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暗黒の時代の幕開け

ダールグリュン公爵の館はアラティアの王都ノイクロスターの街を囲む丘の上に建っている、カミラ嬢の私室の明かりが落ちる頃、王都の西に建つアラティア城の奥まった一室に王国の首脳達が集まっていた。


赤を基調とした壁の色と分厚い赤い絨毯が魔術道具のオレンジの光を受け鈍く輝き、まるで炎の海の中にいるかのような錯覚を見る者に与える。

会議室の中央に配された大きな円卓の周囲に彼らは座している、正面の一際大きな玉座の上にアラティア国王ルドヴィーク三世その人がいた。


これは定例の首脳が集まる会議ではなかった、宰相、外務大臣、軍務大臣、内務大臣、アラティア軍総司令官が居並ぶ、もしアラティアの制度に詳しい者がこの顔ぶれを見れば戦時会議の編成になっている事に戦慄しただろう。


会議の議題はグディムカル帝国の軍事行動に対する対応策だ、会議の空気は張り詰めている。


外務大臣のザハールは外務省の実務の最高責任者を陪席させていた、その彼がテレーゼ内部の有力勢力の現状報告しているところだった、テレーゼのベンブローク公やヘムズビー公は小国並の力を持っている、彼らの力を結集させたいころだが旗手を鮮明にすることを彼らは躊躇していると報告が続いた。

それらの報告が終わってすぐ宰相のチェストミールが国王に進言する。


「陛下、カミラの婚姻とは別にエルニアとの同盟を進めるべきだと私は愚考いたします」

宰相はこの場では一番の若輩に見える、彼は国王の甥にあたる王族で公爵位を賜っていた。

なかなか才覚のある人物でその血筋で臨時の宰相の任についていた、そして彼の容姿も国王ルドヴィーク三世とどこか通じる処がある。

端正な顔つきの美形だが既に結婚し子供にも恵まれていた。

今までアラティアは国王の親政が行われていたので宰相は空席だった、だが外部の危機に対応するため宰相を置くことになる、王子たちはまだ未成人だったので、才人と言われていた甥を宰相に任命したのだ、宰相は戦時会議以外の官僚機構を統括する役割を担っていた。


そんな甥を一瞥した国王は顎に手を当てて頷いた、国王は顎に手を当てる癖があった。


「たしかにカミラの婚姻に囚われていた、それとは別に進めるべきだな」

彼は明るい金髪の壮年の美丈夫で名君とは言えないまでも平均よりは上だろうと諸国からは見られている人物だ。

そして彼の容姿はエルニアに嫁いだ妹のテオドーラ大公妃とどこか似通っている。


軍務大臣のエドムントが発言を求めたので、議長を兼ねた宰相がそれを認めた。

彼は厳しい白髪が混じる大きな髭が目立つ五十代の男だ、顔は痩せ引き締まり目つきは鋭い、白髪交じりの髪の毛は短く刈り上げられている。

「エルニアは武装招集をかけた場合に公称三万五千の動員能力を持っています、もし参戦が期待できる場合かなりの戦力になります」


「その程度なのか?」


内務大臣のアランピエフが少し落胆した様に呟く、彼はでっぷりした肥満体の男だが、下位の貴族の生まれだが仕事ができる男でここまでのし上がる事ができたのだ。

そこでアラティア軍総司令官のコンラート侯爵が発言を求めた。

コンラートは実働部隊の最高司令官で、後方の最高責任者の軍務大臣と対を成す人物だ、頑健な体躯の持ち主で四十代の軍人としても脂が乗り切った男だ、しかしグディムカル帝国の内戦とエルニアとの友好関係が維持され比較的平和な時代が続いたせいで実戦経験は不足している。

「内務大臣、エルニアは徴募農兵を動員すれば五万を遥かに越える動員力があると考えられますが、これは自国の防衛の役にしか立ちませんぞ、エルニアが遠征で動かせる兵力は1万程度と考えられます」

「なんと1万か・・・」


コンラートは先を続けた。

「エルニアは外征をあまり意識せずにやってきました、東は大海、南はクラビエ湖沼地帯、西は森林とエドナ山地、北はベラール湾に遮られ守り易い国なのです、それは外に出にくい事も意味します、そして遠征能力を超過する動員は現地調達に頼る割合が増える事になりまする」

遠征軍が一万と称しても、補給や兵站の維持でその数倍の人員が必要になる事がある、紙の上では一万にすぎなくてもその動員にかかる負担は遥かに重い。


国王がふたたび呟いた。

「ハイネ通商同盟が動かせる兵力がせいぜい七千、 セクサルドの援軍が三万を越えるかだ、一万でも貴重な戦力だ」

内務大臣がそれに意見を述べた。

「補給を度外視すればもっと増やせるのではありませんか?陛下」

それは戦場に想定されるテレーゼでの現地調達を意味していた、ハイネ通商同盟側が物資を提供しなくてはならなくなる、それが不可能な場合は強制的な調達が始まるそれは最終的に奪略に至る。

「それはそうだが・・・まずは同盟を深め参戦を促すのが先だな」


そして国王ルドヴィークは外務大臣に視線を向けた。

「婚姻とは別に同盟の強化とグディムカルの南進に対抗すべく参戦を促す方向で進めろ、時間はあまりない」

「畏まりました陛下」

外務大臣のザハールはうっそりと頭を下げる。


「で我らの動員の状況はどうだ?」

国王の質問に軍務大臣のエドムントが応じた。

「この度は急な事もあり遅れております、この季節に大規模な動員をかけたため不満が高まっております、農兵の動員こそしておりませんが、輜重(シチョウ)、段列の動員が行われておりますれば」


