精霊宣託と滅びの予言
廃屋敷の朽ち欠けた壁板の隙間から射し込む狂った日差しが何時の間にか消えている、ホンザはリズの資料から目を放した時にそれに気づいた、冷えかけた薬草茶のカップに手を伸ばすと音を立ててすする。
するとコッキーのつぶやく声が聞こえてきた。
「セナ村のお屋敷は良かったですよね、隙間だらけじゃなかったのですよ」
ホンザはそれに内心で大いに同意する。
「あっちは部屋が多くて良かったよ、こっちは狭い部屋に三人詰め込まれているんだ」
それにベルが賛成した。
「緊急事態だ、それにいつまでもここににいるとは限らんさ」
たしなめる様なルディの言葉にベルが語気を強めた。
「それでこれからどうするルディ?」
「まずは死の結界を破壊する、ハイネ城の地下で見つけた魔術術式が重要な役割を占めているのはわかっている、だが今だにセザールの結界を理解しているわけではない、破壊しても修復されてしまっては意味が無いからな、今回情報収集を優先したのはその為だ」
アゼルがそれに同意する。
「遠回りに見えて、これでセザールが死霊術の大元ではないかもしれないと分かりました、敵がセザールだけでは無いならば、彼を倒しただけでは解決しません」
そこでホンザは己の仮説の一部を披露する事にした。
「滅びは東方から、そんな古い言い伝えがある、死霊術の大元はそこにあるやもしれん」
ホンザの言葉は奇妙に良く通った、それに触発されて何かを思い出した様子のアゼルが応じた。
「古代ロムレス帝国以前の古い予言を調べてそれを見つけました『人の世の終わりの予言』ですね、残念ながら資料は奪わてしまいましたが」
「お主も触れたか?あれは古代の精霊宣託の記録の中にあった、ロムレス帝国時代はまだ精霊宣託の決まり事が定まっておらず数多くの問題を起こした。
聖霊教も古代西エスタニアの精霊宣託教団から始まった、アマンダ殿ならばご存知であろう」
急に話を振られたアマンダは驚いたが、瞬時に冷静に答える。
「それだけではございませんわ、聖域の神々や東エスタニアの神々を取り込んで今の姿になっていますの」
アマンダがなぜか『人の世の終わりの予言』から話を逸してしまった様に感じた、そしてこれは聖霊教にとって繊細な問題だったと気づいた。
「神様のシチューだね」
ベルの突っ込みはホンザとアマンダにスルーされた、そこでホンザは外れかけた話を戻す事にする。
「ルディガー殿、セザールの背後に何者かがいる可能性は捨てられぬぞ?」
「ホンザ殿忘れぬが、まずはセザールを倒し死の結界を破壊する事だ、戦略と戦術は違う」
「なるほどな、大局を見るのは良いが、今すべきことを忘れてはならんか」
ホンザは快活に笑った。
「ああそうだホンザ殿、それに俺の目的を成すためには愛娘殿が復活し狭間の世界から脱出していただく必要がある、まあ今となっては義母の精霊宣託どころでは無いが」
「殿下それが『人の世の終わりの予言』と関係がない証拠はありません」
アゼルの言葉にルディはあからさまに動揺を見せる、ベルも思わず身を起こしてアゼルを睨む。
「俺はエルニア公国の継承に係わる宣託と思い込んでいた・・・義母が関心があるとすればそこだと」
「ボクもお世継ぎの宣託だと」
ベルはルディの横側を見つめている、エルニア大公の継承に関係する宣託だとベルは安易に考えていた様子だ、そして振り返ったルディはベルと暫く顔を見合わせている、この様子では二人は今までそうだと思いこんでいたらしい。
だがそれは致し方がなかろうとホンザは思う、賢く聡明と伝えられるエルニア大公妃とは言え、わざわざ呼び寄せた世界有数の精霊宣託師に世界の行く末の答えを求めるとは思わないのは当たり前だ。
そこで中位の精霊宣託師である自分が説明する必要があると感じた。
「術者の要請に精霊がそのまま答えるとは限らんのだ、術者と精霊に信頼関係が必要でな、相手の気分によっては嘘すらつく可能性があるぞ、契約を重んじるので嘘をつく事はまずありえない、だが知っている事を教えない、余計な事を教えて宣託の趣旨を逸らすなど珍しくもない」
それをベルとコッキーは真剣に聞いている、他の者達は納得するように聞いていた。
「知識では知っていたが、実際に術者の話を聞くのは有益だな」
そうルディは感慨深くうなずいた。
「ゆえに、極めて高位の精霊ならば精霊宣託に干渉できる」
そして壁際で話を聞いていたコッキーを見てからベルを見つめる、そしてルディガーに語りかけた。
「ゲーラで精霊宣託にメンヤ様が介入したのを覚えておろう?極めて力の有る高位の精霊、いや神々は支配下の精霊に干渉する力がある」
あの日ベルとコッキーはゲーラのアマリア魔術学院の廃墟に行き、そこから幽界に呼ばれ黄昏の世界を旅した、その記憶は曖昧になっていたがそこでコッキーはメンヤの眷属になった。
その時ホンザはルディの為に店を閉じて精霊宣託を行っていた、その儀式の最中にテレーゼの土地女神メンヤがベルの姿を借りて降臨した。
「精霊王の力を借りる事ができれば大公妃の精霊宣託を下した精霊に干渉する事ができるやもしれぬ、世界有数の精霊宣託師の契約精霊だそれこそ精霊王でなければ干渉できまいよ」
ベルが何かを決意するようにホンザを見た。
「なぜあの時ボクの姿だったんだろう」
「ベルサーレよ気になっていたのか?コッキーは契約直後で利用しにくかったのかもしれん、もしくは女神アグライアを通じてお主の事を知っていたのやもしれぬな」
「そうなんだ、ねえアマリアは精霊王の眷属だったよね?」
ベルは先ほどから机の上で沈黙を護っていたアマリアのペンダントをのぞく、だがペンダントは反応しなかった。
「ベルそうだ、だから愛娘殿が復活すれば精霊王を通じて働きかけができるかもしれん」
「結局セザールをどうにかしないと駄目なんだね」
「そうなるな・・・」
結局話しは最初にもどった。
壁際に背をもたれて床に座っていたコッキーが口を開いた。
「ルディさん、私は難しい事はわかりません、でも今の戦争をどうにかしないと、ルディさん達のしたい事もかなわないじゃないですか?また『我々のこの力を利用して良いのか?』そう言うのですか」
ルディは言いたいことを先に言われて言葉が詰まる。
するとベルが割り込んだ。
「ねえ、幽界の力を持った人間がここに三人もいるんだ、偶然じゃないでしょ?」
「そんな事はわかっている、人の世の事は人の力で解決すべきだ、大いなる力の意志とやらの掌の上で踊らせれてたまるか!!」
ルディが激しく感情を顕にする、めったに感情を顕にしないルディにベルは慄いている、彼女の顔は不思議と幼く見えた。
ホンザはこんな二人の姿を初めて見た、そしてしばらく気まずい沈黙に覆われた。
ホンザはアマンダを見るが彼女も沈んだ顔でルディを見ているだけだ、ホンザはこの女性はどこまでもこの男を主筋として見てるなと改めて理解した。
「そうだ滅びの予言は『光は東方から』と対になっているのだよ、我らがその光になれるのならば良いがな」
ホンザはそう語る事で空気を変えようとした、するとルディは何かに気づいたようだ。
「光か・・・女神アグライアは暁の女神だったな」
ホンザはアグライアが東方世界の守護神で有ることを思い出す、エスタニアで最初に日の光を浴びる光の女神の名を。