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ブルーノの恐怖と怪力婦人

ハイネ城市の城壁を隔てた西側に巨大な露天掘り炭鉱がある、そしてハイネの北西にそびえるマイン山はテレーゼ平原から突き出した独立峰の岩山で、その名前の通り鉄鉱石が産出され昔からこの地でほそぼそと製鉄が行われていた。


だが偉大なる精霊魔女アマリアが石炭を製鉄に使えるように変化させる事ができる巨大な魔術道具を創り出してから一大産業に変わった。

石炭から製鉄に有害な成分を取り除き製鉄に使用する事ができる様にしたのだ、この巨大な道具は精霊魔女アマリアが残した七不思議の一つと呼ばれ、人々が目に触れる事ができる唯一の遺産と呼ばれていた。

その謎は今だに解明されていないが、定められた保守手順は厳密に護られ100年以上にわたってこの遺産は維持されてきた。

これがセクサルド帝国の力とアルヴィーン大帝の覇業を支えたと言われ、自治都市ハイネの繁栄と力の源だった、そしてグディムカル帝国の侵略を招いた原因とささやかれている。


そのハイネの西側の新市街に炭鉱労働者と製鉄に携わる人々が多く集まり。

炭鉱と製鉄所の東に商会や宿屋が市街を成していた、その中には上等な宿屋も店を構えている、その北側には自由民の労働者達に娯楽と快楽を提供する怪しげな歓楽街まである、出稼ぎの農民達は金をためて故郷に帰るが、この街の労働者は過酷な仕事で稼いだ金と憂さを歓楽街に落とす。


その歓楽街に下卑たいかがわしい劇やショーを見せる劇場と色を売る店が集まる一角がある、その劇場近くの大きな酒場の地下にこの一角を牛耳る無法者の組織があった、街を牛耳る無法者『赤髭団』の根城だ。

