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王都ノイクロスターの夜

アラティア王国の王都ノイクロスターを囲む丘の上に貴族や富豪の邸宅が連なる、その中でも旅人のの目を惹きつけるのがダールグリュン公爵家の壮麗な館だ、オレンジ色の篝火に照らされて白亜の壁が輝く。

目を転じると王都は宵闇(ヨイヤミ)の底で灯火が星の海原のように輝き、大きな戦がせまる国の都とは丘の上からはとうてい思えなかった。


その王都の西側に広大な盆地を囲む山地の端が両側から迫り谷を成していた、山々の険しい頂きが獣の牙の様に夜空を背景に黒々とたたずむ、谷の入り口の南側にノイクロスター城の黒い影が巨竜の影の様にうずくまり、巨大な谷を塞ぐように大城壁の黒い長い影が谷を横切り威容を誇っている。

そして巨大な王城と城壁の所々に篝火が瞬き幻想的なまでに美しい。


その要塞の最深部にアラティア王国の至高の存在ルドヴィーク三世の私的な書室が設けられていた、この部屋も御前会議室と同様に赤を基調とした壁と分厚い赤い絨毯が敷かれ、魔術道具のオレンジの光を受けて鈍く輝いていた、だが部屋にはルドヴィークの個人的な好みで選ばれた調度品が持ち込まれそれらが気安げな雰囲気を加えている。

この部屋は公式な執務で使われる事はないが、重臣達が国王との内密な打ち合わせなどで使用される事が多い、その部屋で国王は豪奢(ゴウシャ)な革張りの略式の王座に座り、持ち込まれた今日の最後の仕事に打ち込んでいるところだった。


そこに現れた初老の侍従が来客を告げると国王は羽ペンをペン立てに立てかける。


「チェストミールがきたか、入れて良いぞ」


初老の侍従が鬱蒼(ウッソウ)と頭を下げると引き下がる、すぐにアラティアの高官らしい威厳のある略式正装をまとった若い男が部屋に入って来た。


「陛下少々遅れました」


その品のある落ち着いた声の主は青年宰相チェストミールその人だ、彼の容姿は目の前のルドヴィーク三世とどこか似ている。

容姿が似ているのは当然で若くして死んだルドヴィークの兄が残した子なのだから、残念ながら下位の貴族の愛妾との間に生まれた子なので王位継承権は低い。

最近までアラティアで国王の親政が行われていた関係で宰相の席は長らく空席だった、だが国外の危機に対応するため宰相を置くことになり、国王の王子たちはまだ未成年なので才人と謳われていた甥を宰相に任命した経緯があった。


「まあ良い、そこに座れ」


ルドヴィークは椅子から立ち上がると、表情を柔らめると部屋の片隅の豪華なソファーを指し示す、真っ先にルドヴィークが豪華な革張りのソファーに腰を降ろすと、続いてチェストミールも対面に腰掛けた。

そこに二人の侍従が茶を運んできた、西国の高級な茶の香りが部屋に広がる、侍従達はそのまま一礼すると部屋からさがって行く。


ルドヴィークは心持ち身を乗り出した。


「何か内密の話があるのか?」


「エルニアに関して二件ほど、未確定な情報ゆえ閣僚達にもまだ明かしておりません」

「話せ」

ルドヴィークは僅かに甥を急がせた。


「まず先日のエルニアの政変で死亡したとされるルディガー公子とその派閥の動向に関してです」

「ああ、それがどうかしたのか?」

「エルニアが今回の対グディムカル帝国同盟に派兵を渋っている理由の一つに関する噂ですが」

ルドヴィークは目線で先を促すとチェストミールは先を続ける。

「陛下はテレーゼ南西端のアラセア伯爵領をご存知でしょうか?」

ルドヴィークは何を言い出すかと驚いた顔をしたが、記憶を探るように考え込み始める、そして顔をチェストミールに向けた。


「思い出したぞ、数年前に重臣のクーデターで領主が変わった場所だな」

「その通りでございます、その逆臣も子飼いの傭兵隊に反逆されアラセアは傭兵隊長達に支配されていましたが、それを旧アラセア伯爵の一族の生き残りが奪い返したとされています」

