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西の魔術師アヴァリテ

その場にいた者は皆コッキーに魅入られた、彼女は宝石の様な蒼い瞳に手入れのされていないボサボサの短い金髪と繊細な幼い美貌に美しい肌をしていた。

そんな彼女にテレーゼの蒼穹のような蒼き宝石が映えた、そして胸に輝く傷一つ無い無窮(ムキュウ)のトランペットが光を添える。


そして僅かな精霊力の光が彼女の全身を包み込んでいた。


彼女のかすれたお古の青いワンピースと白い前掛け姿が、高貴な貴婦人の正装の様に見えた、彼女が庶民の生まれのリネインの孤児とは思えなかった、なぜ今までそれに不審を抱かなかったのだろうか、みんな改めてこの不思議な少女を見つめていた。


奇矯な性格の小柄な少女が何者かの意思を告げる使者の様に感じられ、暫くのあいだ誰も声をあげる事ができなかった。



やがてアマンダは心が定まったのかコッキーの宝石から目を離してルディに向き直った。

「わかりましたルディガー様・・・私も微力ながらお手伝いさせていただきます」

「微力だって?」

ベルのささやく様な呟きは皆に無視された。


「ルディガー様この問題が解決されないかぎりここを離れるおつもりは無いのですね?」

そのアマンダの問いかけにルディは頷いた。

「君を巻き込みたくなかったが、君の力と知識は有り難い」

「ルディガー様のお力になれる様に努めますわ、それが乳母兄弟の努めです」


そしてルディから彼らの現状とこれからの計画をアマンダに説明する事になった。

それはハイネ城のセザーレを討ちテレーゼ尾を呪う死の結界を破壊する事、闇妖精の脅威を排除する事、直近の計画としては早急にハイネの北のコステロ商会の別邸に魔術陣地が存在するか調べる事だ、もし魔術陣地が存在するなら闇妖精もそこにいる可能性が高い、一通り説明を終えるとアマンダが疑問を感じた様子だ。


「もしや闇妖精討伐を優先するのですか?ハイネ城のセザーレの方が組みやすしと私は思います、闇妖精の犠牲を憂うのは悪い事ではありませんが、大局を見失うべきではありません」

『闇妖精が眷属を増やし初めておるのが気になるのう、エルマと言う小娘が眷属にされたのが三月前じゃ、かわいそうじゃが宿屋の娘がすでに眷属にされた可能性は高い』

不死の行進(アンデッドマーチ)が生まれると凄まじい被害が出る、セザーレの呪いは四十年に及ぶものだ、火急の問題として考えると闇妖精が先だと思ってな」

「アマリアから前に少し聞いたけど、不死の行進(アンデッドマーチ)が生まれるとどうなるの?」

ベルが率直に疑問を言葉にした。


『忘れたのか?しょうがない奴よの、よいか闇妖精が上位の眷属を生み出す、その上位眷属がそれぞれ眷属を増やし、それらの眷属が更に下位の眷属を増やして増える、ネズミ算式に軍勢を生み出すのじゃ、支配下に置ける不死者の数は闇妖精の格で決まる、上位の者ほど巨大な軍勢を支配する事ができる、そのせいで滅びた街や村の記録が残されておる』

アマリアは特に機嫌を損ねる事もなく教えてくれた、ベルは密かにアマリアは説明できる事が嬉しいに違いないと思う。


「アマリア様は魔術師ギルド連合の記録にアクセスされたのですね?」

アゼルが何かに気づいたのか話を代わる。


『そうじゃ昔の事じゃ、(ワシ)は魔術師ギルド連合の極秘資料を参照する高位の権限を持っておった、今も解除されておらぬゆえやろうと思えばできるぞ、不死の行進(アンデッドマーチ)で古代西エスタニアの文明世界が滅びかけた事があった、その記録の中に闇妖精の姫が魔界から物質界に召喚された事から始まったとされる記述がある。

