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アウデンリート城の混乱

ハイネ城市の北東の富裕階級の邸宅が集まる一角に、コステロ商会会長のエルヴィス=コステロの本邸がある、テレーゼ古王国時代の様式が残る二階建ての邸宅は、宴会ができる程の広いテラスとドーム状の屋根が異彩を放っていた。

巨大なドーム屋根の一部に蒼い色が僅かに残っていたが、真月の夜ではそれを見る事はできない。

エルヴィス=コステロは二階の寝室で最後の執務をしていた、部屋を照らす魔術道具の照明は暗すぎて用を成しているとは思えなかった、だが彼は平然と仕事をこなしている。

その彼はふと仕事の手を休める、そしてふりかえりもせずに薄く笑う。


コステロの背後のテラスに面した大きなガラス張りの扉の隙間から青白い霧が部屋に染み込むように入り込んでいた。

それは渦巻くとやがて人の姿を形創り始める、やがて青白いアラバスター人形の様な美しいドロシーの姿となる、そして音もなく彼に歩み寄った。


「どうした?先生は夜の散歩に出たぞ」

コステロは書類に目を通しながらささやく。


「相談があるの、だからきた」

「エルニアで例のアレを見つけたのか?」

「あってきた・・・」

「さすがだな、人の仕掛た防護など意味が無いか、でどうだった?」


「妖精族の血を感じたけど普通の人間だった、大公の女になっていた、攫うにしろ貴方と相談してからって思って」

「なんだと?軟禁されていると思ったけどよ、大公の女だって?ああ噂どおり女だったか・・・そして噂通りに愚かな男だな」

「状況からそんな感じ・・・」

「なるほどな、面倒な事になっていやがる、だがよ誰か止めなかったのか?」

「しらない」


「で、そのまま戻ってきたのか、お前も慎重だな」

「真月が近いから・・・頭がぼっとなるの」

「そうだったな、さらってそいつから話を聞き出したいのか?」

「どこかの未知の大陸に文明がある、その情報を引き出したい」


「まてよエルニアはそれを聞き出せると思うか?お前の意見を聞かせてくれ」

「古代文明の言語の解読は進んでいないわ、私とアンソニー先生が一番詳しい、でも解読できていたとしても厳しいわね、五万年も経っているから変わってしまっている、あの女と話ができる人がいるとは思えない、でも私は話す必要が無いの」

「お前にはいろいろエゲツナイ手があったな、たしかエミルとか言う魔術師に仕掛けていたな、アイツはお前の言う通り解放しておいたぞ」

「ありがと、これでアイツの目や耳は私の目や耳になる」


「漂流者の方も気づかれずに情報だけ吸い上げる事はできないか?」

「攫うのはダメ?」

「一国の頭を護る魔術防護を安々と破れる存在など限られる、大商人や貴族程度ならなんとでもなるがよ、それだけで絞られてしまうぜ」

「けっこう高度な魔術防護が多重に施されていたわ、全部解除してしまったけど」

「もう手遅れか」

コステロは苦笑するしかなかった、これで強大な術者が異邦の麗人に接触しようとしていた事が伝わってしまうだろう。

「お前は賢いが変な処が抜けているぜ?」

ドロシーは一歩近づくとコステロに背後から抱きつき腕を胸にまわす。

「そう?きっとアイツのせい」

ドロシーは真紅の唇をコステロの耳に近づけてささやいた。



「おまえの存在は少しずつ知られ始めている」

「わかっているわ、だから急がないと、エルヴィス」

「俺も少しずつ変異が進んでいる、この暗さでも物が見える様になったぜ」

暗がりの中でコステロは不敵に笑った、だがその笑いはどこまでも昏い。

「何年もかかったけど、貴方も私と同じ永遠を手に入れるの」

「その為に俺は生きてきたんだ」

ドロシーの顔を正面から見つめる。


「好きですエルヴィスさん」

ドロシーの言葉は遥か遠い記憶の彼方から届いた、砂漠の風の音が聞こえる、その刹那だけドロシーはドロシー=ゲイルだった。

コステロの貌が苦悩と後悔と懐かしさで歪む。


「俺もだドロシー」


その瞬間部屋の照明が落ち部屋は暗闇に閉ざされる、風で揺らぐカーテンの隙間から僅かな星明かりが射し込んでいた。






その頃遥か東の地のエルニア公国のアウデンリート城の最深部で騒ぎが起きていた、大公家の要人を護る幾重にも張られていた防護結界が突然消滅したからだ、それは魔術道具を起動させ異変を知らせた。

大公の寝所に駆けつけた錚々たるエルニアの上位魔術師達と護衛の騎士達、彼らは大公の無事を直ぐに確認する事ができた、だが異邦の麗人と呼ばれている女性が一糸もまとわず床に倒れ伏しているのが発見された。

その場にいた者共は見てはならない物を見てしまったような顔をしていた。


そして大公は酒臭い息をはき要領を得ない、異邦の麗人は直ぐに意識を取り戻したが言葉が通じず同じく要領を得なかった。


やがて仕事を終えて休んでいた宰相ギスラン=ルマニクが姿をあらわした、この時刻に表向きの者が大公の私的空間を訪れるのは非礼とされるが状況が状況なのだ。

その場にいた者はあからさまに安堵の表情を浮かべた。


「何があった?大公殿下と・・その・彼女は無事なようだな」

ギスランの大公を見る目に軽侮の色がある、そして当惑した視線で異邦の麗人を見たがすぐに目を逸らしてしまう、彼女は繊細な肢体を絹のシーツで包んでいるだけだったからだ。

