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ルーベルトと異邦の麗人

エルニア公国の世継の公子であるルーベルトは大公妃テオドーラの長子でエルニア大公の次男だ、生母の家格からルディガー公子より継承権は上だ、そのルディガー公子が消えルーベルト公子が残された唯一の男子だ。


彼は公子宮で教師から与えられた課題をこなしていたが、城の中が騒がしく落ち着けない。

側近から大公宮で異変が生じたと伝えられた時、ルーベルトはさっそく駆けつけようとしたが側近に止められてしまった。

可能なかぎり大公と世継ぎの公子は同じ場所にいるべきでは無いとたしなめられた、それから公子宮の警備が強化され動きがとれなくなってしまった。


「彼女は無事なのだろうか?」

思わず言葉が漏れる、そして慌てて周りを見回した、側近は壁際の離れた場所にいる、ルーベルトの心の安息を保とうとしてくれていたらしい、ルーベルトは安堵のため息をついた。

父である大公の心配ではなく『異邦の麗人』を心配してしまったからだ。


それは先日の事だ、何を考えているか理解できない父に急に呼びつけられた、そして不意打ちの様に彼女と面会させられた、臆病で独占欲の強い父からは信じられない行動だ。

だがルーベルトは出会った瞬間彼女に目を釘付けになった。


貴婦人らしくない褐色の肌と長い白銀の髪、それでいて繊細で精緻な謎めいた美貌の持ち主、そして煽情的なあられもない夜着で体を包んでいた、これは父の好みだろうか。

そして彼女は助けを求めるような眼差しを彼に向ける、ルーベルトはこの時心臓を打ち砕かれていた。

そして父に対する怒りを感じた、感心できない行動が多く母からは影響を受けないように忠告されていた男だ。

今までは父が何をしようと無関心だったがこの時初めて強い怒りを感じた。

そして胸の奥が焦げる様な感情が湧き上がる、ルーベルトも解らないわけではなかった『異邦の麗人』が父の物になっていると言う事実が。


昔から父とはどこか余所余所しく親しく話しをした記憶が無い、そして父は兄のルディガーとも上手く行っていなかった、だが兄に向ける視線は嫉妬と恐怖に裏打ちされていた、誰かが言っていたルディガー公子は先代ギデオン大公に似ているからだと。

偉大な建国大公と呼び名も高いギデオンと父は上手くいっていなかったのだ。


ルーベルトは深くため息をつくとそれを側近が気づいた。


「殿下、父上様が気になりますか?」

「ああ、そうだ・・・」

ルーベルトは曖昧な返事をした。


するとにわかに外が騒がしくなる、かなりの人数が動いている様だ、ルーベルトが側近に目をやると彼はすでに動き始めていた。

「殿下、調べてまいります」

「わかった」

彼は外に出て行ったが、その大きな物音は更に近づいて来る、物々しい金属の装備の音が混じるこの音は警備兵の一団に間違いなかった。

ここは後宮に付随する外郭で大公家の私的領域だ、そして後宮は男子禁止、ならば警備兵の一団が護送しているのは誰か?ルーベルトは立ち上がった彼の顔は期待で輝いた。


「殿下、わかりました、異邦の麗人が公女宮に移るようです」

私室の扉が開くと急ぎ足の側近が入ってきた。

「そうか!!」


戻ってきた側近はルーベルトを見て一瞬ぎょっとしたがすぐに改まる、ルーベルトはその表情を見て冷静になった。

そしてなぜ初めからこうしなかったのだと怒りが沸き起る、なぜ宰相のギスランや母上も止めなかったのか?

それは彼女への同情なのか父への嫉妬なのか自分でも解らなかった。


「で迎えよう、我が国の賓客だ」

側近は一瞬なやんだが賛同する。

「かしこまりました、大公妃様も出迎えるようです、私が案内いたします」


二人は私室を出ると城の中郭と後宮を結ぶ大通路に向かう、すぐに到着する。

すでに後宮から大公妃が女官を引き連れてあたりを睥睨している、そして異邦の麗人はすぐ近くに来ていた、なぜ母上が自分を呼ばなかったのか疑問を感じた。


「ルーベルト・・貴方もきたのね」

母の態度はあからさまに歓迎していない、やっと呼ばれなかった理由が理解できた、母にとっては夫の愛人を迎えるに等しいからだ。

「母上が出迎えるならば私が出ないわけにいかないでしょうに」

「まあよい、もう目の前じゃ」


ものものしいそれでいて華美な装備の兵の一団が通りすぎて行く、兵たちは大公妃と自分に目礼をしながら通過して行った、その一団の中に貴婦人の略式正装に身を固めた『異邦の麗人』がいた。

