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ボルトの街から

エルニアの公都アウデンリートから西にバーレムの森の玄関口と呼ばれるボルトの街がある、この街はその昔テレーゼのリネイン城市を結ぶエドナ越えの街道の起点だった、テレーゼの内戦による混乱、街道の維持コストが割に会わなくなり放棄されて久しい。

街道は放棄され森の中に沈み今は僅かな痕跡を残すだけだ、今ではボルトの街も寂れ木材や毛皮などの取引が行われるだけだ、それでも開墾が少しずつ進み人も増えたと昔を知る古老たちは語る。


そんなボルトの街にも遥か西のエドナ山塊の向こう側に日が沈み暗闇が迫る、森の奥から獣たちの遠吠えが聞こえはじめる。


そのボルトの街の中心に小さな酒場がある、ここは毛皮取所が近く出入りの商人達が集まる酒場として知られていた。

酒場の『バーレムの黒熊亭』の看板を見上げる商家の女将風の女性がいた、なかなか美しい女性だがいかにもやり手の空気を纏っていた。

その後に付き人兼用心棒と思われる大男が付き従っている、頑健だが顔が不均衡なまでに童顔で、男の目は閉じているのか開いているのかわからないほど細い。

そして彼の大きな拳は頑丈そうな革の手袋に包まれていた。


「ラミラさんここですか?」

その目の細い若い男が女性に話しかける。

「ああ、森の奥の話しを聞きたけりゃここだってさ」


その二人はシンバー商会特別班の通称雑用係のラミラとジムの二人だった。

雑用係はハイネに現れて異常な力を見せた謎の集団の調査の為にエルニアにやって来た、未知の大陸の難破船と噂された船の調査の為に遠回りをし仲間まで失った、だが本来の任務はエルニアの赤い悪魔と呼ばれる、有名な聖霊拳の達人アマンダ=エステーべらしき人物を足がかりに彼らの素性を洗うのが目的なのだ。

エルニアで反乱を起こして死亡したとされるルディガー公子とその周辺を洗い、可能ならば彼らの素性と目的を洗い出す任務を帯びていた。


アウデンリートでの聞き込みから、黒い長髪の娘がエルニア有力豪族のクラスタ家の娘の可能性が高いころまで突き止めた、そして反乱を起こし逃亡したとされるルディガー公子の逃走ルートをたどる事でボルトの街にやってきた。

