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二人の虜囚

ハイネの街中でルディ達三人を見つけたマティアスは尾行を開始した、市場の雑踏に紛れて買い物に励む彼らを見守る、市場は買い占めに走る住民で混乱していたが、青いワンピースの小柄な少女も住民達を押しのけ争いながら買い漁っている。

買い物を終えた彼らをそのまま尾行し新市街の南西の外れまで来たところで足が止まる。


三人は新市街の雑然とした町並みからはなれると畑の中を南にのびる細い道を歩いて行く、大きなお重そうな荷物を背負いながら楽しげに談笑している。

マティアスはピッポ達から彼らが恐ろしく感が鋭いと警告されていた、これ以上の尾行は危険だと直感が告げていた。


「まてよ、この先は確か」

マティアスが独り言をもらして周囲を見回すと少し外れたところに大きな空き地があった、そこはたしか燃えた聖霊教会の跡だ。


「あの村か!?」

遠ざかっていく三人の背中をふたたび見つめる。

以前セナ村の屋敷をジンバー商会の総力で攻撃した事があった、それに『死霊のダンス』から援軍としてリズと共にマティアスも加わった、その闘いのさなか小柄な少女が正体を現した。

同じく応援で加わっていた新市街の無法者『赤髭団』はあの少女の恐ろしい力であっという間に壊滅させられた、あれから赤髭団の首領はおかしくなってしまった。

そして残りの二人もどんな力を秘めているか知れた物ではなかった。


それでも意を決して彼らの後を追跡する事に決めた、リズの行方をなんとしても突き止めたい。

彼女は特別美しい女ではなかった『死霊のダンス』で見たリズの生き霊に魅了されているのは自分でもわかっていた。

自信がまったく欠落したリズの少し媚びるような、どこか諦めた様な笑みが脳裏に浮かぶ、だが彼女の瞳は魔術の事になると熱にうなされた様に狂気の光を帯びるのだ。

彼女を失いたくなない。


マティアスはそう決意すると彼らを慎重に追いかけ始める。



やがて三人はセナ村の近くまでやってきた、だが村には入らず村を囲む森の中に入って行く、その先に木々の隙間から古い大きな屋敷の屋根が見えた。


「まさか、あの屋敷に戻っていたのか?」


マティアスの口から思わず独り言がこぼれた、ジンバー商会は彼らが別の場所に住処を変えたと思い込んでいた、まさか同じ場所に戻っていたとは思わない。

マティアスは半ば呆れたように彼らの大胆さに感動すら感じて彼らの後を追った、やがて彼らの姿は屋敷の近くで忽然と消えてしまった。

更に屋敷に近づくと屋敷の周囲はあの時の闘いで木々が倒され見通しが良い。


これ以上近づくのは危険か、すぐに報告に戻った方がいいか・・・リズ


後ろ髪を引かれる思いでマティアスは引き返そうと身を翻す、だが目の前に美しい黒い長髪の若い女性が立っていた、まったく音も気配も感じなかった。


彼女はあの三人の一人だ、こうして目の前で対峙すると彼女の硬質で冷たい美貌が顕わになる、そのい美貌が高級使用人のドレスに良く似合っている、そして前に一度だけ見た似顔絵にとても良く似ていた。

彼女の薄い青みを帯びた瞳が僅かに黄金の光を帯びてこちらを射抜く、強い眼光に威圧されるのを感じて戦慄する。


「お屋敷の近くに変な奴がいると聞いて出てきたけど、僕たちに付いてきたの?どこかで見たことがあるような・・」


その言葉を聞いた時には無意識に走り出していた、報告に戻らなければならないとかそんな義務感や使命感からではない、とにかくこの女から少しでも離れたかった。

この女は人ではないと本能が警告している、だが数歩走ったところで衝撃が体を襲った、次の瞬間視界が暗転すると意識が消えた。





「目を覚ましました、オバサンのお部屋から出てきた男の人に似ていますね」

瞼を開いたマティアスの目に一番会いたくない少女の顔が写る、整いすぎる程の幼い美貌を少し歪ませてこちらを見下ろしていた。

薄い金髪を肩まで伸ばし、空の様に深い紺碧の瞳がまっすぐ射抜く、似顔絵の死んだ様な無表情な顔と瞳から彼女はかけ離れていた。

そしてリネインの平民の孤児の容姿とはとうてい信じられない。


そして意識がはっきりしてくると、硬い木の床の上に寝ている自分に気ずいた。


「やはりあの男か?」

若々しくも品性を感じさせる男の声が聞こえてくる、マティアスが顔を動かし目を動かすと視界の端にソファに座った浅黒い端正な顔をした男の姿を捉えた、この男も先程の三人の一人に間違い無い。


