、うちと本気で繋がりを創るつもりだな」

カメロはハイネ顧問団のプロフィールの内容を思い出しながらつぶやく。

「俺は魔術師の事は知らんが、二属性の上位魔術師はそんなにも珍しいのか?カメロ」

「複数属性持ちは結構いる、だが二属性の上位魔術師は数百万人に一人いるかいないかだ、それに無属性は力を浪費する上に高度な技術が求められる、それで上位魔術師だ、これ以上になると数百年に一人のレベルだな、今まで無名だったのが信じられない」

あの女はセクサドルの次期国王との繋がりを持つ事を期待されている、二人はそう結論付けた。

それにしても雑談をしても咎める上司はここにはいない。

殿下と取り巻きはここに関心など無かった、今頃は酒と女の話で盛り上がっているだろう、司令部の中はすでにだれて緩みきっていた。

だがこれは好き勝手な事ができる事を意味していた。


カメロは司令部の中を見渡してある事に気づいた。

「オレク気づいたか?ここに魔術師は二人しかいないぞ?それも下位だけだ」

「なんだと!?そんな馬鹿な、田舎の領主軍じゃああるまいし」

オレクは慌てて室内を見回した。

「たしか近衛隊の司令官は新任だったな、やはりそっちが監視役だ、むこうに使える奴が集められている」

「ひでーな」


「逆に考えよう、閑職なら自由に動けるって事だ」

オレクは眼を向いた、いつも悲観的で沈鬱な親友が何時にもなく前向きだったからだ。







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