純白のドレスと彼女の浅黒い肌の色のコントラストが映える。


すると隣で何かが砕ける様な異音がする。


目を移すと大公妃の手の中の扇がへし折れた音だった、これには驚かされた、母が父に嫉妬するだろうか?息子ながら身も蓋も無い事を考えた。


「これは何の香水かしら?」

となりの母から独り言が聞こえてきた。


そしてルーベルトは再び『異邦の麗人』に目を移した。


彼女には一番白が似合うと思った、もしかすると白しか無いのかもしれない。

エルニア風の貴婦人の正装も彼女に会っている、エルニアは西エスタニアの文化を色濃く伝えていた、それが不思議と彼女に似つかわしい。

うつむき加減の彼女が突然顔を上げてルーベルトを見つめる、そして美しい顔をほころばせ微笑んだ。

内心が読めない儚いそれでいて達観したような微笑み、彼女の総てを知りたいそんな焦りにも似た気持ちが高ぶった。


「殿下」


背後から側近のささやくような警告が聞こえた。

自分が一歩前にでていた事に気づき慌てて後ろに下がる、今度は顔に横から視線が突き刺さる。

母がこちらを見ていた、目を見開き衝撃を受けた彼女は僅かに顔を左右にふる、そして立ち直ると鋭い視線を息子に突き刺してきた。

母は異邦の麗人に係わるなと警告していた。




それから私室に戻ったルーベルトは椅子に深く腰をおろした。

「公女宮は近いな・・・」

「殿下、ご家族でも公女宮に入る事は難しいですよ、いわんや彼女は客人です殿下」

まるで釘を刺すかのような側近の言葉だった、もしや自分の気持を察したのかとうろたえる、異邦の麗人と初めて会った時この男は控室にいたが何か察したのかもしれない。


「その様な非礼な真似はしない」

「余計な口を挟みました、お許しください」


「しかし初めからこうすべきでしたね殿下」

ルーベルトは驚いた、自分以外もそう考えていたのだ、いやこの城にいる者は全員そのはずではないのか?


やがて後宮は落ち着きふたたび静寂が戻る。






公都アウデンリートの遥か北方、ベラール湾を越えた更にその北の大地はアラティア王国だ、山地に囲まれた平野に王都ノイクロスターが夜の闇に横たわる、その王都は更になだらかな丘陵に囲まれていた。

伝説では太古に星が天から堕ちこの地に巨大な穴を穿ったと言われている。

計画的に築かれた都は幾何学的に美しく街の夜景はまるで魔術陣の様だ。

その北側の丘の上にノイクロスターの名物、ダールグリュン公爵家のおとぎの国の城のような邸宅が魔術道具の白い光の中に異容を誇っていた。


その邸宅の二階の南に面した一室は王家の養女でルーベルトの婚約者候補の一人カミラの私室だ、奇抜な外見と異なり内装は落ち着いた東エスタニア東部の内装で統一されている、西エスタニアの影響を受けたエルニアより更に重厚で質実剛健、そして全体的に赤色が多用されていた。


その部屋の主人のカミラは赤みが僅かに混じる腰までの金髪で、北方の民の血が混じるアラティア人らしく白い貌をしていた、だが彼女は机の上の手紙を熱心に読んでいた、彼女の青い瞳を見る事はできない。


カミラは不安げにため息をついた。


「どうかなさいましたかお嬢様」

見ると今日の最後の挨拶に部屋を訪れていたダールグリュン家の女使用人長アーデルハイトが心配げな顔をしている。


「なんでもないの」

「私はお嬢様にお使えして長うございます、何か気がかりな事がございましたら、力になれるやもしれません」

アーデルハイトの表情を見てカミラは力なく微笑んだ。

「そうね貴女にはばれてしまうわね」

そしてカミラは告白する事に決めた。


「ルーベルト様からの手紙が、最近日々の報告の様になっているのよ、お忙しいのかもしれないけど」

アーデルハイトは当惑した、こればかりは彼女の力の及ぶ事では無かった。

そして冷徹な女使用人長の瞳は母親の様に暖かく変わる。


「大きな戦が近づいておりますお嬢様、エルニアのお世継ぎのルーベルト殿下も多忙とお見受けいたします」


「そうね、わがままだったわ」

カミラは寂しそうに笑った。

それを見たアーデルハイトは何かを決意した様に顔を引き締めた。


「ではお嬢様これで私は下がります、お休みくださいませ」

アーデルハイトは急ぐように下がって行った。


すると壁際に控えていた若い美しい女使用人が近づいてくる。

「何かお飲み物を用意いたしますか?」

「エルケ、温かいお湯でいいわ」

女使用人は固まった。

「かしこまりましたお嬢様・・・あの失礼ですが私はトルケでございます」

「まあ前にいた娘がエルケだったのよ、間違えてしまったわ、人の入れ替わりが多くて」


カミラは僅かに顔を左右にふると苦笑いを浮かべた。






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