「短期決戦でケリを着けたいな」

国王ルドヴィーク三世はまた顎に手を当てて誰ともなくつぶやいた、そして内務大臣のアランピエフに目を向けた。


「さてグディムカルの動きはどうだ?」

「各地の密偵から情報が集まっておりますが、無理な動員をかけています、降った皇弟派の貴族達を全面に押し立てる動きを見せています」

「忠誠を証明させつつ不満分子の力を削ぐつもりだな、名誉ある死刑に等しい」

国王は声を立てて笑ったそして皮肉に微笑む。

「兵の数は変わらんか?」

「かわりません、周辺諸国との同盟も進展しておりませぬ」


「さて奴らの遠征軍は六万過半と言ったところか、頭数だけならこちらが多い」


アラティア軍総司令官のコンラートが再び国王の疑念に応える。

「陛下、この程度の兵力差ではむしろ不利かと」

「寄せ集めだからか?」

「その通りでございます、そしてグディムカル軍は戦いに慣れております、ハイネ通商同盟に至っては小領主の寄せ集めで合同訓練すらした事もありません」

国王は胸の中の息を深く吐き出した。


「セクサルドはもっと兵をだせないのか?」

「陛下、こちらの要請に対してセクサルドは国内の守りからこれ以上は出せぬと通達してきました」

外務大臣のザハールが陰気に応えた、それに内務大臣があからさまに苛ついた、内心で優柔不断で事なかれ主義のセクサルド王国に強い不満を溜め込んでいるのだ。

セクサルドを弁護するならば四方を囲まれた内陸国なので、外征に多くの兵を裂くのは難しい、アラティアの様に北と東の安全が確保されているわけではない、そして南のエルニアとは関係が良好だ。


「陛下、グディムカルは内乱を収めて数年は動かぬと思っておりましたが、この度の外征は正気でありません何か理由があるはずです」

寡黙な宰相のチェストミールが口を開いたので皆の視線がこの若い宰相に集まる。


「諜報機関も軍も明確な理由はつかめていない、ハイネの鉄利権ともっともらしく言われるが、かの国から得られる情報は総て外征をする状況ではない事を伝えている、気になるがここでグディムカルを叩ければ、積年の宿敵を葬り去る機会になりえる」

国王ルドヴィークの言葉には強い決意が込められていた。


「アラティア軍が連合軍の最大勢力になる、ならば最高指揮権はこちらが貰うとセクサルドに伝えよ、セクサルドからは副司令を出してもらう」

ここで外務大臣のザハールがため息を吐いてから言葉を発した。

「セクサルドはごねますな」


「ふん、最大戦力を出したところから最高指揮官を出すのは常識だ」

そう吐き出すとコンラート侯爵は力強い握り拳で豪華な机を叩いた。






外では強い嵐が吹き荒れ、甲高い大気の精の叫びが豪奢な居間にまで届く、窓から嵐の夜を見つめる長身の大男に背後から若い男が呼びかけた。


「トールヴァルド陛下、お呼びでしょうか」

その大男はグディムカル帝国皇帝トールヴァルド五世その人だ、父である先代皇帝が急死、まだ幼い皇太子に代わり叔父が帝位の簒奪を計る、そして帝国は長い内戦の時代に突入した。

グディムカル帝国は小国の連合体だ、たえず内部に内乱の火種を抱えていた、相続争いはそれらと連鎖し燃え上がった。

結局成人したトールヴァルドが皇弟派を下し再統一を成すまで二十年の歳月が経つ、だが戦の気配が冷めぬ間もなく彼は軍を動かそうとしていた。


若者に対峙した皇帝は薄い金髪を短く切りそろえ眼光鋭く、三十を越えているが今だに若々しく力強い美丈夫だ、戦士として優れていたが、それ以上に軍事的な指揮能力に卓越していた、ここ数年の勝利は彼の軍才がもたらしたものだ。

声の主は威圧され声が震えている。


「ヴィゴ、兄のグルンダルは何処にいる?」

ヴィゴは二十歳程の若者で、燃えるような赤毛を適当に束ねて背中に流していた、戦士らしい頑健な若者だがまだしなやかさを残していた。

「あ、あ兄は何処に行ったかわかりません、母ならば知っているやもしれません」

「まもなく軍を動かす、みだりに帝都を離れるなと伝えよ!」

皇帝はヴィゴを追い払うように手を振った。


「畏まりました、母のいるラトラに向かいます」

ヴィゴは逃げるように皇帝の部屋から去っていく。


若者が去るといつからいたのか黒いローブの男が部屋のわだかまる様な闇の中から現れる。


「お前か、いつのまに現れおって」

トールヴァルドは嫌な何かを見るように顔をしかめると黒いローブの人物を睨みつけた。

ローブの男は僅かに会釈をしたように見えた、そして陰鬱な声が黒いローブの人物から発せられる、かすれ苔むす古びた声だがそれは老いた男の声だ。


「大導師様のお言葉です」

トールヴァルドは驚き固まる。

「何だと?」


「ついに始まる、暗黒の時代の開闢(カイビャク)それは東方絶海の彼方の暗黒の地より使者が訪れた時から始まると」

トールヴァルドは戦慄し目を瞠った。

「陛下それは虐げられた者達の反撃の狼煙となる、この世界を支配する神々の(クビキ)を打ち砕く時だと」


トールヴァルドは目をつむり神々への聖句を唱えた、聖霊教とも違う古く重々しい言葉の羅列だ、雪と氷河に閉ざされた神々の世界からの木霊の様に、それは遠く暗く朧気に響き渡る。

「『東方から運命の御使いが訪れる時、我らユールの民の刻きたる』それは我らの伝承にある」


トールヴァルドは閉じていた目を見開いた。


「刻きたれり、南進それあるのみ、約束された大地が我らを待っている」






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