精霊亭の酒場
四人はゲーラの西門近くで今晩の宿を探していた。
「今日は『ゲーラ宮殿』は避けたいね、外も中も悪趣味な豪華さだったし、名前も何かいかがわしい宿みたいで嫌だよ」
ベルが今更になって苦情を並べはじめる。
「ベルさん?いかがわしい宿ってなんです?」
「えっ?あっ!?コッキーはそう思わないの?」
「そうでしょうか?」
「確かにあそこの内装も備品も値段の割に話にならなかったな」
ルディが思い出した様に不機嫌に顔を顰めた、コッキーは豪華だと思ったが悪趣味かどうかまでは解らない。
「では今晩はそこの宿にしますか?昨日満室で取れませんでしたが、良い感じの宿です、小奇麗で客筋も悪くなさそうでした、この時間なら二部屋取れるかもしれませんよ」
アゼルが『精霊亭』の大きな看板がかかった小奇麗な宿屋を指さす。
そこの宿を覗いて見ると、一階の酒場も豪華では無かったが掃除など行き届いているのが良く分かる。
「良い感じの宿だね」
「ここはゲーラで一番評判の良い宿ですよ、私は高いので泊まった事はありませんです」
運良く二部屋取る事ができたのでベルは機嫌が良くなった、着替えや荷物の整理で気を使わずに済むのは有り難いのだ。
「荷物は部屋から出る時はこちらの部屋に入れてください、魔術で護りますよ、本当に重要な物は肌身離さないでくださいね」
そしてアベルは精霊通信の準備を始める、すでにエリザはベッドの下で眠っていた。
「コッキー、僕たちの部屋に行こう」
「いろいろご迷惑をおかけしますです」
「気にしなくていいよ」
ベル達の部屋はルディ達の部屋の隣だった、一回り小さな部屋だが問題は無い。
ベルがさっそくベッドに身を投げ出して手足を伸ばす。
「今日は二日分くらい長い一日だったね」
「はい、あの世界で一日ぐらい居ましたよね?戻って来てからまた一日ありました、本当にとても長い一日です」
「あちらの世界に行ってた時、喉も渇かなかったし、お腹も空かなかったけど気がついた?」
「確かにそうでした・・・」
「オヤツを買ったけど無駄になったね、持ちの悪い物から食べようか」
そこにルディが二人を呼ぶ声がする。
「二人とも下で夕食を取ろう」
宿の酒場はほぼ満席で、四人は酒場の片隅の狭いテーブルに押し込められてしまった。
本日のお勧め定食を注文したが、隣の席の酔っぱらい客の声がやたらと大きい、そこは傭兵らしき男達が数人たむろしていた。
「ああ、あいつらいったい何だったんだ?」
「知るかよ、頭がおかしいとしか思えないぜ、矢が刺さっても槍で突かれても止まらねえんだ」
「だがよ、死人でもないらしいな、隊長が言っていたが」
酒場で漏れ聞く噂話には馬鹿にできない価値がある場合がある。
ルディは給仕の少女を呼びつけ麦酒を追加で注文した、給仕の榛色の髪をした背の高い少女は元気いっぱいに厨房に向って叫んだ。
「麦酒大ジョッキ一杯入りまーす!!」
旅に出てからルディは酒を飲まなかったのでベルは少し意外に感じていた、本来ルディは酒が好きな男だった、ベルは消毒用の蒸留酒をルディに飲まれて喧嘩になった事を思い出す。
「麦酒一杯5ビィンです・・・」
ベルがぼそっと呟いた、それを聞き咎めたルディが苦虫を潰した様な顔を一瞬したが、それをコッキーは見逃さなかった。
(ベルさんのお尻に敷かれているのです?)
