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黄昏

ベルは宿の二階の窓から宵闇が迫る暗い森を眺めていた、北の黒い樹々の向こうに夕日を浴びて赤く染まった山々が見えた。

視線を転じると寂れた街道街の(ヒナ)びた屋根が疎らに見えた、家々の窓に明かりが灯り始めたがそれも気持ち寂しく感じられた。

その黄昏の風景を分かつ様に灰色の街道の石畳が浮かび上がる、この道を更に北西に進むとテレーゼの領域が終わると大森林地帯に至る。


この時代の国境は曖昧で大国の不用意な衝突を避ける為に緩衝地帯になっている事が珍しく無かった、もっともテレーゼ全盛期はこの先の土豪や諸都市はすべてテレーゼに服属していたらしい。


ベルはうるさい家庭教師にイヤイヤながら叩き込まれた知識を思い返していた。


「ベルもう扉を閉めなさい、風が冷たいわ」


背後からアマンダの声が聞こえてくる、たしかに窓から北の山々から吹き下ろす風が入り込んで身体が冷える、ベルは窓の鎧扉をそっと閉じた。


「明日も早いから早めに寝るわよ、明日のお昼までに国境近くまで行くのだから」

「わかっているよ」


ベルは少しうんざりした、アマンダは何時までもベルを子供扱いするのだ。

背後を振り返ると清潔だが質素な部屋の片隅に大きなベッドが置かれ、部屋の中はアマンダが持ち込んだ魔術道具で暖かなオレンジの光で薄暗く照らされている。


アマンダはベッドに腰を降ろしていたが、部屋が手狭なので彼女の姿が大きく感じられた、彼女が急に立ち上がり上着を脱いでハンガーにかける、そして下着を脱ぐと彼女の鍛え抜かれたそれでいて美しい肢体が顕になった。


「ベルどっちで寝る?」

「壁の反対側がいい」

ベルはアマンダから微妙に目をそらしながら答えた。


「うふふ、貴女は朝起きると床で寝ているから壁際の方がいいでしょ?」

アマンダは服を整えながら楽しそうに笑った。


「何を言ってるのアマンダに蹴られて落とされるんだよ?危険だから外側の方がいい」

「あら私が蹴った証拠があるのかしら?」

「朝になると何時も大の字になって寝てるじゃないか?お腹にアマンダの足がめり込んで壁に挟まれた事があったんだ、もう死ぬかと思った」


「信じられないわね?」

「寝ているんだもの・・・」

肩を竦めるとアマンダはさっさとベッドの奥に潜り込んでしまう、ベルも後から続いた、安物の薄い布団の麦藁の様な匂いに包まれた、アマンダがベッドの上の小さな魔術道具を消すと部屋は暗闇に閉ざされた、ベルは疲れていたのか直ぐに深い眠りに落ちた。


そしてベルは夢を見る、山の上から巨大な岩が落ちてきてそれに轢かれ叫びながら深い谷底に落ちて行く悪夢だ。







ベル達が一夜の宿をとったテレーゼ辺境の宿場街からはるか東の地、エスタニア大陸の端にアラティア王国がある。

その王都ノイクロスターの街はなだらかな丘に囲まれ丘の峰々も夜の闇に閉ざさかけていた。

そんな丘の上にダールグリュン公爵の館が聳え立つ、館は先々代の趣味人の当主の嗜好に合わせた様式で、まるでおとぎ話に出てきそうな小さな瀟洒な白亜のお城の様な姿を誇っていた。

館の白い外壁は篝火に照らされ黒い夜空を背景にオレンジ色に輝いて見える。


その丘の上の瀟洒な館の窓から美しい女性が王都を静かに見下ろしていた。

窓のガラスに美しい女主人の顔が写る、赤みが僅かに混じる腰までの金髪はまるで赤銅のよう、白い貌と濃い青い瞳の持ち主だ。

カミラ白いゆったりとした夜着を纏い、上から厚手の真紅の豪華な室内コートを羽織っている。

カミラはお淑やかな気性に反して少し重い印象を与える美貌の麗人と言われる事がある、それは彼女が北方民族の王家の血を遠く伝えているからと言われていた。


「あの娘もう辞めてしまうの?アーデルハイト」

ガラス窓を閉じたカミラは部屋の中を振り向く、そこにお側付きの筆頭侍女が控えていた、アーデルハイトと呼ばれた筆頭侍女の容姿は、背が高い年齢は三十代半ばの落ち着いた気品のある女性だ。

頭の上に巻き上げられ整えられた黒い髪はエルニア人の血の流れを感じさせる。


「あの娘と言いますと、エルケの事ですね」

筆頭侍女は少し眉を顰め考え込んだ、そしてカミラをまっすぐに見る。

「思い出しましたお嬢様、戦乱が近いので彼女の親御様がいそいで嫁がせる事にしたようでございます」


「みんな親しくなってもすぐに入れ替わってしまうわね、もう名前と顔が合わない娘がたくさんいるわ」

名門の貴族に泊付けの為に子女を高級使用人として仕えさせたがる下級貴族や名士は多い、そして受け入れる側も素性に不安が無くコネクションを広げる事ができる、教養や儀礼を身に着けた彼女達を召し抱える事に魅力を感じていた。

だが彼女達は箔を付けるとすぐ嫁ぐ為に屋敷から下がってしまうのだ。

そして代々ダールグリュン公爵家に仕えてきた家の出であるアーデルハイトのような者だけが残る。


「いつの間にかいなくなっている()も何人もいたわね、もう名前も顔も覚えていない」

カミラがさみしげに見えたのでアーデルハイトは僅かに困惑した。


「いろいろ複雑な事情でお屋敷からさがる者もおります、お嬢様のような高貴な御方が知るべきではない場合もございますので」

カミラは好奇心から目を輝かせたがすぐに曇らせた。


「そうなのね、でも何が起きたか誰も教えてくれないの」

「それはカミラ様のお耳に入れる価値が無からでございます、お嬢様が心お健やかなままお過ごしになれるように、それが家中一同の努めでございますれば」

筆頭侍女は静かに主人に一礼する、彼女がこうする時は絶対に揺らがないとカミラは知っていた。


「ええ、わかったわ」

カミラは薄く微笑んだ、その微笑みはどこかさみしげで儚かなかった。







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