魔界は出ることが出来ぬ地獄と言う事になっておるからの、パルティア十二神教の聖域神殿(サンクチュアリ)ならもっと詳しい記録があろう』

「聖霊教の教えにもそうありますわ、永遠に出る事のできない闇の世界だと」


『リズが世界(プレイン)境界に穴があると言っておったが、穴が空いたのはその時かもしれぬな』

「リズ?」

『捕らえた死霊術師の名じゃ』

「死霊術師は聖霊教会に引き渡す決まりになっていますアマリア様」

アマリアが答える前にルディが替わりに答えた。

「アマンダ、俺は我々に協力するなら遠くに逃してやるとリズ達に約束した、約束はかならず守るつもりだ」

それをアゼルが引き継いだ。

「アマンダ様、彼女は既に死霊術師の掟を破っています、聖霊教会に引き渡さなくても彼女の立場は危ういのです」

「ここにいるのね、それに達とおっしゃりましたわね?」


「二階の大部屋の隣の物置にいるよ、彼女の、その恋人と一緒にいるんだ」

ベルは右手の指で天井を指した、恋人のところで言い淀んだが誰も気にしない、みんな彼女の指先に釣られて天井を見あげた。


今度はアゼルがルディの胸のペンダントに向かって話しかける。

「では闇妖精が現れるのはその穴のせいなのでしょうか?アマリア様」

『精霊召喚が容易になったのか、自力で世界境界の穴とやらを越えてきたのかはわからぬ、それを調べる方法はないかのう・・・』

ペンダントはしばらく何も話さなくなってしまった。


「では今日の昼間の間にコステロ商会の別邸を調べるのですか?ルディガー様」

「できるだけ早く事を進めたいんだ、昼間に奴らを叩けるならそうしたい」



「みなさん、そろそろご飯を食べましょう、お腹が空いているのに考えても良い考えなんて出てきません!」

少し焦れた様なコッキー声が皆の視線を入り口に引き付ける、居間の入りでコッキーが何か言いたげな顔をしていた。


ルディが快活に笑う。

「その通りだコッキー、さあ食事をしようか」

ゆったりとルディはソファから立ち上がった。






ハイネからはるか北の地、グディムカル帝国帝都イルゼーテの廃墟の間を大軍が移動していた、長年の内乱で廃墟と化し今だに復興は進んでいない、それでも内乱の終わりと共に徐々に人が戻り再建が始まっていた。

本隊は途中で軍を合流させ一万近くに膨れ上がっていたが、この街から大軍を収容する力は失われていた、軍はこの街をこのまま通過していく。

親衛隊に守られ馬上で揺られる皇帝トールヴァルドの横に若き帝国騎士ヴィゴの姿がある、彼は北の国境の街ラトラから単騎で本隊を追いかけ昨日合流したばかりだ。

彼らが両側に廃墟が立ち並ぶ大通りを南下していくと、甘ったるい匂いがヴィゴの鼻を刺激する。


「ヴィゴあれが何かわかるか」

皇帝の指差す方向を見てヴィゴは首を傾げた、そこには半分呆けた男が数人壁に背を預けていた、よく見ると女の姿も見える。

「もしやソムニの樹脂でしょうか?」

「そうだ、もはやああなると助かるまい、治そうにも地獄の苦しみを耐えねばならぬ、多くはあのまま死を選ぶのだ」

ヴィゴはよく見ると溶かした樹脂を煙にして吸う器具らしきものが彼らの周囲に散らばっているのに気づいた。


「この度の遠征であれの大元を叩き潰してやる」

ヴィゴも皇弟派を支援したハイネが皇太子派の地域にソムニの樹脂を流していた事を良く知っていた。


そうしている間に騎馬伝令が何騎もやってくる。

「精霊通信、アラティア軍先遣隊ラーゼに到着!」

「精霊通信、グディムバーグ要塞から南下した我軍の先鋒隊がハイネ軍と接触したもよう」

ハイネ軍は国境の山道を岩や倒木を倒し封鎖している、アラティアとセクサドルの援軍が来るまでの時間稼ぎが目的だ、山中に砦も築かれているが本気で抵抗する気はなかった。

グディムカルの先遣隊の任務はそれらの排除た、それを妨害するハイネ軍と既に闘いが始まっている。


「セクサドル軍もそろそろテレーゼに入るはずだ、奴らとは古い因縁がある」

皇帝トールヴァルドは遥か西の空を見上げる、そしてはるか南の空を睨んだ。






トールヴァルドが睨んだ空の遥か先、ハイネ城の北の水堀に渡された橋の上を馬車が騒がしい音を立てながら北に進んでいる、無表情な初老の御者が駆る二頭立ての馬車は立派な高級品だ、水堀の緑の水面の上を馬車の影が駆け抜ける。

