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新市街雑踏の一幕

今日もハイネの西の空に幾筋もの黒煙が青い空を背景に空に昇る、露天掘り炭鉱に隣接する製鉄所の溶鉱炉が吐き出す煙だ。

石炭はそのままでは製鉄に利用できない、だが帝国時代に偉大なる精霊魔女アマリアが森林を護るために石炭を製鉄に使用できるように加工する巨大な魔術道具を遺した、それがハイネの製鉄産業を100年以上に渡って支えてきた。


今もアマリアの魔術道具はハイネ評議会の管理の元で厳重に護られている。


鉄が生み出す富と力は中途半端な小国を越える力をハイネに与えてくれた、それが侵略者を招き寄せたのだと人々は口にする。


そんなハイネ旧市街と新市街を隔てる西の大城門を一人の初老の男が人ごみの中を通過して行く、荷馬車を曳く馬方の罵声とそれに答える通行人の罵声が飛びかい騒がしい、この大門は旧市街と新市街を結ぶ数少ない要路なのでいつも渋滞している。

野菜を詰め込んだ籠を背負う街の婦人、職場に向かう労働者達、その男は軽やかな足取りで人の群れの中を泳ぐ、男は会計事務所のしょぼくれた職員風の恰好をしていた、だが男が(マト)う飢えた狼の様な空気がそれを裏切っていた。

短く刈り込まれた白髪交じりの頭、それほど背は高くはないが浅い古傷が残る顔がただ物では無い事を観る者に教えてくれる、人々はそれを本能で感じたのか無意識に彼に路を譲った。


その初老の男はキール『セザール=バシュレ魔術研究所』の執事兼用心棒のその人だった。


男は突然足を止めて後をふり返った。


「はてあのご婦人、見たことがありましたかな?」


視線の先に去って行く人目を惹く女性の後姿が見えた、通り過ぎる一瞬彼女の顔を見たが、今になって何かが記憶に引っかかる。

豊満すぎる肢体を商家の女将さん風の服で隠している、年齢は二十代半ばだろうか、そう若いとは言えないが非常に蠱惑(コワク)的な美女だ、ブルネットの肩までの髪に少し厚めの唇、その口元に印象的なほくろが見える。

夜の女かと見紛えたが彼女の瞳はそれを裏切る知性と意思を感じさせた。


だがキールは昨晩から多忙を極めていた、人ごみに消えて行く女を見送ると先を急ぐ事にした。



男は城門のすぐ外の定期馬車の停車場の前に誰もいないのに気がついて眉をひそめた。


「ああ、どうやら定期馬車が止まりましたねぇ」


すると停車場の近くでお喋りに興じる女達の会話が耳に入ってくる。

『昨日のあの音と光はなんだったんだろうね?いやだね』

『少し前にも街の北で凄い爆発が起きたばかりなのに、また魔術道具が爆発したのかね?』

『戦争が近いからね、グディムカル帝国の仕業かもしれないよ』

キールは魔道師の塔が流した爆発の原因が受け入れられている事に驚いた、だが考えてみるとこの街の人々が強大な魔術道具の存在に慣れている事を考えれば正解だったと今更の様に納得した。


キールはそのまま新市街の繁華街に足を向ける。



新市街の繁華街は炭鉱労働者、製鉄所の職人達、北に広がる鍛冶屋街の男たちがつかの間の憂さを忘れる為に通う街だ、だが昼間は比較的静かで陽光に晒された歓楽街は堅気ならば目を逸らしたくなる荒廃した空気に満たされていた。

決して廃墟と言うわけではない、街は色とりどりに飾られ、派手な建物と看板がひしめく、だがこの街を覆う退廃した空気がそれを感じさせたのだ。

だがキールは楽し気にある大きな酒場宿の看板を見つけると嗤った。


「ここに来るのもひさしぶりですねぇ」


その大看板は『酒飲みドワーフ亭』と書かれ、長い髭面の妖精が大きなジヨッキを傾けた意匠の吊るし看板が入口の扉の横に吊るされていた。

だがキールはこの扉には向かわない、近くにある地下に降りる階段を下り始めた、その地下に西の新市街に縄張りを持つ無法者組織の赤髭団のアジトがあった。

階段を降ると下水の()えた匂いがほのかに漂いキールは鼻をしかめた、階段の壁に卑猥なショーの宣伝が描かれた木の板がぶら下げられている、それを一瞥するとまた鼻で笑った。


