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書店アグライアの叡智の光

アラティア王国の至高の存在とその頭脳が国王の書室で密談を交わしていた頃、王都ノイクロスターから遥か南のエルニア公国アウデンリートの都は嵐が過ぎ去り人々は落ち着きを取り戻していた。

人々は朝から屋根や窓扉の修繕と街路や庭に散らばるゴミの後片付けに一日中追われていた。


やっと落ち着きを取り戻した宵闇(ヨイヤミ)迫る歓楽街を場違いな人物が散策を楽しむように足を進めていた。

年齢は四十代半ばの知的で温和な人柄を感じさせる細身の男だ、大きな使い込まれた茶色の旅行鞄を軽々と片手でぶらさげて、もの珍しげに黄昏の街並みを見上げながら歩いていた、彼はこの街と場違いでどこかの学問所の教師か旅の学者の様にも見える。

すれ違うあまりガラの良くない男たちが胡散臭げに振り返る、だが不思議な事にこの男にちょっかいを出す者はいなかった。


アウデンリートの街並みは複雑奇怪な迷路の様に入り組んでいるので、初めて訪れた者はたいがい迷ってしまう、だが男は迷う事も無く道を進んでいく。

しだいに城に近づくと街並みが変わる、貴族や裕福な人々が住む区域に入ろうとしていた。


「よかった見つかった、はやく用をすませないと店が閉まってしまう」


男は細い横道の奥に古めかしい看板を見つけると顔を綻ばせた『アグライアの叡智の光』と描かれた看板の古びた本屋がそこにあった、男はかどを曲がり歩みを早めた。




そろそろ店を閉めようとしていた小太りな書店の店主は小さなドアベルの音に慌てて顔を上げる、閉店間際になって入ってきた客に僅かに眉を顰めた、だがたちまち営業笑いに切り替えると客を出迎える。


「いらっしゃいませ・・・」

だが客がいかにも旅の学者と行った風情なので店主はあからさまに警戒を解いた様子だ。


「何かお探しですか?お客さま」

閉店も近いので客の手助けをする事にしたのだ、客によっては機嫌を悪くするので余計なおせっかいは普段はやらない。


「助かるよ」


そう気さくに言いながら客は旅行用の外套を脱いでそれを脇に挟み込んだ、彼の着ているスーツは古いが造りの良い上物だった、そして男の眼には客がますます学者か教師に見える、金まわりの良さをこの男から嗅ぎ取った店主はたいそう喜ぶと、顔に貼り付けた恵比寿顔を深めた。


「僕が探しているのは『エルニア古代土地女神伝説の考証』なんだ」

それを聞いた店主は破顔した、この書名を言えるのは本物の学者ぐらいだ。


「すぐにお持ちいたします」


本棚は床から天井まで壁の様に一体化していたので倒れる心配のいらない作りだ、店主は小さな階段の様な台を運んぶとある大きな本棚の前に置いた、その台に小太りな体に似合わず軽々と昇ると手を伸ばし本をつかむと戻ってきた。


本をひと目見た客は眼を輝かせる。


「おお素晴らしい120年前の羊皮紙本がこれ程良い状態で保管されているなんて、いやこれは複製だね?」

「流石お目が高い、これはエルニア有数の碩学アンスガル老師の複写本ですよ、今から三十年ほど前の作です」

「すまないね店主その御方は知らないんだ、僕は西の生まれでエルニアに詳しくはなくて、ペンダビアの生まれなんだよ、でもアンスガル氏が優れた学者だと僕にも解るよ」


「おおペンダビアの方でしたか、先生はペンダビア魔術大学の方ですかな?」

ペンダビア魔術大学はかつては東エスタニアの魔術研究の頂点にながらく君臨した高名な大学だ、少し教養のある者ならば知っている。

先生は少し寂しそうな顔をしたが柔らかく微笑んだ。


「僕はペンダビア総合大学の考古学者なんだ、僕の名前はアンソニー=ダドリーさ」

店主は気まずそうな顔をしたが同時に納得もしたようだ。


「私はこの『アグライアの叡智の光』の店主マイケルと申しまして、昔アンスガル老師のお手伝いをしておりました、ところで先生はエルニアの伝説に興味がお有りで?」

「まあそんなところさこの本を探していたんだ、これはいくらだい?」


「はいこれは写本ですが出来が良いので良い値が付いております、1370アルビィンでございます・・・」

店主は柔和な笑みを貼り付けたまま鋭い視線で来客の様子を観察している。

「いいよその値段で、この場で取引だけどいいよね?」

アンソニーは小さな革袋をテーブルに置くと重い金属の音が鳴った、アンソニーが袋の口を開けるとテーブルに帝国金貨を積み上げ始める、店主は目を大きく見開いた、これだけの金があれば庶民の一家ならば数年生活できる程の価値がある。


そして店主が我に帰ると金貨を恐る恐るつまみ確かめた、そして慌てて金貨をかき集め壁際の鍵付きの引き出しに収容してしまった。


「ところで噂を聞いたんだよ、東のリエカの街に見慣れない異国の船が漂流したそうだね、僕は古代文明専攻なんだ」

店主は慌てて棚から戻ってくると店内を見廻してからアンソニーに顔を近づける、店主の顔はもはや上客の機嫌をとる事しか考えていない顔だ。


「実は警備が厳しく誰も近づけ無いようですが、エスタニアで一番大きい船の長さも幅も二倍以上あるようですよ、大きすぎて隠すのは無理なようで、見物に行きたいのも山々ですが店を閉めるわけにもいかず」


「僕もこの目で見てみたいんだ、様式からいろいろわかるかもしれないからね」

「もしや古代文明の遺産でしょうか?」


「マイケル君、世界間戦争にまつわる伝説で古代王国の妖精族が戦火を逃れてはるか東方に逃れたとあるのは知っているかい?」

「もちろんですとも、ここはエルニアですぞ?逃れたのは妖精族の裏切り者など派生した説話が残っていますな、なるほどその難破船の形から古代文明の証拠を?」


アンソニーは微笑んだ。

「さすがだねその通り、僕はその為にエルニアに来たんだ」

「なんと、ずいぶん噂が広がるのが早い!!」

「あ、僕が知ったのはハイネだよ」

店主は納得した様な顔をした。


「あっ、そろそろ閉店だったね、お邪魔したねマイケル君、機会がまたあればまた来るよ」

アンソニーは外套を着込み懐に本をしまうと笑顔で別れを告げると店を出る。

細い裏通りを大通りに向かって去っていくアンソニーの後ろ姿に向かって店主は何時までもヘコヘコと頭を下げていた。


大通りに出たアンソニーは夕闇を背景に黒い影として威圧するアウデンリート城を見上げた、増築に次ぐ増築で複雑怪奇な姿を晒す大城郭は巨大な化け物の姿に見えた。



アンソニーは無言で今夜の宿を目指して歩き始めた。






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