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アリア

朽ちかけた廃屋が小刻みに揺れると床も壁も不気味な音を立てて軋んだ、壁板の隙間から妖光が部屋の中に射し込んで床で狂ったように踊る。

部屋の中を淡く照らしていた魔術道具の光もその踊りに合わせるように明滅しはじめた。


「リズ何が起きてるんだ?」

マティアスは古びた部屋の中を狼狽えながら見廻す。


「あたしにも分からないよ、でも何かとんでもない事が外で起きているんだ、大きな力がおじいちゃんの魔術陣地に干渉しているのさ」

リズは床にペタリと座り込んで古びた長椅子の下を覗き込みながら答える、そこに怯えて縮こまる白い小さな猿がいる。


「この子も怯えているよ」


マティアスが勇気をだして窓の鎧戸を開けた、そこから覗いた空は狂った様に激しく青白く明滅していた、マティアスはうめき声を上げ鎧戸を慌てて閉じた。


やがてガタガタを激しく家が振動しはじめる、リズは屋敷が壊れる様な予感がして長椅子の下に慌てて潜りむ、マティアスもリズを見倣って慌てて三本足の丸机の下に潜り込む。

そして巨人に叩かれた様に廃屋が揺さぶられる、古びた家具が倒れると壊れかけた花瓶が床に落ちて転がって音を立てて砕けた。


リズは両腕で頭を護りながら身を護る、小さな小猿も彼女の真似をして丸くなった。





それからどのくらい時が経過しただろうか、あたりがいつの間にか静かになっていた、壁板の隙間から差し込む光も消えて廃屋をゆさぶる揺れも無くなった。


「ありゃ?終わったのかな」


リズがノサノサと長机の下から這い出すとマティアスも丸机の下から出てきた。

マティアスは窓に近寄ると一瞬だけ躊躇したが勇気をだして窓の鎧戸を開け放った、そこから覗いた空は狭間の世界のいつもの見慣れた夜空だった、目が痛くなる程に星々が狂った様に輝いていた。


リズが窓際のマティアスの隣に並ぶと夜空を見上げる。


「もうこの夜空になれたよ、でも何が起きたんだろうね?」

「アイツラが何かやったと俺は想うね」

奴らとは二人を拉致した奴らの事を指していた、だがマティアスの顔に揶揄は無かった真剣だ。


「うん、ほんとそうかも知れないよね」

リズはマティアスを見上げながら薄く笑う。


「奴らが戻ってくればわかるさ」

マティアスは優しくリズの背中を叩いた。

「そうだよね、無事戻ってくればいいけどねえ」

リズは恥ずかしそうに僅かに身をくねらせた。

「ああ、そうだな」


マティアスは鎧窓を静かに閉じた。






二人は静かになった部屋で言葉もなくじっと彼らの帰りを待つ、もし彼らが朝まで戻らなければこの魔術陣地から出ることができるらしい、だがその時は二人でテレーゼから脱出しなければならない、マティアスはその算段を必死に考え始めていた。


「どうしたのマティアス?」

いつの間にか考えに浸っていたマティアスの前にリズが半分腰をかがめて立っている。

小さな魔術道具に照らされたリズはとても美しかった、しだいに健康になって行く彼女の姿は『死靈のダンス』の地下で見たリズの生き霊の姿に近づいていた。


「奴らが戻らなければ俺達だけでテレーゼから逃げ出さなきゃならねえ」

「ありがと、でも本当にいいのかな?」

どこか媚びる様な自信なさげな彼女の姿に僅かにマティアスの胸が痛む、今のマティアスは死霊術師の禁忌を犯した彼女を売るつもりはない。


「今更何をいうんだよ、付き合ってやるさ」

リズははみかみながら微笑んだ、その仕草にマティアスの感情が揺さぶられる、だが僅かな空気の揺らぎを感じた。


リズもそれを察したのか表情を引き締める。


「アイツラが帰ってきたよ」

リズがマティアスの耳元に口を寄せてささやく、彼女の暖かな息を感じて僅かにマティアスの顔が熱くなった。






「ふたりとも無事か?」

やがて力強い声と共にルディが廃屋のエントランスの扉を開けて入ってくる。

彼はリズとマティアスの姿を見つけて安心したように微笑んだ、マティアスはお目出度い男だと思ったが不愉快ではない。


「ただいま!」


続いて両腕に少女を抱きかかえたベルが飛び込んでくる。

小柄な女性とは言え人一人抱えてまったく重さを感じさせない動きに背筋が寒くなった、普段は彼らが人間では無い事を忘れがちだが、それを裏切る行いを見るたびに忘れていた恐怖を思い出すのだ、彼らに力を見せつける意思は無い、ただ必要な時に力を利用しているだけだがそれがかえって恐ろしい。


