表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
427/650

闇の聖域

セザール=バシュレ記念魔術研究所の馬車の後に黒塗りの馬車が続く、だがその馬車に正体を示す記章も何もなかった、その中にローブ姿の魔術師の男が二人乗っている。


「マスター、奴らうちらを襲ってきますかね?」

若い魔術師が隣に不機嫌そうに座る老魔術師に話しかけた、相手の老魔術師は年齢に相応しい老成さた雰囲気を感じさせない、不平不満を溜め込んだ様な剣呑で苦虫を噛んだ様な顔をしている。

その老人は新市街の死霊術師ギルド『死靈のダンス』のギルドマスターメトジェフ=メトジェイその人だった。

彼は遠慮の無い若い魔術師を睨む、この若者はメトジェフに遠慮がないせいで気難しいメトジェフの付き人の仕事を毎度ギルドの仲間から押し付けられる。


「奴らが出てくる可能性は高い、ジンバー商会の特別班や新市街の破落戸共が奴らにやられておる、

おまけに奴らにホンザめが加わった、襲ってきたら今度こそ決着をつけてやるわ!!」

メトジェフは半ば立ち上がり吐き捨てる様に吠えた。

こんな調子の上司に慣れているのか若い魔術師は軽薄そうに笑ってなだめた。

「これだけ厳重に警備しているじゃないですか?襲ってこないかもしれませんよマスター」

メトジェフは浮かしかけた腰を下ろした、そして吐き捨てるように語り始める。


「なぜ俺が輸送隊の護衛なんぞしなければならん!!重要な研究があるんじゃ!!」

若い魔術師はメトジェフから目をそらし窓の外に向けてから、メトジェフが真っ直ぐ前を睨んでいるのを確認してから肩を竦めた。

死霊のダンスから応援に出せるのがメトジェフしかいないのだと。




輸送隊を見送ったジンバー商会会頭のエイベルはゆっくりと執務室に戻った、そして疲れた様子で革張りの豪華な椅子に深く腰を下ろし背もたれに体を預けた、天井の高価な化粧板を漠然と眺めながらため息をつく。

ソムニの樹脂や貴重品の疎開の準備にこの三日の間働きずくめだった、グディムカル帝国動くの報に接し以前から立てられていた計画通りに疎開の準備を進めた。

万が一に備えソムニの樹脂をハイネ市内から動かすのはハイネ評議会の暗黙の意思でもあったので邪魔は入らない、だが問題が幾つも発生しその度にエイベルは振り回される事になった。


ふとフリッツに話しかけようとして彼がいない事に気づいた、彼は輸送隊を指揮してリネージュに旅立ってしまった、彼が戻るのは早くて六日後になるだろう。

それまでの間はエイベル一人ですべて判断し決断しなければならなかった。


「さて一仕事終わったな、さて気を緩めてはおられんぞ、仕事が後回しになっておる」

エイベルはドアの前に控えていた若い執事を呼びつけた。

そこに慌ただしい足音が近づいて来る、エイベルと若い執事は扉を振り返る、その直後に扉が勢いよく開かれ赤毛の警備員が飛び込んできた、その男はエイベルにも見覚えがあった。


「何事だ!」

「マティアスが逃げ出しました、助けた者がいます!!」

エイベルは一瞬マティアスとは誰か考えた、そして今日救出されたあの男だと思い出す。


「なんだと、みせろ!!」


エイベルは会頭室から走り出すとマティアスが軟禁されていた部屋を目指した、後ろから執事達が追いかけてくる。

軟禁部屋の前に二人程の警備員が見張っていた。

部屋に駆け込むと愕然として棒立ちになった、目の前の窓が全開で開け放たれそこから夜風が吹き込んでくる。


「何が起きた?」

「鍵はかかっておりました、エイベルさんベッドの上を・・」

警備員の男の声でエイベルは我に返った、ベッドの上に視線を巡らせてから目を見開く、捻じ曲げられた太い鉄の棒が何本も並んで置いてあった。


「これは・・」

「窓の鉄格子です会頭」

「なんだと」

鉄の棒を捻じ曲げる人間がはたしているだろうか、だが奴らならできるはずだ。


「上を見てください!」

エイベルが警備員の言葉に釣られて天井に目をやり絶句した、天井の板が外されて黒い口を開けていたからだ、賊はここから侵入したと思われる。


「おい、いつ奴は居なくなった?」

「はい夕食を与えた時には居ました、先程尋問を行う為に連れ出そうと扉を開けた時にはもういませんでした」

エイベルの顔色が急激に悪くなった。


「ならばせいぜい一時間の間か?」

「そうです会頭」


「いかん、奴ら我々の輸送隊に気づいているぞ!!」

「奴らですか?」

疑問の声を警備員が呟いたがそれどころではなかった。

「俺は戻る」


エイベルは会頭室に向かって走り出した、急報をコステロ商会に伝えなければならなかった。

だがなぜわざわざマティアスのような小物を連れ出したのか理解できない、奴は重要な何かを知っていたのだろうか?ソムニの輸送準備に忙殺され対応がぬるくなったのかも知れない。

