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アマリアのホムンクルス

吹きすさぶ嵐の様な轟音がどこからとなく聞こえてくる、古風で上品な客間の調度品が僅かに震え音を立てた、部屋の真ん中を玉虫色に輝く碧緑のドレスで身を包んだ女性が優雅に進む。

ルディはしばらく足が動かずアマリアの後ろ姿を見つめる事しかできなかった。


アマリアが誰も後ろにいない事に気づいて立ち止まる。


「驚いたかの?」

ベルの姿をしたアマリアはいくぶん楽しげに笑った。

「詳しい話をしてやる、はよついてまいれ」

ルディは意を決してアマリアの家に踏み込んだ、そしてここがアマリアの巨大な魔術道具『サンサーラ号』の中だと思い出した。

仲間が気になったのでルディはその場にとどまり皆を促す事にする。


アゼルとコッキーが真っ先に部屋に踏み込む、ホンザとアマンダは部屋の中を物珍しげに観察していたがあとに続いた。

だがベルは入り口で固まって動かない、未だに衝撃から立ち直っていない。

「ベル、愛娘殿の話を聞こう」

近寄り彼女の肩を軽く抱くようにして促す、ベルはルディを見上げてから苦笑いをしてから無言でうなずいた。




階段を登り機材が所狭しと置かれた研究室を通り過ぎる、螺旋階段を登り最上部のアマリアの寝室の前までたどりつく、そして扉の前でアマリアは立ち止まった。


「ホンザとアマンダは初めてじゃったな」


そしてベルの姿をしたアマリアは古風で瀟洒な木の扉を開いた、その中はお椀を伏せた形をした部屋だ、屋根は玻璃(ハリ)の様な透明な物質でできている、そこから塔の全周を見渡せる。

そこには異様な光景が広がっている、周囲を液体の様な漆黒の物質が渦を巻いて旋回している、そして真上は晴れわたり遥か遠くまで見通せた、だがそこに青い空は無かった。

薄い緑と濃い緑に淡い白い何かが見える、視界の端に濃い黒みがかかった青い何かがどこまでも広がる、全体に白い綿の様な何かが散らばっていた。


「何かしら?」

呆然としたアマンダの呟きが聞こえてきた。


「あれは幽界の大地じゃ、まずは儂と挨拶してくれ」


アマリアは部屋の中心のベッドに招く、その上に銀の髪に色黒の肌をした人間離れした美しい少女が眠っている、みなベッドを取りかこむ。

少女は全身をアマリアが纏うのと同じ玉虫色の豪奢な美しいドレスで身をまとっている、もう一人のベルが纏うドレスと同じ金の文様で彩られ輝いた、そして少女は目を閉じたまま身動き一つしない。


