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禁断の地の記憶

「渡り石だと?ドロシー」

コステロ商会会長エルヴィス=コステロは顔を上げて目の前の修道女のベールで隠された顔をめる。


「間違いないですわ、大神殿の地下から発掘された遺物の中にありました」

「エミルって奴の記憶にあったんだな?」

ドロシーは無言でうなずいた。


「前に聞いた事があったな、世界(プレイン)境界の移動を簡単にする物質だったか」

「そう、古代に物質界(コチラ)にたくさん存在していました、世界(プレイン)間戦争でほとんどが使われてしまった、今でも僅かに残っている」

「それがあれば幽界、魔界の神々が降臨しやすくなるんだな?」

「異界との通路を開きやすくなります、下位の精霊達を送り込む事もこちらから行く事も容易になります、このまま放置しておけない私達の切り札にもなる」


「古代の女神メンヤの祭具なら大神殿で管理しているはずだが、まあハイネの聖霊教会は腐っているからな」

エルヴィスは無精髭に覆われた口を歪めて笑う、どこか剽悍で凄みがある皮肉な笑みだ。

だが男の瞳は金縁の遮光眼鏡の向う側に隠れて見えない。


「エルヴィス聖霊教が嫌いなの?」

エルヴィスは陽気に大笑いをする。

「お前の敵じゃねえか?」

「まあ、そうか」


「この件はすぐに調べさせる、で北の導師の話だ完全に決裂したのか?」

「いい加減にしつこい」

「でもよ、お前もすいぶんと気がなげえな、もう二年になるか?」

「ずっと目立たない様にしていたけどあの事件の後からこうなった」


「奴はお前を本来の姿に戻すと言っている、本当にいいんだな?」

「もちろんよ、今の私は私なの、貴方は今の私から変わってしまっていいの?」

「冗談じゃねえ、俺は今のお前がいいんだ、闇妖精姫にようはないぜ?」


「ほんとうに私でいいのかしら?」

「ああドロシーお前が必要なんだ、今の俺には・・・奴がお前を戻すと言っているが、何をするつもりかわかるか?わかっていれば動きやすくなる」


「北の導師は自信家で人に自慢したい男よ、この二年間のお付き合いでいろいろわかってきたわ、私には闇妖精姫の知識と、あのその魔術師の知識があるから、奴がもらした情報からある程度推理できます」


「お前はあの時何が起きたか詳しく話してくれない、だから俺も敢えて聞かなかった」

「あの時の事・・・思い出したくも無いわ」

「だがだいたい何が起きたかはわかっているぜ、お前の精神がドロシー=ゲイルとシーリ=アスペルが混ざりあった形なのは気づいている」

「やっぱり気づいていましたね、エルヴィスさん」

「懐かしいな、エルヴィスさんか」



「どこから話しましょう、あの地下の古代遺跡を満たしていた異界の水を覚えているかしら」

「覚えているさ、人を溶かすヤバい水だ」

「あれは『幽界の羊水』と呼ばれています、でもこの世界では保つ事ができない、どんな容器に封じ込めても幽界に帰ってしまう、だからごく一部の者に知られていても研究はまったく進んでいない」

ドロシーは修道女のサンダルを鳴らしながらゆっくりとエルヴィスの目の前にやってきた。


「あれは原初の始まりの海の水、総ての命が生まれ還る場所、古代文明の学者達は海から命が生まれたと仮説を立てていました」

「海だって!?」


「幽界の海はこの世界の海の影、下位世界の存在はより上位世界の何かの影なの、それが世界の理です、幽界の羊水は魂が運ぶ力を分離し上位世界に送り届ける役割を持ちます、そして眠りから覚め幽界に降りてきた魂を物質界に仲介する役割があるの」

「なっ!」

「これが羊水と呼ばれる理由です」


ドロシーは先を話すことを躊躇(チュウチョ)したがふたたび先を語り始める。


「ヤロミールが北の導師の手下だった話はしたわね」

エルヴィスは深くフードをかぶりベールで顔を隠し素顔を見せようとしなかった若い魔導師を思い出した、そして目の前の恋人の残骸を見つめる、エルヴィスの顔が怒りと憎悪に歪む。


「ああ覚えているぜ」

そう吐き捨てる様にささやく。


「あの地下の小神殿奥の玄室に闇妖精姫は不活性化した結晶として幽閉されていました、彼女は長い幽閉のせいで狂ってしまった。

でも北の導師は聞く耳なんて持たない、奴は闇妖精姫の魂などどうでも良いのよ、用があるのは力と知識だけ、まさかあいつがドロシーを巻き込むなんて奴らは想定していなかった」


