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壊れてゆく心

ベルが倉庫の明かり取りの窓から頭を出した、長い黒髪をごげ茶色の布で包んでいたのでまるで少年のように見える、そして倉庫の壁の僅かな出っ張りや窪みを使って身を乗り出すとスルリと抜け出した。

そして柔らかな身のこなしで石畳みの上に飛び降りる。


「おつかれさまベル」

「よかった無事だったか」

ルディとアマンダの二人はベルをいたわった、体中の埃を払い落としながらベルは立ち上がる。


「ルディ床に隠し階段があった、その底にかなりの人数の気配がある、あの死霊術師もそこから出てきた」

「リズの言っていた通りだったな」

ベルはうなずいた、アマンダが近づくと蜘蛛の巣をベルの体からとってやった、そして派手に体中を叩き始めたので埃であたりが白くなる。


「ねえ動こうよ、ここじゃあ・・」

アマンダに叩かれながらしかめっ面をしたベルがつぶやく。


「そうだな、ここから一度離れよう、開いている店を探して何か食おうか?」

ルディは二人を促すとそのまま裏通りの奥に消えて行った。




ちょうどその頃、赤髭団の首領のブルーノは昼間から酒を浴びるように飲んでいた、すっかり人が減った赤髭団に戻ると気が滅入るのだ、情婦共もソムニにやられ壊れ始めていた、その姿が自分を見ているようで耐えられなかった。

そしてやり場の無い怒りと恐怖を紛らわせるために毎日ように酒場に入れ込んでいる、だが今日は恐怖が勝っていた。


先ほど手下共を異型の何かに変えた化け物の仲間達と遭遇してしまった、噂ではジンバーの手のものが何人も殺られていると聞く。

行方不明になっている者も奴らにやられたと噂されていた、最近連絡役のマティアスの姿を見ない、しょぼくれた女魔術師も行方不明だ、あの女が作業員募集業の名目で墓荒らしに関わっていた関係で赤髭団に聞き込みが来たから知っていた。


もしかしたらあのおぞましい化け物がここに姿を現すのでは、そう思うと腕が情けなく震えた、そして強い酒を更にあおった。

ブルーノの回りに人はいない、この男の様子が普通でないので誰も近寄って来ない。


「くそお」


丸太の様な腕をテーブルの上に力なく落とした、そして安物の強い酒をあおる。

酒が心の恐怖を麻痺させてくれる、今も未来もどうでも良くなるのだ、そしてもともと出来の良くない頭も回らなくなると余計な事も考えずにすむ。

ブルーノは濁った目で店の外を眺めた、酒場の窓は大きく開け放たれ外は場違いなまでに明るい、そして人通りが少なく閑散としていたので道行く者が良く見える。

それをただ呆けた様に眺めていた。


その視界を黒い大柄な魔術師が横切る、ブルーノの体がピクリと震えた、ブルーノは魔術師が嫌いだったが、そいつは特にいけ好かない魔術研究所のオスカーだ。

「あのやろう」

体が勝手に動いていた、だか手足が上手く動かない、店員が走りよってきたがそれにおぼつかない手付きで大銅貨を握らせる、お釣りがあるはずだが店員はそのまま収めてしまった。


「ありがとうございました、またのおこしをブルーノさん」


店員が心のこもらない感謝を述べる、ブルーノは赤髭団の首領なので顔が効いた、だがツケが溜まっていたのでそれに当てられてしまったのだ。

そのままブルーノは外に向かう、入り口付近の客は慌てて道を開けた、誰もこの男と関わりたくない。


そこは赤髭団のある宿屋「飲んだくれドワーフ」の近くの通りだ、そこに近い宿で飲む気になれなかったからわざわざここで飲んでいたのだ、通りを見るとオスカーの後ろ姿が遠くに見えた、オスカーは西の城門に向かっている。


「あの野郎もうあんな所に」


ブルーノはおぼつかない足で追いかけ始めた、だが距離がなかなか縮まらない、オスカーが早いのではなくブルーノが遅いだけだ。

ブルーノは何かに急かされるように追いかけるが距離が縮まらない、そこに横合いから出てきた何かにぶつかると目の前が真っ白になる、崩れ落ちながら白い何かを掴むとそのまま石畳みの上に無様に転がった。


「お嬢様、大丈夫でございますか?」

「へいきすばらしい軟膏の力」

ブルーノは若い二人の女の声を聞いた、その直後に掴んでいた厚手の布が物凄い力で引かれる、その力でブルーノは落としたパンこね棒の様にくるくると石畳みの上を転がり硬い壁にぶつかり止まった。


「お酒が臭い、消毒みたいな匂いがする、怪しいお酒を飲むと眼が潰れる」

抑揚の無い女の声にブルーノは怒り酔いも冷める、だが今見せつけられた怪力を警戒すべきだった、やはりブルーノは酔っていた。


「てめえ!!」


めまいがするがブルーノは立ち上がる、そして声の主の女を見て体が固まる、どこかで見たことのある女使用人のドレスを着たなかなか美しい娘がいた。

だがすぐとなりの修道女姿の若い女に目を引き付けられた。


白いと言うより青白い肌をした繊細で作り物めいた美貌の女から眼が離せなくなった、そして顔に油の様な物を塗ってるのか滑るような輝く肌をしていた、まるで鏡の様に周囲の色が照り映えた。

