表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
466/650

闇妖精の館

エルニア公都アウデンリートから遥か西の夜の空の(モト)、戦火が迫るハイネは歓楽街の灯りも絶え死んだように夜の帳の底に沈んでいる、未だ戦火が遠いアラティア王都ノイクロスターの夜景と大きな隔たりがあった。

そのハイネ城市の南大門近くの新市街に悪名高きコステロ商会の施設が集まる巨大な一角がある、そこには私設軍隊の駐屯地、魔術関係の重要機関、そして商会の倉庫が集まっていた、その片隅にコステロ会長個人の白亜の別邸があった。


その別邸の薄暗い一室で上品な高級使用人服をまとった若い女性がテーブルに頬杖をつきながら佇んでいた、彼女の目は瀟洒(ショウシャ)な白い丸テーブルの上の一点を見つめたまま動かない、そこに大きなエメラルドのペンダントが鈍く輝いている。

シンプルだが高価な銀の台座とそれを飾る黄金の象嵌は匠の技を感じさせる見事な一品だった。


そして部屋は使用人部屋としては豪華すぎる、だがその部屋に置かれた小箱や化粧台やハンガーなどの小物がこの部屋が若い女性の私室だと主張していた。

そしてテーブルの上の宝石は鑑定眼のある者ならば法外な値段を付ける事だろう、名家の出目の女性が過半を占める王室直属の高級使用人であっても分不相応なほど立派な宝石だった。


その女性は何かを一人でつぶやいている。


「ああ、お嬢様、私の罪をお許しくださいませ、いかなる罰もお受けします、どんな罰も・・・」


それは熱病にうなされる病人の様にも見える、その瞳はどこか潤んでいた、だがそれは懺悔の涙なのだろうか彼女の頬はほんのりと紅く染まっていた。


そんな彼女の背後で小さな異変が進んでいる、扉のドアの隙間から天井板の僅かな隙間から部屋の中に青白い霧が音もなく滲み出る様に入り込んでくる。

それはあまりにも音もなく静かなためか青白い霧が渦を巻きながら集まり濃くなっていく事に気づかない。

やがてそれは美しい女性の頭部に変わっていく、それはこの館の主人であり美しい黒髪の闇妖精姫ドロシーだ。


「ポーラお話があるの」

宙に浮いたまま生首だけの主人が美しい言葉を発する。


「ヒッ!?」

慌てたポーラが振り返って更に驚いて椅子から転げ落ちて尻もちをついた、白い椅子が音を立てて転がっる。


「お、お嬢様!?何の御用でしょうか?」

ポーラの声は上ずり震えていた、生首が喋るのに少し慣れたがその生首が宙に浮いているのだから。

ドロシーはテーブルの上の宝石を一瞥して少し悲しそうなどこか気の毒そうな顔を一瞬だけしたが、いつもの無表情に変わった。


「貴女の服を借りにきた、服をまた無くしてしまったから、節約しないと」

「で、ですが、そのお嬢様はその」

宙に浮かぶ生首に服は必要ないと言いかけたがポーラはそれを言葉にできなかった。


「エルヴィスに力をもらった」


ニンマリとドロシーが微笑む、それはいつもの主人が見せる事のない妖艶な微笑みだ、ポーラはこの屋敷の主人達の悍ましい習性を知っていた、その微笑みに例えようのない穢らわしい意味を感じて寒気をふるう。


「予定より早く体を再建する事にしました、貴女の使用人服を貸しなさい」

「しかしお嬢様が卑しい使用人の制服など・・・」

「そんな事ない可愛らしくて素敵、それに貴女と同じ服を着てみたい」

「私と同じ服を!?」

ポーラは困惑して思わず宙に浮かぶ美しい生首を見上げる。


「だってお友達でしょ?」

二人の瞳が絡み合うと、ポーラの視線は闇妖精姫の真紅の瞳に捉えられた。


「はいそうでございます、お嬢様!」

自然と力強い言葉がポーラの口から飛び出す、心のどこかでそれは嘘だと何かが叫んでいる様な気がしたが、ポーラは使用人の立場を越えて美しい主人と子供達に仕えたい気持ちでいっぱいだった。


「嬉しいわ、貴女と私は背の高さも近いし着れるはず」


突然部屋の空気が一変する、宙に浮いた生首から周囲を威圧する力が放たれる、ポーラは床を後ろ向きに這うように下がる、やがて壁にぶつかりそれ以上下がる事ができなくなった。