「もしやこの少女は?」

美少女を覗き込んでいたホンザが恐る恐るアマリアの顔を伺う。


「ん?これが本当の儂じゃ、前に話したと思うがのう」

「しかし実際に見るのと聞くのとでは・・」

さすがのホンザも目を疑った様だ。


「まあ、かわいい」

アマンダが嬉しそうにそっと少女のほほに指を近づけた。


「コラ触るでない!」

アマリアの叱咤でアマンダは我に還った、少し気まず気にしている。

ルディはベルそっくりの若い女性がアマリアの口調で話すのに違和感を感じて落ち着けない、そしてベルとアマリアを見比べてしまう。

ベルは未だに当惑しながら自分と同じ姿の偉大なる精霊魔女アマリアを見つめていた。


軽く咳払いしたアマリアは壁際の小さな白いテーブルを嫋やかな指でさした。

「まあよいそこにすわれ、話は長くなる」


白いテーブルの周りに白い丸椅子が幾つか並んでいる、皆は思い思いに腰掛ける。

「もてなそう、すこしまて」

見届けたアマリアはそう言うと部屋の奥の壁の小さな扉を開けると、中に茶器が並んでいた。

アマリアが茶を淹れるあいだ、みな異様な外の光景に釘付けになっている。




「できたぞ?」

アマリアの声でみなアマリアを見る、大きな木のトレイに陶器の古めかしい意匠のポットと茶器が乗っている、そしていくぶん薬臭い茶の臭いが漂う。


「あの木の人形はどうしたのです?」

コッキーは以前世話をしてくれた木の木偶人形を思い出したようだ、ルディもあの木の人形を見かけない事に気付いた。


「今はこの体があるので、お休みじゃよ」

アマリアは茶器を並べながら上機嫌で笑う。


「愛娘どの詳しい話を聞かせてくれんか」

ルディも流石に我慢してきたがもう耐えられなくなっていた。


「おおすまんの」

アマリアはそう言いながらティーカップに不思議な香りの茶をポットから注いで行く。


「アマリア!前ここで型を取られたけどそれだな?」

ベルの鋭いどこか冷たい声が割り込んだ、混乱から立ち直りベルがは怒り始めている、それがルディには良く解る。

アマリアの動きが止まった。


「ベル、型を取られただと?」

そこですかさず意識を自分に向けさせた、ベルは少し恥ずかしそうに頬を赤らめる。


「アマリアに頼まれて実験の手伝いをしたんだ、緑のドレスと魔剣をもらった」

ルディは思い出した、ドルージュ要塞の戦いでベルの服はボロボロになった、アマリアが剣と玉虫色の美しい緑のドレスを与えたのだ。

「思い出したぞそんな事があったな、ではアマリア殿その体は?」


「ベルを元にしたホムンクルスじゃよ、ははは」

アマリアは得意そうに上機嫌に笑った、その笑いはベルの姿に似つかわしくなかった、どこか子供じみている。


「やはりそうでしたか!!」

アゼルが叫ぶその叫び声は興奮を隠しきれていない。

「人工的に人を創造する、それは錬金術の究極の目標の一つです、まさかアマリア様がそれを実現していたとは!」

「信じられぬ、驚きばかりで心の臓に悪い、だが眼の前のこれを否定する事はできぬ」

ホンザがうめき声を上げた。


「しかし何の為に、ベルのホムンクルスを作られたのだ!」

ルディの言葉は内心の怒りを滲ませた、ざわつき始めた場はそれで静まった。


「わしの目的は飽くまでもワシの肉体と融合することじゃ、あの木偶人形では細かな作業ができぬでなそれが障害になっておった、幸いホムンクルスを作る機会を得たが、男共とコッキーに頼みにくくての、ベルの年齢や姿も調度よかった」

「ではホムンクルスと魂を融合させる事に成功したのですか?」

アゼルが腰を浮かせて叫ぶ、その叫び声は絶叫に近い、白い小猿のエリザが怯えてアマリアのベッドの下に潜り込んでしまった。


「おちつけアゼル、お前が驚くのでこちらが驚く暇がないわい」

ホンザがたしなめるとアゼルは浮かせかけた腰を降ろした。


「これは木偶人形を動かすのと基本は変わらぬ、まだ細かな制御はできぬが、今は自然に動かせる様に工夫を凝らしておる」


「愛娘どの、いったいどのように体を戻すおつもりなのだ?」

ルディはベッドの上で眠る美しい少女に目を向ける。


「方法は考えておる、サンサーラ号が座礁したお陰で身動きが取れぬが、カラスとヒヨコのお陰で準備を進める事ができた」

そこでルディはあの煩い得体の知れない小さな怪物の姿が見えない事に初めて気づいた。


「アイツラまだ生きていたのですね・・・」

コッキーの言い草にアマリアは苦笑いをした、それはベルに似つかわしくない老いた、いや幼さすら滲ませた不思議な笑みだ。

「あやつらのおかげで物質界で動くことができるようになった、そう嫌うでないぞ?」


「あいつらが役に立つなんて信じられない」

ベルもコッキーと同じ気持ちだった。


「サンサーラ号の機能を使えば世界(プレイン)境界を越える事ができる、だが特殊な触媒が必要になる、だが奴らとペンダントだけならば残り少ない触媒を節約できる。

それで儂の残した遺産を物質界から回収しておる、方法を一つずつ試しているがなかなか巧く行かぬ」


「見込みはあるのか愛娘どの?」

ルディは思わず話に割り込んでしまった、アマリアは不快を示す様子もなく言葉を続ける。


「厳しい、だが最後の方法を試す前にやっておかねばならぬのじゃよ」

アマリアはしばらく沈黙した、ベルの姿をしたアマリアの目は集点が合わず口を薄く開いている、それに皆一瞬だけたじろいだ。


「お主達に、もう隠す必要はないようじゃな」

急に生気が吹き込まれた様にアマリアは一同を見回してから口を開いた。


「幽界には幽界の海がある、そこを満たす水は幽界の羊水と呼ばれておる、幽界の羊水は物質世界で失われた魂とマナを分離する力がある。

そして上位世界から降りて来た魂に力を与え物質世界に転生させる、生命の融合の羊水なのだ。

儂の存在は結晶と化してサンサーラ号に保管されておる。

その結晶と肉体を再融合すれば復活する事ができる、だがあまりにも危険じゃ。

幽界の羊水を使えば永遠に肉体を再生し永遠に生きる事すら不可能では無いとされておる、故に古代文明ではその知識と技は禁忌とされておった、それに比べればホムンクルスなど大した技ではない」

この場にいた者はアマリアの話に圧倒され口を開くものはいなかった。


「さて今度は儂の疑問に答えてくれぬかの?お前達はどんな経緯でここに来たのじゃ?どうも儂に会うためでもないようじゃの?」






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