そして血の色に染まった瞳をしていた、その瞳がブルーノを魂の底まで射抜く。


この世の物ではない何かと遭遇してしまった、そんな恐怖に囚われた、そしてこいつも奴らと同じ側にいるそんな直感に襲われた。


「ああっ、ああ、あああ」


ブルーノは意味不明な叫びを上げると腰を抜かし後ろに這いずりながら逃れる、派手だが擦り切れかけたズボンを湿らせながら、最後はふらふらと立ち上がり逃げる。

頭ひとつ小柄な女性に対する反応としては大げさすぎた、通行人が不思議そうに大男を眺めていた。


「怖がらせた」

「お嬢様ローブを!」

「軟膏の効き目は完璧、ポーラ貴女が塗ってくれたから」

「いえ、お嬢様の正体に気づく者がいるやも」

ドロシーは奪い返した修道女の白いローブを直ぐに纏うとフードを深くかぶる。


「あの今の男はお知り合いですか?」

首をかしげたポーラがドロシーを見詰めた。

「全然知らない」


二人はそのまま西に向かって歩き始める、しばらくすると二人は町外れに出たその先は製鉄炉がひしめいていた。


「さっきの男、ソムニの匂いと死霊術の気配がした、ほんのチョッピリ」

だがポーラはそれに反応しない、穏やかな微笑みを浮かべたままだ。


二人は静かに西に歩き続けた。

「どこか良い場所知らない?ポーラ」

「私もそれほど詳しくございません、セクサドル軍がくるのでしたらハイネ=ヘムズビー街道です、炭鉱と製鉄所の間を進んで来るはずです」

ポーラが大通りの先を指差す、大街道が西に向かってどこまでも伸びていた、テレーゼを東西に横断する大街道はここから始まる。

だがテレーゼ平原は起伏に乏しい、炭鉱と製鉄所の建物はみな煤けている、そして煙と毒のせいなのかめぼしい樹々も無かった。

ドロシーは北西の小高い山を眺めた、石造の水道橋が濃い緑の斜面を灰色の線で貫いている。


「遠すぎる」

ドロシーはそうつぶやいてから何かを思い立ったのか足を止めた。


「そうだポーラに空から見せてあげる」

「ひょ」

ポーラは胸から吐き出した息で奇妙な声を出した。


「大丈夫?」


心配そうにドロシーがポーラの顔を覗きこむと、ポーラはすぐに元気いっぱいに応えた。

「それは凄いですお空を飛ぶなんて、あのよろしいのでしょうか?お嬢様の御手を煩わせまして」

「いいのよ私達お友達でしょ」

ドロシーは恥ずかしそうにポーラの手を取った。


「失礼いたしました、そうでございました!」


ドロシーは抜けるような蒼い空をまぶしそうに見上げた。

「ポーラ空を飛ぶのは楽しいわ、どこかこのまま遠くに行きたいっていつも思う、貴女はどう?」

「私がいなくなる前におわびをしたいお方がおります、遠くにおられます、でも行けないほど遠く無いんです、私は情けない女なんです」

ドロシーはポーラの言葉に苦悩の貌を見せた、その御方こそ前に仕えていた大貴族の令嬢に違いなかった、

ポーラは彼女の宝石を盗み出してテレーゼに逃げてきたのだ。


「前のご主人様の事ね、会いたいなら連れて行ってあげる、いなくなるなんて言わない、それにいつでも永遠をあげるわ貴女が望むなら」

「まだあの御方の前に出る勇気がありません、どんな顔をしたら良いのかもわかりませんお嬢様」

ポーラの顔は貼り付けた微笑みではなく悩ましい、それが彼女をより美しく魅せた。

ドロシーはポーラのそんな姿に歓喜の喜びの色を浮かべる。


「決心したら連れて行ってあげる、貴女は罪人扱いだからまともな方法じゃあ会えない」

「アア!!私は罪を償う勇気もなかったんです・・」

ポーラは顔色を変えた、彼女の悲痛や叫びを聞いたドロシーの貌が小さな怒りを含んだ。


「私は人の法に縛られないそれは許さない、ハイと言いなさい」

ドロシーはポーラが自首するなど微塵もゆるす気など無かった、自分自身が世界有数の犯罪組織に護られて来たのだから。

「は、はい!!ええそうです、お嬢様にお使えした時からもう私は・・・」

ポーラの両目から涙が溢れた。

「どうしたの?」


「ええ幸せです、これが罰なら当然です、お嬢様は私に罰をお与えなのです」

ポーラは泣きながら歪んだ笑いを浮かべている、ドロシーは大きく眼を見開いた。






よろめく様に新市街の迷路の様な路地をさまよっていたブルーノはやがて足をもつれさせて石畳みの上に崩れ落ちた。

僅かに冷静になる、そして先ほど遭遇した二人の女の事を思い出した、それはあの赤い瞳の怪物ではなかった、もう一人の女使用人の事だ。


「思い出したぞ、あれはコステロ商会の使用人の服だ、なんてこった」


ブルーノはまた不吉な噂を思い出した、コステロ商会の最奥に隠されてる『真紅の淑女』の噂を、姿を見た者はいない、最高幹部だけが知っている真の支配者だと噂されていた。

真紅の由来は知らない、だがその爛れた様に赤い半透明の宝石の様な瞳から真紅の淑女の名を思い浮かべたのだ。

ブルーノはふらふらと立ち上がった。


「俺には関係ねえ」


そう吐き捨てると歓楽街に向かう道を探した。






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