闇妖精の眷属の運命
薄暗い瀟洒なリビングは青白い魔術道具の光で照らされている、品の良いテレーゼ風の調度品が青白い光の底に沈んでいた。
その影の中を得体の知れない小さな黒い何かがうごめく。
大きなガラス張りの窓の外は暗く真紅の月が空に浮かんで窓際を赤く照らしていた。
そしてリビングの中央に置かれた丸い白いテーブルの周囲に美しい子供達がすわっている、テーブルの上に豪華な陶磁器の茶器が置かれ、大きな皿の上に焼き菓子が山盛りになっていた。
口の中のお菓子をお茶で飲み下したマフダが口の周りのお菓子の屑を舐める。
「エルマ、ドロシーお姉さま遅いわね」
「え、ええ、着替えているのよ、少し遅れるはずだわ」
少しキョドったエルマにマフダが眉をひそめた、すると背後の闇がわずかに揺らぐと話題の人が姿を現した、魔術陣地の構築者は中を瞬間的に移動する事ができるのだ。
「ひっ!!急に現れないでよ」
エルマは驚いて立ち上がりかけた、突然現れたドロシーは修道女の姿ではなくポーラの使用人のドレスに着替えていた。
「ねえちゃんいつまでその服着るんだよ?」
ヨハンが嫌そうな顔で文句を言った。
「似合わないとでも?」
ドロシーが軽くにらむとヨハンは慌てはじめる。
「ちがう、ちがうよ、迫力が有りすぎて使用人に見えないんだよ」
「憧れていたの」
ドロシーは皆の前でクルリと回って見せた、片足を軸にした振れのない完璧な回転で舞踏家の様に美しい。
それを見たエルマはドロシーの機嫌が良さそうに感じた、そこで勇気をだしてどうしても聞きたかった事をたずねる。
「ねえドロシーその格好好きなの?」
ドロシーは回転を止める。
「かわいいから」
「そうなんだ、わ、私もかわいいと思うわ」
ドロシーは軽く肩をすくめると自分の席に座った。
「昔、名家の貴婦人の護衛をしていたのよ、でも貴婦人のドレスより実用的でそれでいてかわいい使用人のドレスに憧れていたわ、あの頃は恥ずかしかったけどもう平気、でも最近下品なデザインのドレスが増えてきたのは残念」
「ポーラの使用人服はどうなの?」
「私がここの制服のデザインを指定したのよ、古風で洗練されていると思わない?エルマ」
「ねえドロシー下品なデザインってどんなのかしら?」
「若くないと切れないデザイン・・・」
子供達はそれに納得したような顔をする。
「ポーラそこにいるのでしょ、中に入りなさい」
ドロシーがリビングの入口に向かって声をかけるとポーラがひょっと顔を出す。
リビングは階段ホールとそのまま繋がり扉はなかった、そこに控えていたポーラがおずおずと部屋に入ってくる、ポーラはもちろん古風で洗練された使用人のドレスをまとっていた。
「あの、お嬢様方のお話の区切りが着くまで控えていようと・・・」
ドロシーはポーラの言い訳を気にもしない、片手で招くのでポーラはそのまま四人の方に歩み寄った。
「ポーラ、前に聞いたけどハイネに優れたデザイナーがいるそうね」
「お嬢様それはメゾン=ジャンヌのジャンヌ先生でしょうか?」
「思い出したそれよ、この子達の為に使用人服を作りたいの、なんとかならないかしら?」
それを聞いたポーラの顔色があからさまに悪くなる。
「先生がまだハイネにおられましたら連絡をお付けいたしますが、しかしなぜ使用人服を?」
「この子達けっこういい服きているわ、遊んで汚れたり破れたりしてもかまわない服が必要」
「それでしたら・・・ハイ畏まりました、それでは採寸いたしますので準備をいたします」
ポーラが沈んだ表情で部屋から出ていこうとしたところで足を止める。
「そうでしたジャンヌ様の師匠が私が昔勤めておりました名家の使用人服をデザインされたお方なのです」
「まって、この前貴女を捕まえた女がそれを着ていたのよね」
「はいお嬢様さようでございます!あのその、先ほどお嬢様がおっしゃりました下品なデザインでございます、あれを思い出すだけで心の臓が乱れます、それで本当によろしいのでしょうか?」
