世界の介入
ルディはベルの背中を追った、だが彼女の背中が見る間に小さくなって行く、凄まじい加速力で速度を上げるベルを追跡するのはルディの力では困難だった、やがて彼女の後ろ姿は激しくぶつかりあう異界の力の過流の中に消えてしまった。
探知力を広げベルを補足しようとするが、異界の力に阻まれてベルの命の光を掴むことができなかった、その代わりに背後に迫るアマンダの命の輝きを捉える、彼女はルディガーの身を案じ追ってきたのだ、彼女を押し留める為に足を止めて振り返った。
すると胸に下げたアマリアのペンダントが細かく震える、それは緑色に鈍く輝き始めた。
アマンダもこちらの異変に気づいたのか顔色を変えて駆け寄ってきた、その後ろからこちらに向かって走るアゼルとホンザの姿が遠くに見える。
「愛娘殿どうした?」
ペンダントに向かって呼びかけた、次第に熱くなるペンダントを首からはずしてまた呼びかけた。
「愛娘殿返事をしてくれ!!」
ペンダントから轟音が聞こえるだけでアマリアの返事は無かった。
「ルディガー様それは?」
そこに息を切らしたアマンダが駆け寄ってくる、目を見開いた彼女のエメラルドの瞳がペンダントの光を反射し美しく緑に輝く。
「愛娘殿の身に何か起きた様だ、精霊炉が暴走したと言っていたが」
そこにアゼルとホンザがやってくる、アゼルもホンザも魔術術式で肉体を強化しているはずだが息が乱れているようだ。
「殿下お待ちください!」
そう叫びながらアゼルが駆け寄ってきた。
「アゼル、精霊炉とは何か知っているか?」
アゼルは驚き口を開いたまま固まる、だがすぐに我に帰るとルディを真っ直ぐに見つめた。
「殿下、今は詳しくはお話できませんが、幽界との通路を開き精霊力を導き利用する失われた古代の魔術道具と技術です、すべて伝説の中の話ですが、まさかサンサーラ号の動力源は精霊炉なのでしょうか?」
「何か事故が起きたらしい、だが今はベルを追いかけるぞ、皆んなはできるだけ遠くに避難してくれ」
ルディは元来た森を指さした、ペンダントを握りしめベルを追いかけようと走りかけてからまた足を止める。
ペンダントの振動が激しくなったからだ、精霊力がペンダントから溢れる、そして緑の輝きは強くなり熱くなる。
「こんな時に」
ルディは舌打ちをした、そうしている間にペンダントの輝きは眩しいほど強くなった。
「殿下それを手放してください危険です」
アゼルの声は切迫していた、ルディは焦りながらそっとアマリアのペンダントを地面に下ろす。
「わかった、みんなこいつから離れるぞ!!」
ふたたび北東の森を目指して走る、何か大変な事が起きようとしている、そんな予感にかられ駆けた。
仲間達も必死に続く、やがて背後に巨大な精霊力の塊が生まれるのを感じた、ルディは更に加速したかったが皆が気になって全力を振り絞る事ができない。
「殿下、我々に構わず先に!」
アゼルの叫びが聞こえてくる、ルディの意図を察したのだろう。
だがついに巨大な精霊力の爆発が生じた、巨大な力の壁が生まれこちらに向かって押し寄せて来るのを感じた。
その速度はどんな生物よりも稲妻の音よりも早かった、だがなぜか不思議と絶望は感じない、心の何処かで最悪の事態は過ぎたのだと感じていたからだ、自分であって自分で無い何者かがそう確信していた。
力の壁は瞬時にルディ達を追い抜き駆け抜けた、その刹那の間に聞き慣れた精霊魔女アマリアの声が聞こえた様な気がした。
『上位世界の意思だと・・・・』
全身を激しく打たれ足が地から離れて空高く舞い上げられた、そして柔らかな薄緑の光に包まれる、しだいに意識が薄れた。
そして遥か遠くから声なき声が聞こえてきた、何か大切な事を語っている、理解しようとしたが強烈な眠気に襲われすべては光の中に溶けて消えていった。
暗黒の夜の街道を北に向かう初老の男の影があった、男は古風な執事服を纏っていたが全身ボロボロだ、その男はセザール=バシュレ記念魔術研究所の聖霊拳の使い手キールだ。
そして肩にスーツ姿の男を背負っている、キールは肩に担いた男の重さをものともせずに軽快に走り続けた。
キールの背中は赤々とした光に照らされた、それが閃光と共に白く染まる、そしてしばらく遅れて突風と轟音が襲ってくる。
それでも彼は走るのをやめなかった。
肩の上の男はかなりの長身だ、彼のスーツは見る者が見れば、ジンバー商会の小さな徽章が金糸で象られている事に気づくだろう。
キールは意識を失った男の顔を苦笑いと共に覗き込んだ。
「フリッツ、こんな事になったのは20年ぶりですかねぇ」
キールは狼の様に笑った、そして一度立ち止まり背後を確認する、巨大な黒煙に隠されて何が起きているのかわからなかった、大火災の炎が下から黒煙を赤く照らしていた。
そして落雷の様な音がいくつも重なり聞こえる。
だがこの黒煙の向こう側で何か異常事態が生じている事はわかる、堕落した聖霊拳の男と言われていても、気の流れと異変に対して鈍感ではなかった、異常な事態がこの向こうで生まれ進行している。
「いそいで戻り商会に報告しなければ」
そうつぶやいたキールの貌はいつになく真剣だった。
その時今までとは違う異常な気配を感じた、キールの容貌が初めて驚愕に歪んでその目をみひらいた。
「まずい」
異常な精霊力の動きを聖霊拳の上達者である彼の感覚が捉えた、フリッツを素早く地面に降ろし寝かせると、彼の上に覆いかぶさり精霊力を解放し護りを固めた。
その直後に世界は淡い緑の光に塗りつぶされた。