衝撃の再開
「ホンザ殿、こっちにアゼルがいるぞ!!」
アゼルの耳に聞き慣れた声がとどく、背中が冷たい固い何かの上で寝ている、しだいに意識がはっきりとしてくる。
「おいアゼル眼を覚ませ!!」
それは友にして主君であるルディの声だ、体が強く揺さぶられた、アゼルが薄くまぶたを開くとルディが心配げに覗き込んでいる。
「ルディ・・・」
「アマンダがいた、そっちに運ぶ」
遠くからベルの声が聞こえて来る。
アゼルが体を起こすと目に入るのは一面灰色の世界だ、地面は白い大理石の様な磨かれた石でできている、良く見ると隙間なく緻密に敷き詰められた板でできていた、その表面は冷たく表面は滑らかだ。
これは間違いなく自然に生まれた物ではない。
空は灰色の雲が低く垂れ込め、遠くの景色は白い靄で霞んで見えた、この景色にアゼルは見覚えがある、ここはあの狭間の世界に似ている。
「殿下まさかここは!?」
「ああ、前に来た狭間の世界に似ているな」
ルディはアゼルに同意した、アゼルは軽くふらつきながら立ち上がる。
するとホンザとコッキーがこちらに向かって歩いて来るのが見える、コッキーが片手を上げて手を振った。
反対側からはベルとアマンダが駆け足でこちらに近づいてくるのを感じた。
「ルディガー様、いったいここは!?」
アマンダの声は焦りを感じさせる、いつもの彼女らしくなかった、アマンダは不安げな仕草で灰色の世界と陰鬱な灰色の空を見上げる。
「全員集まったな」
ルディは皆を見渡した。
「ここは前にも話をした事があると思うが狭間の世界に似ている、だが確証は無い」
「ここが物質界と幽界の境界の世界なのか?」
ホンザは興味深げに周囲を見渡した。
「雲が晴れれば幽界が見えるよ」
ベルがそう断言したのでホンザがぎょとした様な顔をして空を見上げた。
「殿下これはセザールの仕業でしょうか?」
アゼルがルディに替わってアマンダの疑問に答える事にした、ルディもアゼルのほうが適任と判断したのかアゼルに任せる様子だ。
「アマンダ様、セザールが我々を魔界に送り込む様な事を言っておりましたが覚えておりますか?」
「ええ覚えているわアゼル、でもここは魔界ではないのですね」
「はい何かトラブルが起きたのだと思います」
そして何かを思い出そうとしていたルディが口を開いた。
「奴は渡り石が何かと言っていたな」
そのときの事だったアゼルは小さな白い友人エリザベスが突然あの部屋に現れ、アゼルの懐に飛び込んで来た事を思い出す。
「エリザベスはどこに?」
それにベルが驚いてアゼルをまじまじと見つめる。
「エリザベスだって?エリザはあの屋敷にいるはずでしょ?」
「いいえベル、エリザベスがあの部屋に現れ私の胸に飛び込んできました」
そこで何かを思い出したコッキーが口はさむ。
「そういえば最後に白い何かがアゼルさんのところに走っているのを見た様な気がするのです」
「俺は気づかなかった、奴とあの装置に気をとられていた、最後は眩しくて何も見えかったからな」
彼らは改めて周囲を見回すが近くに小さな猿の姿は無かった、探すににしても手がかりも何もない、アゼルはあれは夢だったのかと疑い始めた。
「ところでルディガー様、先程の渡り石とは?」
アマンダの問いかけにルディは助けを求める様に心在らずなアゼルに視線を移した。
「アゼル頼む」
アゼルの乱れる思いを親友の言葉が断ち切る。
「あ、解りました」
一息入れる間に考えをまとめた。
「古代、我々のいる物質界と幽界は行き来が簡単だったと言われているのはご存知ですか?アマンダ様」
「ええ知っておりますわ、聖霊教では精霊王がそれを禁じたとされていますわね」
