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ベルとアマンダ

テレーゼ平原の朝は薄霧が低く立ち込め遠くまで見通す事ができない、そんなかすんだ寂れた田園の真ん中を二頭立ての馬車が軽快に進む。

御者台の上に座す若い商人風のルディは上機嫌に鼻歌を歌いながら馬車を駆った。


馬車の開け放たれた窓から長髪の若い女性が眠そうな半目で景色を眺めていた、御者台で鼻歌を歌うお気楽な男を上目使いで眺めてからため息をついた。

そして車内を見てからまた深い溜め息を吐いた。


となりで眠るアマンダの姿を見たからだ、溶けたロウソクの様に馬車の椅子にへばりついて眠っている、骨まで溶けてしまったかの様に感じられた。

リズとマティアスがいた時は背筋を伸ばし少しの隙も見せなかったのに今は酷い姿で眠っている。

聖霊拳の特殊な睡眠方法だとアマンダが言っていたが、本当の事なのか知れたものでは無い。


「ほんと酷いな、でもどうなっているんだこれ?」


巨大な岩を柔かな肉で包んだようなアマンダの肉体が溶けたラードの塊の様に感じられる、そんな事は無いのに見るほどそう感じてしまのだ、ベルはアマンダの体に激しい興味を惹かれる。

ベルは気配を殺し幽界の門を僅かに解放して力を体内に導いた、そしてアマンダのお腹を軽く叩く。


拳が柔らかな肉にめり込むとズブズブと深く潜り込んだ、その時ベルの目が見開かれる。

突然巨大な岩が現れそこで拳が止まる、その先は岩山の様に動かない、恐る恐る顔をあげてアマンダの顔を見上げるとアマンダが微笑んでいた。


「ベル何をしているの?もう少し反応が遅れていたら大変な事になっていたわよ?」

「牛乳入れた革袋みたいだったから、叩きたくなったんだ」

「あらベル、いつバターの作り方を覚えたのかしら?」

「追放されてから知ったんだよ、農家を手伝って野菜を分けてもらった事とかあった」

「あら、クラスタ家のお嬢様らしくないわね」

アマンダがケラケラと笑ったので、少し気分が悪くなったベルが思わず口を滑らせた。


「なんだよ、お嬢様が焼き芋たべてオ、ゴボっ!?」

アマンダの拳がベルのお腹にめり込んだ、そのままゆるゆると沈んで行く。


「ウフフ、反応が遅れたわねベル、止まったけどたいぶ深いわ」

そしてベルの耳に口を近づける。

「いいわね、あの日の約束忘れないで、絶対に秘密にするって約束したんだから」

やっとダメージから立ち直ったベルが言葉を漏らした。


「アマンダ、今の普通の人なら死んでる」

「それを貴女が言うの?さっきのもけっこう極どかったわよ」


「ふたりとも仲がいいな、子供の頃から変わっていない」

外から呑気なルディの大声が聞こえて来たせいで、ふたりとも争う気を無くしてしまった。



しばらくのあいだ馬車の中は静かになる、ベルはそのまま外の景色を眺めていた、だが突然アマンダが言葉を漏らした。


「ねえ、貴女が見たのは本当にグディムカル軍だったの?」

ベルはルディが奪った軍旗を革袋から取り出した。

「ワイバーンがグディムカルの紋章なのは僕も知ってる」

「でもふりをしている可能性もあるわね・・・」



「その可能性もゼロではあるまい」

それを聞き漏らさなかったルディが大声で答えた。


「彼らはどこから来てどこに向かうのでしょうか?」

それに答えたのはベルだ。

「たぶん森の中に隠れていたんだ、そしてまっすぐ東に向かっている、町に向かう途中で道が二股になっていたでしょ、奴ら真っ直ぐ東に向かったんだ」

「あら昨日は頭が回らなかったけど、西に向かっている可能性は無いのかしら?」


輜重(シチョウ)が軍列の西側で野営していた、それから向きを判断したのだアマンダ」

ルディが御者台の上からまた大声で答えた。


「うんそうそう」

ベルも思い出したのかルディに調子良く合わせる。


「そうでございましたかルディガー様、東に向かっている可能性が高いですわね」

アマンダはそれに納得したようだ。

「では彼らの目的をどうお考えですか?」


「俺の推理だが、山を越えて進軍するグディムカル軍は細い列になって進むしかない、街道の降り口を確保するつもりではないか?」

「そうでございますわねルディガー様」

アマンダはさらに感心した様に頷く。


「たしか兵法にあったよね、狭い口の出口で待ち構えれば少ない兵で対抗できるって」

ベルの発言にアマンダは軽く目を剥いた。

「貴女兵法を学んでいた・・・そうねクラスタ家なら有りえますわね」

「父さんから仕込まれたんだ、普段はそんな話しないし」



「狩猟の訓練は軍事訓練を兼ねているものだ」

ルディが御者台の上で快笑したのでベルはすこし眉をひそめる。


『ルディは昨日から少しおかしい』

ベルは声を出さずに口を動かす、二人は子供の頃から遊び半分で口の動きだけで会話する方法を編み出していた。

『なんですか?たまには羽を伸ばしたい時もおありです』

『どうせ聞こえないんだから、丁寧な言葉なんてやめたら』

『子供じゃないのよ、君臣の分をわきまえなさい』

ベルははたしてまだ君臣の関係なのか僅かに疑問を感じた、そしてまだ行ったことの無いアラセナの事が気になる。

新領地はエルニア大公家から封じられた土地ではなく新たに実力で切り取った土地だ、ベルは極めてエルニア人らしい価値観に無自覚に染まっている。


『ねえ、今向こうはどうなっているの?』

アマンダはそれがアラセナの事だとすぐに気づく。


「隠れ家に戻りましたら、アラセナの状況を詳しくお話ししますわ」


「色々あって立て込んですまなかった、リズ達も解放した、帰ったら遠慮なく話を聞かせてもらおう」

馬車の外からルディの大声が聞こえてくる、馬車の立てる騒音に負けていない。


「かしこまりましたわルディガー様」


アマンダは今度はベルを睨んでからいたずら娘の様に笑う。

『ベルまた試合しましょうね、悪いことできない様にたたんでチェストに入れて上げるわ』


そんな顔をするとアマンダは子供っぽく変わる、そう言い残すと席に身を預けて目を閉じてしまう。

ベルはまた寝るのかよと呆れたが、自分も窓の景色を見ている間にいつのまにか眠りに落ちていた。





車内の二人が寝たことに気づいてルディは微笑んだ、ジンバー商会から奪いとった高級快速馬車は今ではルディのお気に入りだ、素晴らしい乗り心地に御者台のルディは満足気に笑った、そして口笛を吹くと馬に軽く鞭をいれる。


馬車は僅かに速度を早めるとハイネに向かって軽快に進んでいく。







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