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アラティア動く

東エスタニア大陸の東端、ベラール湾を挟んだ北の地はアラティア王国が治めている、その美しき王都は計画的に築かれた新しい街だ、丘にかこまれた王都の西側にクロスター城が築かれたのは三代前の王の時代だ。

王都の西側は山地が南北から迫り狭い回廊をなしてアラティア西部を結んでいる、テレーゼやグディムカル方面から来襲し防衛線を突破した敵はかならずここを通る。

回廊を塞ぐように築かれた長大な防壁と王城は一体化し王国の最終防衛線を構成している、だが長壁の西側も平和な時代が長く続いたせいで街道沿いに市街地が伸びていた。


その王城の中枢がにわかに騒がしくなった。


王城の奥深い会議室はアラティア王国の色、深い緋色の壁と、ワイン色の絨毯と黒檀の黄金の装飾品で飾られた柱が魔術道具の光を受け鈍く輝く、見る者に炎の海の中にいるかのような錯覚を与えた。


急な事変で会議に列席できたのは、たまたま王城に詰めていた宰相と内務大臣とアラティア軍総司令官だけだった、軍務大臣は西のベステルの視察で不在、外務大臣は王都の迎賓館で諸国の使節との会談があるのでこれも動けなかった。


行政機構の多くは王城ではなく、王都近くの平地に集まっていた、それらは高い鉄柵に囲まれ、優美な庭園や近衛部隊の兵舎と演習場、博物館や図書館など広大な敷地ごと囲みそのまま要塞を兼ねた王城と連結していた。


アラティア国王ルドヴィークは正面の豪華な椅子に深く腰掛け、精霊通信の訳文に目を通しながら内務大臣に尋ねた。

「アランピエフ、精霊通信の報告がこれか」

「その通りでございます『皇帝動く』と、密偵が戻るまで数日かかりましょう」

「今朝、皇帝が動いたと言う事は帝都からテレーゼ入まで早ければ十日程、密偵の帰りをまっていては手遅れになりますよ」

若き宰相のチェストミールが国王に進言する、だが甥とはいえ少々ぞんざいな口調だ、堅物の総司令官コンラート侯爵が僅かに顔をしかめた。

だが国王はそれを気にもせず頭を上げた、そしてテーブルに訳文を放り投げる。


「コンラート予定通り我々も動くぞ、先遣隊をすぐに動かせ、会議の後では一日遅れる他の者は事後承認でかまわないさ」

「かしこまりました陛下、しかし帝国の動きは早いですな」

「考えようによっては助かりますよ、戦時体制が長引くとこちらの負担も重い」

ここで宰相がふたたび口を開いた、公式な会議ではないので議長はいない。

農兵の徴募こそ始まっていないが軍役は課せられる、すでに輸送や土木工事に王国民の動員が始まっている。

国王はそれにうなずいた。


「アランピエフ、セクサルドはどうだ?」

「密偵からの精霊通信はまだです、政府の公式情報でしたら外務が把握しておりましょう、セクサドルもグディムカルの動きは把握しているはずです」

大使館からの精霊通信は密偵からの情報と視界が異なる、内務と外務の情報をすり合わせるのが常識だった。


会議室の扉の外から侍従の言葉が聞こえてきた。

「最高司令部よりコンラート閣下に緊急報告です」

コンラート侯爵は何が起きたかと扉に視線を向けた、国王がそれに答え入室を命じた。

「入れ」


扉が開かれると若い細身の男が会議室に入ってきた、彼は司令部付きの伝令将校で貴族か騎士階級に属する者だろう。

両側から護衛騎士に挟まれる格好で剣まで取り上げられた伝令はいくぶん緊張気味だ。


コンラートは訝しんだ。

「何か火急の事態か?」


「はっ、リエクサ要塞近辺にグディムカル軍が姿を現しました、現在全容を把握中とのこと、さらにグディムカル海軍に動きあり、以上です」

報告があまりにも簡潔なので精霊通信に間違いない、詳細は密偵や伝令が来るまでわからないだろう。

報告にあったリエクサ要塞はアラティア北西部のグディムカル帝国との国境に位置する要塞で、岩山が海岸線に迫る険しい地形を利用して築かれていたので、簡単に攻め落とせる要塞では無い。