ドロシーの生首の切り口からら暗く青く輝く光のロープか棒の様な何かが現れて下に伸び始めた。

壁際に逃げたポーラが押し殺した悲鳴を上げた、彼女の瞳は恐怖と絶望を湛えながらその異変を見守る事しかできなかった。


だが光る物体が背骨の形をしている事にポーラは気づかない、もっとも気づかないほうが幸いだ、それがある長さに到達した瞬間に力の爆発が生じた。

膨大な瘴気が溢れ出し物質化するほどの密度にまで高まった瞬間、青白い光とともに音無き爆発が生じる。

それが収まるとそこに精緻な等身大のアラバスター人形の様なドロシーがどこか恥ずかしげに佇んでいた。


ポーラすら一瞬見惚れる程だが、ポーラは有能な使用人の責務を思い出す様に力強く立ち上がる。


「わかりましたお嬢様、直ぐに整えますので鏡の前に、申し訳ございませんが私の私用の下着を御召し頂きますがそれでよろしいですか?」

「あっ!!考えて無かったでもそれで良い、お願いポーラ」

「かしこまりました」

ポーラは見事な手際で主人を整え始めた、この異常な状況で彼女の手際と仕事の質の高さは見事の一言だった。






ポーラの部屋に威圧的な美貌の使用人が佇んでいた、ドロシーは自分の姿に大いに満足したのか自分の姿を楽しそうに確かめている。


「素晴らしい、一度こんな格好して見たかった」


ドロシーはしばらく様々なポースを取りながら自分の姿を楽しんでいた、だが急にポーラに向き直った、ポーラは急に変わった部屋の空気に身構える。

ドロシーは再びテーブルの上の宝石を一瞥する。


「ポーラこれについてもっとお話したい、そこに座りなさい」

そう言うとドロシーは椅子に腰をおろしてしまった、ポーラも大人しく倒れていた椅子を起こすとそれに座る。

ドロシーがポーラをまっすぐに見つめるとポーラはその瞳に吸い込まれる様な錯覚を覚えた。

「この宝石は前のご主人様の宝石だったわね、盗んだ事を後悔しているなら返そうとは思わないの?」

ポーラの顔が驚いた様に変わるとうつむいてしまった。


「これがお嬢様との繋がりに思えて」

「だから返したくないのね、なんとなく気持ちはわかる」


「あ、あの違うんです」

ポーラがあわてて否定したので今度はドロシーが当惑した。


「こんな事今まで誰にも話した事なんて有りませんでした、でもお嬢様ならお話できるような気がいたします、変だとお思いですが誰かに聞いてほしくて」

ドロシーの真紅の爛れた瞳が先を促した、ポーラは気持ちが落ち着いたのか背筋を伸ばし顔をまっすぐにドロシーに向けた。


「お嬢様いえこれからはカミラ様といたします、カミラ様は誰にでも穏やかで優しい御方でした、私は深くお慕いしておりました、名前も覚えていただきましたし、本当に誰にでも優しい御方なのです、でもある時それに疑問を感じたのです、私の親しかった同僚がお屋敷から下がった後もお嬢様はまったくお変わりになりませんでした」


「それが貴人なのよポーラ」

ドロシーのその意外な言葉にポーラは驚愕した。

「お嬢様!?」

「気にしない、さあ」

ドロシーに促されポーラは気を取り直して語り始めた。


「畏まりました・・・カミラ様はもしかしたら私を一人の存在として認識していないのではないか、お屋敷の使用人の一人でしかないのでは?そんな想いに捕らわれました、そして怒りでも軽蔑であってもいいから、ポーラと言う一人の人として見て欲しい、そんな想いがどんどんと膨らんで行ったので御座います」

「だから宝石を盗んだのね、前も少し聞いたわ」

ポーラはまた視線をそらして俯いてしまった。

「はい」


「宝石を盗んだままならカミラ姫の特別な一人に成れると思ったのね」

ポーラはそれにうなずくだけだ、ドロシーはそれにため息をついた。


「でも知りたくはないのね?」


ポーラは息を飲んだ、顔を上げた時ポーラは歪んだ笑みを浮かべている、ドロシーは僅かに眉をひそめた。

「はは、ええそうでございますとも、お嬢様には嘘が付けません不思議です、隠して置きたい事まですべてさらしたくなるのです、ヒュッ」

「大丈夫?」

ポーラの呼吸が狂い不吉な音を立て息を吐き出す、それにドロシーが少し慌てはじめる、それを見たポーラは落ち着きを取り戻しどこか嬉しそうに微笑んだ。


「落ち着きました、今ならわかります、この宝石をカミラ様に返すのが怖いんです、今はっきりと自覚できました、私には美貌も芸術の才能があるわけでも教養が在るわけではありません、だから・・・」

