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深き夜の始まり(セナ村)

テヘペロは悠然とその見事な肢体を魅せつける様に魔術師ギルドの二階のサロンに入る、魔術師ギルドのサロンは魔術師の社交と情報交換の場のはずなのだが、前に来た時と違って魔術師の姿ががほとんど見当たらない。

お目当てのコステロ商会所属の二人の魔術師の姿も見当たらない、テヘペロは大いに落胆させられた。


「いないわね、こっちから押しかけようか」


だが目当ての二人組はいなかったが見覚えのある三人の老魔術師達がいる。

痩せて棒の様な男と小太りの男に北の世界の神話に出てくる小さな地精(ノーム)の様な三人の老人達だ、彼らのテーブルの方から下品な笑声が聞こえてくる、人が少ないのでその笑い声が良く耳に通る。


「エロ爺さん達か・・・」


テヘペロは少々下品に舌打ちする。


彼らのテーブルに近づく前に、ご機嫌取りに何か奢ろうと思いサロン付属のカフェのカウンターを見た、だが営業している気配がない、カウンターに近づくと『必要な物が手に入らず休業、ご迷惑をおかけします』と掲示板の石版に白墨で書きなぐられていた。


あちゃー


思わず口から漏れた、するとお尻のあたりがチリチリと痒くなり始めた、テヘペロは人の感情や意識を僅かだが五感で感じる事ができる。


「シャルロッテちゃん、カフェは休業じゃよ」


その猫撫声は小太りなエロ爺さんの声だ、ちゃん呼ばわりに背筋に悪寒が走る、そしてなんとか殺意を押し隠す。


「いやねーほんと、お休みなんて」


そして三人組に向き直った時には笑顔になっていた、会話に加わるきっかけができたのでそのまま挨拶に向かう事にする、こいつらに奢らずに済んで清々とした気分だ。


「ここよろしいかしら?」

テヘペロは空いている椅子を軽く指差した。

「おお構わんよ、カフェが閉まっていて残念じゃな」

テヘペロが椅子にゆったりと座ると老魔術師の視線を胸に感じる、やはりチリチリと痒くなる、テヘペロは内心怒りながらなんとか心を落ち着かせた。

「あら奢ってくださるおつもりだったのかしら?」

「お嬢さんはハイネの黒生姜酒を飲んだ事はあるかの?ガツンと効くぞ、いろいろハーブを入れて楽しむのさ」

枯れ木の様な魔術師がニヤニヤしながら酒を飲む仕草をした、すると地精(ノーム)が耳障りな声で笑った。

「ひはは」

こいつらが酒に何を混ぜるのか知れたものでは無いなと思った。


そこで三人の名前も何も知らなかった事に今さら気づいた、どうでも良い連中だと思っていたので気にもしていなかった。

軽く自己紹介すると、痩せて棒の様な老魔術師は中位の風精霊術師で名はスペラビア、小太りの老魔術師は中位の水精霊術師で名はインクリア、地精(ノーム)の様な老魔術師は中位の地精霊術師でアヴァリテと名乗る。

テヘペロは彼らの名前から西エスタニアからやって来た魔術師だと推理した。


しばらく取り留めのない雑談をしながら気性などをお互いにつかんでいく、そしてテヘペロはサロンの中をわざとらしく見まわした。


「寂しいわね」

「みんな忙しくてのサロンに来る暇が無いのさ、ここに来た奴も作業室にいるぞ、シャルロッテ殿と同じよ」

口調に威厳があるが声が可愛らしい地精(ノーム)の様な魔術師が教えてくれた。


「あら、この前あそこにいた人達もそうなのかしら?」

枯れ木の様な魔術師スペラビアがテヘペロが指した窓際の太い柱を見た。

「ああ、奴らはコステロ商会の魔術師だったな、最近姿を見せていないな」

「あら何処に居るのかしら?そこの本館かな」

「あそこはコステロ商会の中枢での、魔術師は警備と精霊通信要員がほとんどと聞く」

「ならセザーレ=バシュレ記念魔術研究所かしら?」

魔術師は顔を横に振った。

「あそこは死霊術が中心よ、大きな声では言えないが精霊術師もいるが偽装要員じゃな、南の城門の外にコステロ商会の息のかかったサンティ傭兵団の駐屯地がある、その敷地にある大きなレンガ作りの建物がコステロ商会の魔術関係の施設じゃよ、旧市街は手狭だから大きな施設は外にあるのさ」