「想定内だ、奴らの動きは随時報告しろ」

コンラートは呻くように呟くと伝令は敬礼する、そして国王に最敬礼をすると踵を返した。


伝令が去ると国王ルドヴィークは鼻で嘲笑った。

「牽制だろうよ、むしろリエクサ方面からの我々の逆侵攻に備えたものさ、それに奴らの海軍は強力ではない内戦の役にはたたんからな」

ふたたびチェストミールが口を開く。

「陛下、北海岸への強襲を警戒し軍を残さなければなりませんからね厄介です」

「そうだチェストミール、数千の兵力で数倍の軍を足止めできる」


会議室の扉の外からふたたび侍従の言葉が聞こえてきた。

「陛下、外務省主席補佐官のシドル卿がお見えです」

「入れ!!」

国王の許可とともに壮年の小太りな男が会議室に入ってくる、彼は高級文官の制服を纏っていた。

「エルニア大使、ローマン=アプト男爵からの緊急報告です」

そして緊急ということはまだ公式な情報ではないと言う事だ、国王が目線で先を促すと補佐官は先を続ける。

「エルニアは我が国との軍事同盟の締結を決定しました、ですが軍の派遣は間に合わないだろうと内々にエルニア宰相から大使にお話があったとの事」


「しょせんは他人事か」

コンラート侯爵が吐き捨てた。

「今から遠征の準備を始めるとしても時間がかかりますよ陛下、エルニアは遠征に慣れていませんからね」

チェストミールが叔父のルドヴィーク国王を見つめた。

「そうだな、ああ、ご苦労だった下って良い」

困惑している補佐官に気付いた国王が命じると補佐官は急いで会議室からさがる。


「コンラート先遣隊の出発はいつになる」

「ベステルに集結しております、明日の明薄とともにテレーゼに向けて行軍可能です、ハイネ北方に展開するまで五日、全軍が集結するまで八日ほど」

ベステルはアラティア西端の国境の街で、ここが後方基地の司令部として物質と部隊の集結が行われていた、ここからテレーゼの城塞都市ラーゼまで二日の距離だ。


「セクサルドが動くとして間に合うのでしょうか?」

沈黙を守っていた内務大臣のアランピエフが口を開いた。

チェストミールがそれに答える。

「ハイネ通商同盟とヘムズビー公爵との協定で、セクサルド軍の迅速な移動を支援する事になっています」

「セクサルド軍がいなければ闘いは極めて不利になる」

コンラート侯爵が呻いた。


宰相チェストミールはアラティア軍総司令官のコンラートを僅かに顔を曇らせて眺めた。

彼がアラティア遠征軍四万五千を指揮する事になっている、決して無能な人物ではなく大きな失敗もなく軍を纏めて来た。

勇猛な男で軍の指揮官は積極的である事が求められる、それでいて下の者の意見を聞き、己の考えに固執しない柔軟性を持っているので部下からもそれなりに人望があるのだ。

だが相手は一世の英雄だ、だがこの男より相応しい指揮官がいるわけでもない、今更変えようも無かった、それに一抹の不安を感じていたのだ。


ふと叔父と目があう、もしかすると国王も同じ意見なのかも知れないと感じた。


「本隊の出立は明日になります、司令部に戻り明日の準備に備えたいと存じます」

コンラート侯爵は国王に向き直ると退出許可を求めた。

「では我らも」

宰相チェストミール、内務のアランピエフもそれに続いた。


「わかったさがって良い」

これで議事録もない非公式な会議は終わりを告げた。






アラティア王国の南、エルニア公国の公都アウデンリートは二百年に渡る拡大で混沌とした町並みになっていた。

その西に聳えるアウデンリート城も時代の違う様式の建造物が混じり合い、それが怪物めいた奇怪な姿を朝日の中に晒していた。

その宰相室の執務室に座る宰相のギスランはアラティア大使のローマンとの会談を終えてから、豪華な革張りの椅子に体を預ける。


先程エルニア政府の決定をアラティア大使に伝えたが、ギスランも参戦には乗り気ではない、なにせ領主達が内向きで遠征にまったく関心が無いのだ。

大公家の力は弱く動員に対する不満が高まれば、同盟先の大公妃の祖国アラティアに対する不満は大公家への不満に直結しかねない。


ギスランは側にいた側近の男に声をかける。


「大公殿下はまだあの娘に執着されているのか?」


あの娘とは漂流した巨大な船の唯一の生存者で言葉も通じない異邦の娘だ、ギスランは思い出す、女はあまりにも人離れして美しかった、長い白銀の髪に肌の色は薄く日に焼け、細い顎と切れ長の目はおとぎ話の妖精族を連想させる、初めて見た時『傾国の美』その言葉が思わず脳裏に浮かんだ。


「魔導庁の者が止めるのも聞かずに・・・」

「未知の病気を持っているかもしれんぞ?」

困惑した側近は首を横に振った、私に言われましてもとその男の目は語っている。


その想いを振り切るようにギスランは側近に命を下した。


「魔導庁のイザクを呼び出せ」

側近は魔導庁のイザクを呼び出す為に控室に向かう、そこにメッセンジャーが控えていた。


国外の情勢が逼迫しているこの状況で、あの大公(オトコ)はまた悪い癖をあらわした、ギスランは誰もいない執務室で怒りから豪華な執務机を思わず叩く、ガラスのインク瓶が揺れて音をたてた。







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