ナサティアへの帰還
ベルは石畳みの上でうつ伏せに倒れていた、体が冷えその寒さで目が覚める、そして一糸纏わぬ姿でうつ伏せになっていた事に気がついた。
あわてて起き上がり周囲を見渡すと、窓一つ無い薄暗い部屋にいる様だ、だが全くの暗闇ではなくなぜか僅かに明るい。
灯りはどこかと上を見上げる、天井全体が光苔の様にほのかに緑色の光を放っている。
その灯りの下に、ベルの衣服と愛剣が散乱していた、そこにコッキーの衣服や下着が混ざる、化物の姿になったコッキーを思い出しベルは再び緊張を高めた。
後ろを振り向とすぐ近くに全裸の少女が手足を投げ出し仰向けに倒れていた。
(コッキー!!)
ベルの脳裏にホルンを吹き鳴らす悪夢のようなコッキーの姿が甦った、だが目の前に倒れている少女は化物ではなかった。
(あれは幻覚だったんだ)
ベルは緊張を緩め、彼女の側に寄り添い脈を測る、そして口元に耳を寄せると彼女の呼吸音を感じる事ができた。
ベルは側に落ちていたコッキーの上着を彼女の体にかけてやった、そしてコッキーを揺り動かしはじめた。
「起きて?コッキー!!」
やがてもぞもぞとコッキーが動き出しパチリと目を開けた。
「やっ?ベルさん!?」
「目が醒めたね、良かった」
目が覚めたコッキーはベルの体を舐め回すように観察しはじめた。
「ベルさん大人ですね、羨ましいです」
そこには僅かな羨望と嫉妬の響きがあった、ベルは目を見張り驚いたが、自分が一糸纏わぬ姿だった事を思い出してベルの顔が赤くなる。
コッキーはベルとほぼ同い年のはずだが体型が幼かった、ベル本人は無頓着だったが、細身だが女性らしい無駄のない美しい曲線をそなえていた。
「ところで、なぜ私達って裸なんでしょう?」
ベルは記憶を整理する。
「覚えている?光っている穴に入る時に自分で全部脱いだみたい・・・」
「そうですよね・・ここはどこでしょう?あの部屋ではありませんよね」
「わからない、そこに通路がある、その先を調べよう」
ベルは黒い四角い穴に見える通路の口を指し示した。
「さあ、はやく服を着てここを出よう、こんな処に何時までもいる暇はない」
「そうでした!!」
二人は自分の服を探し着込み始める、ベルは小さなランプが床に落ちているのを見つけた。
「あれ、無くしたと思っていたのに・・もしかして戻って来ている?」
ベルはランプに再び火をつけようと布くずに火打ち石で火を付ける。
その時コッキーが叫んだ。
「べ、ベルさん、あのメダルが落ちています!!」
彼女の声には明らかに怯えが感じられた。
たしかにコッキーが指差す先に例のメダルが落ちている。
「まってコッキーは触らないで」
「よしランプに火がついたぞ!!あれ!?」
ランプに火が灯ると先程より部屋の状態がはっきりとわかるようになる。
「ねえコッキー、この部屋って鏡があった部屋に似てない?」
ベルは光輝く鏡があった壁に近づき観察し始めるた。
「部屋の中を良く見ている余裕がありませんでしたよ」
「そうなんだ、あれ、コッキーその肩の痣は何?」
振り返ったベルはコッキーの肩に付けられたホルンの様な形の痣を目ざとく見つけていた。
「これは、そうでした、あの部屋で付けられたんですよ、でも薄くなっているような気がします」
二人は床に落ちていた衣服を総て回収し身につけた。
「コッキー準備いい?」
「何をするんです?」
「メダルを回収するよ」
「うう、少し離れていますね」
「その方がいいかも・・・」
ベルはメダルに近づくと、まず指で軽く触った、何も起きない事を確認すると、メダルを摘み上げてドレスのポケットに落とし込む。
「僕は大丈夫みたいだ」
「忘れ物はないね?いこうか」
ベルを先頭に二人は真っ暗な通路に入って行く、通路の先は上に昇る長い階段になっていた、それを昇り切ると更に通路が伸びその先に上に登る階段が見える、階段の石畳の部分は上からの日差しで明るく照らされていた。
そして通路の両側には見覚えのある扉の壊れた部屋が並んでいる。
「やっぱり、ここは魔術学院の地下だ」
「帰る事ができたんですね?」
だがランプで照らされたベルの表情は暗い。
「どのくらい時間が経っているかわからない、とにかく外に出よう」
二人は通路を進み外に出る階段を登る、学院の廃墟は薄曇りの空の下で午前の太陽に照らされていた、外はとても穏やかな天気だった。
二人は外の新鮮な空気を吸い一息ついた。
空も太陽もここに来た時と非常に似ていた、季節も時間もまるで変わらぬ様に思えた。
コッキーが周囲を眺めながら。
「入った時からあまり時間が経っていない様に思えますよ?」
ベルは学院の入り口からここまで来た方向を指さした。
「ここに来た時には誰かが道を切り開いた跡があった、それが無いんだ」
「えっ?じゃあ何年も経っているのでしょうか?」
「わからない、街に戻ればわかる」
ベルは街に戻るべく進み始める、邪魔な枝や下草は剣で切り払う。
「僕とルディがあの世界に行った時、どうやって戻ったか良く覚えて居ないんだ」
「忘れてしまったんですか?」
「僕とルディは山の上の神殿に入った後の事を詳しく思い出せなくなった、前と同じならいろいろ忘れてしまうかもしれない」
コッキーはそれにどう答えようかと思案しているうちに、アマリア魔術学園の石碑が見える学院の門の近くまで来てしまっていた。
「ここから少しだけ街が見えるね、ここからだとあまり変わっている感じじゃないけど、とにかくいそごう」
ベルは少し足を早めて坂道を下り始めた、少しでも速く街に帰りたかったのだ、それでコッキーが取り残され気味になってしまった。
「まってくださいベルさん!!」
コッキーが坂をかけ下る、その時太い木の根に足を引っ掛け転びかけた。
「うわぁ~~」
「危ない!!」
ベルが僅かに力を行使しコッキーを両腕で素早く抱きとめた、その弾みでベルのスカートのポケットからメダルが勢いよく飛び出す。
メダルは数メートル空を飛び、太い木の根に当たり跳ね返り、下草の中に転がり落ちてすぐ見えなくなってしまった、二人はそれを唖然と見送るしかなかった。
「コッキー声をたてないで!!」
突然ベルの態度が急変する、ベルはコッキーを脇に抱きかかえると、そのまま道から外れて丘の急斜面の森の中を駆け下った。
そのまま丘の麓まで駆け下り大きな茂みの中に飛び込んだ。
「コッキー大きな声を出さないでね」
「ベルさん何があったんですか?」
「信じられないかもしれないけど、僕たちが坂を登ってきた」
「はい?」
「僕とコッキーが坂を登ってきたんだ、出会うのはまずい気がしたので逃げた」
「いろいろあったので何が起きても信じられる気がしますです」
「もしかしたら、僕たちがここに来る少し前に戻って来たのかも知れない」
「昔に戻ったのでしょうか?」
「良くわからないけどそうかもしれない」
「じぁあ、あのメダルは私が落ちた穴の中に?」
「あっ!!」
「これからどうしましょう?」
「メダルの確認だけしておこう、その後はとにかく街に帰ろう」
暫くそのまま茂みに身を潜め、二人はまた丘を登り始めた。