その男がソファから立ち上がるとこちらにやってくる、その足の運びから鍛え抜かれていると察した。

そして同じ様に上から見下される、暗器を使おうかと一瞬思ったが彼らを相手にして切り抜けられるビジョンが見えない。


そしてもう一度この二人を観察した、男は商人の様な服装だがとても商人や町人とは思えなかった、何か身分のある者特有の空気を帯びていた、小さな蛇娘ですらその容姿に普通ではない何かを感じる。


「あんたら何者なんだ?」


「連れて来たよ」

それに誰かが答える前に若い女性の声が頭の上から聞こえてきた、声がした方をマティアスが見ると先程の高級使用人服の女性が階段を降りてくるところだった、そして彼女の前にリズがいた。


すぐにリズと目が会った、彼女も足を停め目を見開いて驚いている。


「リズか無事だったか?」

そう呼びかけるとリズは情けなさそうな顔をした。

「マティアスもつかまちゃったんだ?ほんと私のせいでゴメンね」

マティアスは上半身を起こした。


「お前が無事で良かった」

それを聞いて情けなさそうな顔をしながら彼女は微笑む。


「お二人さんに話がある、こちらに座ってくれ」

先程の背の高い男がソファに座れと二人を促した、そこに居間の扉が開くと青い魔術師のローブをまとった若い男が部屋に入って来る、彼は木の椅子に腰掛けた。

「整理できました旦那様」


その男の首から大きなエメラルド色のペンダントが下っていた、本物の宝石ならばどのくらい値が張るのかつい考えてしまう。

その後ろから小さな白い猿が追いかけてくると、魔術師の椅子の下に潜り込み小さな目で此方を見つめる。


マティアアスはこの男もあの似顔絵の男だと確信した、さらにもう一つの扉が開くと黒い魔術師のローブをまとった初老の威厳のある男性の魔術師が姿を現した。

だがこの男には見覚えが無い。


「お客様はリズの知り合いだったようじゃな」


老人はそうつぶやくと一人がけのソファに腰を降ろした。


長いソファにリズとマティアスが座り、正面に浅黒い男が正対、左右に魔術師達が位置どった。

そして二人の背後に先程の娘達が立っていた、見かけはか弱い若い女性達だがまるで背後に猛獣がいるような怖れを感じた。

リズも背後の蛇娘が怖いのか顔色がどんどん悪くなって行く。


そして尋問が始まった。


マティアスは彼らを怒らせない程度に情報を出すつもりだったが、相手は想像以上に口の軽いリズを利用し巧みに此方から情報を吸い出そうとしてくる、この人の良さそうな浅黒い大男が意外と食えない事が見えてきた。

マティアスは少し落ち着くと次第に周囲の状態に意識を配る余裕が生まれた、そしてカーテンで締め切られた窓の外の光が妙に青い事に気付いた。


「妙に青いな」


「ベル、見せてやってくれ」

正面の男が背後にいる高級使用人の女に声をかける、これで名前はベルと言うらしい、だがこれは愛称だろう。

女は正面の窓に近づいてカーテンを勢いよく解放した。


思わずうめき声が洩れる。


この世とは思えない影朧の様に妖しく揺らめく青い光に照らされた風景が現れたからだ。


「マティアス、ここ魔術陣地の中みたいなんだよ」

隣にいるリズが呟くのが聞こえた。

「魔術陣地ってなんだ?」

「この世界から少しだけズレた世界に作られる結界の事だよ」

「ズレた世界?あの世の事なのかリズ?」


「そうだねあの世っていい例えかも、ここは現実界から少しだけずれた世界なんだよ、それが魔術陣地なのさ、土精霊術師が得意な技だよ」

マティアスは左側にいる老魔術師をおもわず見てしまった。


「そうじゃわしが構築したものよ」


正面の男が左隣の若い魔術師を一瞥した後で、こちらに向き直ったが視線はリズを見ている。

「死霊術にも魔術陣地があるようだなリズ」

「えっ?あるけどさ上位にしか無いんだよ、あたしにゃ無理」

そこで右側にいる若い魔術師が言葉を挟んだ。

「リズさん、中位に魔術陣地の探査術に近い術がありますよね」

「まあ、あるけど?」


「それを調べる手伝いをして欲しいのだ、我々に付き合ってもらいたい」

「まさか、闇妖精がいるかもしれないお屋敷の事かな?いやあ怖いアタシャもういやだからね?」

マティアスは内心で訝しんだ闇妖精とは何だ?


