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街道の戦い再び(3)

「だレです?」


戦鎚(メイス)の巨人と対峙する金髪の少女が最初に沈黙を破る、問いかけた少女の言葉は人の口から出たと思えないほど不明瞭だった、その響きから永遠の憎悪と嫌悪が滴り落ちる、まるで不倶戴天の敵と巡りあったとでも言うように。


少女の肌が白銀色に輝き髪の毛が逆立つ、フリッツの位置から彼女の後ろ姿しか見えなかった、だがそれが幸運だったと感じる、少女の後ろ姿なのに臓が締め上げられる様な力を感じていた、この化け物と正対したくは無かった。


「なんだこいつらは?」


なんとか声を絞り出した、人の(コトワリ)を外れた何かに向き合う事に慣れてはいない、それでも意思の力をかき集め気力に変える、耐え切れなくなった護衛達が奇声を上げながら逃げ始めた。

フリッツも逃げ出したい気持ちに耐えて踏みとどまる、それが長年ハイネの裏世界に君臨するジンバー商会を支えてきた男の意地だ。

キールもその少女と巨人にたじろいでいた、今までこの男がこんな態度を現した事は無かった、いやコステロ会長が秘蔵の宝石の様に秘している真紅の淑女に対面して以来だろうか。


「私にもわかりません」

キールの言葉は震えていた。


少女は既にフリッツ達に関心を失い新手の巨人に意識を向けている、それに焦がれるような恥辱を感じる、このような奴らにとって我々人間は取るに足らない存在なのだ。


突然その巨人が予兆もなく動いた、その巨体からは信じられぬ速度で無造作に踏み込むと巨大な戦鎚(メイス)を目にもとまらぬ速度で横に一閃させる。

直後に湿った潰れた様な音がして少女の姿が眼の前からかき消える、輸送隊の反対側の森で木がへし折れる大きな音が轟いた、鉄槌の巨人は幌馬車を軽々と飛び越え音のした方向に向かって突進して行く。


「なんと!!」

フリッツは車列の反対側に急いで動く、暗い森の中で激しい戦いの音が聞こえて来るが何が起きているのか解らなかった。

「何が起きているんだ?」


「どうやらアレは敵では無いようですなフリッツ、コステロ会長が言っていた援軍ですかね?」

背後から我に返ったキールが苦々しくも吐き捨てた。

「ああ、そうらしいなあれは人外の化け物だ、アレと戦わずに済んで助かった、会長はあんな化け物とどんな関係があるんだ?」

「私にもわかりませんねぇ、真紅の淑女様でしょうか」

キールは肩を竦めてみせた。


そしてフリッツはキールが先程指し示した森の方角に視線を戻す、どうやらバルタザール達が敵の魔術師達と闘っているらしい。

そこで魔術攻撃の応酬が繰り広げられていた、骸骨達が森に向かって攻め込んで駆けて行くのが遠くに見えた。


再び後方で爆音が上がる、上空の悪魔が後列に現れた敵に魔術攻撃を加えている。

そこにメトジェフの召喚精霊が轟音を立ててこちらに向かって来た、黒い巨大な樽に三本の足と六本の腕が生えた巨大な人形めいた怪物だ、全身に赤い眼が無数に輝いていた、それが隊列の後方に向かって走り去って行く。

護衛の兵士達が腰を抜かしながら逃げ惑い道を譲る。


「あれはたしか何とかの六腕愚人ですよ、上位召喚精霊です」

後から数体の骸骨戦士達が巨人を追いかける、その後から黒い魔術師のローブ姿の男が二人続いた。


「今のはメトジェフですねぇ後ろの女に奴を当てるつもりですね」


バルタザールの召喚精霊バルログは高い知能を持ち自律的に行動する事ができる極めて強力な魔界の召喚精霊だ、自ら異界への道を開き強力な魔術攻撃を駆使する力を持っていた。

接近戦に弱いがそれを飛行能力で補っていた、前に闘った時よりも悪魔は高いところを飛行しているようだ。

フリッツは魔術に疎いがキールから数多くの死霊術の知識を教えてもらっていたのだ。


「私は術者を片付けてきます、蛇娘はあの巨人にまかせておきましょう、所長とヨーナス君を解放すれば二人が援護に回れますからね」

キールは敵の魔術師を早めに処理する事を決意したらしい、そう言うと魔術師同士の戦いが起きている場所に向かって走り始めた。

「フリッツ、戦いが終わるまで貴方はここで隠れていなさい」

足を緩めたキールがこちらを振り返る、再び走り始めたキールの動きは力強くそれでいて軽い、一気に加速しその姿がフリッツの視界から消えた。






キールは敵の魔術師がいるはずの森に一気に接近する、だが何かを感じ足を止める、これは聖霊拳を修めた者の本能だ、護身術から進化した聖霊拳は何よりも危機に鋭敏でなければならない。