「魔術師達の間では、公然の秘密ですが幽界との行き来を容易にする触媒の様な物質があったとされています、ですがこの物質の研究は進んでいません、あまりにも希少だからです。
古代の世界間戦争で消費しつくされたとされています」
「それがあの部屋にあったのかしら?」
「私も渡り石の残骸を僅かですが持っています、ベル嬢がラーゼの武器屋で偶然見つけて手に入れたダガーです、お見せします」
「僕の剣の鞘もそこで買ったんだ」
ベルは腰の帯剣ベルトから下げたグラディウスの鞘を指さした、それは古代ロムレス帝国時代の雷神の文様が描かれた一品だ。
アゼルは腰のベルトの革の小物入れの中を探る。
「アマリア様がダガーを触媒に通路をお開きになりました、だいぶ消費されてしまいましたがまだ破片が残って・・・」
「どうしたアゼル?」
「いえ破片を入れた革の小袋が有りません、もしや屋敷に置いてきたのでしょうか?」
アゼルは他の小物入れを探り、服の小物入れを探るが見つからなかった。
「申し訳ありません」
「あいつの足元で白く光っていたのがそれじゃないの?」
ベルの指摘にアゼルは困惑した自分はそんな事はしていない、そこで眼を見開く。
「まさかエリザベスが?」
しばらく誰も口を開かなかった。
「議論も推理も後だ、今はこれからどうするか決めねばならん」
ルディの声が堂々巡りのアゼルの思索を断ち切る、そして周囲に眼を光らせているベルに声をかける。
「ベル何か見つかったか?」
「ルディ、感覚を広げても何も感じない、前に来たときと同じだ、どんな荒れ地でも生物の気配がある、でもここには何も無いんだ、こんなところで闇雲に動いても疲れるだけだよ」
ベルの声が彼女の内心の動揺を伝える、アマンダがベルに近づくと肩をその美しくも逞しい腕で抱いてやった。
「ベルの言う通りですわね」
「ここを中心に、少しずつ周囲を探索するか・・・」
ルディは霧がかかったような灰色の世界を見渡してそう結論を下した。
「ルディ!!こっちから何かが来る!!」
ベルは白い霧のある方向を差して叫んだ。
「敵か!?」
この灰色の世界にも危険な敵がいた、黒い得体の知れない物質を食らう不気味な敵がいる。
叫ぶとすかさず背中の大剣を抜き放つ、黒い両刃の剣は精霊変性物質の魔剣『無銘の魔剣』だ。
「違うもっと小さい、白い光だ生きている!」
ルディが僅かに警戒を緩めたのが背中から伝わった、そして皆ベルが指す方向を凝視する。
「きますよ、わたしも感じるのです」
アゼルはコッキーから僅かな精霊力の高まりを感じた。
それは小さな白い影でどんどん近づいて来る、アゼルはある予感にかられたが声も出ない。
「エリザだ!!」
視力の優れたベルが最初に正体に気づいた。
「お猿さんなのです!!」
コッキーの叫びと同時に白い小さな猿がアゼルの胸に飛び込んで来る。
「エリザベス、貴女でしたか!!」
アゼルも小さな相棒を抱きしめた。
「いったいどうやって魔道師の塔に現れたのでしょう?」
アゼルは当惑する事しかできなかった。
『まさか、お主らが来るとはのう、ホンザとアマンダまでおるのか』
突然聞き慣れた声がしたので皆驚く。
「その声は愛娘殿か?」
アゼルが声のする方を見ると美しい碧緑の玉虫が虹の様に輝きながら宙に浮いていた、その声の正体は小さな昆虫から聞こえてくる。
それは軽い羽音を立てながら戸惑うルディの胸に留まった。
『お主達がどうなったか不安だったが無事で何よりじゃ。
この子猿がワシの探知網にかかっての、調査を始めたらお主らを見つけたのじゃ、さあワシの家に案内するから子猿が来た方向に進め、力を節約するので一度切るぞすぐ戻る』
そう急ぐように語ると玉虫は沈黙してしまった。
「助かった、愛娘殿の言う通りにするしかない、さあ行こうか」
