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闇妖精姫

リーノの顔が恐ろしい怪物を見たかのように恐怖に歪んでから叫び声を上げた、エルヴィスが慌てて少年の口を塞いだがもう間に合わない。

エルヴィスはリーノを年の割に頭が切れ冷徹な少年だと思っていた、だから敢えて起こす事に決めたのだ、万が一の時には自分の頭で判断でき行動できるからと、それができない奴なら寝ていた方がましなのだ、その読みが裏目に出てしまった。


リーノは恐ろしい物を見たかのように怯えていた、悪夢を見ていたのかもしれない、ここ数日の異常な経験のせいなのか、アルシラ街のスラムの悲惨な生活の記憶なのかはわからない、ラウルが愕然としてこちらを見ている、用心棒は一瞬だけ心配そうな視線をリーノに投げかけるとすかさず動き出すと闇の中に音もなく消えて行った。


下の方から男たちの叫び声が聞こえてくる。

「誰かいるぞ!?」

「子供の声だ」

「なぜこんな処に子供がいるんだ?」

「逃がすなよ」

最後の一言が総てを決めた、ペンタビア調査団の一員の可能性が高まる、少なくとも平和的な奴らではなさそうだ。

リーノは完全に目を覚ましたが激しく動揺していた、何か言いたい様だが陸に打ち上げられた魚の様に口を動かすだけで言葉にならない。


「先生リーノを頼む、二人共ここから動くな」

エルヴィスは側にいたアンソニー先生にリーノを託した、リーノが心配だが敵の数が多い、エルヴィスもこうなると闘うしか無い。


「ああ、わかったよエルヴィス君」

星灯りにほのかに見える先生の顔は引き攣っていた。

視線を敵に戻すと男達は散開しながらこちらに向かってくる、魔術道具の灯りがこちらを探し出そうとせわしなく動き回った。


「二人は岩の影から出るな」

エルヴィスは二人に声を潜めて念を押す。

「僕に魔術が使えれば」

アンソニー先生からそんな言葉が漏れた、その沈痛な口調から彼の根深い思いを感じる事ができた、だが今はそれに返す言葉が見つからない。


ラウルと二人で道の側の小さな岩影に移動する。

「ラウル、奴らの横をついてくれ」

エルヴィスは愛刀を抜き放つと岩陰から飛び出し道を横切り斜面を昇った、ラウルが隠れている岩から意識を逸らす。

光がエルヴィスを闇の中に照らしだすと、敵の動きが激しくなる。

「そこだ!!誰かいるぞ?捕まえるんだ!!」


敵は抜刀するとエルヴィスを包み込む様に動きはじめた、彼らの動きは訓練された者の動きだ、エルヴィスはそれに呼応するように後退しながら距離を維持する。

すると向かって一番左側にいた男が突然叫び声を上げて倒れた。


「飛び道具だ、もう一人いるぞ」

今の攻撃は用心棒に間違いなかった彼は投げナイフの名手だ。


敵は倒れた男の側にすぐには向かわない、飛び道具の場合下手に近寄ると犠牲者と同じ事になる恐れがある、彼らはすばやく動きながら魔術道具で周囲をせわしなく照らして新たな敵の姿を探し求める。