その後からホンザ、アゼルと続き最後に大柄な黒い髪の女がゆったりと入ってくる、リズは彼女を見て僅かに怯え部屋の隅に下がる、マティアスはリズがその大柄な女が苦手なのだと察したが、死霊術が聖霊教に目の敵にされている事を思い出す。


だが大女のアマンダはリズを気にもしていない。


そして長椅子の下から小さな白いサルが走り出ると青いローブの魔術師の肩の上に跳び乗る、黒いローブの老魔術師はヤレヤレと言った調子で椅子に座り込んでしまった。


ベルは薄汚れた白いローブに包まれた少女を長椅子に横たえた。


「ベル、まだコッキーの目は覚めないのか?」

ベルはルディの問い掛けに何も言わずに頭を横に振った、マティアスは何が起きたか気になったが、何をどう質問して良いのかわからないそこでリズを見る、リズが意を決したように部屋の隅から出てきた。


「ねえ、何がおきたのさ、魔術陣地に大きな力が干渉していたよ?」

それに対してアゼルが代表して答える。

「リズ、魔界の大精霊と幽界の大精霊が顕現し闘いが起きました、その闘いの余波です」


「そんな・・・」

リズは絶句して言葉が続かない、かわりにマティアスが話を続けた。


「それは珍しい事なのか?あんたらが噛んでいるんだな?」


「ええそうです、そして異界の大精霊が大挙して顯現(ケンゲン)した事が数万年前にあったようですが、それ以降は未確認の事例が数件あるだけです」

「俺には良くわからねえ、とにかく俺達がテレーゼから脱出できるなら構わねえよ」

「約束は守る二人を国境まで送ろう」

ルディはそれを請け負った。


「ねえ、幽界の大精霊を召喚したのはその娘なんだろ」

驚きから立ち直ったリズは長椅子の上で眠るコッキーを恐る恐る見下ろした。


「貴女なら想定できると思いましたが、そうですよリズ」

肩の上のエリザをなでながらアゼルもコッキーの側に近づいた。

「やっぱりそうなんだね、白銀の大蛇と関係があると思ってたんだ」


その瞬間だった目を閉じていたコッキーが急に目を見開いたので皆驚いて思わず一歩下がった。


「コ、コッキー目が覚めたんだね?」

ベルが少しかがんでコッキーに話しかける、だがコッキーは落ち着いてゆっくりと上半身を起こす。

だがその仕草がどこか優美で品があったのでマティアスは違和感を感じた、思わずリズを見たが彼女も同じ様な事を感じた様だ。


コッキーは白いローブの前を掴んで長椅子に腰掛ける、顔も身体もどこも変わらないのになぜか別人の様に感じられる。


「コッキーの母上殿なのか?」

ルディガーが聞いたことの無い女の存在を口にしたので驚いた、ベルもアゼルも驚いていたがコッキーの母親の存在を知っている様に感じられた、だが大女の驚きは彼らと違っていた。


「ええ私です、ルディガー様お久しぶりですですね」

「なぜ貴女が?」

「この娘の意識が戻るまでの僅かな合間だけ、この娘の身体を借りる事ができました、この娘の力が強くなりすぎてもう表に出る事かないません」

そこでコッキーを借りたアリアは一息いれると語り始める。


「私達は代々メンヤの巫女の一族の血を繋げてきました、私の代で絶えこの娘は自由になれると思いました、ですがこの娘も逃れること叶わず、それも白銀の大蛇を顯現させてしまいました、伝承に伝わる中で神々の依代になった巫女はおりませんでした、何か世界に大きな異変が起きようとしているのかもしれません、それを伝える為にでてきました、もうこのような機会は無いと思ったからです。


この娘の事を頼みます、あなた達でなければこの娘の事を理解できません、そして正しく導いて欲しいのです、巨大な力を持った者が道を過てば新しい魔神を生み出す事になるでしょう」

彼女の言葉は余りにも衝撃的だった。


「貴女はなぜそれを?」

コッキーの身体を借りた女は微笑んだ、それは美しく儚く気品に満ちていた。


「巫女の一族には知識を伝える口伝師が居りますのよ、そしてこの娘に降りた大精霊の知識に触れました、もっと長くお話したいのですがこの娘の意識が戻りかけています、私はもう・・この娘に伝えてくださいますか?私はいつも貴女と共にいるって・・」


コッキーはゆっくりと瞼を閉じると力なく長椅子の背もたれに身体を預けた。

だがしばらくすると瞼をゆっくりと開けた。


だがその瞳の揺らぎと表情とその仕草から、あの娘が戻ってきたのだとマティアスには理解できた。







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