アルヴィーン大帝の言葉
アマリアの言葉にホンザが反応した。
「戦争?そうか死の結界か!!」
ルディはホンザの息を殺した様な言葉から老魔術師の怒りを感じた、彼はテレーゼで生まれ内戦で祖国が荒廃して行くところを見てきたのだ。
「そうじゃホンザよ、皆も言うまでもあるまい?」
「戦争になるとたくさん人が死ぬのですよ」
コッキーの言葉の語尾が僅かに震えていた、ルディは思わずコッキーを見たが彼女は顔を伏せていたのでその貌はよく見えなかった。
この場にいる者はすでにアマリアが何を言いたいか理解している。
「アマリア様、不浄の聖域の糧が生まれる、そう言う事ですね」
皆の気持ちを代弁するかのようにアゼルが言葉を発した、アマリアはそれに無言でうなずいた。
「ルディガー様、私も不浄の聖域の話は知っておりますが、その実例は知りませんわ」
話を黙って聞いていたアマンダが口を挟むとそれにベルが反応した。
「アマンダ、ルディとバーレムの森の中を逃げていた時の事だ、追手を討った後で奴らの屍体に悪霊がとりついて死屍に襲われた、そうだよねルディ?」
そこでベルがこちらを見る。
ベルはエルニアから追放されたがバーレムの森の中で身を潜めて暮らしていた、そして自分は城に幽閉されていたのだ。
そして謀反人として追われバーレムの森を彷徨い、ベルと二年ぶりに再会した夜の事を思い出す。
「ああそんな事もあったな、夜の森を死屍どもが音もなく襲いかかってきた、神聖な気配に満ちた泉が血で穢され不浄の聖地が生まれたのかもしれん」
「夜!?」
アマンダがそれを聞いて目を見開いた、そして落ち付きが無くなった。
「アマンダ、奴らは夜に動き出すんだ当たり前だよ?」
ベルがアマンダの態度に少し不審をいだいたようだ。
「そうですわね・・・」
アマンダはそう曖昧につぶやく。
アマリアは軽く咳払いをしてから話を戻した。
「アマンダよテレーゼを長年苦しめてきた内乱も死の結界と無関係では無いと考えておる、わしも長らく気づかなかった、ここ20年身動きが取れなかったのもある、死の結界は内乱が始まった40年前に構築された可能性が高い」
「やっぱりそうなのですね、ドルージュのお城でテレーゼの国の歌を聞きました・・・」
コッキーの呟きにアマリアとホンザが驚愕を隠せない。
ルディもあの巨大な髑髏の幽鬼との激しい戦を思い出した、その異変が起きる直前に聞き慣れぬ歌を聞いた覚えがある、本来荘厳で美しくも力強い歌だったはずだ、だが廃墟の沼地に響いた歌は虚ろで虚しかった。
「そうかあれはテレーゼの国歌だったのか?」
コッキーは無言でそれを認めた。
ベルの姿をしたアマリアがルディを真っ直ぐ見詰める。
「内戦で命を落としたものが瘴気の糧になった・・・それがドルージュ要塞の廃墟に集められた、先日の魔神の降臨でかなり消耗した様だが、戦が起きれば瘴気が集まるであろうて、何万もぶつかるのであろう?」
正確な総兵力をルディは知らなかった、だが噂から総合するとハイネの北に10万を越える軍勢が集結すると思われた。
「詳しい状況は知らぬが、ハイネの北に集まる軍勢だけで両軍10万を越えるのではないか?」
「十万か、めったにない大会戦じゃなルディガーよ」
「今回は三カ国が関わっている」
「うむ、なんとか止められぬ物かの」
「愛娘どの、俺はこの力を俗世の争いに利用したくないのだ、この力があればやりたい放題できてしまう、それは世の理を乱すのでは無いか?」
ルディは一息つくと賛同を求めるように皆を見渡す、だがベルはそんな事言われても困ると言いたげに眉の端を下げた、そしてコッキーは顔を伏せたままその貌はわからない。
アマンダも当惑したまま困っている、アゼルだけが賛同の表情を浮かべている。
