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別れの始まり、狂気の始まり

廃屋の長椅子に目覚めたばかりのコッキーが気怠げに座っていた、寝ぼけた目でじっと宙の一点を見つめている、みんなどう声をかければ良いのか解らずとまどった、異界の大精霊の究極の闘いを目撃したばかりだ。

ルディはここは自分がやるしか無いと心を決める。


「コッキー大丈夫か?」

彼女はルディの呼びかけが聞こえないのか、寝ぼけたな顔をしてぼやっと前を見ていたが、やがてゆっくりと頭を上げるとルディを見上げた。


「夢を見ているみたいですよ、ルディさん」

コッキーが人の言葉を話したのでルディは安心した、彼女が人では無い何かになってしまった様な気がして不安だったからだ。


「何が起きたのか覚えているか?」


「ええ覚えていますよ、あの四角い大男と戦っていたのです、そこにアイツが空から降りてきました」

ルディはコッキーと戦っていた人間離れした禍々しい障気を放つ大男を思い出す、そして天に開いた暗黒の穴から巨大な漆黒に照り輝く魔神が降臨した瞬間を思いかえした。


「アイツとはあの黒い女神の事か?」

「そうですよアイツは魔界の女神です、名前を削られた堕ちた女神なのです、闇妖精達が召喚したに違い無いです、私はアイツにふまれちゃいました、その後のことは夢を見ているみたいなんです」

コッキーは小さな金髪の頭を左右に振ると(ウツム)いて頭を両腕で抱えてしまった。


「緑の光に覆い尽くされたのを覚えているか?」

彼女は何かを思い出した様に頭を上げるとルディを見上げた。

「覚えていますよ、ルディさん達何かしたのです?」

ルディはそれを否定する。


「愛娘殿のペンダントが爆発して緑の光を放ったのだ」

「じゃあアマリアさんはどうなったのです?」

「解らない、連絡を取る(スベ)が失われてしまった」

突然コッキーの貌が変わった。


「あっ!そうだ私のラッパはどこです?」

コッキーが長椅子からバネの様に飛び上がった、ベルがコッキーの肩を抑えて落ち着かせた。

「落ち着いてコッキー!!」

ベルは力を解放して屋外に慌てて飛び出しかけたコッキーを剛力で抑える、コッキーの裸足が朽ちかけた床板を激しく軋ませた。


「すまないが、緑の光が溢れた時に森が再生された、トランペットを探すのは不可能だった」

ベルがコッキーの背後でうなずいている。

少し落ち着いたのかコッキーはふたたび長椅子に腰を降ろした。


すると部屋に良い匂いが漂い始めた、いつのまにかホンザが倒れていた小さな丸机を立て直し、酒精ランプで薬草茶を沸かしていた。


「いいんですよルディさん、落ち着いたらわかりました、かならずラッパは私の処に帰ってくるのですよ、だから待っていればいいのです・・・わかりますラッパが私を探しているのです」


夢見るような(ウタウ)うように語る彼女を見ているとルディは例えようもない不安を感じた、まるで彼女が遠い世界を見ている様に感じられたからだ。


「コッキーほかに何か見た物があるか?」

コッキーはまた少し考えたがルディを見上げた。


「大切な何かを見たような気がするのです、でも思い出せなくて、さっきまではっきりと覚えていた様な気がするのですよ、でも思い出せないのです、ごめんなさいルディさん」

コッキーは可愛らしい顔を歪めた。


「俺も覚えがある、幽界に堕ちた時も忘れてはいけない事を忘れてしまった、何を忘れたのかすら覚えていないんだ」

コッキーの背後でベルがゆっくりとうなずいている。


「そうだ、お母さんに会った様な気がします」

コッキーの表情が少し明るくなった。


「君が目覚める直前にアリアさんが現れた、君といつも一緒にいるとおっしゃっていた、それを君に伝えて欲しいと」

それを聞いたコッキーは僅かに顔をほころばせる。


「なんとなく、私も聞いた様な気がします、でも分かります本当に私の中にいるのですよ」

ルディは賛同しようと口を開きかけたが、良い言葉が見つからず口を閉ざした、その場は僅かな沈黙にふさがれた、それを破ったのはマティアスの言葉だった。



「さて、あんたらはこれからどうするんだい?」

ベルとアゼルがルディを見た、やはりこれもルディが話さなければならないようだ。


「約束どおり君たち二人を国境まで送ろう、我々には幸いにも馬車がある、だが我々が何をしようとしているかは知らない方がお互いの為だ」

マティアスのは大げさに肩を(スク)めて見せた。

「まあ知らなければ誰にも話しようがねーからな、それに大きな戦争が近い、ここから逃げたらリズは死霊術から命を狙われるはずだ、コステロやジンバーからも追われる、国境までわざわざ送ってくれるだけでもありがたいさ感謝しているよ」