あったと過去形なのはルディ達との戦いに駆り出され壊滅的な損害を受けたからだ、すでに半数以上が失われてしまった。

だが他の組織も程度の差こそあれかなりの損害を出しているため奇妙な均衡が保たれている。


そして人の口を塞いでも得体の知れない怪物に彼らが殺されたと噂が消えない、この街を牛耳る無法者『赤髭団』のメンバーが殺され、気が狂った者がいると噂されている。

それは最近ハイネを騒がせた相次ぐ子供の行方不明事件、北東の丘で起きた大爆発、先日ハイネの遥か南で起きた謎の爆発、それらと結び付けられ不安が広がる。

そしてそれに留めを刺すようにグディムカル帝国の侵攻が始まった、むしろそのせいで怪異どころではなくなりつつあったが。


そんな街に非常に目を引く三人組が入ろうとしている。

先頭を進む大柄な若い女性が清楚な外出用のドレスを身につけ、その背後に美しい女使用人が付き従う、その後ろに屈強な若い護衛の男が上等な剣を佩いていた。

使用人の制服が大家の使用人としか考えられない一流品で、護衛もどこか人品卑しからずでどこかの大商人の夫人か女主人に見える。

彼らはルディ達三人が変装した姿だ、下町の廃屋で着替えたのだ、今日はルディは目立ちすぎる巨大な無銘の魔剣は持ってきていない。


そしてここから見える西の空は青く澄んでいる、製鉄所の小さな溶鉱炉が幾つも立ち並び煙を吐き出していたがその数もめっきり数を減らしていた。

職人も労働者も疎開できる者はハイネからすでに脱出させたと広く噂されていた、ただ炉を止めると再開するのに時間がかかる為に最低限は稼働させている。


街は人通りも少なく活気もなく寂れていた、いつもならこの時間は職場に向かう人々で身動きがとれないほど混雑していた。

おかげで朝の光に照らし出された歓楽街の様子が良く見えた、若い女性には見せられないいかがわしい店の看板が虚しく朝の光に晒されていた。


「虚しい・・・」

ベルがささやくとその言葉はよく聞こえる、ルディは大笑いを上げた。

「ベル、色街ですっからかんになった親父の様な言い草だぞ?」

アマンダが顔を赤くして振り返ると声を低めて二人を叱った。

「はずかしい、下品な冗談はおやめ下さい、貴女も名門のご令嬢なのよ?」

なぜか火の粉を浴びたベルが怒った。


「アマンダ、僕たちは庶民の変装しているんだぞ?」

ベルはそう抗議する。


「何を言っているの馬鹿、これを見なさい」

アマンダは自分が纏う質素だが実用的で上等な外出用ドレスの裾を優雅につまむ、かなり裕福でなければ着ることのできない物だ。

ベルもそれがわかるので口を閉じてしまった。

「確かに令嬢の言葉では無かったなベル」

友軍のベルをあっさり裏切ったルディがしたり顔で言ったのでベルが呆れた様にルディを睨む。

「お前のせいだろ?」

ベルはそうつぶやいた。


「さて『精霊王の息吹』はどこだ?」

人通りが減ったせいで彼らは妙に目立つ、ルディが素早く話題を変えるとアマンダも周囲に目を配り始めた。


ここから北は鍛冶屋街でここも立ち上る煙が減っている、遥か北にハイネ名物の水道橋のアーチが見えた。

ベルも気を引き締めると東に伸びる狭い裏通りを指さした、ここは歓楽街の北の外れだ。


「この奥だよ、占い屋やインチキ薬を売っている店が多い」

その先は色街とは違う欲望に満ちていた、精霊王の恋占、ハゲに効く薬、胸が大きくなる薬の看板が並んでいる。


「そうだ貴女もせっかく赤毛に染めたのに戻しちゃったのね・・・」

アマンダがとんでもない事を言い出した、ベルが変装の為に髪を金髪に染める薬をここで買った事があったが見事なワインレッドに染まった、ベルはそれを思い出して不機嫌になる。

だがアマンダはとまらない。

「そうすれば私達赤毛三姉妹になれたのに、そんな題の乙女小説があるのよ、すてきなのに」

赤毛三姉妹とはアマンダの妹のカルメラを数に含めているのは間違いなかった、ベルは即座に否定する。


「いやだ」


アマンダはとても悲しそうな顔をしたのでベルは何も言えなくなった。


「さあ行こう、この一番奥だ」

気を取り直したベルはそう促した、今度はベルを先頭に三人は妖しい魔術街に踏み込んで行く。




その三人を鍛冶屋の軒下から震えながら見ている大男がいた、無法者組織『赤髭団』の頭ブルーノだった、かれらの本拠はここからそう遠くない場所にある。

この男を震え上がらせたのは、あの小柄な金髪の少女の仲間の人相描の中の一人と目の前の派手な使用人服の女がそっくりだったからだ。

ジンバー商会から赤髭団に廻ってきた回状は、自分以外見ることができなかった、その添え書きに書かれていた女性の服装の説明とまったく同じだ。

良く見ると一番後ろにいる若い大男も人相書きの男に似ている、人相書きを描いたジンバーの男が遠くからしか見たことが無いと書いてあった事も思い出した。

だが先頭にいる大女に見覚えは無かった、波打つ黒髪を肩に軽く流しいていたが、白い肌がまるで雪のようで北方の民に見える。

そして三人ともどこか身分卑しからずな雰囲気を持っている、男の様な身ではそれを見抜く臭覚が必須だ。


だがイカツイ全身筋肉の塊の様な男は震えがとまらなかった、今にも座り込んでしまいそうだ、もしあの蛇少女がいたら悲鳴を上げて逃げ出すか気を失っていたかもしれない。

仲間をこの世とは思えない力で異型の何かに変えた化け物の仲間だと思うだけで恐怖が止まらない。

今でも用心棒が茂みに変えられ、手下が巨大な茸に変えられた姿を悪夢に見るのだ、夢を見ない様に酒とソムニの樹脂に溺れる毎日だ。

もう地下アジトの情婦達を満足させる事もできない。

やがて三人は裏通りに入ってしまう、息を止めていたブルーノは柱を背に力なく崩れ落ちた。




「こんにちわ」

精霊王の息吹のカウンターで朝から半分居眠りしながら店番をしていた店主が若々しい澄んだ女性の声に驚いて顔を上げて更に驚いた、その女性に見覚えがある、前に媚薬を買いにきた美しい使用人が目の前にいた。