そこにエルマが思い出した様に割り込む。
「ねえポーラ私ちらっと見たことあるわ、黒い長い髪の女が着ていた奴ね、ドレスの裾が膝くらいまでしかないのよ、でも黒と白の色合いが素敵だったわ、飾りがヒラヒラして、上品な感じがするけどどこかはしたないの」
「エルマ様それでたぶん間違いございません」
ポーラの応えに子供達が顔を見合わせる。
「ポーラ私達四人分オーダーして、コステロ商会の名を使ってもいいわ」
ドロシーは機嫌良さげにポーラに命令した、ポーラの顔が僅かに引き攣る。
「おい僕の分も作るのかよ?」
ヨハンが抗議の叫びを上げるとドロシーの口から小さな叫びが漏れた。
「アッ」
「ぼくは男だぞ!!」
「ヨハン、タバルカの貴族は魔除けで男の子に女の子の服を着せる事があるのよ」
「タバルカってどこだよ、ここはテレーゼだよ?」
ドロシーはヨハンの抗議を無視する。
「ポーラお願いね」
「はい、お嬢様畏まりました」
ポーラは頭を下げて畏まった。
「良いこと?かわいいは正義なのよヨハン、いいわね」
「ねえちゃん間違いを認めろよ!」
ドロシーはヨハンをまっすぐ見詰めるとドロシーの瞳が赤く輝いた、そして彼女は声を潜めた。
「いいわね?」
「はい、お姉さま・・・」
ドロシーはヨハンの答えを聞くと満面の笑みを浮かべる。
そしてドロシーは椅子から立ち上がる、ポーラは主人が何をするつもりなのか理解できずに不審な顔をした。
その瞬間の事だった闇その物のような瘴気が闇妖精姫から放たれる、物質化した高密度の暗黒の瘴気に瀟洒なリビングが一瞬ですべてが飲み込まれた。
ポーラも子供達もその暗黒に飲み込まれ姿が消える。
やがて暗黒の瘴気が薄れるとポーラが姿を顕した、だがポーラの瞳から光が消えていた。
『ポーラあの子達を見なさい』
ドロシーの言葉は彼女の口から発せられたとは思えなかった、部屋全体から陰々と響き渡る。
ポーラはノロノロと首を動かすと白いテーブルの周りに座る子供達を見た。
『見なさいあの子達は死と生の狭間にとどまっているの』
白いテーブルの周りに座る子どもたちはある瞬間に凍結したように、蝋人形館の人形の様に動かない、子供達はドロシーの変化に驚いたその瞬間のまま固まっていた。
『私は闇妖精です、でも不老不死じゃないの何万年もかけてゆっくりと老いていつか魔界に帰る、闇妖精の眷属は不老不死だけど成長しない、永遠に子供のままよ。
そして私が根絶する時あの子達も消えて魂も魔界に永遠に堕ちるのよ、それが眷属の運命』
ポーラのガラス玉の様な瞳は何も映さない、ただまっすぐドロシーを見詰めている、ドロシーの言葉が聞こえているのかもわからなかった。
『あなたは私の言葉を忘れてしまうわ、でも心の奥深くに残る、貴女に私の眷属になるか人として生きて死ぬか選ばせてあげるわ、お友達ですもの』
ドロシーは微笑んだ、それは邪悪な慈悲と例えられるような妖しい優しい微笑みだ。
ポーラがわずかに頷いた。
『ポーラ、メゾン=ジャンヌにあのドレスを注文して、貴女の分も含めて五人分作らせなさい、自分で自分の採寸をするのよそして忘れるの、完成したらすべて私のところに直接送るように手配して』
「お嬢様、畏まりマシタ・・・」
夢を見ているかのようにポーラは答えた。
『さて全て忘れて目覚めるのよ』
ドロシーが手のひらを打ち合わせた、乾いた音がリビングに響き渡ると全てが動き始める。
「採寸はお茶の後でねポーラ」
「お嬢様畏まりました」
ポーラは軽く頭を下げると今度こそリビングから下がって行く。
エルマが何かに気づいた。
「ねえまさかドロシーのドレスも作るの?」
「いいの私は若いから・・」
その言葉を発したドロシーの貌は不思議な例えようのない微笑みを浮かべていた。
何かを言いかけた子供達はそのまま押し黙ってしまった。
人ならざる者達のお茶会がまた始まろうとしている、魔物たちは狭間の世界で生ける人の演技をしているだけなのかも知れない。
すべてを赤い月が見下ろしていた。