「あいつシーリの事か?」

「そう、シーリを依り代に闇妖精姫の力だけ利用しようとした、具体的な方法はわからないけど失敗した」

「シーリを依り代?」

「わ、彼女は霊媒体質の上位魔術師、初めから利用する気だった、魔術師ギルド連合の中枢、聖霊教の中に裏切り者がいる」


「あいつが先に幽界の羊水に溶かされ、覚えているわ痛みもなく総てが溶けて広がって行く、あの羊水に闇妖精姫の結晶も溶かされていた、ヤロミールが何かをやったはずだけど」


「なあ闇妖精姫の結晶とは何なんだ?」

「闇妖精族は魔界に本質が幽閉されているの、だから滅ぼされてもかならず蘇る、だから二千四百年前に結晶化することで無害化しようとした、結晶は闇妖精姫の設計図みたいなものよ、それを幽界の羊水に溶かしそこに依り代を加えた、でも私が引きずり込まれたせいですべてが狂った」


「なぜドロシーを引きずり込んだ!シーリ!!」

エルヴィスは思わず叫んだ、今までこれを口にした事は無かった、だがそれがつい口を突いてしまった。


ドロシーはそのまま分厚いカーテンが閉じられたベランダの大きなガラス壁に近づく、カーテンの隙間から夕焼けでしだいにオレンジ色に染まる空を覗き見た。

そして執務椅子に足を組んで腰掛けるエルヴィスに向き直る。


「闇妖精姫の壊れた心と戦う為ドロシーの力が必要だった、狂った闇妖精が復活したらこの世に地獄が生まれるから」

エルヴィスは真紅の淑女をにらんだ、黒ガラスの遮光眼鏡の奥に赤い炎が灯る。

「それだけじゃねえな、まあそれは今は聞かないでおく」

「ごめんなさい・・・」



「ドロシー奴らが何をしようとしているかわかるか?」

「ある程度予想できる、私を再結晶化して不純物を排除してからすべてをやり直す、これだわ」

「不純物ってドロシーの魂か?」

真紅の淑女は軽くうなずくとエルヴィスの口は憎悪に歪んだ。


「北の導師は何が起きたか正確には知らないわ、私を倒し再結晶化する、そして原因を調べればその結論に達する可能性は大きい」

「それが奴らの企てが失敗した理由か」

「そう思います、そして私達二人共妖精族の血を引いていた、それが失敗の原因でしょう」

「妖精の匂玉、天使の香水か」

ドロシーは驚きに目を見開いた。


「知っていたのねエルヴィスさん、私は闇妖精姫になってから気がついたのよ、スザンナさんね?」

「そうだスザンナから聞いた、彼女は聖霊教会の討魔部隊の拳の聖女だ」

「そうなんだ知っていたのね」

ドロシーから威厳も威圧も消え失せてうなだれ床に視線を落とす、しばらくそのまま口を開かなかった、もしかしたら過酷な最後の辺境の旅を思い出しているのかもしれない。


「闇妖精姫の知識に結晶に該当する知識はありません、この知識と技は古代文明に無かった」

「どういう事だ?」


「聞いた事あるはずよ、今までも何度か闇妖精が蘇り『死者の行進』が発生しました、聖霊教会と魔術師ギルド連合が現れた闇妖精を打ち破り滅ぼしてきた」


「ああ、根絶し魔界に送り返すのでは無く結晶化しているって事か?」

「それもあるわ、あと闇妖精の結晶が他にも存在していて、闇妖精を再現している奴らがいるのかもしれない」

エルヴィスが舌打ちをする音が聞こえる。


「聖霊教会や魔術師ギルド連合がその知識や技を持っていると?」

「あと北の導師もです」

エルヴィスは天を仰いだ。


「だいたい見えてきたぞ、だが推理にすぎねえんだろ?」

「うん」

「わかった、だがよ俺の力でも簡単にはいかねえぞ、相手が聖霊教会や魔術師ギルド連合となるとな、それにこのご時世だ」

「もう少し早く動くべきでした、奴らにつきまとわれて・・・今日は私もすぐに戻らないと」


「ああ、お前も忙しいな」


ドロシーはどこか皮肉な笑みを薄く浮かべた。

「じゃあ、また明日」


ドロシーは修道女服のベールを下ろすとそのまま薄暗いエルヴィスの執務室から去って行く。






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