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赤竜の軍団

緑深き森林地帯を真っ直ぐ貫いて街道が走り、東の彼方にエドナ山塊が無骨な山肌を晒している。

この街道はバーレムの森を貫きテレーゼのラーゼとアラティアの西の護りベステルを結ぶ重要な道だ、その街道を赤い大蛇のようにアラティア王国の大軍がテレーゼに向かって進軍していく。


その軍列の中ほどに一際大きな旌旗がはためく、それが最高指揮官コンラート将軍の本営の位置を示していた。

長い軍列に頻繁に伝令と偵察が行き交う、その厳戒態勢からアラティア軍が奇襲を警戒している様子がうかがえる。


本営の中心に護衛と伝令に囲まれ壮麗な軍装を纏った大柄な厳しい顔つきの騎士がいる、この男こそアラティア軍最高司令官のコンラート侯爵その人だった。

彼は勇猛な男として知られていたが見かけによらず柔軟で評判はまずまずの人物だ、だがアラティアに平和な時代が続いたので実戦から長らく離れていた。

彼の顔色は行軍が始まってから優れなかった、その憂いは軍を進めるほど深くなって行く。


コンラートは副官を招き寄せた、すると後ろに控えていた副官のブルクハルト子爵が馬を寄せてきた。

彼の上げた面覆の下からコンラートより年上の厳粛な武人の顔をのぞかせていた、そして白い色が目立つ髪が兜からはみ出している。


「まだ指揮権は確定しておらぬのか?」

「ノイクロスターからはまだ・・・精霊通信の応答はいまだに」

ブルクハルト子爵はすこしうんざりしながら頭を横に振った。


「やはり向こうの名目上の指揮官が王族だからか?」

「でしょうな閣下、ですが当方に戦場にご出陣できる王族はおられませぬ」

「だが我々の方が兵力が多い、本来はこちらが総指揮権を得るべきだ、せめて向こうのカルマーン大公が健勝なれば」

セクサドル王国のカルマーン大公は経験豊富な王国切っての名将として近隣に名が知られていた、カルマーン大公は国王の弟だがすでに臣籍にくだっており、その彼が急の病に倒れたのは最近の事だ。


「やはり閣下はあちらの殿下の事をご懸念で?」

「しっ!!滅多な事を言うでない、我らアラティアの体面もあるが、ドビアーシュがちゃんと手綱を握っておるのか不安なのだ」

ブルクハルト子爵はまたその話かといいたげに、うんざりしている様にも見えた。

殿下とはセクサドル王国のアウスグライヒ王子の事で、テレーゼ派遣軍の名目上の総司令官だ、だがあまり良い評判が聞こえてこない。

「殿下は第一王位継承権者だ、どうせ箔付けが目当だろうよ」

コンラートの吐き捨てる様な言葉は身も蓋も無かった。


「カルマーン大公が病に倒れたのも急な事でした、グディムカルの南進も急の事で対応が後手にまわりましたな」

「向こうの様子を見て、場合によっては我々が指揮権を握らねばなるまいな、我らの数が多いことを盾に押すぞ」

上司の言葉にブルクハルト子爵は深くうなずいた。


隊列の前方から伝令騎兵が向かってくるのが見える、常歩なので緊急性はないはずだ、やがて本営付きの士官がやってくる。


「最前衛がラーゼに到達したもよう」

「了解した」

士官は敬礼をすると配置に戻る、コンラート将軍は鞍上で腰を上げるがすぐに腰を降ろし苦笑いを浮かべた。


「まだ見えぬか」

「閣下、ラーゼ到着は三時間後でございますぞ?」

ブルクハルトは笑いながら答えた。


「前衛は今朝ラーゼを発ったはずよな、先遣隊はマルセランにつく頃合いか」

アラティア軍前衛は約1万程の勢力で本隊の一日行程の先を進んでいる、本隊はラーゼ近郊で野営を行う予定だった。


ブルクハルトは空を見上げて日の位置を確認した。

「そろそろですかな・・・森を抜けますな」


その間にも大街道を赤い大蛇は進む、テレーゼ始まって初めて北の赤竜がテレーゼ大平原にその姿を現そうとしていた。






アラティア王国の王都ノイクロスターは柔らかな午後の日差しに照らされ、戦が近い王国の首都と思えないほど穏やかに見えた。

計画的に設計された都市は、三つの大広場を中心に放射上に広がる大通りで幾何学的に区分けされ、芸術的なまでに美しい。

これらの道路網は王都を囲む巨大な円状の大街道に接続している。

それがアラティア王国各地に向かう街道の起点となっている、そして王都を囲む丘の谷間を抜けて各地にその枝を伸ばしていた。


そんな王都の西側にそびえ立つノイクロスター城内部は、王国各地からもたらされる報告、大陸中から集められた情報、状況の変化を刻々と伝える精霊通信、それらの対応で戦場のような慌ただしさに包まれていた。