そしてエルヴィスからも決して注意を逸らさなかった。


一人が視界の端にある小さな岩の影に入り身を隠した、用心棒のいる方向を見定めたのだろう。

風切音と金属がぶつかる激しい音が聞こえる、用心棒が投げたナイフを敵の一人が武器で弾いた音だ。

やはり敵はかなりの手練に間違いなかった。


「そこの岩陰にいるぞ!!」

ナイフを弾いた男がそこから10メートル以上離れた二つの岩を指差したそこに光が集まる。

その警告の直後に先程小さな岩陰に隠れた男が絶叫を上げた、ラウルが密かに背後から忍び寄り一気に切り捨てたのだ。

敵がその叫び声に驚きそちらを照らし出すと今度はラウルの姿が光で明るみになる。


「くそ、そこにもいたぞ!!」


今度はエルヴィスが動く、ラウルに意識を奪われた男に襲いかる、だが男の反応は素早く剣でエルヴィスの片刃の曲刀を受け止めて見せた。

接近して始めて男の装備が明らかになる、動きやすい軽装で地味な薄茶色の厚手の布で体を保護している、顔の半分は白い布で覆い隠され目だけが露わになっていた。


力は拮抗していたが、男の体が震えると目が見開かれる、そして相手の力が抜けたところを思わず切り倒してしまった。

うつ伏せに倒れる男の背中にナイフが突き刺さっている。


そしてラウルはもう一人とすでに剣を打ち合せていた、そこにエルヴィスが割り込むと形勢があきらかにこちらに傾いた。

用心棒も姿を現し最後の一人と対峙し動きを封じる、そして目の前の敵はエルヴィスとラウルの二人がかりでなんなく倒した。


「そいつから話を聞こう、捕まえるぞ!」


三人で最後の一人を包囲した、男は自分を取り囲む男たちを見回す、そんな彼にエルヴィスは呼びかける。


「終わりだ降参しろ」


男は突然エルヴィスに襲いかかった、それを予期していたので奴の攻撃を難なく受けることができた。

大柄なラウルが後ろから男の足に蹴りをいれると男は脆くも姿勢を崩して倒れた。


だが男はそのまま痙攣(ケイレン)を始めると動かなくなった。

「毒で自害したか?」

用心棒が慎重に男に近づくと落ちていた剣を蹴り跳ばす、男の口から黒く濁った血が吹き出した。

やはり毒で自死したようだ。


彼らの照明道具は光量が強いのですべて消す、代わりに自分の照明道具を点灯させる、それから彼らの持ち物を調べたが彼らの身分や身元を証明する物は何一つ見つからない。

その頃にはアンソニー先生とリーノも岩陰から出て来る。


「奴らは大きな組織に飼われている連中だな」

エルヴィスの意見にラウルも用心棒も同意した、ペンタビアの本隊に所属する者達なのだろうか。



遺体から集めた小物を調べていたエルヴィス達のところにいつの間にかリーノ少年が近づく。

「あの、エルヴィス、エルヴィスさん、皆んなごめんなさい」

エルヴィスは何を言おうか考えたせいで間が空いた、リーノはすでに落ち着いていたがその顔色は悪い。


「いろいろ有りすぎた、今は余裕がねーが落ち着いてからの方がきつくなるもんだ」

エルヴィスは薄く笑う、エルヴィスは今まで何度も親しい者達を失ってきた、そしてこの旅でも。

自分自身まだ気持ちの整理ができていない、今は生き残る事で精一杯だった。


リーノがどんな人生を送って来たか予想は付いている、だが彼の事情を詮索する気は無かった、アルシラの街に無事戻れたとしてその後彼が何をしたいのかわからない。

彼の自由にさせてやりたいがアルシラはここから近すぎると感じ始めていた。


そしてその思いを振り切る、今はこの状況に対応しなければならない。


「しょうがない先に進もう」


エルヴィスの提案に誰も異論は無い、屍体の側にいたくないのもあるが、彼らが戻らない場合に捜索隊が放たれる恐れがある。

エルヴィス達は夜の闇の中を大斜面の道を下る事に決めた、小型の照明道具の光一つが足元を朧気に照らし出す。


ふとあの小さなコウモリの姿がない事に気づく、いつの間にか何処かに去っていた。


「なあエルヴィス、適当なところで野営しようぜ」

しばらくするとラウルが最後尾から声をかけて来た。

「そうだな、もう少し降ったらそこで休もう」


その時の事だった遠くから遠雷の様な音が轟く、他の者達も聞いたのか皆足を止めた、だがその後は何事も無かったように静まりかえる。

エルヴィスは軽く肩を竦めるとまた足を前に進める。








アンナプルナ山脈の裾に広がる高原も闇の底に沈もうとしている、砂漠より二千メートル近く標高が高い高原地帯は気候も穏やかで涼しい風が吹いていた。

かつてこの地に小王国が存在していたと言われるが今だにそれは仮説でしかない、その高原の中央に古い集落の跡と崩壊しかけた砦の廃墟がある。


その廃墟は今や活気に満たされていた、多くの者達が篝火(カガリビ)の下で野営地の設営に忙しく働く、彼らはペンタビア調査団の本隊だ。

ここを拠点にして環状の蛇の遺跡の地下にある古代文明の構造物を調査する予定になっていた。


だがすでにその計画に狂いが生じている、ここにはアルシラで雇われた荷役人(ポーター)と素性の怪しい遺跡発掘組織の者達がいるはずだった、だが彼らの姿が無い、そして物資と天幕までもが持ち去られていた、砦の内側に野営地の跡が残されていたので彼らがここに居たのは間違いない。

