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連合軍動く

アラティアの王都ノイクロスターを囲む東の丘の背後からまた朝日が昇る、この地に都が遷都されてから幾千と繰り返されてきた夜明けだ。

だがこの年この月この日の夜明けは、アラティア王国の命運がかかった闘いの狼煙が上がった日として記憶される事だろう。

大規模な闘いをアラティア王国は二十年以上経験していない、アラティアはその間に国内を充実させる事に専念し一定の成果を上げてきた、そのアラティアが再び大きな闘いにのぞもうとしている。


王都の西に威容を見せる大要塞クロスター城の東の広大な演習地にテレーゼ遠征軍本隊約一万が集結していた。

巨大な四角形に美しく整列した軍団の前で騎乗する総司令官コンラート侯爵の姿も見える。

広大な広場は閲兵式や演習に良く使われる、その為に貴賓用の観戦席として城壁の様な高さを誇る巨大な台座が築かれていた。


その上に綺羅びやかな正装に身を包んだアラティア王ルドヴィークがその姿を顕すと軍団から大きな歓声が上がる。

そして国王の左右にアラティア政府の高官が居並ぶ。


国王が手を上げて制すると歓声は鳴り止む。


やがて魔術道具で拡大された国王の声が広場に広がり始めた、この観戦席の壁に大型の拡声機が仕込まれているのだ。


「諸君、我が母なる国アラティアは聖霊王が示し降ろす大地における北鎮の要、野蛮と異教に対する守りの盾である!!

だが今まさに北の蛮族が聖霊王の聖なる大地を侵略しようとしている、そして聖霊王の示し降ろす大地の民が結束し蛮族に当たろうとしているのだ、我らもこの聖なる闘いに参加し蛮族を打ち破らなければならぬ。

この戦をアラティアの母なる大地の上では無いと軽く見てはならぬ、かの地が蛮族に侵されたならば次はかならず我らアラティアがその侵攻の矢面に立つであろう。

この闘いを傍観したならば、その時誰が我らと手を携えて闘うと言うのだ!?

戦場はテレーゼ平原になろう、だがアラティアから僅か数日の距離でしか無い、国土に戦火が及ぶ前にその大火を打ち消し、祖国とそこに住む総ての民の為に安寧をもたらすのだ!!

アラティアの兵士達よ君たちの後ろには君たちの祖父母が生きてきた大地が、諸君の未来が生きる大地がある、今まさにその総ての運命が君たちの双肩にかかっている。

武器を取れその身を戎衣で固める時がきた!!」


広大な演習場を埋め尽くした軍団から歓声が轟いた。

その歓声はしばらくの間鳴り止まなかったが国王が片手を上げてそれを制す。


「愛するアラティアの臣民よ、余の息子たちよ!!

諸君らはかならず敵を打ち破り、そして勝利の凱歌とともに私のもとに帰ってくると信じている!!」

その最後の言葉が演習場に鳴り響くと再び歓声が轟いた、その響きに見送られる様に国王は観戦台から下って行く。


やがて先導隊のビューグルが高らかに鳴り響く、軍鼓の規則的な音と共に四列縦列で軍団が行軍を開始した。

太陽はすでに東の丘の上で次第に高くなって行く、今日は快晴になるだろう、熱い一日が始まろうとしていた。






テレーゼのハイネの遥か西方にヘムズビーの街がある、そこから西にラングセル要塞が国境を固めていた。

この街は名前の通りテレーゼの有力者ヘムズビー公爵の本拠地だ、テレーゼ王室の流れを組み小国並の力を今も保持している。

ヘムズビーの街はテレーゼの大乱が始まってから一度も戦火の洗礼を浴びた事が無い、古テレーゼ王国時代からセクサドル帝国時代の町並みを残していた、セクサドル時代の深い緑の屋根と古テレーゼを象徴する青い屋根が混然となって共存していた、不思議な魅力を持った歴史を感じさせる美しい街だ。


ヘムズビー公爵家は王室が絶えた後はテレーゼの正統後継者を名乗りテレーゼ王国の再統一を目指していた、内乱の四十年で大きな大戦を二度起こしているが決着がつかず、最近は既得権益の保持に目が行きがちになっていた。

内部からは独立したいと言う声まで出てきている。


その為かグディムカル帝国の南下に対しても内部で意見が分裂し纏まる事ができなかった、公爵が主導権を発揮できれば、ヘムズビー公爵家が中心になって連合を組織し、グディムカル帝国に対抗できればテレーゼの盟主である事を誇示できたかもしれないが総てが後手にまわった。