「わしは長年テレーゼで生きてきた、死霊術師共が厳しい掟で秘密を守っているらしい事ぐらいは知っておるぞ」

ホンザがゆっくりとリズの顔を覗き込むと睨みつける。


「ひっ!!」

リズが何かに気付いた様に悲鳴を上げて両手で口を覆った。


「もう手遅れだよリズ?」

窓際から戻ってきたベルが哀れな魔術師に追い打ちをかけるとそれにコッキーが便乗した。

「口から出た言葉は戻ってきませんよ、修道院長様の教えなのです」


「ああ駄目、もうアタシ終わった、屍鬼にされて朽ちるまでこき使われる、どうしようかマティアス?」

絶望からうろたえたリズがマティアスに抱きつく。


「二人共落ち着きなさい、ベルもコッキーも脅さない様に、我々に協力してくれたら最後に解放すると約束しよう、そして二人でハイネから逃げなさい、戦火が近づいてきているむしろ潮時じゃあないか?

二人ともテレーゼの生まれではないのだろ、ここから離れられない理由があるのかな?」

若いくせに妙に老成したルディの口調にリズは少しだけ落ち着きを取り戻した。


「この街にも知り合いぐらいはいる、だがリズの安全のほうが大切だ」

「マティアス」

リズの顔が泣き笑いに崩れる、だが涙と鼻水で見れたものではなかった、だがその瞳の光には熱が有り顔が赤く染まった。


それを見ていたベルが僅かに片眉を上げた。

「ルディ、死霊術師は火炙りだって聞いているけど?」

「ひいっ!!」

リズが怯えて震えて逃げるようにソファの背にのけぞった、そしてコッキーに気づくと今度は丸まって震えだす。

「おい!!」

マティアスがリズを庇うように彼女に身をよせるとベルを睨む、マティアスはベルの恐るべき眼光に対峙した、だが顔色がどんどん悪くなり冷や汗を浮かべた。

聖霊教は寛容で多くの土地神信仰を吸収し取り込んで来たが死霊術だけは別だ、魔術師ギルド連合と共に厳しく取り締まってきたのだ、表向きは死者の魂を弄ぶ邪教を滅ぼすとして。


アゼルはそれに割って入るようになだめた。

「ベル嬢、たしかに聖霊教圏ではそうですが、正式な裁判抜きでの火炙りは私刑とみなされます」

これでは脅しているのか宥めているのかわからない。


「俺もその話は知っている、だが北の世界は死霊術師にこちらほど厳しくない、もし逃してくれるなら二人で北に逃げるさ、あんたらを信用する、いやこうなると信用するしか無いらしいな」

マティアスはそう振り絞る様に答えた。


「わかった、ならば我々に協力してくれないか、リズ、マティアス」

ルディはまっすぐ二人を見つめてから微笑みを浮かべた。


「わかったよ、いいよねマティアス?」

「それでいいさ、だが俺が知っている事は大した事じゃないぞ?」


「我々がいて魔術陣地にいる限り君たちは安全だ、リズはホンザ殿とアゼルに協力してほしい、君は彼女を支えてくれればいい」

ルディはそう二人に応じる、そして二人が少し落ち着いたところで言葉を繋いだ。


「まずはハイネの北のコステロ商会の別邸に死霊術の魔術陣地があるのか調べたい」

無意識に呻き声が出た、マティアスも同僚達や死霊のダンスの連中の話からあそこに何かが有ると察してはいたのだ。

こいつらに協力しても安全にはならない、マティアスはそう思い知った。





ハイネから遥か南西のエドナ山塊の裾野を覆う深い森の中を一本の細い道が貫いている、テレーゼからグラビエ湖沼地帯に抜ける裏街道で人通りは少ない。

その道を薬の行商人が西に旅を急いでいた。


汚れた白いローブに身を包み、大きな薬の行商人の木箱を背負い、フードを深く下ろしていたので顔は見えなかった。

長身でその足取りは確かで力強く、武術を修めた者独特の体の運び方だと見る目のある者なら気づくだろう。


その薬の行商人は突然足を止めた。


すると道を塞ぐように三人の男が左右の森から出てきた、そして背後の左右の茂みから音がすると二人の男が出てきて行商人の退路を塞ぐ。

男たちは薄汚れた服にくたびれた装備をまとっていた、装備に統一性は無く、盗んだか奪った物だろう。


「またですか、温泉に入ってないだけましね」

その美しい女性の声は長身の薬の行商人のフードの奥から漏れ聞こえる。


「こいつ女だぜ、ハハッ運がいいぜ、身ぐるみ剥がしてお楽しみだ!!」

男たちは下卑た笑いを上げた。


だが薬の行商人はまったく慌てず木箱を下ろした、そしてフードを跳ね除ける。

彼女の顔を見た男たちは感嘆の呻き声を思わず上げた。


「お前達を放置すると他の旅人が犠牲になる」


白いローブが宙を舞うとそれが木の枝に引っかかる、男たちは思わずそれに目を奪われた、そして女がいた場所に誰もいない事に気付く。


「おっ!?」


男たちの擦り切れた戦士の本能すら、頭上にこの世の物では無い圧倒的な何かを感じ取る。

破滅的な災厄が彼らの頭上から襲いかかろうとしていた。


エルニアの赤い悪魔が天空を舞う。







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