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エルニア帝国興亡記 ~ 戦乱の大地と精霊王への路  作者: 洞窟王
第二章 騒乱のテレーゼ
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幻覚の森と神殿

 ベル達はその不愉快な森に踏み込み神殿を目指して進みはじめた。

「コッキー僕から離れないで、そして周りの物に気を捕らわれないで」

「わかりましたです」


その時の事だ、近くの藪から下草を踏みしめる様な物音がした、ベルが音のする方を思わず見つめる、湿った何かがズルズルと這うような音がするが何も見えなかった。

よく見ると枯れ葉と下草の一部が踏みしめられた様にへこんでいる、何かが跳ねる音がして少し離れた枯れ葉と下草がへこむ。

ベルとコッキーは思わず目を見合わせた。


ベルは蛇とカエルの間の子の様な生き物を想像して気分が悪くなった。

「ここには見えない生き物が居るみたいだ、かまわず進もう!!」

僅かにベルの声には震えがあった。


森の樹木の枝がまるで二人を邪魔をするように道を塞ぐ、ベルはグラディウスを抜き、情け容赦無く邪魔になる小枝を払いながら進みはじめた、やがて道は開かれ順調に進んでいく。

コッキーには森の木々がベルを避けるように道を開けているように思えた。


二人は森の中に満ち(アフ)れる命の気配を感じたが、生き物らしき姿を全く見る事ができなかった。

時々何かに触れられてむず痒くなる、だがそこを見ても何も居ない、ベルは時々髪の毛が何者かに引っ張られるのを感じていた。


「ひっ、今何かに舐められましたです!!」

「気にしないで、どんどん行くよ」


森に入ってどのくらい時間が過ぎただろうか、二人は再び時間感覚を失っていった。


「まずいな、神殿まで辿(タド)りつけない、そろそろ着かないとおかしい、僕の感覚が狂っているのかな?」

ベルの声音は焦りと困惑を(ニジ)ませていた。

「コッキーはだいじょうぶ?まだ歩ける?」

だがコッキーの反応が無い。


ベルは後ろからついて来ているはずのコッキーを振り返る、ベルはコッキーの目が驚愕に見開かれているのを見た。

後ろに何か危険が存在すると察知したベルは、心の準備を固めてから一気に振り返った。

だがベルの心の準備も無駄であった、コッキーと同様に目を見開らく事になったのだから。


眼の前が白亜の石畳みが敷かれた広大な庭になっていた、その奥に巨大な威圧的なまでに巨大な大神殿の建造物が(ソビ)え立っていた。


(さっきまでこんな場所は無かったぞ!!)



ベルはその大神殿の大きさに呆れた。

正面に城の塔程もある巨人が通れるほど巨大な扉が威圧感を放っていた、この扉を開閉するだけでどのくらいの労力がかかるのか想像しただけでベルは開いた口が塞がらない。


その巨大建築は滑らかな局面で構成されていた、全体像を掴もうとしたが、頭の中に神殿の形を描く事がなぜかできない、それは苦痛を伴う作業だった、やがてベルは気にするのを止めた。


