テレーゼの闇を払う者
五人はボンザが煎れた不思議な薬草茶を楽しんだ。
「これスッキリした味がするね?」
「はい、美味しいです、初めて飲みましたよ」
ベルとコッキーにも評判は上場だ。
「年寄り好みかと思ったが楽しんでくれてよかったのう、ほほほ」
そのコッキーにルディが話しかけた。
「コッキー、俺は君とはハイネまでの旅を共にするだけのつもりだった、君は今日の朝一人でもハイネに向かうと思っていたのだ」
「・・・・」
「我々の面倒な問題にあまり巻き込む積りはなかったのだが、ベルと幽界に行って戻って来てしまった、もはや君も普通の人で無くなっている可能性が高い、先程の女神もそれを匂わせておられた」
「まってルディ!!女神ってなに?ここに来る前に凄い気を感じたっけ」
そこにアゼルが口を挟む。
「そうですね、精霊宣託の顛末を二人に説明する必要があります、それは私からいたしましょう」
「ホンザ殿の精霊宣託をここで執り行いましたが、そこにテレーゼの土地神である上位精霊のメンヤが降臨しました、メンヤは上位精霊と一言で言っても極めて高位の精霊です、人と接触を持つような精霊ではありません」
「そうじゃ、儂の精霊宣託上の契約精霊はメンヤ様の眷属の精霊での、その精霊を押しのけて降臨されたのじゃよ、本当におどろいたわい」
「あの凄い気配がそれだったんだ」
アゼルがその先を続ける。
「要約しますと、私達がアマリアに合う為に為すべきと、メンヤの願いが一致する事、それは精霊宣託の内容と無関係ではないと、精霊魔女アマリアへの道はテレーゼを覆う死の影を打ち払う事で開かれるとの事」
ルディが言葉を添えた。
「死の影とは死霊術かと問いかけた時、僅かに微笑んだのだ、おれは肯定と受け取った」
「ルディ、精霊のそんな微妙な表情がよく分かるね?」
「ああ、言いにくいがな、メンヤはお前の姿に変わり我らと会話をしたのだ」
「えっ?」
「メンヤはお前の姿に変わったのだ、お前の総てを吸い上げたと言っていたぞ?」
「もしかして神殿の中で何か起きたのかな?」
ベルは頭を抱える。
コッキーが少し興奮気味に声を潜めながらベルに話しかけた。
「大変ですよ!!ベルさんのサイズがいろいろバレてしまいましたよ?」
ベルは『何いってんのこの娘は?』といった顔でコッキーを見返した。
「えーいいですか?最後に女神はこう告げられました、人の魂の流れが大きく乱されている、それを正して欲しいと」
コッキーは幽界の風の音に紛れていた父親の声を思い出していた、今も風となってあの世界を漂っているのだろうか?
(お父さん)
ベルはコッキーの表情からベルの背中に感じたコッキーの涙を思い出した、心配げにコッキーの様子を覗っている。
「どうやらアマリアと会うためにはその死の影を打ち払わなければならないようだ」
「僕は当然行くよ」
「私も、で、若旦那様に協力いたします」
ベルはコッキーに向って何時になく真剣な表情で身を乗り出して語りかけた。
「コッキー、これからはとても危険な事になりそうだ、無理をして僕たちに付いてくる必要は無いと思う」
ルディはアゼルが女神の『もう一人はこれからお前たちの役に立つかもね』の言葉を隠して居ることに気がついていた。
コッキーを巻き込みたくないと言う思いやりとも、秘密を守るために排除したいとも、ルディの判断に任せると言う意思ともとれた、ルディはそれを自分の判断に任されていると解釈する事にした。
「ベルの言う通りだ、君にはリネインの孤児院の子供達が待っているのではないか?そして君には仕事もある、普通ならここで分かれることを勧める、だが君はすでに普通の人間では無くなっている可能性がある」
「あの変な場所でベルさんの凄さを見てしまいました、私を背負って遠くまで走り続けて、風がびゅーびゅー鳴るような速さでした、私もベルさんみたいになっているのでしょうか?」
「良くわからない、わからない事が多すぎるのだ」
コッキーは孤児院の子供達や修道女長やリネインの人々を思い浮かべていた、そして運び屋の契約を思い出した。
(孤児院の皆がまっているのです)
その時コッキーの意識が朦朧となる、意識が薄れ視界が真っ暗になった。
『コッキー、剣を手に入れるのよ、忘れないで、お金ができたらテレーゼから遠くに逃げるの』
(はい幸せになるのです!!)