ポーラの声はかすれ彼女の容貌は苦しみに耐えている、だがポーラも庶民とは比較にならない美貌と知性と教養を身に着けていた、だがドロシーにはよくわかっていた、ポーラに足りないそれは雲の上の遥か高みの領域に有る事を。


「だから私はカミラ様に憎まれ、裏切り者と悲しんでほしかったんだと思います、私に罰を加えたいと思っていらっしゃる、それを願っていたのです、なんて愚かで浅ましい事でしょうか」


そこでポーラは一息ついた。


「さっきお嬢様は私を心配なされました、それがとても嬉しく御座いました、不思議でございますね、お嬢様には何も隠す事ができません、おかげで少し心が軽くなりました」

「もしその宝石を返すと心が決まったら、その時はカミラ姫から自由になれると言う事、その時は私が宝石を返して来ます」

「いえそれは私の責任でございます、カミラ様にお会いしてお詫び申し上げます」

ドロシーはため息をついた。


「貴女がそれを望むならそれでいいわ、でも貴女は私達の家族なの、人の世の法に従う事はゆるしません」


「か、畏まりました、使用人ごときの私情にお手数をおかけいたしま」

ポーラはそこまでしか話せなかった、ドロシーが身を乗り出すと片手を伸ばしポーラの肩に触れると先を続ける事ができなくなった。

「貴女は私のお友達なのよ、エルマ達のお姉さんなの、いいわね?」

押し殺した様なドロシーの声と彼女の真紅の宝石の様に透明な瞳がポーラの淡い茶色の瞳を射抜く。


「はい・・・お嬢様」


「じゃあこの姿をあの子達にみせに行くわ、一緒に来る」

ドロシーは無邪気な顔でポーラを促すように立ち上がった。






「いきなり体が生えているから驚いたけど、その服ドロシー似合い過ぎるわね、なんかポーラの方がお嬢様に見えるわ」

エルマが大声で笑った。


子供部屋の中は小さな魔術道具の灯りで薄暗く照らされ、入り口に立つドロシーとポーラを照らし出していた。

ポーラとお揃いの服を着ているドロシーの髪型は端を綺麗に切りそろえたショートボブだ、短い髪は働く女性の象徴だ、高級使用人ほど髪を長く伸ばしたままの者が多い、一見すると黒い髪の印象もあり高級使用人と下働きの使用人の様に見てしまうのだ、遠くから見ただけならドロシーの方が下働きの使用人に見える事だろう。


「ドロシーもっと時間がかかるって言ってたのに」

それはマフダの声だ、小さな宿屋の住み込み働きの少女はすっかりこの館の一員になっている。

「何があったんだよ、いや何があったのですかお姉さま?」

ヨハンも我慢できずに口を出してきた。


「エルヴィスに力をもらったから」

ドロシーはぼそりと呟いたが、その視線は子供達から逸れている、子供達はそれで何かを察したのか、気まずい雰囲気になってしまった。


「ねえ、エルヴィスさんがお菓子をくれたのよ、さあ皆でお茶しましょう」

それを打ち破るようにエルマが叫ぶ。


「畏まりました」

ポーラが準備を始めようとしたところをドロシーが止めた。


「待ちなさい、今日は私が使用人で皆がお客様です、私がやる」

ドロシーの宣言に皆が固まったドロシーの腕前はみんな薄々知っていた。

子供たちは誰かが止めてくれる事を期待してお互いに顔を見合わせる、そして最後にポーラに視線が集まった、だがポーラの魂が遠くに逝ってしまった事に気づいてお互いにまた顔を見合わせた。


そしてエルマがドロシーを睨んだ。


「ポーラが気を失ったわ、ドロシーのせいよ」


「しばらく休ませて上げましょう、私がお茶の準備をする」

そう言い残すとドロシーは悠々と部屋から出ていってしまった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