精霊の椅子にて
魔法道具屋『精霊の椅子』の扉が外から叩かれた、その音にホンザがようやく気がついた。
「すまんな、今日は休業じゃ」
ホンザが大きな声で扉の外の客人に聞こえるように告げた。
「僕だよベルだよ、何か凄い気配があったよね?」
中にいたルディ達三人は思わずお互い顔を見合わせた、ベルの姿を借りたテレーゼの土地女神メンヤの降臨があったばかりだったからだ。
ホンザが扉に歩み寄り開けてやると、そこにはベルとコッキーの二人がいる。
「精霊宣託は終わったばかりじゃ、中に入りなさい、あといろいろ聞きたいこともあるでの」
ホンザは本日休業の看板を確かめ再び扉を閉めて鍵をかける。
二人は床に置かれた魔法陣や道具に興味有りげだったが。
そこにルディは大股で歩み寄ると、顔をベルの正面から寄せて近づけた。
「ベル何かあったな?」
正面から浅黒く端正なルディの顔に迫られてベルは圧迫され、少し仰け反りながら引く。
「な、なぜわかるの?」
「やっぱりそうか!!」
「貴女何かとんでも無い事をやらかしましたね?」
更にアゼルがベルの横合いから、男性離れした美しくも端正だが、それでいて全く迫力のない丸眼鏡の顔が迫り来る。
二人共長身なせいで上からの圧迫面接状態となった、ベルは二人に圧迫され魔術道具屋の壁際に追い詰められて行く。
「僕は、わ、悪いことはしてないから!!」
「もしかしたら、私のせいかも知れません」
その場にいた者達はコッキーのおずおずとした言葉に驚き、思わず小柄な彼女を見つめる。
「ここで立ち話はなんじゃ、二階に狭いが客間があるのでそこで話そう」
ホンザは二階への階段を指し示す。
魔術道具屋の二階は、狭い客間とホンザの私室に割当られていた、ちなみに地下は倉庫になっているそうだ。
「狭苦しいが、これで何とか全員座れるな」
ホンザは苦心して小さな三脚丸椅子を部屋の隅に置くことで問題を解決した。
先程まで女神の降臨で震えていたエリザも階段の柵の上で寛ぎ始めている。
「何も無いが、薬を煎じた茶でも出そうぞ」
ホンザはアルコールランプに火を付け小さな薬缶で湯を沸かし始める。
客用の一人掛けソファに座ったルディがまず口を開いた。
「ベルよ何があったか話してくれないか」
窓際の隅の丸椅子に座るベルは少し考えた後で、ルディに思わせぶりな目線を送る。
「正直に話してくれ、必要な事だけでいい」
ベルは2人で街の郊外にあるアマリア魔術学院の廃墟を探検しに行った事から話し始めた。
そして途中でコッキーが穴に落ちてメダルを拾った事、そのメダルが後で解った事だがラーゼの古道具屋で買った黒いダガーと同じ気配がした事まで話す。
アゼルがそれに強く反応した。
「あれと同じ気配ですか?」
「いったい何の話をしておるのじゃ」
ボンザが困惑したような様子でアゼルとベルを見比べる。
アゼルは意を決して懐から特殊な布で包んだ黒いダガーを取り出し、真ん中の小さなテーブルの上に置いた。
「ホンザさんはこれが何かおわかりですか?」
ホンザはその黒いダガーを手に持ち観察する。
「これから特別な気配がすると?儂には何も感じられぬがのう?しかし材質は何だ?」
「私にも特別な何かを感じる事ができません」
ホンザはアゼルに目をやる。
「ベル殿には何か感じる事があるのじゃな?」
「俺もだ、なんとも言えぬ気配を感じるのだ」
そこにルディが言葉を添えた。
ベルの対面の窓際の丸椅子に座っていたコッキーがホンザを見ながら。
「わ、わたしにも不思議な感じがするのです」
その彼女の言葉はその場に落ちた爆弾となった。
「貴女は昨日までは何も感じませんでしたよね?」
アゼルは階段そばの丸椅子から勢いよく立ち上がると、驚きを押し隠しながらもコッキーに近づき、内心の興奮の余りコッキーを詰問するかのように顔を寄せる。
コッキーの眼の前にアゼルの顔が迫る、突然コッキーが何かに気がついた様に驚きに変わり、彼女の顔が真っ赤に染まった。
「はい、今気が付きました」
「コッキー不思議な気配のことだよね?」
「えっ!!そ、そうですよ!?」
ベルは少し呆れた様なまたかよと行った何とも言えない微妙な表情でコッキーとアゼルを交互に見た。