神殿の前の庭は無数の彫刻や意味不明なモニュメントに埋め尽くされていた。

その彫刻の中には人に似ているが、明らかに異質な生き物と思われるものがある。

手足が細く顔も細長く知性を湛えた気品のある女性的な像に目を引かれた、それは全体的に人に似ていたが、その像には腕に肘が二つもあったのだ。


ベルはそれらのモニュメントの意味を捉えようとしたが、本能的な危機感から、それを深く突き詰めるのを止めてしまった。


「ベルさん気持ち悪くなってきました」

「うん、あまり気にしない方が良いと思う」


「ベルさんここは何でしょう?」

「僕にもわからない」


二人は正面の大神殿に向って進み始めた、だが進むほど神殿が遠ざかっていく。

「ちょっと止まってコッキー」

「変ですよね?」


ベルは大神殿を注意深く観察した、そして周囲の風景をよく見る。

「神殿から遠ざかっているんじゃない、神殿が小さくなっているんだよ、周りと良く較べてみて」

「ええ、そうかもしれません、小さくなったから離れた様な気がしたんですね」

「とにかく進んで見よう」


進むほど神殿は小さくなっていく、やがて二人は神殿の入口まで到達してしまった。

その神殿の大きさはエルニアのアウデンリートの聖霊教会と大差ない大きさにまで小さくなっていたのだ。

「門の扉の大きさが普通になりましたですよ」


ベルは警戒しながら神殿の大扉を開けた、その先は長い通路が真っ直ぐ先に伸びていた、それも遥か彼方までそれが伸びている、先がまったく見えないほど遠い。

その通路の両側には、延々と得体のしれない像が立ち並んでいる。

通路は明かりも無いのに薄っすらと照らされていた、天井が僅かに光を放っているのだ。


「何だこれは?いや目で見たものはもう信じない方がいいかもね」

「そうですよねベルさん・・」

「とにかく進んで見よう」


二人は廊下を進み始めた、通路の両側には人間を抽象化したような立像が等間隔で並んでいる、奥に進むベルはそれらの像を見る度になぜか胸が騒ぐ、ただその理由が良くわからない。


「ベルさん、なんか嫌な感じのする像ですね」


ベルはふとある像に強く目が引き付けられた、その像を見た瞬間ベルにある(ヒラメ)きが走った。

その像は人間の女性的な雰囲気を良く伝えているが、その全体的な印象が与える何かがベルにある人物を思い出させたのだ。


(アマンダ!!)


ベルは像の前で立ち止まってしまった、それは天才芸術家がアマンダの本質を捉えた上で、悪意を持って歪めて表現したとしか言いようが無い立像だった。

アマンダがごく一部の親しい者達にしか決して見せないリラックスした時のアマンダの本質を見事に良く捉えていると思った。

戦乙女と讃えられる彼女よりベルはこのアマンダの方が昔から好きだった。


抽象的な立像でアマンダである事を示す肉体的な特徴はまったく存在しなかったが、この像が持つ意味総てがアマンダである事を指し示していた。


その像は(ユル)(タル)んだアマンダを巧みに表現していた、怠惰を(ムサボ)るアマンダを悪意を持って芸術的な高みで表現した立像だった、ベルは優れた直感力でそれらを電光の様に理解した。

そしてその立像を破壊したいと言う激烈な衝動に駆られた。

だがそれを辛うじて自制する、この時初めて他の像もベルが知る人々を表現している事を理解した、正体不明の不快感の原因を解明したのだ。


「コッキーあの像が何に見える?」

ベルはアマンダの像を指さした。


「太ったおじさんに見えますよ?」


(思った通りだ見る人により違うんだ)


「コッキー絶対に像を見ないで、前を見て進むよ」

ベルの言葉からコッキーは漠然とした危機感を感じた。


「わかりましたです?」


二人は再び延々と通路を進み始める、しかし何時までたっても通路が終わらないのだ、二人は同じところを繰り返しているのでは?と不安を感じ始めた、ベルがふと後ろを見て固まった。


