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深き夜の始まり(リエカの海岸)

夜の帳が降りて嵐のせまる夜空は分厚い黒い雲に覆われ星も月も見えなかった、希望の岬の南側の海岸は寂れて灯り一つ無い、遥か南の海岸に小さな漁村の灯りが見えるだけだ、その灯りもやがて消えてしまうだろう。

ジムが背後を振り返ると、北の空がリエカの街明かりで明るく照らさている。

ジンバー商会特別班は未知の大陸から来た漂着船を観察するため嵐の海に乗り出そうとしていた。


「あそこだ」

低く太いデミトリーの声は波の音にも負けずよく聞こえる、だが彼の大きな背中しか見えない、彼はいつも染め物職人の姿をしていたが今宵は漁民の様な姿に身をやつしていた。

誰かが小さな魔術道具の灯りを灯す、魔術道具はすぐに点灯しすぐに消せるのでこういう時に重宝する。

その淡い青い灯りに薄汚れた漁船の姿が浮かび上がった。

昼間の間に目をつけていた漁船だった、小さな船でせいぜい五~六人乗るのがせいいっぱい、帆はなく船尾に大きなオールが見える、そして船内に二つほど小さなオールが放り込んであった。


「嵐が近いな」

リーダーのローワンの声が聞こえる、風が絹を裂くような音を立てた、空を見ると欠けた月が激しく吹き流される黒い雲の隙間から顔をのぞかせる。


「暗いっすね」

海を見ると波が高くなり足元が波に洗われる、真っ暗な沖に灯りが一つだけ見えた沖を往く船の灯火に違いない。


「そろそろ行くぞ」

ローワンの命令で全員で小舟を海に押し出すと次々と乗り込む、デミトリーが船尾のオールを浅瀬に突き刺して船を押し出す。

高くなり始めた波で小舟は大きく前後に揺らされた、デミトリーは慣れているのか巧みに船を操った。


「あれを見て」


ラミラの興奮した声が聞こえる、彼女の指先を見ると遠くの海岸の一帯が明るく照らしだされている、松明の篝火だけではない魔術道具の灯りも見える。

その灯りに照らされて異国の船の姿が見えた、話で聞くのと実際に見るのとでは印象が大きく違ってくる。

今まで見た事のあるどの国の船よりも巨大だった、長さは倍以上あるだろう、百メートル以上あるのではないかとジムは思った。

よく見ると半ばで折れた巨大な帆柱が七本見える。

巨大な船首楼と船尾楼が城の様に聳え立っていた、その楼壁は見慣れない文字とも文様ともとれる不思議なレリーフで装飾されている、ジムはそれにどこかで見た事のあるような奇妙な既視感(デジャビュ)を感じ、それとともに名状しがたき不安に襲われた。


「でかいっすね」

「ああ、あんな巨船を見たのは初めてだ」

ローワンの声から彼の内心の動揺を感じとれた、それは未知なる物に対する恐怖だ、そしてあのような巨船を作り出す事ができる文明世界への畏怖と恐れが全員の胸に広がって行く。


「デミトリーもう少し良い位置に動かしてくれ」

「わかった」

デミトリーが答えると一段と強く漕ぎ出した、そこに強い風が吹き付けたいよいよ嵐が近い。

小舟は巨大船を良く見渡せる場所に移動していく、それとともに浜から反射した波と沖からの波がぶつかり小舟が激しく翻弄された。

「ジム、オールをとれ、ラミラはバートを支援しろ」

そう叫ぶとローワンもオールをとり漕ぎ始めた。


バートは油紙の包を解くと、ラミラが差し出す望遠鏡を覗き込みながら、大きな石版に白墨で素描を書き出し始める。

彼は素描と記憶を元に後で漂流船の絵を完成させる予定だった。


「なんだ?」

バートが何かを見つけた様だ。

「ローワンさん、船腹に亀裂が見えます!」

バートから望遠鏡を受け取るとローワンが船を見る。

「たしかに!あそこから中に入れるかもしれん、だが魔術結界が張ってあるはずだ、近づけば見つかるぞ」

ローワンはラミラに望遠鏡を返した、その時船が大きく傾く、ローワンとジムは船を立て直そうとオールを必死に漕いだ。

そして雨まで降り出しいよいよ風が強くなった、小舟は波に翻弄され転覆を回避する為に皆奔走した、バートも素描を諦めて船にたまる海水と雨水を木の容器で必死に汲み出し始める。

ラミラだけが船首付近で両手でしっかり両舷につかまり周囲に目を光らせている。


「よし、とりあえず様子は掴んだ戻るぞ」

三人は船首を浜辺に向けようと奮闘するがなかなか思うようにいかない、風が強く波が三方向から押し寄せて来る。


「船が岬の方に流されている!」

ラミラが厳しい声で警告を発した、たしかに前よりも漂着船が大きく見える、南からの海流が希望の岬にぶつかっている、リエカの街がある湾は岬によって守られていたのだ。


「なんとか浜辺によせるんだ」

ローワンが命令を出すが船を保つのが精一杯で船はどんどん巨大船の方向に流されていった。


「まずいぞ発見される」


巨大船の周囲で輝いていた篝火はいつの間にか消えていた、今は魔術道具の光だけが船体を照らしそれは幻想的で妖しくも美しい、そして近づくにつれ船体に刻まれた無数の傷が目に入る、喫水線の下はフジツボの様な得体のしれない生き物が無数にへばりついていた。