噂では広大なバーレムの森の奥で裏切りの公子は果てたと言われている。


ラミラとジムは顔を見合わせると酒場に踏み込む。

覚悟はしていたが酒場の安物の獣脂蝋燭は暗くその不快な臭いが漂い、安酒の吐き気を誘う臭い、油を使いすぎな料理の臭いでラミラの鼻にしわがよった。

奥のテーブルで男たちがダイスを転がして博打を楽しんでいる、客は半分ほどで二人が思っていたより空いている。


ラミラは店のカウンター席に目を付けた、そこに恰幅のよい女将がいた年齢は四十ほどだろうか、目鼻立ちを見ると若い頃は美しかっただろう。


ラミラはジムに軽く合図を送るとカウンターに向かった、席に座ったラミラ達を見て女将は笑みを作った。

「いらっしゃい、あまり見ない顔だねお客さん」

「わかるかい?ハイネからきたんだよ」

「そりゃ失礼したね、ここは初めてかい?」

「旦那が身体をこわしてねえ、あたしが外に出ることになったのさ、こいつは用心棒さ」

女将は作り笑いを消した、そしてどこか共感と同情を感じさせる笑みを浮かべた。

「あたしも亭主が死んでね、ここを切り盛りしているんだ、」

「大変だね男手が無くなるのはね」

ラミラの言葉から深い実感を感じたのでジムは軽く目をみはる、僅かな沈黙の後でラミラとジムは軽いツマミと麦酒を注文した。




「最近、毛皮の卸値が上がって大変さね、何かあったのかね?」

麦酒を木製の酒盃に口をつけてからラミラが女将に話しかける、女将は周囲を見渡してからカウンター越しにラミラに顔を近づけた。


「アンタ達は知らないかもしれないが、ルディガー殿下が謀反を起こして森に逃げ込んだらしくてね、一月ぐらい森に入れなかったんだ」

「やっぱりそのせいだったのかね?」

「いろいろおかしな事が起きたのさ、街の外が立入禁止になってでっかい火柱があがったり、森の奥でものすごい爆発が起きてね、動物もしばらく変になったらしいよ」


「でもなぜルディガー殿下はバーレムの森に逃げ込んだんだい?」

女将は更に声を潜めた、だが女将の目は輝いている噂話が好きなのだろう。


「ルディガー殿下の母君はクラスタ家のご当主の遠縁の方でね、バーレムの森の狩猟管理人の家柄だから、森の奥にお味方がいたのではと言われているよ、まあ噂だけどね」

「たしかクラスタ家の領地はここの南のマイヤ村だっけ?」

「良く知っているね、まあ毛皮商なら知っていても変じゃないか、うふふそうだよ」


「そうだ、この森の奥に綺麗な娘が住み着いていたんだ、時々毛皮を売りに街まで出てきたから評判になっていたのさ」

「まさか一人で住んでいたのかい?」

「信じられないけどそうだよ、街に毛皮や肉を売りに来ていてね、不思議な娘だったね、破落戸(ゴロツキ)を退治したり、剣の腕が信じられなほど立つらしくてね、それでいて不思議に品があるんだよ、あれは粗野なふりをしているだけさ」


「女将さんその娘に会った事あるんだね?」

「ここで飲んだくれてたよあの娘、あはは」

女将さんは楽しそうに笑い始めた、そしてラミラの瞳が鋭くきらめく。

「その娘、旦那の命の恩人かもしれないんだ」

「な、なんだって!?」

女将は目を見開いた。


「旦那の商隊が野盗に襲われてね、それを長い黒髪の娘がケチらしてくれたんだ、これで命だけはとりとめたんだ」

「運が良かったね、あの娘無法者を何度も片付けているらしいからねぇ」


ラミラがジムに目配せすると、ジムは抱えていた革の鞄をカウンターの上に置いた、女将が興味有りげにそれを見詰めている。

ジムは木の板を取り出してカウンターに置く、それは金属の蝶番で本の様に開いた。

その中から美しい若い女性の肖像画が現れると女将が思わずうめき声を上げた。

「これはベルだよ、良く描けているね間違いようが無いよ!」


「女将さん、この娘が今どこにいるか知らないかい、お礼を言っておきたいんだ」

女将は頭を横に振った。

「あの事件の後から姿を見せなくなったんだ」

「巻き込まれたのかね?」


女将はラミラをしばらくじっと見つめる、そして何か意を決した様にも見える。

「あの娘はねクラスタ家のお嬢様じゃないかって噂されていたのさ、ルディガー様の協力者なら死んだかエルニアから去ったはずさ」

ラミラとジムは顔を見合わせる。


「女将さん、麦酒を追加だよ、あと塩茹豆をおくれ」

ラミラの注文に女将は上機嫌で応じた。

そしてエルニアのとりとめのない話題で時を潰す事になる、だがそれらは情報の宝箱なのだ。

価値のない情報に思えてもそれをつなぎ合わせて描かれる絵図が多くの事を語ってくれる、それが情報活動の本質だった。



薄暗い照明の中に浮かび上がる肖像画の中から鋭利な美貌の若い女性がはるか先を睨み据えていた。




夜もふけ酒場の中がしだいに静かになる、客が減り馬鹿騒ぎをしていた男たちも机に伏せて樽を枕に寝息を立て始めた。


「女将さん、久しぶりに気が晴れたよ旦那に土産話ができた」

ラミラが席を立つ、あわててジムも立ち上がると革の鞄を大切そうに抱えた。

「ああもうこんな時間だね、私の方こそ楽しかったよ」

「私らは明日マイア村に向かうよ、旦那の知り合いがいるんだ」


「あそこは見張りが厳しいらしいから気をつけなよ」

ラミラ達は女将に礼を言うと料金を払いチップを乗せて酒場を後にする。


外はバーレムの森の闇が染み出して来たように暗かった。






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