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ハイネ城の喜劇の開幕

ハイネ城の巨大な四本の尖塔の影が長く伸び、ハイネ大聖霊教会の大霊拝殿の屋根にかかろうとした頃。

城門が閉じる時刻が近いにも関わらず、ハイネ西の大城門の近くに警備隊が集まっていた、彼らは儀礼用の正装に身を固めていた。

そしてセクサドル王国の要人を迎える為にハイネ評議会の要人も護衛を引き連れ姿を現した、ハイネを東西に貫く大通沿いにハイネに残っていた住民が見物の為に集まり始めている。


彼らの視線は次第に赤く染まって行く西の地平に向けられていた、はっきりとは見えないが鋭敏な者は何か巨大な存在が近づいて来るのを感じていた、練達の武人は軍の気配を感じる事ができると言われている、それは無数の兵馬の気配を感じているのだと言う者、人の耳に聞こえない地鳴りや大気の揺れを感じるのだと言う者がいたが、その理由は今だに解っていない。


そんな彼らの遥か頭上に浮かぶ影がある、鳥に見えるかもしれない、だがその翼はコウモリの羽の形をしていた、コウモリは空の一点から動かない、羽を羽ばかせる事もなく静止している。


それはコウモリの羽を広げた完璧な肢体の美しい女性の姿をしていた、真紅の淑女ドロシーだ。

青白い肌を夕日の色に染めてまるで血が通っているように見える、そして体全体をオリーブ油を塗った様に照り光らせていた。

そして両腕で若い美しい使用人ポーラを後ろから抱き抱えていた。


「ポーラいい眺め、ほらだいぶ近づいてきた」

平野に描かれた一本の灰色の線が黒くにじむように染まって行く。


「眼がまわりますお嬢様・・・こんな景色見た事ありません」

ポーラは小さく震えている、ドロシーは眉の端を下げた。

「私を信じて、寒い?」

ポーラは小さくうなずいた。


「むん」

ドロシーが小さく唸るとポーラは驚いた様に眼を見開く。


「お嬢様、暖かくなってきました?」

ドロシーの肌は夕日に照らされていたが、それが更に濃い血の色に染まり熱を帯びた。


「命を燃やした、温かいでしょ?」

「温かいです、あの命を燃やすって」


「命を燃やすの、これで十日寿命が縮まった」

「そんな!?」

「いいのよ妖精族が何年生きられるか誰も知らない、年老いて死んだ者なんて知られていなかった、何もなければ10万年は生きられる、たぶん」

「それは!でもたぶんですか?」

「でも不老不死じゃないみたい、神々からそう教えられた」

ポーラは驚きのあまり眼を見開き口を少し開けていた。


「いい顔している」

ドロシーからポーラの顔は見えないはずだが、ドロシーの声はとても嬉しそうだ。


その間にも街道を黒い旌旗をなびかせたセクサドル軍は進む、先頭はハイネの炭鉱地区に差し掛かっていた。

「空から軍を見下ろしたのはいつであったろうか」

いつものドロシーらしくない口調にポーラは驚いた様な顔をした。


「ふむアリみたい」

だがドロシーらしい一言でポーラは安心したが、今のは何だったのかと疑問を感じたのか僅かに小首を傾げた。

しばらく二人は静かに赤く染まって行く平原とハイネを見下ろしていた。


この高さからは整然とした旧市街と雑然とした新市街、そしてそれを隔てる城壁を見下ろす事ができた。

北の水濠が夕日を反射して煌めき、北の丘陵と森は黒く沈んでいた、この森の北の別邸に以前住んでいた事があった。


「ポーラ慣れた?」

ドロシーがささやいた。

「あの、なんとか慣れました、ハイネ城の塔が下に見えるなんて」

「雲の上まで上がれる、遠くにいく?」

ポーラは慌てて頭を横に振った。


「今晩のお食事の準備がありますので」

「わかった、いつか海を見にいこう」

ドロシーは微笑むがポーラは謎めいた微笑みを浮かべていた。


「もう少し近くで見よう」

ポーラが何も言うまもなく音もなくドロシーは動いた。





テヘペロは城の西に面したバルコニーにいた、来賓用のこの階層にはこの種の設備が充実している、小さなパーティならできる程の広さがある。

階段は厳重に警備されていたが、フロアー内ならテヘペロは比較的自由に行動する事ができる、だが他の顧問団のメンバーと顔を合わせたくないので部屋から出なかった。

「あーあ、きちゃったわねえ」

地平線の黒いわだかまりに気づいたテヘペロが嫌そうに一人事をつぶやいた。


「そうでございますねっ」

背後の少し楽しげな使用人の口調にまなじりを険しくした、ジェリーが近くにいた事をつい忘れていたのだ。


「シャルロッテ様、不安がお在りですか?」

「えっ、いや、そうね一夜漬けだし・・・」

テヘペロの心臓が小さく踊る、いそいで気を落ち着けた。


「そうですとも、急な話ですから、セクサドル側が急に思い立った事だと責任者の方がおっしゃていました」

「ギルドマスターもそんな感じの事を言っていたわ・・・」

「ですがシャルロッテ様はさすがです、あっと言う間に基本を抑えてしまいました」

ため息をついてからテヘペロはジェリーの妖しい美しい顔を覗き込んだ。


「ねえ、眼鏡は伊達眼鏡だったのかしら?」

ジェリーはハイネ城に入ってから眼鏡を付けていなかった。

ジェリーがはにかんで笑うと、まるで若い小女に見える、むしろテヘペロの心の中で警鐘がなった。


「はい、真面目で優秀な感じに見えるじゃないですか、そして内気に見えるのもいいですね、仕事を見つけるのに工夫しませんと」

内気に見える事が必要なのか疑問に感じたが、それを追求する事は無かった。

そしてジェリーが妙に興奮していることに疑問を感じてしまう、王城で働くことになったからなのかもしれないが。

枷が外れた何かの様に感じられるのだ。


「ところで、一時間後に内々のお目見え会の予定でございます」

「いそがしいわね」

「非公式の歓迎晩餐会の前に行うそうです、お支度の準備を」


「アレを着るの?」

ジェリーは満面の笑みを浮かべた。


「そうです、まず魔術師としての衣装を、晩餐会はドレスでご出席お願いいたします」

仕立て直しの前に見たセクサドル側から送られてきた衣装を思い出した。


「じゃあアマリア魔術学院の制服ぽいので行くわ、あれが一番まともだし」

「かしこまりました」

テヘペロはジェリーの顔に僅かな不満の影を読み取る、裏世界の修羅場をくぐってきたテヘペロは一度意識が向くと鈍感では無い。


「ほかは裾が短かすぎるのよっ」


「シャルロッテ様ならどんな衣装でもお似合いですよ」

テヘペロはさらに不信感をつのらせた、心にも無い事を言っていると感じたからだ。


「長い間、放浪の旅をしてきた、だから鍛えられているの・・・」

ジェリーは一瞬迷った様に見えたが、すぐに微笑む。


「やはりそうでしたか、シャルロッテ様の歩き方はしっかりしていますし、歩くのが早いですから」

テヘペロは歩くのが早いのは自覚していた、ギルドの案内所から良く観察していたと感心する。

そして甘いものを控えてダイエットして置けばと後悔していた。


「シャルロッテ様、顧問団長様が会議の招集でございます」

二人の背後から少年の様な執事が声をかけてきたので二人の雑談は打ち切りになる。


「わかった直ぐにいくわ」

すぐにジェリーに視線を動かし促すと二人はバルコニーを去った。







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