「そんな事話していいのかしら?」

「知っている者は皆知っている、ハイネの魔術師ならばな」

「そっかー、ありがとうお爺ちゃん達」

テヘペロは軽薄な口調でそれに応えた。

テヘペロはこっちから押しかけようと決めたのだ、その時ギルド会員証以上に上位魔術師である事が物を言う。


「楽しかったわ、仕事も引けたし帰らないと」

「帰るのか?これから飲みに誘おうと思ったのにのう」

小太りなインクリアの視線がテヘペロの少し豊かすぎる肢体を舐め回すように視線をさまよわせる。

テヘペロは平常心を保ちながらにこやかに微笑んだ。

「何言っているのお爺ちゃん達?このご時勢お店なんて開いて無いわよ」

「ひはは、たしかにのう」

また地精(ノーム)のような老人が嫌な笑い声を上げる。


テヘペロは軽く手を振ってテーブルを後にする、ふと思い立ち振り返った。

「そうだ下で地精霊術師を探していたわよ、中位ならもしかすると話が来るかもしれないわね」

地精(ノーム)の様なアヴァリテが目を見張った。




テヘペロがエントランスに降りるとギルド会館の外が暗くなりかけていた、そして背後から高級使用人のポーラがショールを靡かせながらテヘペロを追い抜いて行った、彼女はそのまま北に足を向けると足早に走り去る。

南に行くか彼女を追跡するか一瞬だけ悩んだ、コステロ商会の方は明日の朝になってから訪問した方が良い。

テヘペロはポーラの行き先だけでも掴んでおこうと彼女を追跡をする事に決める。


テヘペロは無属性の身体強化術を駆使しポーラを追跡しはじめる、だが大量の魔術道具の充填で精霊力が無くなりかけているので余力がない。


「くっそ、無理できないわね」


ハイネ旧市街の北に広がる水堀にかけられた橋を渡る前に隠蔽術を使ったので更に苦しくなった、無属性は精霊力の消費効率が悪いのだ。


やがて丘陵地帯の小道に差し掛かる、ポーラが瀟洒(ショウシャ)なレンガ作りの邸宅に繋がる丘の道を昇って行くのを見上げならがうんざりした顔をする。

それでも独り言で文句を言いながら坂を登り始めた、足腰の強さには自信がある、だが息が切れ全身汗まみれになってしまう、身体強化術をケチった報いだ。


やがて彼女の足が遅くなり立ち止まる。


「何も無いまさか!?」


丘の上の舘の周囲からあるべき防護結界の存在を感じる事ができなかった、この地域は高級別荘地で富裕層の別邸が丘や森の中に立ちならんでいる、程度の差こそあれ魔術的な防護が施されていた、何も無いのは不自然すぎる。


テヘペロは道の真ん中で熟考を始めた、すでに森に囲まれ暗い坂道は巣に帰る小鳥の声で騒がしい。


「地精霊術・・・そうか魔術陣地ね、さては魔術陣地の補強?近づくのは危険だわ」


もう一度見上げると小さくなって行くポーラの後ろ姿が忽然と消えた。

テヘペロは逃げるようにその場を立ち去る、上位魔術師とはいえ万全の状態ではない、コステロ商会別邸の正確な場所とそこに潜む危険が解っただけでも収穫があった。

宿に帰ったら体と服を魔術で浄化しなきゃと計画しながら、暗くなった坂道を街に向かって駆け下って行く。





ベルはハイネで本を買い集めセナ村の屋敷に戻ってから大部屋で浄化済みのドレスと下着の整理をしていた。


「もうすぐご飯ができますよ!!」


下の台所からコッキーの元気一杯な大声が聞こえてくる、コッキーが精霊力の使い方に慣れるにしたがい彼女の声が良く通る様になった、単に声が大きいだけではない、近くで叫んでいる様な距離感の無い声だ、ベルは耳元で話された様な気がして顔をしかめた。


