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バルタザールと師

暗く湿った石壁を青い照明が照らし出し、広大な地下空間を多くの人の叫びと怒号が飛びかった、その中でバルタザールの叱咤の声はその喧騒を切り裂き良く通る。

巨大な朽木の巨人と泥の人形が鉄の扉を支えている、だが扉の隙間から水が噴き出す。

魔術師達が術式でその水を止めようと奮闘している。

天井からは水雫が雨の様にこぼれ落ちる、屋根の石材の隙間から水が漏れて出している、それを見上げたバルタザールが大声を上げる。


「上層はどうなっている!!」

そこに駆け込んできた魔術師が答えた。


「はい、鉄扉を閉じて水を防いでいますが、かなりの水が入り込んでいます、現在術師達が対応しています」

「ある程度まで水を止めるのだ、その後で奴らが開けた穴を塞ぐぞ、手順は前と同じだわかったら準備を急げ」

「ハッ、かしこまりました」

魔術師は慌てて駆け戻って行く。


そこに下働きの者達が土のうを運んで来る、彼らはそれを鉄扉の前に積み上げ始めた。


その時バルタザールの横からピッポの声が聞こえた。

「所長、あの実験体はどうなりましたかな?」

バルタザールは少し驚いて声の主を見つめた。


「博士まだいたのか?安全な場所に避難したまえ」

「どうも気になりまして、私の人生の総てをかけた実験の成果なのです」

ピッポの視線は鉄の扉に向いている、その瞳は不気味な熱を帯びていた。


「心配するな、水を抜いたら実験体を回収する」

バルタザールの声に呆れた様な響きがあったが、ピッポはただ鉄扉を見つめている。


「奴らを捕らえる事ができれば、研究は進むはずなのですが・・・」

「それができなら苦労はしない!」

バルタザールは眼を見開く、バルタザールは幽界の神々の眷属の事を思い出したからだ、セザールから地下室を護る命令を受け忙殺されていたが魔導師の塔の状況を把握する必要がある。


「お前は魔道師の塔に向かえ、向こうの状況を報告しろ!」

バルタザールはここの責任者の一人の中位魔術師を指名する、彼は慌てて地下室から飛び出して行った。


そこに別の魔術師が慌てた様子でやってくる。

「バルタザール様、魔術師が二人行方不明になっています、脱出に失敗したと思われます」

これを聞いた数人の視線が鉄扉に向けられた、鉄扉の向こうは堀の水で満たされているはずだ。


「未熟者め、術を駆使すれば容易に脱出できる」

バルタザールは怒りに任せて吐き捨てた。

事実バルタザールは水沈した地下室からまったく溺れる事も無く無事に脱出に成功している。

そこに急に天井から雨の様にふりそそぐ水が増え始めた。


「これは!?私はやはり避難いたしまずぞ!」

ピッポは慌てて東側の口に向かって走り去って行った、バルタザールはその後ろ姿を見て鼻で笑う、そしてまだ水が吹き出す鉄扉を見た。

職人達が扉の隙間に何かを詰めている、そして熱いタールのような黒い何かを塗り始めていた。

まもなく応急処置が終わる。


「俺は上層を見てくる、ここはまかせるぞ」

近くにいる金の首飾りをした年齢も性別もわからない長身の黒いローブの魔術師に声をかけると走り始める、黒いローブの魔術師は軽く頭を下げてバルタザールを見送った。


その時の事だった、不気味な地鳴りがすると地下室が細かく揺れる、バルタザールは足を止めて何が起きたか探った、だが振動も地鳴りもすぐに消えてしまった。


そして走り始めようとした瞬間、地下室の中に心臓を鷲掴みにする様な圧迫されるような気配が満ちたのだ、魔術師達は手を休めて壁際に慌てて逃げる。

バルタザールは何が起きようとしているか知っている、師匠である大死霊術師のセザール=バシュレが転移する時に生じる時空の歪みと深淵から湧く瘴気の気配だ。

暗黒の通路が一瞬だけ開き黄金の古代文字で彩られた黒いローブ姿が宙に音もなく現れた。

深く被ったローブの奥の虚ろな眼窩の奥で青白い鬼火が二つ揺れていた。


「奴らをこの物質界から予定通り放逐した」

陰々滅々とした師の声はローブの奥から響いた、まるで奈落の底から届くようように。

それを聞いた魔術師達の間からあからさまに歓声がわき起こる、あの人外の怪物たちの相手は懲り懲りだった、だがセザールの声が不機嫌な事にバルタザールは気づいた。


『魔界に捨てるつもりだったが邪魔が入り失敗した、奴らがどこに行ったのか把握しなければ、より大きな危険を招く可能性がある』

それはバルタザールの耳に嵌めた小型の魔術道具から聞こえてくる。

『あれは偶然ではあり得ない、渡り石が偶然あの場所あの時に現れるはずがない』

「渡り石ですと!?」

思わずその言葉がバルタザールの口から漏れた。


『口を開くな愚か者、お前にここをまかせる、我々の渡り石の確認は他の者にやらせるよいな』

バルタザールは答える替わりに軽く頭をさげて答えとした。


「我は魔導師の塔に戻る」

セザールの姿は忽然とかき消えた。


バルタザールは幽界の神々の眷属達が渡り石を持っている可能性に行き当たり愕然とした。

あれがあれば異界の高位の神々を召喚する事や世界(プレイン)境界を越える事を容易にする力がある。


天井から落ちてきた雫が額に落ちた、それが自分の役割をおもいださせる。

「俺は上層を監督する」

バルタザールは再び走りだした、いつのまにか地下室は豪雨の様になっていた。







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