その馬車の中に小柄な魔術師の初老の男と、その対面の席に美しい若い侍女がすわっていた。


「ポーラ殿なぜ堀をわたっておるのかの?コステロ会長の私邸に向かうのではなかったか?」

「もうしわけありません、行き先はコステロ商会別邸でございますアヴァリテ様」

「な、なんだと!?もしや」

「はい真紅の淑女様のお招きでございます」

「なんてことじゃ!じゃが会って見たいのう、これが魔術師の性か」

土精(ノーム)のような小柄な魔術師は馬車の窓から、遠くの丘の上に立つ赤レンガの邸宅を目を細めて眺めた。


「くれぐれも失礼なきようお願いいたします、お嬢様は心の広いお方ですが、怒らせるような事はお控えください」

「わ、わかっていおるわい、しかしなぜ儂に?」

「ハイネには地精霊術師が少ないとおっしゃりました」


「うむ、俺等は西エスタニアからいろいろあって流れて来た者よ、たしかに言われてみると地精霊術師が少ないの」

馬車が揺れ始め坂道を昇始めた、速度が落ち音が更に激しくなる。

やがて馬車はコステロ商会別邸の馬車停めに止まると、御者が降ると扉を開けタラップを出した。


「さあこちらへ」

ポーラの案内で館に入ると、館には何も無い事に驚かされた、そして人の生活する気配が感じられない。

小柄な魔術師はポーラに従い二階の階段をのぼり豪華だが殺風景な居間に案内された、部屋には調度品も絵画の様な美術品もまったく無く、部屋の真ん中に小さな椅子が二つ置いてあるだけだ、陽も高く窓から差し込む日差しが窓際に光を投げかけていた。


「ここは?ポーラ殿」

アヴァリテは困惑して部屋の中を不安げに見渡している。


その直後の事だアヴァリテは生ける者総てを威圧する力に圧倒される、部屋の温度が下がったかと思うほどの恐怖の衝動に駆られた。

アヴァリテは狼狽したがポーラは無表情のまま動じない。


「こんにちわ魔術師さん」

その美しい声はアヴァリテの背後から聞こえてくる、いつのまにか白い修道女服をまとい顔をベールで覆った女性が立っていた。

その異様な気配はその女性が発している。


「お嬢さま、アヴァリテ様をお連れしました」

ポーラが一歩前に出て畏まると、その修道女服の女性は頷く。


「何も無いけど、その椅子にすわりなさい」

修道女服の女性は椅子の一つを指し示した、その指は繊細で鋭い真紅の爪を見たアヴァリテの目が見開かれた、彼女の言葉に絶対的な力がありその強制力が魔術師を従わせる。

魔術師が椅子に座ると修道女服の女性も対面する椅子に腰掛ける。


「さて私が依頼主です、皆から『真紅の淑女』と呼ばれています、貴方には魔術陣地を探ってもらいたい、できますわよね?」

アヴァリテはその依頼主の顔を見た、ベール越しにもその美しき美貌が伺える、顔の下半分しか見えないが油でも塗りすぎた様に妙に光沢のある肌をしていた。


「魔術陣地の探知ぐらいできますが、それをどこで?」

「この後で私と一緒に来てもらいます」

「な、なんとまだ陽が出ておりますぞ?」


「あら、私が何者か知っているのね?」

ベールの奥で『真紅の淑女』が笑った。

「あ、あのですな、疑いは持っていましたが、貴女様にお会いしてそれが確信に変わったのです」

「心配しないで私も試しておきたい事があるの」

彼女の唇はベールを通しても艶めかしく、どこまでも赤い色をしていた、その両端が僅かに釣り上がる。

アヴァリテはそれに目を奪われ魅入られた様に目を離す事ができなかった。







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