「それと関係があると?」

「旧アラセア伯爵の勢力の正体がエルニアの反逆者だとする噂がエルニアで広がっております」

「なるほどエルニアも今は動きにくかろうな、だがエルニアの増援は初めから当てにしてはおらぬ、我が国と友好関係が維持される事が重要だ、だが奴らがグディムカルと手を組む可能性はあるか?」

「現時点ではまったく不明です、すでに宰相府直属の密偵をアラセアに放ち情報収集をはじめております、必要ならば彼らと接触いたします」


ルドヴィークは急に何かに気ずき驚きに貌を変えた。

「まて、では死亡したルディガー公子が実は生きているのか?」

「それも不明ですが可能性は無視できません、調査が必要です」

「わかったその方向で進めろ、今はグディムカル帝国への対処が最優先になるが・・・」

ルディガー公子はエルニア大公家の長子ではあるが正妃の息子ではないので妹テオドーラの息子より継承権は低かった、だがなかなかの器量だと噂されていた。

ルドヴィークは深くソファーに身を委ねると、白磁の繊細な容器に満たされた茶を飲んだ。



「ところでもう一つは何だ?チェストミール」

「先日お伝えしました、未知の文明世界の難破船に関する続報です」

「ああ、あれか」

ルドヴィークは苦笑を浮かべた、彼の苦笑には理由がある、東方絶海の彼方にあると言われる未知の大陸への探検熱は周期的に熱病の様に人々の関心に昇ってきた、その度に未知の大陸を探す探検ブームが生まれたものだ。


それは謎の漂流物、船乗りが航海のさなかに目撃した異様な何かの影、熱病にうなされた様な船員達のうわ言から始まる。

その度に資金を集め東方絶海に乗り出し探査を行なおうとする者が現れた、新しい航路を開拓しようとする国家や大商会、それを目当てに現れる野心家と探検家と詐欺師がイナゴの様に現れた。


そして多くの勇敢な者達が東の大海に乗り出し二度と帰らなかった。


「今回は以前の空騒ぎとは様子が違います、たしかに見たことも無い異国の難破船が目撃されております」

「本物なのか?」

「確認する為には詳細な調査が必要です、密偵を強化したいところですがこの状況ではそちらに振り向ける余裕はありません」

「なるほど、それだけではあるまい?」


「はい生存者がいた模様です」

ルドヴィークは息を飲みこんで暫く絶句した、今まで生きている人間の存在が確認された事などなかったからだ。

「何だと!!それはまことか?」

チェストミールはうなずくと更に声を潜めた、人払いをしているので聞く者などいるはずもない、それでも声を潜めるしか無かったのだ。


「これを御覧ください、テオドーラ様から送られてきました密書でございます」

チェストミールは懐から開封された密書を主君に手渡した。

「政府として中を改めましたお許しください」

「解っておる!」


ルドヴィークは密書をもぎとるように受け取り、中を改めてから天井を仰ぎうめき声を上げた。


「なんと言う愚行!」

ルドヴィークは密書をチェストミールに投げ返す。


「得体の知れない女を身近に近づけ、あまつさえそれに溺れるとは、暗愚な男と知ってはいたがこの状況で何をしておるか・・・」

暗愚な男とはエルニア大公を指しているのは明らかだ、チェストミールは静かに主君を見守っている。


「生存者が居ると言う噂こそありましたが、エルニア公国の機密のベールに包まれていました、テオドーラ様からの報告の形で明らかに」

「逆算すると五日前にアウデンリード城に移送されていたようだな」

チェストミールは肯定するようにうなずいた。

「その通りにございます」


「しかし外交問題にならんだろうな?その異国の女は本当に人間なのか?」

「現時点では何の確証もありませんが、テオドーラ様には人の女の様に見えたと」

「いまはこれ以上は憶測にしかならぬ、何とかやりくりして調査を進めるように」

「かしこまりました陛下、またこの件は情報の精査が進むまで最高内機としてとり扱います」

「それでやれ」


チェストミールは無言でうなずくと立ち上がる。

「多忙故に私はこれで下がります」

「ああ、ご苦労だったな」

チェストミールはそのまま部屋から退出していった。


ルドヴィークはため息を吐くと深くソファーに体を委ねながら残りの茶を飲み干した。







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