「ベルさんどうしました?」


コッキーが後ろを振り返り思わず間抜けな声を出した。


「はりゃ?」


50メートル程後方に入ってきた神殿の開け放たれた扉があったのだから。


「これしか進んでいなかったのか?」

ベルは信じられなといった顔で扉の向こうの石畳の庭を見つめていた。


前を振り返ったコッキーは再び叫び声を上げた。

「ベルさん前を見て下さい!!」


ベルは彼女の緊迫した声に急かされるように向き直った。


「まただ!!」


先程までは延々と廊下が続いているはずだったが、振り返ったら廊下の先に広い部屋が生じていたのだ。

そこはかなり天井の高い広い部屋の様に見えた。


「もう、行くしか無い」


ふたたびベル達は慎重に進み始めた。


部屋は材質不明の石材でできていたが、まるで巨大な岩を削り出したかの様に壁に石材の繋ぎ目が見えない、ベルは漆喰の様なもので塗り固めた壁だと判断した。


そして部屋には殆ど何も無かった、聖霊教会の礼拝堂には礼拝者が座る為の長椅子の様なものがあったが、ここにはそれが無い。

入り口すぐの正面に、壁と同じ材質の台座がありその上に丸い大きな皿が置いてある、台座の高さはベルの首ぐらいまでの高さがある。


ベルが台座に近づくと、皿の上にメダルが一つだけ置いてあるのに気がつく、それはコインのような丸い金属で不思議な文様と記号がレリーフ状になっていた。

コッキーがつま先立ちして皿を覗き込むとその表情が変わった。


「ベルさん、これを見たことがあります!!」

「なんだって!?」


コッキーは上着のポケットをまさぐる。


「ないです、なくなっています!!」

「これと同じものを持っていたの?」

「はい、学校に向かう坂の途中で穴に落ちた時に拾ったんです」


ベルはメダルを観察すべく顔を近づける、そこから黒いダガーに似た微かな気配を感じたのだ、ベルの表情が変わった。

「どうかしましたか?」

「覚えている?アゼルに預けている黒いダガーと似た感じがした、コッキーを背負って走った時は気がつかなかった、いつ無くなったんだろう?」

「それは、わかりません、すみませんです・・・」



ベルはメダルの追求は後にする事にして、更に部屋の中を観察する事にした、入り口の正面の奥の壁際に台座がある、その台座の上に理解しがたい金属質の物体が置いてあった。

あえて言うならばホルンやトランペットのような楽器に近いと思った、朝顔のような開口部と、狂った楽器職人が作ったかのように管がめちゃくちゃに絡み捻じくれ、ピストンが人間の手では操作不可能な配置で並んでいるのだ。

いったいどのような楽士ならば演奏できるのであろうか?


そして左手側の壁の前に、石の細長い台座が置かれ、漆黒の像が台座に半分めり込む様に安置されていた。

漆黒の像は人間とは思えなかった、身長が2メートル程、非常に細身で頭は逆円錐形、目はアーモンドの様な形で三眼だった、口は細い顎に見合ってとても小さい。

体は女性的な曲線で構成され胸に緩やかな二つの起伏があった、そして手足は細長く六本指だ。

ベルはその像から高い知性と人とは異質な精神性を感じた、そしてこの黒い像を異世界の種族の女神の像だろうと判断した。


その石の台座の反対側の壁には人形の窪みが空いていた、この窪みが異教の女神の像と同じ大きさで同じ形に思える。


「なんだろうここ?」

「前も来たのではないですか?」

「ルディと来た山の神殿とは全然違うよ」


「まずはメダルから確認しようか」

ベルがそっと台座の上のメダルに触れてみる、


特に何も起きない事を確認すると、メダルを掴み上げて裏表を観察し始めた。


「コッキー見てみて」


ベルがメダルをコッキーに手渡たそうとする、彼女はそれを恐る恐る受け取ろうとした、その瞬間異変が起きた。


部屋の内部に巨大な力が満ち溢れ渦巻き始める、それと同時にベルの体内の精霊力が変調をきたし、ベルの肉体を硬直させる、まったく体が動かなくなったのだ、ただ意識だけが自由だった、だがかろうじて眼球だけは動かす事ができた。


メダルがコッキーの手の平の上から、手の中に沈み込んでいくところを為す術もなく見守る事しかできなかった、その視界の中のコッキーの顔から表情が消えていく、そして夢遊病者の様にホルンの様な物体が置かれた台座に向ってフラフラと歩き始めた。


(コッキー!!!)


だがベルの唇は言葉を(ツム)ぎ出す事ができなかった。





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