ルディの意見にしたがい皆、エリザがやって来た方向に歩き始める、エリザはアゼルの肩に乗ると寛ぎ始めた。
そこからどのくらい歩いただろうか、この世界では時間の感覚が狂う、僅かしか歩いていない様な、何日も歩き続けているような感覚に捕らわれ不安になってゆく。
それに耐えきれなくなった頃、霧の彼方に巨大な黒い竜巻の影が見えてきた、
それはアマリアの塔を囲む暗黒の竜巻だ、だが竜巻の暗黒が以前よりもずいぶん薄くなっている、アマリアが幽閉されている塔の影が透かして見えた。
そして竜巻の上空の雲が僅かに青くなっていた。
そして運が良かったのかここまで敵は姿をあらわさなかった。
「瘴気が減っていますね」
『そうじゃアゼルよ、魔神の召喚でドルージュの膨大な瘴気が消費されたようじゃな』
ルディの胸に留まった玉虫が突然声をはっした。
「愛娘殿、ここからどう進む?」
『向かって二時の方向に進むのじゃ、小さな祠がある、そこまでくれば前と同じじゃ、煩い敵がいるがお主らの敵ではあるまい』
そしてアマリアは再び沈黙してしまった、まだ話を聞きたかったルディは苦笑いを浮かべたがアゼルも同じ気分だ。
祠はすぐに見つかった、入り口から白く淡く光る長い階段を下ると長い通路がどこまでも続いていた、やがて通路は壁にぶつかり終わる、だが手慣れたもので狭い隠し扉を起動すると黒い口が開いた。
コッキーとベルが先行し警戒する、最後にアマンダが窮屈そうに口を抜けた、アマリアが幽閉されている塔の内部は上下にどこまでも螺旋階段が伸びその先は暗闇の中に消えている。
そして塔の内は重々しい嵐の様な轟音が響き渡る。
「とんでもない高さの塔じゃな、しかに嵐の様にうるさいのう」
ホンザは魔術道具の照明を点灯させながらこぼすした、地響きを感じるほどの嵐の様な轟音が塔を細かく振動させている。
「ホンザ様、前に来た時より静かになっています、アマリア様の言う通り瘴気が減っているのでしょう」
「これでもか・・・」
ホンザが呆れた様に呟いた。
「皆足元に気を付けて、おれが先頭だベル後ろを頼む」
ルディが指示を出すと先頭を進み始める、みなそれに自然に従った、そしてベルが背後を警戒しながら最後尾についた。
「貴女は前を警戒しなくてもいいの?」
「アマンダ、何かが後ろから落ちてくるかもしれないからだよ」
「えっ?」
そんな二人の会話が後ろからアゼルの耳に届く、この塔は中間部分で上下が入れ替わるのだ。
邪魔をする怪異をあっさりと倒しながら進んだ、階段を登り切ると塔の造形とあまりにも異質な風格のある木の扉が目の前にあらわれる。
「やっと来たか、今扉をあけるぞ」
扉の向こうから若く澄んだ美しい女性の声が聞こえてくる、その声を聞いた皆が凍てついた。
口調はアマリアその人だった、だがその声の質はあまりにも良く知っている人物に似すぎている。
やがて扉が開かれた、そこに碧緑のオーロラの様に輝くドレスを纏った若い女性が立っている、ルディの顔が驚愕に変わり眼が見開かれる。
「ベル!?」
そこにいたのはアマリアの碧緑のドレスを纏ったベルその人がいた、だが彼女から目の強い輝きが欠けている。
全員の視線が一番後ろにいるはずのベルに向けられた、まるで軋んだ音がするかのようにゆっくりと顔を向けた、そして一番驚いているのはベル本人だった、自分そっくりな若い女から眼が離せない。
「驚いたか?わしはアマリアじゃ、詳しい話はなかじゃはよ入れ」
ベルの姿をしたアマリアは踵を返す。
「おっと回収じゃ」
ベルの姿をしたアマリアが振り返る、ルディに歩み寄り彼の胸に留まった玉虫をつまんでニャリと笑った、そのまま優美な歩調で部屋の奥に進んで行ってしまった。
残された者たちはしばらく動くことができなかった。