その城の最も深い区画に国王の執務室があった、それに隣接する会議室に国王ルドヴィーク三世と軍務大臣エドムントが、壁際に軍司令部付きの武官の姿があった。

エドムントは西のベステル要塞の視察から戻ってきたばかりだ、白髪が混じる大きな髭が目立つ五十代の男だが、顔は痩せ引き締まり目つきは鋭い、だがどこか疲れの色が見えた。


彼らは巨大な長方形のテーブルを囲んでいる。


「エドムントご苦労だな」

「恐縮でございます陛下」

国王は初老の家臣を労る言葉をかけた、そしてエドムントを仕草で促す、今度はエドムントが壁際で控えていた武官に呼びかけた。


「バルリング子爵始めてくれ」

一礼したバルリングが何かを言おうとしたところ、何かを察した国王が割り込んだ。


「端的に説明してくれ、予は多忙だ」

とまどうバルリングをエドムントが叱責した。

「ご命令通りにせよ」


「は、かしこまりました」

会議用の大きなテーブルの上には予め巨大な地図が広げられていた、それはテレーゼを中心にした東エスタニア東部の地理を示していた。

バルリングは白木の細い棒で地図を指しながら説明を始める。


「ここ、リエクサ要塞前に展開したグディムカル軍は侵攻の様子を見せず、後方で陣地の構築を始めています、敵の戦力は確認できる限りで推定五千、歩兵を中心とした部隊です、また後方のコースタードに後詰の部隊が集結中」

リエクサ要塞とはアラティア北西部のグディムカル帝国との国境に面した要塞で、岩山が海岸線に迫る険しい地形を利用した難攻不落の要塞だ、ここは僅かな兵力で守る事が可能だ。


「こちらのコースタードとラーゼを結ぶ街道ですが、ここの地峡をラーゼ子爵の軍が封鎖しております、我軍はここに三千の援軍を送り込みました、またラーゼに予備戦力を配備いたしました」

バルリングはコースタードとラーゼを結ぶ街道を北西から南東になぞる、中間にある地峡もかつて城があった場所だがこれも廃墟と化していた。


「我軍の状況は?」

エドムントの問い掛けにバルリングが慌てて答えた。


「今朝、前衛部隊1万がラーゼを発しマルセランに行軍中、明後日にはマルセランに到着いたします、すでに先遣隊はマルセランに到着いたしました、今後は先遣隊から緊密な報告がなされる予定です、また本隊は本日夕刻にラーゼに到着する予定です」


「うむ、敵の本隊の状況を説明せよ」

エドムントをチラリと見た国王がバルリングを促す、直接武官に問いかけるのも国王に直答するのも異例の事だが戦時では許容される。


「敵の本隊はグディムバーグ要塞まで二日の地点に到達しております」

バルリングはハイネ市を指してから、指揮棒を北に動かし山地を越えた北側にある要塞の記号を指した。

「すでにグリティン山脈の山中でハイネ軍が主体となり遅滞戦をおこなっております」


「セクサドル軍は?」

再び国王が促した。


「はっ、先陣がヘムズビーを発したのが昨日でございます、現在ハイネに行軍中、全軍がマルセラン到着するまで五日以上かかると予測されております」


「と言う事だエドムント」

国王はニヤリとエドムントに笑いかけた、エドムントはしばらく地図を凝視していたが、顔を上げて肩をすくめて見せた。


「五日ほど留守にしただけで、随分状況が変わっておりますなあ」


「さて今度はベステルの報告を聞こうか、ああ適当に端折って構わんぞ」

エドムントは眉をひそめるとため息をついた。

軍務大臣の形通りの報告が始まった、ルドヴィークも模範的な形通りの態度でそれを受けた。

そしてエドムントの報告が終わると急にルドヴィークの纏う空気が変わる、二人の家臣もそれを察すると改まった。


「この戦いに破れる事はアラティアの滅亡に直結する、戦が長引くとさらなる動員と徴発が必要になるだろう」

「かしこまりました陛下」


エドムントは厳粛に深く一礼する。


「エドムント、バルリングご苦労だった下がって良い」

国王は鷹揚に小会議の終わりを告げた、国王の若々しい顔に僅かな疲労の色が見える、それに気づいたエドムントは胸を突かれた。






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