「これは何でしょうか?いやまさか・・・」

キールは完全に足を止めると森の闇の一点を見詰めた、キールの眼光が鋭くひかり恐ろしい笑みを浮かべる、短い白髪交じりの髪をした初老の男の傷だらけの貌が白い歯をむき出し笑った、野獣か悪魔の様な恐ろしい笑い顔だ。


闇の中から黒い人影が滲み出る、いや完璧に気配を封じていた何者かがそれを緩めたのだ、人影は物から生き物に変わろうとしていた。


それは長身の女性の影をかたち造る、長身とはいえないキールより頭一つほど背が高い、大女と言っても過言ではないだろう、だがその影から大柄な人間にありがちな鈍重さは感じられなかった、その影の動きは鍛え抜かれそれでいて俊敏さを兼ね備えている事をあらわす。


キールはそれだけで感嘆のため息を吐いた。


その女性の影は音もなくキールに向かって間合いを詰めてきた、しだいに二人の間に雷雲が立ち込めるように力が集まる、やがて月の明かりに彼女の全身が露わになった。


その人影はアマンダだった。


彼女の全身が岩を押しつぶし人の形に圧縮したような密度を感じさせる、彼女の手も足も太く長くそして美しかった、恐ろしい程の力強さと調和のとれた肉体美を体現していた。

彼女を見る者は彼女が身につけている物すべてが彼女の美を冒涜しているかのような不思議な錯覚を覚えるのだ。

そして目を引くのはその大きな胸だ、まるで覇気が詰まった様に美しい形をした双丘が天を突く、そして黒い燃え上がる様な髪と対象的な白い美貌に、闇の中でエメラルドの瞳が光を放った。


キールの目は感嘆の色を湛えていた、そうしながらも口を歪める。


「こんな処で聖霊拳の拳士と出会うとはね」


「やはりいたのですね、お初にお目にかかります」

キールの目は何かを感じた様にほそめられた。

「お嬢様でしたか、しかし貴女も幽界への道を開いていますね、聖霊教の追討使ですかねぇ?」

アマンダは目を見張ってからしばらく迷っていたが口を開く。

「いいえ私は聖霊教会に属しておりませんわ」

「なんだって?幽界への道を開いた者が聖霊教と無関係ですかぁ」


キールはアマンダの全身を舐めるように観察しはじめた、それは普通は許されない非礼な態度だがアマンダはそれを許した、それはキールの目が聖霊拳の拳士の目をしていたからだ。

やがてキールは何かに気が付いた。


「さては貴方は肉体美を重んじるラベンナ派でしたか」

「あらおわかりですの?」

「あそこは肉体美の黄金調律を重んじますからね、鍛え方に差が出るのですよ、私に言わせれば無駄な努力ですがね」

その言葉の直後に闘気がアマンダから溢れ空気を震わせた、キールの笑みが深くなり猛獣の様に笑った。


「貴女が女性ならば、黄金の女神、闘神と呼ばれるあの方に憧れるのはしょうがないですかね」

そしてキールもその力を解放した、二人の間に見えない力が激しくぶつかる。


「拳の聖女様を侮辱する事はゆるしません」

アマンダの声が一段と低くなる、キールはそれに少し呆れ気味に笑った。

「聖霊拳が護身の技ならば、生き残る事、勝ち残る事が総てですよ、聖霊拳の起源が神の神前奉納競技だったとしてそれを復活させてどうするのでしょう」

アマンダは無言なまま闘気を高めて行く、彼女のエメラルドの瞳が内なる精霊力により光を強めた。


「なるほど議論は無用ですか、勝った方が正しい、なんて素晴らしいんだ、頭に筋肉が詰まっているあの御方の信奉者らしいですねぇ」

アマンダが瞬時にキールとの間合いを詰め凄まじい剛腕で襲いかかる。

キールはそれを受け止めるが驚きに顔が変わった、瞬時に間合いをとり身構える、キールの顔に貼り付けた様な笑みが消え去り静かな貌に変わっていた。


「これはこれは、全くもって貴女を侮っていたかもしれませんね、もしや聖霊拳の上達者と闘った事がお有りですか?」

だがアマンダは無言でそれに答えた、キールにアマンダの凄まじい連撃が襲いかかる、キールもそれをギリギリの間合いで捌き切った。

神速の戦いが始まった、だがこの夜の街道にいた者で彼らの戦いを見物する余裕のある者はいない。


周囲の喧騒をよそにここだけは世界が違っていた。






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