狭い店内で彼女の後ろに大柄な迫力のある美女がいる、白い彫像の様な端正な顔立ちに濃いエメラルドグリーンの瞳が恐ろしい眼光で自分を凝視してる。

だがその姿は裕福な商家の婦人に見えた、そしてその後ろで入口を固め若い男が警戒していた、この男も身のこなしから只者では無いと判断した。


「ああ、お嬢さんか、今日は何か御用ですか?」

この美しい少女は若旦那に媚薬を盛って愛人になろうとしていた、だがその効用を聞くわけにもいかないし、あれは効果の妖しい薬だ、はっきりいって自分で売っておいて怪しい品だ。


「この前はありがとうございます、若旦那様は元気になられました」

少し恥じらう様に若い娘は顔を赤らめ身をしならせた。

「えっ、はっはい・・・」

店主はこの話題を避けたかったが向こうから振ってきたので当惑させられる、そして何をしに来たのか疑問を感じ始めた、背後の二人を見て警戒を強める。


「ところで何の御用でしょうか?」


「それとは別の件なんです、あの奥様・・・」

すると背後のアマンダが店主をにらみつけるように威圧する。


「これを見なさい!!」

アマンダは白いハンカチーフを取り出して開くと赤い髪の毛の束が出てきた。

「貴方がこの娘に売った毛染め薬を使ったら、自慢の髪が赤毛になってしまいましたわ、どう責任をとってくれるのかしら?」

良くみると奥様の黒髪はどこか不自然な艶だ。

アマンダはベルを押しのけるとカウンタに拳を叩きつける、重々しい衝撃と木材が軋む恐ろしい音がした、その剛腕に縮み上がった、これは女の力では無いいや男でも無理だ。


「ひぇ!!」

店主は情けない悲鳴を上げた。


見ると視界の隅で若い護衛らしき男がいろいろ動き廻っている、だがそれどころでは無かった。

そして今度は懐からブリキ缶を取り出す、そこに派手な文様と煽り文句が書いてあった。

『大聖女アンネローゼ様公認、すばらしい金髪を貴女の手に』と書いてある。

たしかにこの店で売っていた品だ。


その缶が音を立ててきしみ始めた、安物の缶ほど肉が厚く重く頑丈なのに、それが奥様の片手の指の力で握り潰され圧潰して行く、これは生きた心地がしない。

こんな商家の婦人がいてたまるかと店主は心で叫ぶ。


そして大女はやがて手を開いた、手の平の上に謎の銀色の球体がある、いや本当は謎ではないただ信じたくなかっただけだ、それは潰され圧縮されたブリキ缶の姿だった。


「奥様、気をお沈めください~」

ヘロヘロした声で使用人がなだめるがそれどころでは無い。


怪物は一歩前にでた、女は実際より何倍も大きく感じられる、まるで動く城のようだ、本当に生きた心地がしなかった。

今度は店主の胸ぐらをつかみ上げた、カウンター越しに片手で軽々と店主を高く持ち上げる、男にはもう女の顔と店の汚い天井しか見えない、苦しくて意識が遠くなる。


そしてどのくらいたっただろうか。


「奥様ゆるしてやってください、死んでしまいます」

「そうでございます、しんじゃいます~」

若い張りのある護衛の声と、田舎芝居の大根役者の様なムカつく女使用人の嬌声が遠くから聞こえる。


「これで気が晴れました、許してやりましょう」


大女の声がそう宣告すると楽になった、店主は意識を手放した。







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