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白髪の吟遊詩人

リズは新しい隠れ家になった古い農家の居間で一人壊れかけた長椅子に座っていた、もう閉じ込められてはいない、だが今さら逃げる気にもなれなかった。

窓の鎧戸は固く締め切られて部屋は薄暗い獣脂ロウソクで照らされている、ふと壁をみると自分の影が不自然に動く、それを見ていると不安にかられたので目を逸らした。

魔術結界の外は狂った異界の夜空が見えるはずだ、締め切られた窓をあける気になれなかった。


そしてテーブルの上の魔術時計に目を移す、ルディ達がジンバー商会に向かったのは一時間ほど前の事だ、何が起きているのか不安が募る。

すると玄関の扉が軋みながら開く、そこに老魔術師のホンザが立っていた、彼は白い顎髭をなでながら部屋の中を見渡す。


「どうした不安かリズ?」

「正直に言うと不安だよ、おじいちゃんは大丈夫?」

「魔術陣地の構築で力尽きたわい」

ホンザは顔をほころばせるとホホホと笑った、そして真顔に変わる。

「ところで死霊術に魔術陣地を破壊できる術があるか思い出せんか?」


「あたし闇妖精との戦いを見てたけど、知らない術を幾つも使っていたよ、魔力量も凄いんだ、上位よりも上の術があってまだ再発見されていないのかも」

「やはり死霊術の極上位魔術か?」

「地精霊術にも存在が知られていても誰も使えない術があるでしょ、それと同じだよあたしが教えられてないだけかもしれなけど」

「なるほどな、ではメトジェフやセザールの処なら何かあるかも知れんのだな?」

「メトジェフなら『死霊のダンス』のマスターだからね、何か資料があるかもしれない、そうだおじいちゃんメトジェフと兄弟弟子だったんだろ?」

ホンザはリズの向かいに小さな背もたれのある椅子を動かしてくると座る。


「そうよ短い間だったがわしと奴はセザールの弟子だった、奴はもともと風精霊術師でな、わしと奴はアマリア魔術学院の同窓生だよ、まだあのころは学院があった・・・」


「そうなんだ、アイツ昔の話ほとんどしないんだ、しても自慢話しかしない、そして肝心な事は何も話さないからね」

「あ奴らしいの、わしはセザールに危うさを感じてテレーゼから去って世界を旅してきた、10年前に生まれ故郷に戻ってきたのよ、もういつ死んでも悔いは残らぬとな、だが不思議と今まで生き延びてしまった、わしの事など忘れたのじゃろうて」

ホンザはまたホホホと笑った。


「上手くいくかな?」

「強力な邪魔がはいらぬかぎり止められる者などおらん」

「闇妖精の様な?」

「そうじゃの、慌てずに今は待つことじゃ、ここは発見されぬかぎり簡単には落とせぬ」

「セナのお屋敷が落ちたのは尾行されたからかな?」

「たぶんなマティアスがあの屋敷を見つけたぐらいじゃ、そう考えるのが正しかろうよ」


二人はそのまま椅子に深く体をあずけると目を閉じてくつろぎ始める。


するとリズの影が椅子からふらふらと立ち上がり踊り始めたが二人はそれに気づかない、その踊りは不気味でどこか卑猥だった、影の踊りにどんな深い隠された意味があるのか、だがそれを見る者はいなかった。






人形の様な愛らしいエルマは瀟洒な飾り窓に手をかけながら陰鬱(インウツ)な夜景を眺めていた、やがてうんざりした様子でため息を吐いた。

「ここが新しいお屋敷なのねドロシー、それにずいぶんと街に近いわ」

「ため息は止めなさいエルマ、幸せが逃げる、貴女なら不幸が逃げる?」

「何を訳わからない事言っているのよ?ほんとここも酷い景色ね」


窓の外に廃墟の街並みが広がっている、崩れかけた石造建築が髑髏の様に並び、星一つ無い夜空から赤い月が廃墟を照らし出していた。

エルマはカーテンを引いてしまった。

「あいつら攻めてこないかしら?」

「ここはコステロ商会の魔術関係の施設がある、傭兵団もいるから簡単には入れない」


ハイネの旧市街の南の大城門の近くにコステロ商会の施設が集まる広大な一角があった、そこにコステロ商会の私設軍隊のサンティ傭兵団が駐留していた、石の塀で囲まれたその中にコステロ商会の魔術関係の施設と商会の倉庫が立ち並んでいる。