アゼルが声を潜めて誰ともなく話しかける。
「隣はベントレーの戦の話でしょうか?」
「今日の朝、北門からリネイン軍が入城して来てたよ、負傷兵もいた」
「ならば戦は終わったのかもしれんな」
酒場の喧騒に紛れて男たちの会話が時々漏れ聞こえてくる。
「・・・余計な事を話すなとか言っていたが手遅れだろ、戦場には2000人は居たんだから」
「俺も見た、あれは狂っていたと思うぜ、目が逝ってた、あれは阿片のようなものでイカレていたと思うぜ?」
「聞いた事があるな、阿片を使うと恐怖も痛みも感じなくなるとか、詳しくは知らんが」
「だがよ兵隊に使うとなると正気じゃねえな」
そこに先程の背の高い少女が定食四人分を運んできた。
「テーブルが狭くてごめんねお客さん、麦酒はすぐに持ってきまーす」
給仕の娘は色白で鼻の周りにそばかすが浮いていた、踊るような歩き方で見ているだけで楽しくなる。
ルディがそんな少女に話しかけた。
「お嬢さん、ここはべンブローク派とヘムズビー派のどちらなのかな?」
「たしか、べンブローク派だったと思うわ、それがどうかしたの?」
興味なさげに少女が答える。
アゼルが少女に5ビィン硬貨をチップとして渡してやる。
「わお!!さんきゅーね、お兄さん!!」
満面の笑顔になって少女は答える。
「旅の人ね、戦に興味があるのね?」
「安全の為にも知っておかなくてはな」
「そうよねー」
「最近ベントレーで戦があった様だな」
「ええ兄弟喧嘩よ、相続争いだってさ、ここは兄の方に味方したみたいよ、皆んな義理で参加しているから、気の抜けた戦みたいよ、あはは」
「士気が低いようだな」
アゼルが吐くように誰ともなく呟く。
「ダラダラ戦をしているから40年も戦いが続くのですよ」
「あはは、まあそうですよねー」
少女はどことなく苦笑いを浮かべた。
「でも昔は本気で戦っていたみたいよ」
「おっと、あまり話していると店主ににらまれちゃう、お酒を持ってくるわね」
少女は陽気な明るい声で厨房に帰っていった。
ベルが声を潜めながらルディとアゼルを見やる。
「ねえ隣の話だけど、あのでかい奴に似てない?」
「ええ、私もあの大男を思い出しました」
ルディは首を横に振りそれを否定した。
「狂戦士だったか、戦力になるとは思えん、戦は軍として戦うものだ指揮官の命令に従わない兵など役にたたん」
それをアゼルとベルはうなずいて肯定した。
コッキーはそんな三人を不思議な物を見るような目で見ていた。
「麦酒です、おまたせー」
「おお、ありがとう」
先程の給仕の少女が麦酒を運んできた。
「ねえ、兄さんはお酒は飲まないの?」
「私は旅の間は酒を控えているのですよ」
少女は麦酒の大ジョッキをテーブルに置いてアゼルを見た、その瞬間少女が固まった、少女の顔がみる間に赤くなって行く。
「あ、あのお兄さんのお名前は?私はセリアです」
それをベルがうんざりした表情でアゼルとセリアを眺めている。
コッキーも驚いて二人を見比べてからベルを見てすぐに目を逸らした。
ピッポファミリーは安宿『ゲーラの首飾り』にまたも泊まる事になった。
「さてテヘペロさんとテオよ、なかなか興味深い事が起きたようですね」
「まずは順番に行きましょう、さてテヘペロさん詳しく状況を説明していただきたい」
「そうねまず広場の近くの魔法道具屋にあいつらが入った後で、小娘二人が出て行って何処かにいったわ」
「あの娘にはあの男に張り付いていてもらわないと困るだろ?」
「マティアスさん、まあそう言わずに、私には細かな命令はできませんからな、ヒヒッ」
「俺はあの小娘共の後を付けた、これは後で話す」
テオ=ブルースが割り込んで一同を見渡しテヘペロに目線を流した。
テヘペロは場が落ち着くのを待ち、再び言葉を続ける。
「だいたい3時間たった頃ね、あの感じは精霊宣託の術式の展開ね、それが店の中で行使されたわ、規模は中位精霊と言ったところだけど」
「そこまでは中位精霊だったわけですな?」
「そうよ、あれは精霊の椅子の店主の施術みたいね、後で調べたけどホンザ=メトジェイとか言う上位魔術師だったわ、その術の展開中に精霊力がいきなり増大した、あの力は上位精霊よその中でも特に強い奴」
「過去に事例は有るのよ、上位の精霊が下位の精霊の術式に何らかの理由で割り込んで来た記録があるの、あいつらどう見ても普通の人間ではないわ、あの剣もそうだし異常な力を発揮したり周りで異常な事がいろいろ起きる」
「姉さん、それって精霊の考えで割り込んだんですかね?」
「残念だけど出てきた理由はわからないわ」
「ところでテオさんの方は何が起きたのですか?いまいち私には理解できない」
「俺は、あの二人の小娘の後を付けたんだ、二人はあの魔術学院の廃虚に向かった、そして奴らは学院の廃虚の地下に入っていった」
「あの片方の黒い奴は恐ろしく感が良いですぞ、良くばれませんでしたな、ひひひ」
「奴らは一時間経っても地下から出てこなかった、俺も地下に入ってみたが何も無かった、だが街に戻ってみたら奴らが居たんだ、何を言っているかわからねーと思うが」
「秘密の地下道でもあったんすかね?」
「あそこには抜け道など無い」
「まあ私はテオさんを信じますよ、いひひ」
「彼らには剣以上の秘密がありそうです、私の願いを適える手がかりを与えてくれそうな、そんな予感がするのですよ」
「そうね、あいつら自身の方が魔剣より価値が有るような気がしてきたわね」