「うん、あんたらにそんな事する義理は無いのに、ありがとうね」

壁際に立っていたリズが口を開いた。


「明日の朝二人を北の国境まで送る、馬車で片道2日かからぬ距離だが準備はいいか?」

リズは部屋の片隅に積んであった書籍と資料を指さした。

「あれはあんたらにあげるよ、本当は持って行きたいけど見つかったら命が無いからね置いて行くよ、あとは身の周りの物だけ持って行くさ」

「俺は挨拶したい奴もいねえ、いつでも問題ないぜ」

マティアスも苦笑しながら同意した、だがルディは無法者の表情の中に僅かに寂しい影が射したのに気づいていた、この男にもハイネに縁のある人間がいるのかもしれない。


「リズさん、貴重な資料ありがとうございます」

改まった口調でアゼルが謝礼を延べた、死霊術師は忌み嫌われる存在だが、魔術師の視点ではまた違っているのかもしれない、そして古い文化が残るエルニア人らしい寛容さといい加減さ故かもしれない。


リズは感謝されて照れ笑いを浮かべた。

「わたしから取り上げる事だってできたんだ、感謝なんていらないさ、明日は早いんだろ、あたしは寝るよ」

そう言うと部屋の片隅に行くと魔術師のローブで身体を包んで横になってしまった。


「さあ我々も休みましょう」

アゼルがセナの屋敷から持ってきた荷物の中から敷物を取り出して床に敷きながら皆を促した。

「今日は闘いの連続で疲れています、力を回復しばければなりません」


「寝る前に、薬草茶でも飲むがよかろう」

皆がホンザを見るとテーブルの上の小さな薬缶が音を立て良い匂いをさせている、そして小さな木製のカップにホンザが薬草茶を注ぐ。


「これは助かる」

ルディがさっそく薬草茶に手を伸ばす、すると皆も手を伸ばす、リズも起き出してテールの前にやって来た。






豪華な上品な白亜の邸宅の一室で、使用人の女性が白い瀟洒なテーブルの前で床に片膝をついて時々手鏡をかざしながら何事かつぶやいていた。

部屋は小さな魔術道具の青白い灯りが灯るだけで夜の寝室の様に暗い、だが部屋の豪奢な調度品から邸宅のサロンの様にも見える。

その灯りが使用人の女性の横顔を照らし出した、灯りの中に闇妖精姫付きの美しき使用人ポーラの美貌が浮かび上がった。


「ごらんください、これでよろしいでしょうか」

ポーラは手鏡をかざしテーブルの上に置かれた黒い物体に話しかける。


「少し濃くないかしら?」

それに黒い物体が答える、繊細で無気力で虚無の底から響くような美声が返ってきた。

テーブルの上の黒い物体はポーラの主人の闇妖精姫ドロシーの生首だった、ポーラは持ち運びができる高価な化粧道具を駆使して主人を美しく整える最中だった。


「もうしわけございませんお嬢様、部屋が暗いのでお化粧が濃くなってしまったようです」


ポーラは素晴らしい手付きでドロシーを整えると再び手鏡をドロシーの前にかざした。

「これでいかかでしょうか」

恐ろしい彼女の主人は手鏡を真紅の瞳で見つめていたがやがて満足した様に微笑む。


「ふむよろしい、では部屋に運んで」

「かしこまりました」


ポーラは輸入品の大きな陶器の皿を持ってきた、うやうやしげにドロシーの生首を皿の上に乗せる。


「これじゃ貴女の顔が見えないわ」

お嬢様の不平を無視するとポーラは大皿を捧げ持ちながらサロンから廊下に出る、エントランスに下る大階段が見える、そのまま不気味な主従は廊下の奥に向うが誰もすれ違う者はいない、だが廊下の奥の部屋から子供達のおしゃべりが聞こえてくる。


「お嬢様をおつれいたしました」

すると扉が音もなく開いた、部屋の中は灯り一つ無い暗黒の世界だ。


「ポーラ、ドロシーが迷惑をかけたわね」


エルマの鈴を鳴らすような可愛らしい声が返ってくる。

闇の中から滑るように白い少女の両腕が現れた、その手が大皿をつかむと部屋の闇の中に消えていく。


「では私は失礼いたします」


ポーラは扉を締めると何事もなかったかのように廊下を戻る、だがサロンに入った瞬間身体が崩れ落ちた、ペタリと床に座り込むと身体を震わせる、彼女の呼吸は乱れ息がかすれるような音を立てた。


「ああ・・・ひっ・・・これが罰なのよ」


絶望を湛えた瞳で白亜の豪奢な天井を見上げる、だが彼女の口元は微笑んでいた。







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