そして階段の下の扉を無遠慮に開けるとその先にもう一枚扉があった。


「誰だ?」


若い男の声が向こう側から聞こえてきた、以前は筋肉の塊の様な大男がいたが、あの男は化け物娘に樹木のオブジェに変えらてしまったのだ。


「キールだ、セザール=バシュレ魔術研究所のキールだ、首領のブルーノに用がある」


扉ののぞき窓からこちらを覗く顔が見えると、声の男が慌てて鍵を解いた。


「ど、どうぞ」


扉が開くと同時にタバコとソムニの匂いと酒の臭いが混じった煙が噴き出して来た、さすがのキールも慌ててむせる。

良くこんな処に居られるなと若い用心棒の顔を見てから驚いた、若者はやつれた顔をし目の周りに濃い隈ができている。

よく見ると『赤髭団』の使い走りの男だった、何度か見た事がある愚鈍な若者の顔だ。


「こちらに」


キールは大人しく用心棒の後に続こうとしてある事に気がついて若者をとがめる。


「鍵をかけなくて良いのですかぁ?」


若い用心棒は慌てて扉に戻ると鍵をかけ直す、キールは呆れて肩をすくめる事しかできなかった。

廊下を進むキールは赤髭団のアジトが寂れている事に驚く、まったく人の気配を感じない、前は荒々しくも粗野な活気に満ち溢れていたのに。


先日のセナの屋敷の攻撃で数人の手下を失い、今回のジンバー商会の護衛でも人手を出している、壊滅的大損害を出しているはずだった。

揉めるのがわかっていたので連絡役にキール一人が選ばれたわけだ。


やがて首領の部屋の前に到着する、若者が中に呼びかけるが返事を待たずに扉を開けた。

中は赤い魔術道具の光で照らされ、部屋の奥の革の長椅子の上に上半身裸の大男がいた、一目でわかる赤髭団の首領ブルーノだ。

そしてソムニの強い煙が鼻を刺激する、目も涙が出るほど刺激される、さすがのキールも閉口するしかない。

その部屋の真ん中の背の低いテーブルの上に酒樽が数個並んでいた、そして倒れた革製の酒盃から強い蒸留酒がこぼれてテーブルに広がっていた。

よく見ると床に何か大きな物が転がっていた、それは二人の半裸の女だった、そして周囲にソムニの樹脂を吸うのに使う専用のキセルが幾つも散らばっている。

この光の中でも荒飲とソムニの中毒で女達の皮膚は黒ずみ皮と肉が弛んでいる、キールは見たくもないものを見てしまったと顔を顰めた。


ブルーノは緩慢な動きでキールを見上げたが、しばらくそのまま呆けた様に動かなかった。


「キールじゃないか!?なんでお前が・・・昨日の爆発・・・何かあったな?」

ふらつきながら立ち上がる、頑健な大男だった首領は足元がおぼつかなくなっていた。


「貴方にしては察しがいいですねぇ、ええ昨日ジンバーの輸送隊が攻撃を受けました」

「何だと?俺の手下共はどうなった?」


キールは嘲るような表情を改めた。


「残念ながら行方不明です」



「ああ、何だと!!」

ブルーノはふらつきながらキールの目の前に迫る。


「化け物共に襲われました、貴方の手下だけではないです、他の組織やジンバー、コステロ商会からも行方不明者を出しています」


「そんな事関係ねー、俺の手下はどこだ?ああ、テメエラ俺達を使い潰すだけじゃねえか!!」

ブルーノはキールの胸ぐらを掴むと殴りかかった。

だがキールは殴りかかる棍棒の様な手首を軽く掴むと、次の瞬間ブルーノの身体は宙に高々と浮いていた、そのままテーブルの上に背中から叩きつけられた、凄まじい轟音と共に木製の酒樽が砕かれ強い酒があたりにぶちまけられた。


キールはそれを酷薄な目つきで見おろしていた。


「今日私はジンバーの代理できました、さて仕事は終わったので私は引き上げますよ」

そう言い残すとキールは去ろうとした、用心棒の若者は壁にへばり付くように震えている。

その若者に羊皮紙を丸めたものを押し付けた。


「そうだ君鍵をあけなさい、それとも壊して良いですかぁ?」

若者はまろびながら管理人室に向かって走り出した、キールはそれを見てまた肩を竦めた。


「クソ、クソ俺の赤髭団はお仕舞いだ、許せねえぞ!!絶対許せねえ!!!」


首領の部屋からすすり泣くようなブルーノのうめき声が聞こえてくる、キールはそのまま何事も無かった様に立ち去って行った。







そんな一幕があった繁華街の外れに、通称新市街の魔法通りがある、そこに妖しげな占いやインチキ魔術道具屋がひしめいていた、その一角に『精霊王の息吹』の看板がかけられた魔術道具屋があった。

その地下に死霊術ギルド『死霊のダンス』が本拠を構えていた。


錬金術師のピッポは大広間の長机の上で自分の荷物を整理していた、だが馴染みの死霊術師の青年の姿が朝から見えない、おまけにギルドマスターのメトジェフも今日はまだ姿を見せていなかった。

このギルドも今日が最後だ『セザーレ=バシュレ記念魔術研究所』に配属が変わる、気が進まないがギルドマスターが居ないのでは挨拶のしようがない、だが内心でピッポは大いに喜んでいた。

そしてこのギルドの空気のよそよそしさにも閉口していた『セザーレ=バシュレ記念魔術研究所』への配属変更は出世と同じだ、錬金術師なのでまだマシだがギルドの空気は図太いこの男にも応えていた。

そしてジンバー商会に配属替えになったリズやマティアスが行方不明になっているが、極秘事項に属するのかピッポは知らされていない。


形ばかりの挨拶をすると荷物を抱えて足取りも軽く階段を昇る、すると階段の上から細身の男が階段を降りて来ようとしていた、このときなぜか直感が働いて無意識に男に道を譲っていた。


通りすぎる男を見上げてピッポは驚く。


先日『セザーレ=バシュレ記念魔術研究所』に呼び出された時に、所長のバルタザールの背後に控えていた執事だと気づいたからだ。

向こうもピッポに気づいたらしく足を止めて挨拶する。


「おや錬金術師のピッポ君ですねぇ、今日でここも最後でしたねぇ、これからはよろしくお願いしますよ」

「い、いやあこちらこそ」

ピッポは作り笑いを浮かべながら背中に冷たい汗が流れるのを感じた、そしてこの感覚はあのトランペットの娘と対峙した時と通じる異質な力と同質だと理解してから戦慄した。


ピッポは逃げるように階段を登ると『精霊王の息吹』の外に走り出た、そしてインチキ魔術道具屋を振り返る。


「あれが聖霊拳の上達者ですか、幽界への道を自ら開いたと」


ピッポの顔は憎悪に歪んだ、それを通行人達がもの珍しげに一瞥してから慌てて顔を背けて通り過ぎて行く。






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