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衝撃

ラーゼに向かい進軍するアラティア王国軍本隊がラーゼ城市を遠望できる地点まで到達しようとした時それは起きた、行軍中の司令部が慌ただしくなりアラティア軍に停止命令が下され、少し遅れて小休止が命じられた。

兵士達は予定外の休息を(イブカ)しんだが、それぞれ休息を取り仲間達と談笑しはじめた。


だが街道脇に臨時に設営された本営の簡易天幕の周囲の空気は張り詰めていた、総司令官のコンラート侯爵が天幕の外に置かれた折りたたみ椅子にどっかと腰を降ろし周囲を睥睨している。

彼の前に小さな折りたたみ机が置かれ上にテレーゼの地図が広げられていた。


周囲で待機する伝令達が指揮官の命を受けると散って行く、やがて部隊長達が本営に集まリ始めた。

彼らは何か緊急事態が発生したと察しているのか、こわばった顔のまま馬を兵に預けると総指揮官の周りに小走りで集まる。


部隊長達がすべて天幕の前に集結するとコンラートは立ち上がり部隊長達を見回した、それを合図に本営付きの魔術師が防音障壁の術を行使する、それを確認してからコンラートは口を開いた。


「グディムカル軍がテレーゼ平原に現れた」

部隊長達がそれを理解するのに僅かに時間がかる、しばらくしてから一人が思わず叫んだ。

「いったいどこから?まさかセクサルドが」


コンラートは部下の発言を制した、たしかに常識的に考えると西のセクサルド王国が抑えているはずのグリティン山脈を越える大街道を抜けて来たと考えるのは無理もなかった、だがセクサルド王国の裏切りを疑うに等しい発言だ。


「高原地帯にも我々の密偵が網を張っている、気づかれずに通過する事などできんわい、それに口を慎めよこの意味がわかるな?」

その士官も己の発言の意味に気づいた様子で顔が白くなった。


コンラートは野太い声で裏切り説を否定すると地図上のテレーゼ北西部に広がる大森林地帯を指さす。

「敵はここから現れた」


コンラートは副官のブルクハルト子爵を手招きすた。


「ブルクハルト詳細を説明してくれ」

「ハッ」

そう応じた副官がコンラートの横に立つと司令にかわり状況の説明を始める。


「現時点で精霊通信の情報なので精度に問題があると心得ていただきたい」


そのようにして始まった副官の状況説明は部隊長達を驚愕(キョウガク)させる事になる。

騎兵と歩兵による混成部隊約五千がハイネの北西に突然出現した、部隊は街道にそって南東の方向に急進中、その位置はハイネまで二日、連合軍の集結地点マルセランまで二日の距離であること。

そして対抗できるアラティア軍の前衛部隊はマルセランとラーゼの中間を行軍中、前衛のマルセラン到着は明日の夕刻になる予定である事など。


「どの様な手段で彼らが現れたか今は論じる事は控えたい、彼らの目的を予測しそれに対する対処を優先する」

そう語りかけるとブルクハルトは総司令に目線を戻した、コンラートはそれを受けて重々しく頷くと、ゆったりとした仕草で部下たちを見回す。


「諸君達に意見があるなら、率直に話してみたまえ」

コンラートの野太い声と鷹揚な態度にブルクハルトは内心で苦笑する、基本的に部下に意見を言わせて最良と考えた意見を採用するのがいつもの流れだ。


「司令、奴らの狙いはハイネ奇襲ではないでしょうか、ハイネ警備隊は国境で帝国軍相手に遅滞戦を行なっておりハイネの守備は薄いはず、ハイネが攻撃されるとハイネ通商同盟は動揺いたしましょう」

この意見にも一理あるので何人かが頷くのが見える、コンラートはそれを素早く把握する、そして感銘を受けたかの様に大きく頷いた。


また別の一人が発言を求めた。

「マルセランに圧力を掛け我々の動きを拘束するつもりではないか?」

先ほどの隊長がそれに反論した。

「我々がマルセランに到達すれば数で圧倒されるぞ?ハイネを攻撃し陥落させる事ができなくとも新市街を焼き払う事ができる、ハイネ軍は動揺しハイネの防衛に気をとられる様になる」


コンラートはそれにも頷いてから軽く手で部下達の議論を制して口を開いた。


「うむ、我らは異教と蛮族から精霊王の占め下ろす大地を守る大義を掲げておる、もしハイネが炎上する事があれば我らのメンツは丸つぶれだ、あの街には聖霊教の大礼拝殿がある」


