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地下施設の戦いの始まり

大きなくしゃみをしてベルは眼を覚ました、目の前に美しい人形の様なコッキーの顔があったので驚いた、そして彼女の背後に朽ちかけた薄汚れた天井が見える。


「うわっ!?」


ベルは小さく叫ぶと視線だけ素早く動かし部屋の中を探る、そして自分がどこにいるか思い出した、ハイネの南にある小さな廃村の見捨てられた古い屋敷の中だ。


「いつのまにか寝てた」

ベルは知らずに長椅子の上で眠っていたらしい、そして目の前のコッキーはニヤニヤと嫌な顔をして笑っている。


「ベルさん起きてください、そろそろです」

ベルは壁にかけられた魔術道具の刻示機に視線を走らせる、最後の打ち合わせから一時間程経っている。

気がつくと仲間たちも暗い部屋の中で皆思い思いの姿で身体を休めている。


「変な夢を見た・・・コッキー」

コッキーは眉を八の字に寄せた。


「変な夢です?」

「うんエルニアの夢、いろいろ陰口を言われてた、最後に鼻に毛虫が入ろうとしたところで眼が覚めた」

コッキーが何か言いかけたが、その時アマンダが床から立ち上がる。


「さあ皆様時間ですわ」

学校の先生の様なアマンダの口調に合わせるように皆立ち上がる。


「おそらくセザールとぶつかる事になる、気を引き締めていこう」

ルディはそう声を出すと大剣を背に背負う、そして腰の革ベルトに付けられた小物入れの中身を改め始めた。

アマンダは行商人の薄汚れたローブで身を包みフードを深く被る、こうすると大柄な彼女は性別も年齢もわからなくなるのだ。


ベルはさすがに高級使用人のドレスは身につけていない、ボロボロになった煙突掃除の少年のような服を治しながら着ている、鍛え抜かれた細身の腰を頑丈な帯剣ベルトで締めると愛剣グラディウスを佩いた。

アマリアからもらった精霊変性物質の剣は先日の白髪の吟遊詩人との戦いで失われてしまったのだ。

そしてグリンプフィエルの猟犬の尾を輪にして肩にかける、この鞭は使いにくいがこの世ならざる者との戦いに大きな威力を発揮する。


アゼルは小さな小物入れを幾つも付けたベルトを腰にはめた、そこに小さな魔術道具を幾つも挿している、青い魔術師のローブを羽織ると金属製の魔術道具の錫杖を手にとった。

そして白い猿のエリザにここで大人しく待つように諭しはじめた。


老魔術師のホンザは小さな背嚢を背負うと、その上から濃緑のローブを羽織ってしまった、そして木製の古い杖を手に取った、そしてローブと同じ濃緑色の三角帽子を深く被ると白い長い髭のせいで御伽噺の魔法使いのような姿に変わる。


皆の準備が終わるのを見守っていたルディがコッキーが特に何もしていない事に気づいた。


「どうしたんだコッキー?」


コッキーはしばらく迷っていたが決意したように皆の顔を見渡した、ベルもアゼルもアマンダも皆コッキーが何を言い出すのかとコッキーを見つめる。


「あの、みんなにお話があるのです、ミイラをやっつけたら私はグディムカル軍と戦います、テレーゼが好きなんで勝って欲しいけど違うんです。

リネインに孤児院があるのです、そこに司祭長様や修道院長様が皆がいるのです。

リネインが戦で焼かれて孤児になった子もたくさんいます、だから私は皆と分かれて戦う為に北に行くのです」


皆驚いた様な顔をしている、ここにいる者はホンザ老師を除いてエルニアに縁がある者達ばかりだ、ルディをはじめグディムカル軍と戦うと言う意識は希薄だった。

また幽界の力で超常の力を得ている、降りかかる火の粉を払うのに手加減しないが、力を人の世界の争いごとに利用する事に戸惑いがある。


「コッキーしかし、幽界の力を」

ルディはそこまで言って口を閉ざした、コッキーがテレーゼの大地母神メンヤの力を受けていることに気づいたからだ。


「それは女神メンヤの意思なのか?」

ルディガーは何かを恐れるかのような、その顔は苦しみすら滲ませている、それを見たアマンダとベルの顔も強張った。


「違うのです!女神様の命令なんかじゃありません」


コッキーの応えは早かったそれを力強く否定する。

「命令されたわけではありませんよ、ただ守るために戦うのです、リネインを二度と燃やさせません!」

ルディはうっすらと微笑んでいた、どこか安心したかの様な穏やかな微笑みだった、そしてベルはその微笑みの意味に気づいて背筋が寒くなる、もし女神アグライアが自分に何かを命じてきたらどうする?