「おぬしは前もそんな事を言っておったな、その懸念はもっともじゃ」
そして迷った後で今度はアマリアが意を決した様に皆を見渡した。
「実はわしはおなじ悩みを聞いた事があるのじゃ」
その言葉はその場に衝撃を与えた。
「アマリア、もしかして僕らと同じ人間を知っているの?」
それにすかさずベルが反応した。
「そうじゃよベル、アルヴィーンよ」
「アルヴィーン大帝か!?愛娘殿!!」
アルヴィーン大帝の名前を知らない者は庶民の中でも少ない、東エスタニアを統一する大帝国を作り上げた稀代の英雄だった。
百年前に帝国は崩壊したがその記憶はまだ色褪せてはいない。
偉大なる精霊魔女アマリアはそのアルヴィーンの魔術顧問を務めていた、ゲーラのアマリア魔術学院はアマリアの為に大帝が築いたものとして知られている。
「そうじゃルディガーよ、アルヴィーンも幽界の神に愛された存在だった、そしてお主と似た悩みを持っていた。
野心家で誇り高い男での、人の世の事は人の力で成さねばならぬ、己の力で望みを得られぬのでなければ価値がないと言い放つ男じゃったよ、そして人で無き者になって何かを掴む事に価値を見出しておらなかった」
「ぼくも人を捨てたくない、でも力に頼らなければ生き残れなかった」
ベルの言葉は誰かに向けられたものではない、まるで自分に語りかける様だ。
「そして大帝はどうしたのだ?」
ルディガーもまたその偉大な先人の判断と行動に強く引かれていた。
「俺は己の欲する様に生きる、それが気に食わなければ神々は俺から力を取り上げるだろうと、俺はそれでも構わぬと、もともと俺が頼んだ力ではないと言っておったよ」
アマリアは懐かしむように微笑んだ。
「なんとも剛毅じゃの」
ホンザがなかば感心したような呆れた様な声を上げた。
「歴史上の英傑に神隠しの伝説がありますが、アルヴィーン大帝も事実だったのですね」
感慨深げにアゼルがため息をついた、アゼルはこの様な場でも学問に意識が流される。
「じゃあ私もやりたい事をするのです、北から攻めて来た奴らの王様をやっつけるのですよ、もうリネインを焼かせません、かわりに奴らを土に返してやります!!」
「コッキー?」
そのコッキーの放つ異様な空気にベルがたしなめるように呼びかけた。
他の者達も驚いたアマリアすら例外では無かった。
「私は武器の使い方も知らないし難しい本も読めません、つまらない孤児院のコッキーなのです、でもこの力があればつまらない子供じゃないんです。
つまらないコッキーなんて捨ててリネインをテレーゼを護るのですよ、リネインに皆がいるんです、そのためなら人間なんてサヨナラなのです」
顔を上げたコッキーの瞳は黄金色の光に満たされていた、白目も瞳もそこには無かった。
そして彼女から凄まじい精霊力が吹き出し部屋を満たし始めた。
「落ち着いて、コッキー」
「コッキー」
ルディガーも力を解放してコッキーを抑える準備をする、ベルも精霊力を解放し始める。
「ごめんなのです、つい興奮しちゃいました」
急にコッキーの放つ力が落ち着いた、ルディも気を緩め力を抑える。
「おかげでわたしの気持ちがはっきりしました、私は戦うのですよ、狙いは敵の総大将、一人でも戦います、私の還る場所はリネインなのです」
コッキーはもう顔を伏せる事は無かったそして皆を見回した。
彼女の決意は覆せないそんな気がする、そして今の彼女がこうと決めたらそれを抑える事ができる者ははたして幾人いるだろうか?ルディガーは背中に冷たい物を押し付けられた様な悪寒を感じていた。
「そうじゃ、ペンダントと武器を持ってくるぞ」
アマリアは今度こそ部屋から出ていった、しばらく気まずい空気に包まれた。
塔を取り囲み旋回する瘴気の嵐の轟音が防音ガラスを貫いて遠くから聞こえている。