状況から彼らが計画的に撤収したのは間違いなかった。


メンデルハートは今朝みつけた足跡を思い出していた、彼らが昨日ここから逃げ出した可能性が高い、今から追手を放っても間に合わないだろう。

今日一日で砂漠を一日行程分進んでいるはずだ、素早く手を打つ必要があった。


近くにある仮設天幕に向かう。


「精霊通信を行なう、私の荷物を持ってきてくれ」

彼に付き従う下働きの男にそう命じると、簡素な折りたたみ椅子に腰掛ける。


そして環状の神殿にいるザカライア達の事を考えた、こちらの動きが発覚している以上、ザカライア達は殺されたか精霊通信のできない状況に陥っている可能性が高かった。


「急がねばならんな、向こうの状況を知る必要がある」


そこに下働きの男がメンデルハートの荷物を運んで戻って来た。

「ここでよろしいですか?」

「ご苦労」

下働きの男は頭を下げると静かに下がって行く。


メンデルハートは側近の一人に命じた。

「予定を早める、明日早朝に環状の蛇の神殿に制圧部隊を送る、調査は後回しで良い」

「手配します」

側近は足早に歩き去ろうとして立ち止まった、メンデルハートも何か異様な気配を感じそれが頭上から来ていることに気づいた、体中に鳥肌が立つ。


慎重に視線を上に向ける、何か致命的な何かを見てしまうのではと本能が恐れたからだ。

薄曇りの夜空を背景に何か黒い影が浮かんでいた、目が慣れて来るとそれは暗色のローブを纏った人の姿だと気づく。


魔術師や感受性の強い者はすでに気づいたのか、唖然として空を見上げていた、それはしだいに野営地全体に広がり上空の異変に気づく者が増えていく。


「魔術師か?」

「何者だ!」


そんな声が誰ともなく上がる、もっともな疑問だが魔術師達はそれを内心で否定した。

その不審な影が放つ力が禍々しくも忌むべき性質を帯びていたからだ、彼らが馴染んだ精霊の力とは異質な力。


瘴気・・・その言葉が脳裏に浮かぶ。


それは闇妖精の姫の存在を連想させた。

メンデルハートの意識に闇妖精の姫の復活が浮かび上がる、それをあわてて打ち消した、だが上空の影が発する力が増大するにしたがいその不安は強くなるだけだ。


その影はゆっくりと降下しはじめる、その影に魔術道具の光が幾筋も当てられた。


その影は暗褐色のローブを纏い頭は同じ布のフードに包まれていたので顔はほとんど見えなかった、だが見える口元は抜けるように白く形の良い唇は冒涜的なまでに赤く、ローブの裾から生白い両の足が生えている、宙に浮いている人物は女性だった。

そしてメンデルハートの不安は更に強くなる。


暗褐色のローブの人物は降下を止め、地面から数メートル程のところで静止した、メンデルハートとの距離は二十メートルに満たない。


『貴方はペンタビア魔術省の副長官メンデルハート様ですね』


その声はその影から放たれた、美しい女の声だが心に直接聞こえた様に感じられた、メンデルハートは驚愕したが、だが同時に安堵の気持ちが湧き上がる。

これで闇妖精の姫では無いと決まった、だがまだ不審な点が残るではこの瘴気は何だと言うのか。


その女はフードを払うと、美しい容貌が顕になる、肩までの黒髪と精緻な作り物めいた美貌、だが先の尖った長い耳に目を奪われた。


「闇妖精の姫だ」


誰かが叫び声を上げそこから深き恐怖が滲み出た、人の無意識に刷り込まれた恐怖の記憶が人を怯えさせ竦ませると、そんな仮説を唱える学者もいる忌まわしき闇妖精の美しき姿。


「こいつは闇妖精の姫ではない!!単なる闇妖精か眷属だ恐れるな」


メンデルハートは大声で叫ぶ、こうしないと士気が崩れ戦う前に崩壊しかねない。

それには根拠があった、闇妖精の姫が自分を知っているはずが無い。

そしてここには優秀な魔術師が二十名近くいる、魔術で強化した剣に精霊変性物質の武器も用意してある十分対抗できると判断した。

そしてこの美しい怪物にどこかで会った事があるような気がするのだ、それが自分の推理の正しさを証明している様に想えた。


「奴は闇妖精の高位の眷属に過ぎない、討伐するぞ」

怪物が一瞬だけむくれた様に見えたが気を取り直し配下に指示を出す、メンデルハートも魔術道具を起動させ護りを固めると更に自分自身に術を発動した。


魔術師と戦士達が展開し包囲網を造り上げていく、魔術道具で武装した戦士は四十名程いるが全員手練で魔術道具で武装し護りを固めていた、その後方に魔術師達が配置につく。



ある魔術師が牽制の為に下位の術を発動したが怪物は避けもせずにそれを受けた、いや直前で消えた様にも見える。

「奴を拘束せよ!」

メンデルハートが命令を下すと、牽制の為に攻撃魔術がその女に集中した、その直後に地面から太い茨が何本も生えると怪物に巻きついて拘束した。


「今だ!」

メンデルハートの号令と共に魔術師達がそれぞれ得意の攻撃魔術の術式構築を始める、周囲に多様な精霊力の奔流が生まれ濃密な精霊力に満たされる。


メンデルハートは高揚していた、これだけの魔術師が同時に攻撃術を繰り出す事などめったに無い事なのだ。

その直後に巨大な力が闇妖精に集中し大爆発が生じた。


その爆音はアンナプルナ高原を震撼させる程の轟音となった。







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