目を開けたまま寝ているかのように身じろぎもしないコッキーの様子にベルが声をかける。
「コッキー?」
そしてコッキーの意識が再び戻る。
「私もベルさんルディさん達と一緒に行きたいです、それにお父さんの魂も救えるかもしれません」
「君の父上の魂とは?」
「お父さんの魂があの世界で彷徨っているのですよ」
泣きそうな顔でルディを見つめた。
「そうか・・・」
アゼルは部屋の反対側にいたためコッキーの表情が良くわからなかったが、コッキーの判断を肯定する言葉を投げかけた。
「そうですね、貴女の様子を暫く観察して見ましょう、神隠しでどのような影響が出てくるのか予想が付きませんから」
ホンザは大きなため息をついた。
「うむ、あんたらもまた特別な何かを背負っていそうじゃのう、まあ深くは聞かぬことにするがな」
(あの女神様のお言葉から類推するに、あんたらも唯の商人ではあるまい?)
「女神様のお言葉から察するに、ハイネのセザール=バシュレと対決する事になるやもしれんぞ?今や奴はテレーゼ最大の死霊術師になっておるからのう」
「それも想定している」
ルディはそれに率直に頷いた。
ふとベルが窓から広場を見下ろすと、ゲーラの街は傾き始めた陽に赤く照らされていた、古風な美しい街並みが幻想的に良く映える、それに釣られるようにコッキーも外を眺めた。
ルディも二人に釣られる様に窓の外を見た、そして夜が近いことを察する。
「ホンザ殿、我らは明日ハイネに向かう予定だ、そろそろお暇する、明日の朝もう一度顔をだす」
「ほほほ、お主も義理堅いのう明日は少し早めに店を開けよう」
三人、いやコッキーを加えた四人は精霊の椅子を去り宿を早めに探すことにした。
四人は席を発ち階段を降りて行く。
「貴女には退屈でしたか?」
『キッ』
エリザが定位置のアゼルの肩に乗った。
「じゃあおやすみ!!おじいさん」
見送りに来たホンザの眼の前でベルが扉を閉めた、中からホンザの声がする。
「おじいさんはよけいじゃ!!ほほほ」
四人組となったルディ達は新しい宿の品定めをさっそく始めるのであった。
クラビエ湖沼地帯のある自由開拓村にあるエステーベの邸宅、その居間に旅から帰ってきたアマンダが寛いでいる。
アマンダは一人がけのソファに腰を降ろし、足を開いて投げ出し、両腕は肘掛けから外に投げ出しブラブラさせていた。
(お姉さまはしたないですわ、でもお疲れなのね、溶けたロウソクみたいになっているかしら)
カルメラが思った様に普段から精悍で鍛え抜かれたアマンダがソファの上で溶けたロウソクの様になって伸びていた。
(液体みたいです、ベルサーレちゃんがいたらお姉さまにきっと何かやらかすわね)
「お姉さまほんとお疲れさまですわ」
カルメラはこれが精霊拳の疲労回復術とは知らなかった、体中の筋肉を弛緩させて体と心を休ませるのだ、目を瞑り休息していたアマンダが目を少し開けてカルメラに顔を傾けた。
「リネインで一泊しただけの強行軍でした、結局ルディガー様は直ぐにはお戻りにならないわね」
「予想されていたのかしら?」
「まさか精霊魔女アマリアに会おうとなされているとは想像外よ」
「まあ、大公妃殿下の精霊宣託ともなると、精霊魔女アマリアを頼るしかないですわ」
「ええ今代最高峰の精霊宣託師の一人でしたからね」
「父上もなんらかの理由で直ぐにはお戻りに成らない可能性も考えていたみたいだけど、理由だけは想定の遥か彼方ね、明日はクエスタに行って同じことを説明しなきゃならないわ」
「お姉さまには休みもないのですね」
「娘使いが荒すぎます、明後日にはもう出かけないと」
「今度はどちらかしら?」
「行き先は言えないわ」
「最近慌ただしいわね、お父様もお兄様もお忙しいようですし、何が起きようとしているのかしら?」
「例の事件があったから大変なのよ?カルメラ」
「そうだカルメラ、精霊通信で私が無事帰ったこと伝えてね」
「解りましたわ!!でも通信するには少し早いかしら?」
窓際に寄ったカルメラが外を眺めると日没まではまだ有りそうだった。
「とっても綺麗ね」
すでに寝息を立てていたアマンダにその呟きは聞こえなかった。