北の大導師とセザール
ハイネ城の魔導師の塔の頂上近くのセザールの執務室に数人の不吉な黒いローブ姿が集まる、一人の魔術師は塔の壁に空いた穴の断面を調べ、もうひとりは身を乗り出し塔の外壁を観察していた。
やがて壁の断面を調べていた魔術師がブツブツトと話し始めた、声から壮年の男と知れた。
「これは極低温に曝され衝撃を受けて破壊されたあとだ」
穴の外を観察していた男が身を起こした。
「断言できるのか?」
「断面がきれいすぎる、そして結露している」
「・・たしかに、外壁に粉の様な物質がこびり付いている」
残りの者達は部屋の中を調べていた、全員黒いローブに身を包みフードを深く被っているせいで人相がまったくわからなかった。
一人は本棚の書籍を調べもう一人は室内の魔術道具を調べている、最後の一人は目録と照らし合わせながら失われた物を調べ上げる。
だがセザールの執務机に触れる者はいなかった。
「破壊された物はないですね、書籍が三冊失われました」
目録を調べていた魔術師の声が聞こえてきた、その声は女性だが年は若くは無いだろう。
その時の事だった、室の中に心臓が圧迫されるような気配が満ちる、魔術師達は主の帰還を迎えるためにあわてて壁際に寄った。
僅かに部屋の空間が震え黄金の古代文字に彩られた漆黒のローブ姿が忽然とあらわれた。
「被害ヲ報告せよ」
いきなりのセザールの質問に慣れているのか、先程の女魔術師が一歩前に進み出る。
「本が三冊減っております、これが失われた蔵書のピックアップです」
女魔術師が差し出した手の平の上の羊皮紙がふわりと宙に浮かぶとセザールの手元にひらひらと飛んだ、まるで生きているかの様に。
「目の付けどろは悪くないな、古い書籍を選んでいる」
それに目を通したセザールの言葉とは裏腹に怒りが籠もっている。
「ベネットよ塔の管理下の渡り石を確認せよ、次にハイネ大聖霊教会の地下から発掘された総ての遺物を確認するのだ」
「セザール様そこから持ち出した者がいると?」
その質問にセザールは僅かに苛立ちを隠せなかった様だ。
「その可能性を潰す為だ、この世界には僅かながら渡り石が残っている、となると出処は外部となる」
「では我々以外の組織の?」
「そうだ、すぐに確認・・・」
そこで急にセザールが押し黙ったので部下たちは当惑の様子を見せた。
「セザール様?」
「我はせねばならぬ事ができた、お前達はここから下がれ人払いをするように、さあベネットよ行け!」
部屋にいた魔術師達が慌てて下がって行く、扉が閉じられると階段を小走りにかけ下る音がしばらくの間聞こえた。
すると部屋に静寂が戻った、壁の大穴から吹き込む夜風の音が聞こえてくる。
セザールは魔術術式を高速に編むと圧縮された詠唱を唱える、それは言葉を成してはいなかった、言葉の衝撃波を成しこの世界に浸透し結果を招き寄せる。
その直後に部屋全体が黒い滑るような闇に閉ざされた。
やがて遥か彼方から届くかのような声が聞こえ闇の中に赤い二つの光が浮かび上がる。
『セザール、奴らの襲撃を受けた様だナ』
「北の大導師よ、幽界の神々の眷属共ヲ魔界に転送しようとしたところ渡り石の干渉を受けた、行き先不明となった」
『失敗したか幽界の神々の干渉か?奴らの行き先は・・・わからぬか』
セザールは軽く頭を下げて同意する。
「さよう、これから干渉した者と奴らの行き先を突き止めル」
『セザール、闇妖精姫の干渉の可能性を忘れるな』
「なんと!我はアマリアの可能性を疑っておりました」
幾分驚いたセザールの口調に、闇の奥から面白げなそれでいて乾いた苦笑が聞こえてきた。
『ああ儂はすっかり忘れておったワ、だがあの女はこの世界にはおらぬ、世界の間で船ごと座礁したままだ、何ができると言うのか』
「だがアマリアが幽界ノ眷属と繋がりがある可能性を無視できぬ、渡り石が奴らの物であるならばナオ」
『世界の狭間にいるアマリアと接触した可能性があると言いたいのだな』
「そのとおり師よ」
『わかった儂もその可能性を考慮にいれよう、ところで城の結界の制御術式は無事か?』
「やつらは制御術式をおとりにここを狙っていた」
『まさか資料を奪われたのではあるまいな?』
「・・・」
『それは憂慮すべき事だ、我らが苦闘の末に復活させた死霊術の根幹に関わる問題、取り戻すか抹殺セヨ!!』
「こころえております」
『お前に任せよう、当面は』
北の大導師の言葉には問題の対処ができない場合は、ゼザールに任せてはおけぬと言う意味を含んでいる。
セザールは僅かに震えたが内心の気持ちを伺わせる物はそれ以上示さなかった。
「おまかせあれ」
『いいだろう、あとお前には手駒が足らぬ、闇妖精姫はやっかいな連中を集めておる、お前は把握しているのか?』
「怪しげな者達が姫の周辺に姿を現しているのは把握しています」
『わしも手駒を授けられた、それをお前の元に送ろう』
「な、なんと!」
初めてセザールの言葉が動揺する。
『儂とグディムカル帝国に恨みのある者たちが敵にまわった、魔界の神々も一致団結しているわけではない、それはお前も心得ておろう?』
「ではその不審な者達とは、まさか!」
『魔界の神々の眷属だ』
絶句するセザールを見て満足したのか乾いた声で笑う。
『奴らを闇妖精姫が手懐けている、どうやったのか見当もつかぬが』
「コステロ商会が噛んでいるか」
『かもしれぬがな、さてワシも忙しいここまでだ、抜かり無くやれよセザール』
その直後に闇に浮かぶ赤い二つの光は消える。
やがてセザールは術を解除する、暗黒の闇が消え壁の青白い魔術道具の光が蘇り部屋の中を照らし出す。
壁の大穴からハイネの街の夜景が見えた。
セザールは自分の執務机の豪華な椅子に腰を降ろした。
「渡り石を外部に流した者がおるノカ?あれは凡俗にはガラクタでしかない」
セザールは机をそのローブで包まれた腕で叩く、黄金の腕輪を嵌めた干からびたミイラの様な腕が姿をあらわした。