「と、とにかく先を話すよ」
廃墟と化したアマリア魔術学院の地下に入った事、その地下の二階に光り輝く鏡の様な光る物があった事まで話すと、そこでホンザが激しく反論した。
「何じゃとそんな物があるわけがない!!あそこは調べ尽くされておるし隠し部屋も無いはずじゃ!!」
「それは僕にはわからない、でもそれがあったのは確かなんだ、そして僕たちがその部屋に入った時に気を失って、目が覚めた時には訳のわからない処にいた」
「訳のわからない所だと?ベルまさか神隠しか!?」
こんどはルディがそれに激しく反応した。
「うん、昔ルディと迷い込んだ処によく似ていた」
それにアゼルが割り込んできた。
「あなた達はまさか幽界に迷い込んでいたのですか!?」
ホンザが呆れた様に呟く。
「生身で幽界に迷い込んだ者に生きている間に会えるとは、あれは伝説で数えるほどしか実例が無いのじゃよ、もっとも生きて戻れた事例が少ないだけで、実際は向こうに行く事例は多いのかも知れぬがの」
「僕たちは地平線に見えた大きな神殿を目指すことにした、前は山の上の大きな神殿に行って中に入って気がついた時にはこちらに戻っていた」
「二人で神殿に入られたのですか?」
「僕たちは大きな森に入り大神殿を目指した、エドナの鼻の山のような巨大な神殿だった、その中に入った、そうなんだけど・・・・・」
「そして何が有ったのですか?やはり忘れましたか?」
アゼルは何かを予感していたかのように話す。
「コッキーは神殿の中で何が起きたか覚えている?」
「それはもちろんですよベルさん、それは・・・・・あれ?」
ルディが納得したように話す。
「やはり忘れてしまうようだな」
ホンザは4人のやり取りをただ呆然としたまま聞くだけだったが。
「ようするに二人のお嬢さんは幽界に行ってそして戻って来たと言うわけかの?」
「そして気がついた時は学院の地下に戻っていたんだ、そこでまたメダルを見つけた、そのメダルだけど帰る途中で落としてしまった」
「無くしたのですか!?そのまま街に戻ってきたのですか?」
アゼルは非難めいた口調でベルを詰問する。
「探そうとしたんだけど、ちょうどその時だった、坂の下から僕たちが登って来たんだ、慌てて逃げ出すしか無かった」
「ん?お前たちが下から登って来ただと?別のベルとコッキーが?」
ルディが『お前は何を言っているのだ?』と行った口調で窓際のベルを睨んだ。
「僕の予想だけど、幽界から戻って来た時に、少し過去に戻ったんじゃないかと思うんだ」
場に重い沈黙が訪れたが当然であろう。
「俺とベルが幽界に落ちた時、向こうに居たのは僅か二日だったがこちらでは二ヶ月の時間が過ぎ去っていた、今度は過去に戻ったと言うのか?」
アゼルがそこに割り込んだ。
「まさかコッキーが穴の底で拾ったメダルですが、ベルが落とした物と同じと言うのですか?」
「僕たちは後で戻って探したけど見つからなかった、穴の底も調べたけど見つからなかったんだ、同じかも知れない」
再び沈黙が生じた。
ホンザがここでルディに質問をした。
「ルディ殿、先程幽界に落ちたと言っておられたがどういう意味かな?」
ルディはベルと目を見合わせた。
「もう二年以上前になる、詳しい場所は言えぬが、ある森の小さな池が光輝いていてな、そこにベルと一緒に落ちたのだ」
「僕も前は池だったから油断してた」
「前は池で、この度は鏡か、まてよお嬢さんは二度幽界に行って戻って来た事になるのか!!呆れた事じゃな」
ホンザが何か考え込む、これほど珍しい現象に次から次と巡り会えるのは、魔術師としては幸運と言って良いのだがいろいろ派手すぎた。
「そうだった、神殿で何が起きたかわからないけど、コッキーに何かが起きたに違いないよ、こちらに戻って来た時コッキーの肩に変な痣ができていたでしょ?」
ベルの対面に座っていたコッキーが一瞬ピクリと震えた。
「思い出しましたです、地下室で見つけましたよね」
コッキーは上着を持ち上げ隙間から肌を確認する。
「あれ?何もありませんです・・・」
「消えてしまったのかな?」
そのとき、小さな薬缶が沸騰し音を立て始めた。
「まあここで一服いれようか」