帝国の動きが早すぎた、ハイネの動きが早かった、それ以上に現公爵は先代より大きく器量が劣ると囁かれている事と無関係では無い。

ヘムズビー公爵の競争相手のベンブローク公爵も似たような状況で、ここ十年のテレーゼの平和は彼らが内向きだったからだと言われる始末だ。


結局グディムカル帝国迎撃戦はハイネが周辺諸侯を取り込みハイネ通商同盟を結成、アラティア王国やセクサドル王国を巻き込む事で形になった。

今までテレーゼ諸侯はヘムズビー派とベンブローク派に分かれていたが、北東部の諸侯はハイネ通商同盟に取り込まれた。

もし連合軍が帝国の撃退に成功したならばハイネ通商同盟がテレーゼの盟主になるだろう。

だがいまさらハイネ通商同盟の傘下に入るのを忌む声が湧き上がる、それが厭戦派と相まって大きな声になった。

将来を観てハイネの風下になろうと兵を出さないと後々まずい事になると言う意見も強かった、だがハイネは有力商人や小貴族の共和制ゆえに侮る声も多くそれが参戦を断念させた。


だがアラティア-セクサドル-ハイネ連合が聖霊教世界防衛の大義名分を掲げた時、初めて自らの大失策に気付いたがすべては手遅れになっていた。

長年の内戦で視野が狭くなっていたのだろう。


その上セクサドル王国とハイネ通商同盟からセクサドル王国軍の通行支援を約束させられる羽目になった、こうなると三万の大軍の兵站支援に力を吸い取られる、いよいよ兵を出すどころではなくなってしまった。



その領都ヘムズビーはそんな人々の動揺を感じさせる事もなく今日も平和と繁栄を謳歌していた。

美しい市街を睥睨するように聳え立つリバーメイデン城の大城郭は、美しい川の流れを水堀に組み込んだ城は堅牢にして美しい、名前もこの川の古い『川乙女の伝説』に因んだものだ。

城の遥か西方に緑豊かな山脈が南北に走る、頂上付近は樹木が疎らで灰色の岩の地肌を晒していた、姿こそ見えないが国境の峠にラングセル要塞が築かれている。


そのリバーメイデン城の豪華な執務室で当主アラン=ヘムズビー公爵は朝から悶々としながら執務を執り行っていた、彼は壮年の小太りで柔和な人物に見えた、だがそれは信賞必罰の決断力の無さと果断さの欠如を暗示させる。


豪華で品の良い執務室の内装も窓から見える美しい風景も彼の心を慰める事ができない、彼の目の前に積み上げられた書類はセクサドル軍支援の為の物資集積にかかわる決済書の山だ、一つ一つと執行される度にヘムズビー公爵領の財政に穴が空いていく。


セクサドル王国はグディムカル帝国と長年にわたり対決してきた、セクサドル帝国全盛期にはグディムカルを制圧したが、帝国末期に最初に反乱が起きたのもグディムカルの地だ。

その因縁があるゆえに王国は今回の連合軍に参加する事になった、そして三万ほどの軍をやりくりしなんとか捻り出す、だがセクサルドからハイネまでは実に遠い。

迅速な機動を実現するためヘムズビーからハイネ通商同盟までの間の行軍支援を担う事になっていた。

すでに街道沿いに物資が蓄積されつつある、軍が通過後も戦場に物資を送り支援する事になっていた。

それでも現地調達されるより安上がりだ、現地調達が不要ならば軍の行軍速度は飛躍的に上がる、早ければ早いほど結果的に必要な物資も少なくなる。


この街からハイネまで通常の行軍ならば早くても八日以上かってしまう、それを五日に短縮しようとしていた、南下するグディムカル帝国軍全軍がテレーゼ平原に入るのは机上の計算では一週間と少し、だが大軍ともなれば大きく遅れると見られていた、それでも余裕があるわけではない。


公爵は決済書の山を眺めてまた唸り声を上げた。


そこに筆頭家宰の初老の男が慌ただしく駆け込んできた。

何事かと叱責しようとした公爵も男のただならぬ態度に眉を顰めた。

「何事だ?」

「閣下セクサドル王国軍が動き出しました、シャールバールを先遣隊が出たもよう、となりますと二日後にここに到着します」

「精霊通信か?昨日グディムカルが動いたばかりだぞ?」

「事前に準備ができていたのでしょう」

「わかった準備を急がせろ、クソ!!」

高貴な身分にふさわしくない罵倒を公爵は呟いた。

「ギリギリでございますな閣下、セクサドル軍全軍がここを通過するのは五日後あたりになりましょう」

「そうだな、いやもっとかかるやも知れぬな」


ヘムズビー公爵は羽根ペンを執務机の上に投げ出し伸びをした、それを見た筆頭家宰は僅かに眉をひそめる。







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