彼女の褐色の背中が僅かに透けて見えた。


「女使用人を呼んで彼女を整えろ、今夜は公女宮の部屋を使っていただく、いや本来そうすべきだったのだ」

ギスランの最後の言葉から彼の後悔の感情が顕になっている、それを聞いたギスランの背後にいた男達が手配の為に散って行く。


「さて何があった?」

改めてギスランが尋ねると当直の魔術師のリーダーが一歩前に出て答えた。

「魔術結界が破壊され警報が発せられました、我々が部屋に来た時には防護結界は総て破壊された後でした、中に入られた痕跡はありません、また犯人の目撃もありません」

「総てだと?それにしても簡単に破られたな」


「お言葉ですが、まともに解除しようとした場合、上位魔術師数人がかりで数時間かかる仕様です宰相閣下」

「破る事は可能なのだな?」

「その通りですが直ぐに破られなければ幾らでも対応する事ができます、しかし今回は多層防護が一気に解除されました」


「誰がそれをやったのだ?わかるか?」

「詳細な調査をすれば何かがわかるかもしれません、もし一人の力だとしますと伝説級の術者です」

「東方絶海の彼方の大陸の生き証人か、隠者のように過ごしていた術者の誰かの興味を引いたのかもしれんか・・・まあ良い、だれか目撃者がいるかもしれん念入りに調べるんだ」

「はっ!!」

魔術師のリーダーが頭を深く下げる。


「何があったんだ?宰相殿もこちらか」

すると部屋の入口から枯れた老人の声が聞こえる、それは魔導庁長官イザク=クラウスの声だ。

「遅れたなイザク」

入り口に白髪の高齢の魔術師がいた、彼はエルニア公国の魔術師の頂点に立つ男だ、魔術師としての力は衰えているが魔術に関する行政を担当している。

「魔導庁からここまでは遠いからの、ここは階段の上がり下がりが多すぎるわい」


「イザク魔術結界が総て破壊されたぞ」

「なんだと?警報が鳴ってから大して刻は経っておらんぞ!?」

「これが現実だイザク」

「上位魔術師を何人集めれば可能なのだ?もしくは伝説級の大魔術師、存命の可能性があるのは『偉大なる精霊魔女アマリア』『史上最大の魔術師アイゼンドルフ=ザロモン』ぐらいか」

「なんだおとぎ話の話か」

ギスランはどこか馬鹿にしたような笑いを浮かべた、それに対してイザクは怒った。

「おとぎ話並の事が起きたのだ、真面目に考えてくれ宰相」

ギスランは態度を改めた、たしかに強大な術者が敵に廻った可能性を示唆していたのだから。

「すまん結界が破壊されたのは事実、魔導庁を中心に調査を勧めてくれ」


そこに高級女使用人の一団が現れる何かの小荷物を抱えていた、彼女達は異邦の麗人を浴室に導くと中に入ってしまった。

「宰相閣下、公女宮の手配がすみました、大公妃様のご手配です」

そこにギスランの側近が耳打ちする。

「テオドーラ様が、わかった」


「わしは調査団の組織を急ぐ、ここは調査が済むまで封鎖してくれ宰相閣下」

そう勝手に言い残すとイザクは去って行ってしまった。


「封鎖といいましても」

側近は寝台の上で寝息を立てている大公を見ていた。

「そうだな大公様は国賓室にお移り願おう、ここの防護結界は破壊されたままだ、調査が終わるまでは修復できまい」




大公宮の西に後宮の郭が威容を誇っていた、この城で一番新しい建築で公子宮と公女宮が付随している、その主は大公妃のテオドーラで後宮庁の長官を兼ねていた、エルニア貴族は女性が祭り事に口を出す事を厭うが家政に関しては大きな権限を与える習慣があった、彼女は後宮の実務の頂点に立っていた。


後宮の執務室は外部との接触が多いため、入り口近くに構えていた、歴代の大公妃が君臨した執務室は豪華でいて繊細な内装だ、作りはエルニア風の重厚な作りだが、壁紙や調度品は彼女達の好みで置き換えられてきたのだ、

そんな大公妃の執務室でテオドーラは真剣な顔で手紙をしたためている、今夜の異変の一報をアラティアに伝える為だ、書き終えるとペンを置いて深く息を吐いた。


成人した子がいると思えないほど妖艶な美しさを保っている美妃は疲れた様に一人事をこぼした。

「異邦の女を抱くなど、世界がどれだけあの女に価値を見出しているか理解できないなんて、まさかここまで愚かだったとは・・・いや昔はもっとましだったかしら?」

「テオドーラ様なにかございますか?」

部屋の壁際に控えていた女使用人がテオドーラの独り言を聞き逃さなかった。

「ああ、気にしないでレイチェル」

アラティアから大公妃が連れてきた彼女ももう良い年だが今だにその美貌を保っている。


「この手紙を兄上の元に、これは大使館を通さない様に、監視が厳しい」

兄上とはアラティア国王ルドヴィーク三世の事だ、テオドーラは手紙に封蝋を施すとそれをレイチェルに手渡す。

「かしこまりました、極秘の経路を使用いたします」


すると豪華な執務室の扉の向こうから遠く無数の足音とざわめきが聞こえてくる。

「やっと来た様ね、初めからこうすべきだったわ」

テオドーラは立ち上がると呼び鈴を鳴らした、それと同時にレイチェルは秘書室に下がる。

やがて大公妃付きの当直の女官達が五人現れた、彼女達は男子禁制の後宮の文官で女使用人達とは役割が違っていた。

「さて妾は異邦の麗人を迎えます、そうだ魔導庁の協力を仰ぎ防護結界の強化を行う様に手配しなさい、これは急ぎです」

女官達は二人だけ残し急ぎ足で執務室から散って行った。


「あの女を見ているとなぜか胸騒ぎがする、さて行かないと」

そう吐き捨てると大公妃は女官達を引き連れ異邦の麗人を迎えに出た。






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