だがマルセランへの圧力説を掲げる士官は食い下がった。

「我々の北方への展開を遅らせる事こそ重要ですぞ、グディムカル全軍がテレーゼ平原に展開できる時間を稼ぐ事ができれば良いのだ」

すると別の若い部隊長が思わずと言った口ぶりで言葉をもらした。

「それならば東進して、グリティン山脈のテレーゼ側の降り口に陣を張ってグディムカル軍の山越えを支援させた方がいいですね」


その時の事だったコンラートが目を見開いた、副官のブルクハルトはこれで決まったと確信した。



「前衛部隊から二千をハイネ市に急派させる、前衛はそのままマルセランに急進させマルセランの守備につけ我軍の集結を待つ」

総司令の決断に意を唱える者はいなかった、実際それ以外にできる事は少ない、マルセランに到達した前衛部隊が急いで北上してもどうせ敵の方が近い。

それにこの策ならばハイネが奇襲された場合にもマルセランの前面に敵が現れた場合にも対応できる。


「野戦になる、セクサドル軍の到着を待って雌雄を決するしかあるまい」

コンラートは落ち着き重々しく宣告した、だが副官のブルクハルトは見かけは豪壮な上官の瞳に現れた動揺を見逃さなかった。


そこに天幕の中から若い士官が飛び出してきたので、それをブルクハルトが睨みつけた、士官は部隊長の集結に驚いた様子だがすぐに任務を思い出した。


「ハイネからの精霊通信、ハイネ通商同盟軍司令部はグリティン山脈での作戦を打ち切り全軍に撤退命令を出したもよう」

その場にいた誰もが息を飲んだその意味は明らかだ、新たに現れたグディムカル軍がテレーゼ側の降り口を封鎖すると、山中で戦っているハイネ軍は袋のネズミとなってしまう、包囲を恐れたハイネ軍が作戦を打ち切り後退を決断したのは明白だ。


そして連合軍が意図していた戦略、グリティン山脈のテレーゼ側の街道の降り口に扇形陣を展開、グディムカル軍を半包囲しながら迎撃する戦略の崩壊を意味していた。

そして敵はこちらの意図を正確に読んでいたのだ、アラティア軍の士官達の背に冷たいものが滲み出る。


「本国もすでに知っておろう、我々はラーゼで野営を行う、明日マルセランに向かい進軍する」

そしてコンラートはブルクハルトに向き直った。


「ノイクロスターヘ我々の行動予定の報告を」


報告と言えど精霊通信によるものなので送れる情報量は僅か数文字にすぎない、複雑な情報を伝達する事は不可能だ、そのため定形文と記号と数字を組み合わせた暗号で情報を組み立てる。

魔術師だけではなく通信文を起稿してコードの組み合わせを作る専門の技官を必要としていた。


ブルクハルトは天幕の中に消える、それを見届けるとコンラートは部隊長達を見回す。


「行軍の用意を!解散!!」

コンラートの号令と共に部隊長達は己の部隊の元に散って行く。


しばらくするとブルクハルトが天幕から戻ってくる。

「閣下、通信文です、ご確認を」

コンラートはブルクハルトから羊皮紙を受け取った、後年に残す文章は高価な羊皮紙を使用する決まりになっている、コンラートは目を通すとサインを入れて副官に返す。


「これでよろしい」


しばらくするとアラティア軍本隊はラーゼに向かって再び進軍を開始する。






ハイネの遥か北方のグリティン山脈の戦いは熾烈を極めていた、ここ数日の間は嫌がらせの様な攻撃を仕掛けてくるだけのハイネ軍が、今日は引かずに増援まで送り込んで激しく攻撃を加えてきた。

グディムカル軍の指揮官は、護衛部隊と武器を取らせた工兵に固く陣形を組ませハイネ軍の攻撃に耐えていた。

兵士の喚声と武器のなる音に紛れて部下の呼ぶ声が聞こえてくる、すると先ほど送り出した伝令が無事戻って来たところだった。

息も絶え絶えの伝令は振り絞る様に叫ぶ。


「隊長殿、増援がまもなく到着します」

「ご苦労!!」


その時急に周囲の様子が激変する、敵が潮が引くように後退を始めた。


「敵が後退します」

顔見知りの護衛部隊の下士官がこちらに向かって叫ぶ、だがこちらには追撃する余力が無かった、それに工兵が基幹の部隊なので追撃戦を実行できる様な部隊ではない。


「持ち場を離れるな、被害状況を報告せよ」


指揮官は森の中を下って行くハイネ軍の姿を一瞥すると部隊の再編成に取り掛かった。


やがてグディムカル軍はハイネ通商同盟軍が山中から消えた事に気づくのだ。






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