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白銀の女神の立像

アウデンリート城の北東の隅に古い大尖塔が建てられてから三百年の月日が経つ、アストリア家がアウデンリート公爵として封じられる前の時代、この地の支配者の手で築かれた大塔で現在はエルニア魔導庁に使用されている。


その塔の中程の円形の大きな部屋の中は薄緑の光に照らしだされていた、光は石壁にかけられた洒落た魔術道具から放たれている。

その形は素朴な窓の形をしている、魔術道具の白い光が緑色の瑠璃の飾りを透かし部屋の中を緑の光でで染めていた、その意匠は窓の外の大きな木の枝の上で眠る髪の長い美しい少女を象っていた、エルニアの古い神話の女神か精霊の姿を想わせた。


そんな洒落た照明に照らされた部屋の中は、無数の得体のしれない機材と薬品が詰まった瓶が並べられた棚が所狭しとひしめき、床も足の踏みどころが無い。

部屋の光の中に二人の人物が浮かび上がる、二人は魔術師のローブで身を包んでいるせいで性別も年齢もわからない。


「おいギー、もう少し左に回転させるんだ」

すこしイラツイた老人の声にギーと呼ばれた青年が面倒くさそうに応じた。


「長官、いや博士、夜に急に呼び出して今度は何をされるのですか?」


彼らの目の前の頑丈な実験机の上に高さ半メートル程の金属製の立像が置かれている、それにギーは視線を向ける。


それは繊細な肢体の美しい女神の立像で不思議な材質の円形の台座の上に立っている、滑らかに輝く銀色の金属でできており錆一つ無い、女神とわかるのは嫋やかな四本の腕をしているからだ。

四本の腕は女神の胸の前で祈るように組み合わされていた。

女神の全身を覆うものは手足を飾る装身具だけだ、それが美しい女神の裸体を引き立てる、そして腰まで伸びる長い髪をしている、顔は面長でアーモンドの形をした目はとてもエキゾチックだ、そして細く先の尖った耳をしている。


長官と呼ばれた老人は、エルニア魔導庁長官のイザク=クラウスその人だ。

若者は魔導庁に仕える技官のギー=メイシーという名の新人の魔術師だ、彼は魔術師を排出する名門のメイシー家の出身で将来を嘱望(ショクボウ)されている若者だ。


「思いついたのだ、これは未知の大陸の難破船に積まれていた、航海に関連する何かかもしれんだろ?」

「しかし精霊力にも磁石にも熱にも電撃にも反応しませんでしたよ?」

「これが魔術道具なのは確かだ、魔術術式が固定化されておるが、異質すぎて理解できん、お前の言う通り通常の魔術道具の鑑定法では歯が立たなかった」

「それはそうですが」


「なあ、我々は魔術師で精霊術師とも呼ばれる、それゆえ思い込みが強すぎる」

イザクの声は独り言のようで最後は飲み込まれる様に石壁に消えた。


「さては・・・だから僕だけなんですね?」


「ああ、お前には倫理が欠けているからの」

ギーは何か言いたかったが、長官が取り出した奇妙な物に戦慄する。

大きさはイザクの手の平に乗る程度だが黒い管が複雑に絡み合った奇怪な姿をしていた。


奇妙な物体から眼を離したギーは真剣な顔で上司を見つめた。

「それは、魔術道具・・・瘴気収集機ですね?」


「ほお、知っていたのか?」

「ええ死霊術師共が不浄の聖域を作る時に使うとか?どこから持ってきたんです?」

「大昔に死霊術師のギルドを潰した時の押収品の中にあったものだ、ワシの権限でパクってきた」

イザクはどこか得意げだった、ギーは頭を横に振る上司の見かけによらぬ非常識さに頭が痛くなったのだ。


「瘴気を使って、同じ検証をするんですね博士」

「ふむ、察しの良い部下は嫌いじゃないぞ」

イザクの笑いはどこか黒かった。


「しかしなぜ死霊術とお考えで?」

「確証など無い、それは調べればわかる、だが古代に神々に背いた妖精族が遥か東方の地に逃れたと伝説がある、この理解できぬ魔術術式がその文明の物ならばどうだ?」

イザクは金属の立像の耳を指さした。

「闇妖精族ですか?」

「死霊術は闇妖精族が生み出したと言われておる」

「しかしぼく達は古代魔術も死霊術の知識も根本的に不足していますね」

「うむ」


やがて二人は魔術道具の検証を始めた、通常と違うのはその駆動源が瘴気である事だけだ。

二人は意気込みながら実験を始めたが、幾つかの検証が失敗し高揚していた二人の気分に焦りと落胆の色が見え始める。


「瘴気がいつまで持つか・・・博士」

「儂らには知識がたらん、何かを見落としておるやもしれん、次じゃ」


だがこの時初めて金属の像が僅かに震える様な音を立てたのだ。

「博士!?」

ギーの言葉が震える。


「うろたえるな、わかっておる、これは探索の術式の検証手順じゃが」

更に手順を進めるがその後は何も起きなかった。

「どうした?ギー残りの瘴気をすべて流し込め」


二人が更に手順を進めると像が僅かに回転を始める、ゆっくりと円形の台座が回転しはじめた。

「博士動き始めました!!」

「うるさい、黙ってみておれ!!」

そう言うイザクこそ声が内心の動揺を暴露していた。


そしてある方向を向くと像の回転が停止する、そして金属の女神の像の四本の腕がゆっくりと動き始めた、金属製であるはずなのに柔らかな肉の様に変化してゆく、そして大きく何かを迎え入れるように広がる。

二人は何もできずにそれを見守る事しかできなかった。


その瞬間の事だ二人は名状しがたき違和感を感じた、まるで何かが身体を通りすぎる様な喪失感を感じた、その直後に何かが砕け散る音が聞こえ部屋の中が暗闇に閉ざされた。


「何じゃ今のは?」


イザクのわめき声がした直後に部屋の中がオレンジ色の灯りで照らし出される。

ギーが懐から小さな照明道具を取り出し点灯したからだ、そして二人の視線は壁の照明のあった場所に向けられる。


壁にかけられていたはずの森の少女を象った魔術道具はそこに無い、二人が壁に近づくと床に粉々に砕けた照明道具の残骸が散らばっている。


「今のは何事だ?像を調べるぞ」


二人の関心はすでに得体の知れない銀色に輝く女神像に奪われている、やがて像はかならずある一点を向き、方向を変えても僅かずつ回転しその方向を指し続ける事が判明した。


像は東の一点をかならず指し示す、その先にエルニアの東方に広がる東方絶海があるだけだ。





それはこの夜の事だった、エルニアのエドナ山塊最高峰アグライア山の山頂に不思議な光が灯る、それを沖を進む船の船員達が見つけ底知れない畏怖を感じたと言い伝えられている。


アグライア山頂の輝きは太古から船乗り達に世界的な変事を告げる予兆と言い伝えられて来た、だがそれは瑞兆なのか凶事の先触れか定かではなかった。







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