そう後悔しながらエイベルは走った、すれ違う職員達が驚いて彼に道を譲る。

会頭になってからこんなに走る事態に直面した事なんてあったか?そう自問しながらエイベルは走る。






「ドロシー何読んでいるの?」

階段を登りながら伝言板を読んでいたドロシーが居間に上がったところで足を止めた、彼女はキャンパス地の小物入れが幾つも付いた上着にぴっちりとした乗馬パンツを履いていた。

彼女に声をかけたのはエルマだ、子供達はカードで遊んでいたらしく、上品なテーブルの上にカードが散乱している。


「セナ村のお屋敷から助けだしたあの男がまたさらわれた」


「あらいやだもう奪われたの?」

エルマは呆れを通り越して少し笑っている。

「ソムニが狙われているかも知れないって書いてある」


「奴らが襲うのかしら?」

「ねえエルマ、奴らってあの怖い女娘達の事よね」

そこに話を聞いていただけだったマフダが割り込む、怖い女娘とはコッキーの事を指す。

「僕はアイツラの事良く知らないんだ、でもエルマがキノコにされたのは覚えている」

ヨハンもそれに続いた。


「嫌よね忘れなさいよ!それよりもよくも見たわね!」

「またかよ、目を逸したって言っただろ?」

エルマとヨハンが言い争いを始めたところでドロシーが呟いた。


「せっかく死んだふりができると思ったのに」

「行かなきゃいいだろ?」

ヨハンが勢いのまま言い放つと周囲の空気が一瞬で変わった、ドロシーがヨハンを睨みつけると彼は失言した事に気づいてすくんで首を縮めた。


「エルヴィスの願いなら行く」

それを聞いてエルマが驚いた。

「命令されたのかと思った」

「私に命令できる者などいない、今までも私がそうしたいからしてきただけ」


「あのコステロさんはドロシーの恋人なのかしら?」

恐る恐るエルマがたずねた、エルマは前々からそう感じていたがなかなか口に出せなかった。


「それ以上」

ドロシーはキッパリと断言した。


「一緒に暮らさないの?」

「いつか暮らせるようになる」

ドロシーのなかば独り言の様な言葉に子供たちは顔を見合わせた。




「神々の眷属三人相手にするんでしょ大丈夫なの?ドロシーでもなかなか勝てないし」

「私の力を強める方法はある、テレーゼをペリアクラム王国の様に私の支配下に置けばもっと強大な力を集められる」

「できない理由があるのねドロシー」


ドロシーはエルマを見てうなずいた。

「できない理由は三つある」

「あのペリアクラム王国ってなにかしらドロシーお姉さま?」

おとなしいマフダが聞き慣れない国の名前が気になって会話に割り込んできた。


「昔々私が支配下に置いた国の事、記憶しかないけど・・・」

しばらく何かを思い出すように黙り込んでしまった。


「不死の軍団を作った、何万何十万の大軍勢が進む、土地が魔界の力に染まるとそこは闇の聖域となり魔界が近くなるの、それは知っている?」

「前に少し教わったわ、私達が戦うならそういう場所が有利って」

エルマがそれに子供達を代表して答えた。

「軍勢の力だけじゃない、私の力も強くなる、でもここはテレーゼよ冷凍ミイラ(セザール)が死の結界を敷いている、効率が悪い結界だけど薄く広く力を集める事ができる、奴は狭間の世界にその力をためている」

「えー狭間の世界って何かしら?」

恐る恐るエルマがたずねた、特に気分を害することもなくドロシーは答える。


「世界の境界の事、この世界なら幽界と魔界の堺にそれぞれ狭間が存在する」

「魔術陣地って狭間の世界にあるのよね?」

「そこまで深くは潜れない、私のちからでも」


冷凍ミイラ(セザール)の結界の中でそれをやったら、膨大な力が奴の結界に流れ込む事になる」

「あっ!」

子供達がそれに気づいて叫んだ、冷凍ミイラ(セザール)の結界の中で生まれた死は結界の糧になると。

「あいつの目的が明確にならないかぎり避けたいの、それが理由の一つ」

「あの、なら他の理由は何かしら?」

エルマは息を飲んでからそうたずねた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