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真紅の淑女の喪失

「エイベル報告書だ、うちの損害の状況もほぼ把握した」

現在ジンバー商会の会頭室にいるのは会頭のエイベルと右腕のフリッツの二人だけだ、他の者はすべて人払いをすませてある。

高級な会頭の事務机の上にフリッツが羊皮紙を投げる様に置いた、エイベルはそれを見て顔を顰める重要な案件は石版を使わずに羊皮紙を使用する決まりだからだ。

嫌な内容なのは予想がついたが読まぬわけにはいかない、エイベルは気が進まなそうにその羊皮紙に手を伸ばした。

そして中身を読んでうめき声を上げた。


「これは本当なのか?ソムニの樹脂が全滅か」

うなずくフリッツを見てから、報告書を投げ捨てるように放り出すと両肘をテーブルに置いて頭を抱えこんでしまった。


「俺は嘘は言わない、エイベル大丈夫か?」

「ああすまん、コステロ商会から何を言われるか・・・」

「さすがに今回の件は俺達の責任ではない、あれに打つ手など無い」

フリッツは爆炎と黒煙と白い霧の向こう側に僅かに垣間見た異界の魔神達の姿を思い出して怖気をふるった。

「エイベルあれは人智の及ぶ相手ではない、とにかく今は責任追求は後回しだ、これで生じた問題に対処しなくてはならん」

エイベルは顔を上げてフリッツを見上げた、会頭は南方での爆発に胸騒ぎを感じ、最初の一報で混乱した後で立ち直ったが、改めて報告書を読み損害の全容を把握し衝撃を受けたのだ。


「ジンバー商会の運輸部門に大きな損害を出した、戦が近いおかげで商売が滞り始めていたが至急手配が必要だぞ、あと護衛が14人と下位魔術師が二人行方不明だ」

「そうか」

「しっかりしてくれ、そうだコステロ商会も大きな損害を出している、あの様子ではサンティ傭兵団や魔術師も無傷では済むまい」

「ああそうだ、研究所と魔道師の塔の増援はどうなった?」

フリッツは力なく頭を横に振った、フリッツは昨晩はろくに眠っておらず過労で今にも倒れそうに見える。


「まだわからん、昨晩はコステロ会長も全容を掴んでいなかった、今日中に本館に招集がかかるさ、今のうちにお前も休んでおけ」

「ああ、そうだな仮眠をとるか」

「それでいい、後は俺が対処する」


フリッツは机の上に置いてある小さなベルを慣らす、すると控えていた若い執事の声がが扉の向こうから応える、そして直ぐに扉がノックされた。

「お呼びでしょうか?」

「もう入ってきていい」


扉が開くと当直の若い執事が部屋に入って来た。

「エイベル会頭が仮眠をとられる、仮眠室の用意とご案内を」

「かしこまりました、では会頭こちらへ」

エイベルは若い執事に連れられ仮眠室に向かう、フリッツは彼らを見送ってから自分の執務机の前に座わり溜まっていた決済と報告書に目を通し始めた。

そこに別の壮年の執事が部屋に慌てた様子でやってくる、男に僅かに動揺の色が見える。


「どうした?」

「コステロ商会からの伝言板ですフリッツさん」

「ご苦労」

フリッツが手をのばすと伝言板を受け取った、壮年の執事は足早に去って行く、箝口令を敷いているが何か異常事態が発生した事は皆に知られつつあるようだ。

思わず舌打ちをする、何かしら説明が必要になるだろう、話を合わせる必要があった、それは次の幹部会議で決定される事になると予感する。


そして伝言板を開いたフリッツはその内容に衝撃を受けた。


伝言板にフリッツが目撃した異界の化け物の正体と経緯が書かれていたからだ、そこに一柱は魔界の女神でありもう一柱はフリッツにも馴染みの深い『大地母神メンヤ』であると書かれている。

フリッツからはっきりと確認できなかったがあの怪物の姿から大地母神メンヤを連想したのは確かだ。


そして『真紅の淑女』が倒された事、彼女の眷属達が復讐の為に魔界の女神を降臨させてしまったと説明されていた、この情報の機密水準はエイベルとフリッツのみが知る事が許されるレベルだ。

ふとフリッツは機密の水準がそれでも低いのでは無いかと違和感を感じた、だがそれを詮索するにはすべき事が多いのだ。

汚れた布で伝言板の石板の上に白墨で書かれたメッセージを綺麗にぬぐい去る。


「あの御方が倒されるとは・・・」

フリッツは天井を見上げた、何度か彼女に面会した事があった、彼女の人間離れした壮絶な美貌、魂を押しつぶされるような威圧感を思い出して身体が震えた。

あの真紅の怪物が消えたと言うのだ、だがどうにもそれが信じられなかった。

そして『真紅の淑女』に魅入られた様に溺愛するコステロ会長がこれでどう変わるか不吉な予感を感じたのだ。


エイベルが仮眠から戻ってきたら説明しなくてはならない、その面倒な仕事を想うと疲れがこみ上げてきた、額を指でつまむと頭を振る。

そして思いを振り切るように羽ペンを掴むと仕事に没頭し始めた。







その薄暗い部屋は小さな魔術道具が放つ青白い光に照らしだされ、その光が部屋の壁が美しい漆喰で塗りかためられている事を教えてくれる。

部屋の真ん中に薄く白く浮かび上がる瀟洒な丸テーブルがあった、その前に白い西エスタニア風の椅子に黒い人影が座っている、上等で金がかかっているがあまり上品さを感じさせない豪華なスーツを着込んでいる、こんな薄暗い部屋の中なのに金フチの遮光メガネをかけていた。

無精髭を伸ばし精悍な顔つきをしている、決して整っているとは言えないがどこかふてぶてしい愛嬌がある、その男はエルヴィス=コステロその人だった。


そこに扉の外から落ち着いた美しい女性の声が聞こえてきた。

「お嬢様をお連れしました」


「入れ」

男は力強い声で答える。


静かに部屋の扉が開くと、入り口に美しき若い使用人の女性が立っていた、彼女は大きな皿に何かを乗せて敬々しげに捧げ持つ、やがて女性が部屋の中に優雅な足取りで入ってくると魔術道具の光が貼り付けた様な微笑みを浮かべる美しい横顔を照らし出す。


たがエルヴィスの視線は女性が捧げ持つ大きな皿の上に釘付けになっていた。


「なんだその姿は?」


エルヴィスは歯を剥き出しにして笑う。


「ポーラ、テーブルの上に私を置いて」


皿の上の物体が声を発した。


「かしこまりました・・・」


ポーラの声は感情が欠落した様な奇妙な声をしていたが、エルヴィスはそれに気づく事は無かった、ただ皿の上の美しい物体を楽しそうに鑑賞している。


ポーラは皿をテーブルに置くと部屋の隅に下がった。

ポーラを見るエルヴィスの視線はここから去れと語っている、ポーラは静かに一礼すると部屋から去った。


「お前がそんな姿になるとはなあ」


皿の上の壮絶な美貌の生首の瞼が開くと真紅の宝石の様な瞳が現れた。


「調子に乗りすぎた」


初めてドロシーが表情を和らげた、それはエルヴィスだけに見せる彼女のもう一つの貌なのだ。


「お前にいろいろ聞きたいことがあるんだよ」


エルヴィスは笑っていたがその声は怒りを秘めている、それに気づいたドロシーの瞳が少し見開かれた。







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