アゼルの分析では精霊力で人の聴覚に直接音を届かせているらしい、コッキーは音に関して特殊な力を持っている、彼女はしだいにその力を発現させつつあった。


「もうすこし静かにして欲しい」


ベルの呟きを物置の中にいる捕囚も聞いた様だ。


「あの娘の声は普通じゃねえな」

男の声はマティアスだ。

「ほんと怖いんだよう、隣に居るような気がする」

リズが泣き言をこぼすと男が同意した。

「まったくだぜ」


「僕は下に降りる、後で食事を持ってくるよ」

物置部屋の中の囚人に呼びかけるとベルは階段に向かった。




下の居間では二人の魔術師がリズの書籍や資料を解析していた、ルディはベルが買ってきた本を熱心に読んでいる、彼も大公家公子として恥ずかしくない教養を身に着けている、普段はとてもそうは見えないが。

そして良い匂いが台所から漂ってきた。


「ルディ、本を読んでいるなんて珍しいね」

ベルがそう話しかけると、ルディとアゼルが顔を上げて睨みつけてきた。

「お前の所に遊びに行くときに本は読まんからな、俺を何だと思っているんだ?」

「頭の中も筋肉だと思ってた」

アゼルの視線が一段と巌しくなる、ルディは苦笑いをするだけだ。


少し気まずいのでベルは話題を変える事にした。

「アマンダが明日あたりくるのかな?」

それは効果てきめんだった。


「そうですね、セナ村を手がかりにこちらに向かっておられます」

アゼルがそれに応える。

「じゃあ、僕が外に探しに出た方がいいのかな?」

ルディとアゼルが顔を見合わせた。

「そうだな、お前が適任かもしれん、すまないが明日はアマンダを探してくれないか?」


「ねえ、アマンダがアラセナに来てくれと言ったら従うの?」

ふたたびルディとアゼルが顔を見合わせる、これは彼らがここにいる理由そのものに関わる問題だ。

「愛娘殿を解放するにはセザーレの死の結界を破壊しなければならん、それだけじゃないこれが幾千万の命を吸い上げる事で維持されているとしたら放置できん、そしてアラセアもその中にある可能性が高い」

「アラセナもテレーゼですそして内紛で荒廃寸前でした」

アゼルもそれに同意した。


「大公妃の精霊宣託はどうするの?今さらどうでも良くなった気がするけど」

ベルの疑問に応えたのはやはりアゼルだった。


「ベル嬢、私はテレーゼに来て死霊術が魔界の力に依存しているとはっきりと知る事ができました、死霊術は欺瞞と隠蔽の(トバリ)の向こう側に隠されてきたのです、セザールの死の結界はアマリア様を封じ込めるだけが目的だけとは思えません」


資料の解読に没頭していたホンザが突然言葉を発する。

「そうじゃな、奴らは魔界との敷居を低くしようとしておるのではないか?リズが言っていた次元(プレイン)境界の穴の話も気になるのう、魔界の神々を呼び降ろそうとしているとしたら今の世は終わってしまうぞ」


「それにです、我々がアラセナに引き篭もろうとしたとして、果たしてそれが可能なのでしょうか?」

「何を言っているの?アゼル」

ベルはアゼルが気でも狂いはじめたのかと思い僅かに身を引いた、だがそれを引き継いたルディの次の言葉に戦慄させられる事になる。


「神の器、運命の渦の中心、大地母神メンヤの『大地のホルン』の力か?」


「私は闘うのです!どこにも行きませんよ!!お父さんお母さんみんなの敵を討つのです!!!」


突然、台所からコッキーの激しい声が聞こえてきた、その声は頭に魂に響き渡った。

彼女は台所で働きながらリビングの会話に聞き耳を立てていたのだ。







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