その一番奥の小さな森に囲まれた一角に二階建ての小さいが豪奢な邸宅がひっそりと建っていた、そこにドロシーが魔術陣地を構築し新しい住処にしたのだ。

もちろん会長の承諾は得ている。


「死んだと思わせてすこし油断させる、一人ずつなんとかする、それにこれから月が遠くなるから」

「ドロシーまた馬鹿になってしまうのね」


「エルマ今なんて言った?」

その言葉とともにドロシーが発する瘴気が膨れ上がった、その瞳は黄金色に輝いてから赤く染まる、瘴気が物質化したような圧力にエルマは悲鳴を上げた。

「ひいっ!!ごめんなさい」

エルマはドロシーの機嫌が悪い事を思い知った、今まで適当に流していたのに。

やがて2つの足音が聞こえて来るとドロシーの威圧が瞬時に消える、すぐに扉が開くとそこにマフダとヨハンがいた。


「あれ?何かあったのエルマ?」

マフダはエルマの様子に何かを察したのかドロシーを見つめる。

「うう、何でも無いわマフダ」

「ふーん?」

「そうだマフダ、お屋敷の中はどうだった?」

慌ててエルマは話題を変えた。


「えっ、前のお屋敷より狭いわ、でも人もいないしちょうどいいいわね」

「僕もそう思うよエルマ」


「気に入ってよかったわ、私も前にここに住んでいた事があったのよ」

ドロシーが口を開いた、最近の事しかしらない子供達は驚いている。


「ハイネに来た頃はここにいたのよ」

ドロシーはどこか懐かしそうに白い漆喰で塗り硬められた美しい部屋を見廻した。




ドロシーの新しい白い邸宅からそう離れていない所にコステロ商会魔術会館の建物があった、その建物も最新の赤煉瓦で作られていた。

その会館の出口に美しい女魔術師が妖艶な姿を現す、彼女は魔術師ギルドでシャルロッテ=デートリンゲンと名乗っている炎の魔女テヘペロその人だった。

外はもう暗くなっていたが彼女はとても上機嫌に見えた、大きく背伸びしてから敷地の正門に向かうがその足取りは軽い。

どうやら就職活動が順調に進んでいる様子だ。


「さて城門が閉まる時間が近いわ急がないと」

だが彼女の足が遅くなり止まった、そして敷地の奥の闇を見つめ小首をかしげる。


「変ね何かを感じたけど、この感じ前にも覚えがあるけどなんだっけ、まあ今日は遅いし帰りましょう」

個性的な鍔広帽子を整えると正門に向かって足を急がせた。


「ジェリーと仲良くなったけど、もうあまり会えなくなりそうねえ」


テヘペロは一人事を呟きながら南の大城門を目指した、昼間は数多くの荷馬車が行き来していた城門もこの時間ともなれば往来も途絶え、家路を急ぐ人々が通りすぎるだけだ。

テへペロは足早に門を通過すると、そのまま旧市街を進み西の大城門から新市街に出る、西の大城門の近くは家路を急ぐ人々で混雑していた。

新市街に出ると定期馬車の駅が見えた、馬車は最終便が到着し停留所に停車していたが客はすべて降りた後だ、ここまで来ると彼女の安アパートも近い。


「そういえばあの死霊術ギルドもこの先に会ったわね」

古い仲間のピッポがそこで働いている、だがあそこにあまり良い思い出は無い。


「思い出した!!あの気配は変態男と同じ、たしかオリバーだっけ?名前わすれたわ」

急なテヘペロの叫びに通行人が好奇な目をいっせいに向けた、だがテヘペロは気をとられそれに気づかなかった。

新市街の裏町で死霊術の男と闘った事を思い出したのだ、最後は命乞いをするあの男を灰にした。


「あれは死霊術の気配と同じだわほんの僅かだけどね、他の奴らは気付かないのかしら?」


内心の疑問を振り切ってテヘペロは我が家を目指して再び歩き始めた。






ハイネ市中心の大広間の周囲に街を代表する大商会の本店や役所や魔術師ギルドの建物が集まっている、その中でも赤い煉瓦の建物が異彩を放っていた、最近流行りの新しい建築資材を積極的に使用した建物は悪名高きコステロ商会の本館だ。

その三階の会長の私室でコステロは奇妙な客人と対面していた。


コステロ会長は髭面で金縁の遮光眼鏡をかけている、二枚目ではないが不思議な魅力をたたえた壮年の男だ、そして彼は苦笑いを浮かべていた。


「よう吟遊詩人、なあ名前を教えてくれてもいいだろ?」


対面する吟遊詩人と呼ばれた男は、長身痩躯で白に近い長い金髪を後ろで一つに束ねている、彼の容姿は中性的でどこか人間離れした美しさを誇っていた、まるで伝説で語られる妖精族の様に。

吟遊詩人らしい旅装で身を包み、背中に古風なリュートを背負い、腰に僅かに湾曲した長い剣を佩いていた。


「現し世の名前に意味などない」

コステロは吟遊詩人の言葉に僅かに肩をすくめた。


「それはそうとして何の気まぐれだ?」

「グディムカル帝国との戦が近い、奴らは真紅の淑女を狙ってここに来る」


「前にも言ってたな、北の大導師といろいろ因縁があるんだって?」

「皇帝トールヴァルドもだ」


「やれやれ敵の親玉かよ!」

コステロは声を出して笑い出した、そして一通り笑った後でコステロは真顔になった。

「まあいい、ドロシーと会ってみるかい?」


吟遊詩人は言葉もなくうなずいた。








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