そして船から荒廃と死の気配を否応なしに感じ取る。


「幽霊船じゃないか」

それはバートの叫び声だろうか。

今や巨大な廃船は目の前にあった、城壁の様な船腹が視界を遮り小舟は波に上下に激しく翻弄された。


「まずい、ぶつかるぞ!」

デミトリーの大声が聞こえた、ジムは目の前に薄汚れた船腹がせまった瞬間オールを船内に投げ込み身構えた、そして重い衝撃とともにラミラが船首から投げ出されてジムの胸に飛び込んでくる、彼女が船外に投げ出されない様に抱きしめるとそのまま姿勢を伏せた。

すると彼女の体温が伝わってくる。

やがて何かが砕ける激しい音がして嵐に翻弄されていた船の動きが止まる、そして明るい光が目に飛び込んできた、だがしばらくは動けなかった。


「船が亀裂に突き刺さったぞ!?」


それは班長のローワンの声だ、ジムがおそるおそる顔を上げると、小舟が巨大船に空いた大きな亀裂に突き刺さっていた、大きな高波に持ち上げられて隙間に突き刺さったのだろうか。

波の頭が小舟の腹をたたく音が聞こえてくる、そして風が一段と強くなった。

ジムとラミラはお互い顔を見合わえて気まずい気分になった、ジムはラミラの身を起こしてやってから目をそらしてしまう。

そして自分の顔が熱くなっている事に気づいた、ラミラをみたが彼女は背後の巨船を見つめていた。


「まずい、見つかるぞ、船を出すんだ」


船を隙間から出さなければならなかった、思い切って皆で亀裂から中に入る、内部を調査したいがそんな余裕は無い。

ラミラとバートは周囲を見張る位置に付く何も言わなくてもそれは決まっていた、残りの三人でオールを使い梃子の力で船を外に押し出そうと苦闘した、よほど大きな力で叩かれたのか小舟の船材に亀裂が走っている、小舟はしっかりと船腹の亀裂に食い込みなかなか動いてくれない、それでも小舟が少しつず動き出した。


「変だね誰も来ない」


船内を見張っていたラミラが呟く。

「たしかに静かすぎるぞ、嵐と波の音しか聞こえない」

それはバートの声だ、誰かが船内にいるなら警備兵が来る頃合いではないか、世紀の大発見が無人で放置されているとは思えなかった。


小舟を外に出そうと悪戦苦闘していた三人もその手を休めた。

「確かに静かすぎる」

ローワンの訝しげな声が聞こえる。


ジムは改めて船内を見回し始めた、どうやら自分達は通路にいるらしい、船全体が陸地側に持ち上がり傾いていた、船は木材の様な骨材で作られている、それにしても船内が明るい、天井に埋め込まれたガラスの様な半透明な何かが淡い光を投げかけていた。

それが規則正しく間を置いて設置されている、これは魔術道具だろう。


壁は木の板の代わりに漆喰(シックイ)の様な物体で塗り込められ綺麗に整えられていた、亀裂をみると裂けた木の板が姿を現している、だが木の板が異様に大きい、直径数メートル以上ある大木でなければ切り出せない大きさだ、なぜかそれを見ていると背筋が寒くなる。


「嵐が来るのでどこかに避難したんじゃないっすか?」

例えようのない不安を感じたジムは、話題を変えるように周囲を観察していたローワンに声をかける。


「まさかこれだけの物を放置するはずがない」

ローワンはそれを強く否定して首を横に振った。


「ここまで来たんだ、調べられるだけ調べようか?何かありそうな予感がするんだ」

ラミラが通路の奥を見つめている、だが彼女の顔は強張り厳しい。


「ラミラがそう言うなら何かありそうだな」

デミトリーがそれに賛同したのでジムは驚いた、だが前にもラミラは感が鋭いと聞いたことを思い出した。

「良くないものか?ラミラ」

ローワンの問いかけにラミラは答えずうなずいただけだ、彼女は遠くに意識を投げている様になぜか感じられる。


「バート行くぞ、みんなバラバラになるな」

ローワンの声でジムはバートを見る、彼は石版の覆いを閉め油紙で厳重に包んで背嚢に仕舞っているところだった。

そして班長を先頭に通路を進み始めた、その時船が僅かに揺れて嵐の音が一段と激しくなる。


通路にそって部屋があるが扉は総て開放されていた、そして床に処々に白墨で見慣れた文字と記号が書き込まれていた。

「これはエルニアの調査の後だな」

「調査した後なら何も残っていないんじゃないっすかね?」

「わからんな、動かせない何かが残っているのかもな」


「下に何か感じるんだよ・・・」

ラミラが半分眠った様に呟くのだ、ジムの胸に例えようのない不安が広がって行く。


「階段があるぞ」


先頭を進むローワンが下る階段を見つけたようだ、誰かが不自然だと呟く声が聞こえる。

通路の幅の広くなった場所の床に階段の口がぽっかりと空いている。

階段と周囲の床にエルニア調査団の残した白い文字と記号が見当たらない、この階段は始めからここにあったのだろうか、そんな奇妙な疑問に捕らわれた。


ジムは恐る恐る階段の中をのぞき込んだ、階段は薄暗くその下は真っ暗な闇に続いていた。






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