アマンダが不思議そうな顔でベルを見ていたがそれに気づく余裕は無かった。


「コッキーの意思なら尊重したい、俺はこの力で人の世の争いに介入すべきではないと考えている、だがそれを君に押し付けるつもりはない、それに俺達のしてきた事が少なくない影響をあたえ始めている。

俺はエルニアの公子だ、片方に加担する事自体さけねばならぬ、追われる立場であっても血の責任から逃れる事はできない」


コッキーは目を見開き口を小さく開いた彼女も気がついたのだ、エルニア大公の親族が片方の陣営に加担していたとなると大きな問題になりかねない、そしてルディ達は謀反人として追われている立場だ。


「私は私の気持ちに正直に生きるのですよ」

コッキーの宣言に誰も何も言うことができなかった、ベルはその気持は本当にコッキーの気持ちなのかと思ったが口には出さなかった。

それは自分の気持も本当に自分の気持ちなのか確信が持てなかったからだ、その考えは不気味で底知れない恐怖を感じさせる。



「さあ、今は気持ちを切り替えてセザールとの対決にのぞもう」


ルディの声が朗々として力強く明るく響いた、だがベルはルディに迷いや不安がある時のクセだと知っている、アマンダの横顔を見た時に彼女も自分と同じ気持ちだと知った。




夜の森の中を数人の人影が北に奔る、それは人の速さを越えていた、幽界の神々の眷属と聖霊拳の達人と高位の魔術師の力がこの速度を実現していた。

彼らの進路に戦時下の闇に沈んだハイネ市の影が次第に迫りつつあった。


そのハイネの北辺の中央にテレーゼ王国の王城ハイネ城が聳え立つ、王家が絶えた今はハイネ評議会の管理下に置かれている、巨大な城はハイネの旧市街を取り囲む外壁と一体化し北の水堀と共にハイネの北の護りの要になっている。

ハイネ城はセクサルド帝国時代の大改築で今の姿になった、城の四隅の大尖塔は東エスタニア有数の高さを誇る、そしてハイネの水道設備はハイネ市民の誇りだ、北西の山地の水を水道橋でハイネ城内に導いていた。

その水は城から市内各地に配水されている、かつてこの水道橋からベル達が城内に潜入した事があった。




そのハイネ城の地下の最深部は魔道師の塔の管理下に置かれていた、ハイネ評議会の評議員の一人であるセザール=バシュレがかつて地下牢に使われていた階層を独占的に使用している。

そしてハイネ城の北東の大尖塔『魔道師の塔』もまた彼が占有的に使用していた。

彼はハイネにおいて隠然たる影響力を持ち、ハイネ魔術師ギルドから独立した存在だ、彼がなぜ大きな影響力を持つに至ったかは謎が多くハイネの裏世界との繋がりを長年囁かれ続けてきた。


その地下の石造りの大きな部屋には窓が一つも無かった、青暗い魔術道具の灯りに照らされた壁から水が染み出し雫が滴り落ちた。

壁際に木の机や椅子が寄せられて積み上げられ、木箱の中に割れたガラスの破片が詰め込まれている。

木の机や椅子は水の中に漬けられていたように湿っていた。

その広い空間の片隅に石でできた石のベッドのような台が設けられていた、その周りを黒いローブの魔術師らしき者達が囲んでいる。


「ピッポこれが試験体だ」


気品のある尊大な声に呼びかけられた小柄な黒ローブの男は台の上の物体を見て目を見開いた。


「所長これは?」


所長と呼ばれた黒いローブの背の高い男はセザール=バシュレ記念魔術研究所の所長バルタザールその人だ、酷薄そうな貴族的な容貌はフードに隠れていて見えない。

台の上には人の様な形をした何かが寝かされている、全身の皮膚が溶けて無くなり、黒ずんだ筋肉に無数の穴が開いている。


「母体は狂戦士病の男だ」

「なんと!!」

ピッポは驚愕し思わず叫んだ、かつてアルムトの大学で狂戦士病の解明と治療薬の研究をしていた事があったからだ。

「この男は異界への門を解明する為の実験に使われていたが、武器として転用され破壊された」

ピッポは混乱した幽界の門の原理を解明する事で魔術師になる事が自分の夢だったからだ。


「しかし狂戦士病の男を利用できるものでしょうかね?」

少し気が落ち着いたピッポは疑問を感じて言葉にする。


「これはなかば不死者だ、ここまで言うならば君に理解できるはずだ博士」

「死霊術ですな・・・」

「それだけではない術者の命令しか聞かぬでは兵器にならん」

「まさか、では私の死霊への命令強制の研究ですか?」

「そうだ、君の禁じられた研究を発展させたのは我々なのだよ、ベドナーシュ博士」


ピッポは言葉も無かった、そしてある可能性を感じ歓喜がこみ上げるのを感じていた。


その時、はるか遠くから何か人の喚き声と重い爆発音が聞こえ、堅固な石造りの部屋が揺れた、魔術師達の視線が音のした方向に向いた。


「何だ?まさか奴らか」


バルタザールの声が震えている、その直後に魔術道具の警報音が耳障りな不安をあおる不気味な音を奏で始める。


しだいに騒音が大広間に近づいてくる。







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