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魔界の羊水

迷える怪異共を精霊変性物質の剣で薙ぎ払いながら銀の人形達を追いかけた、通路の奥から押し寄せる物質化した瘴気に逆らいながら進む、顔を伏せ体を前に倒し川を(サカノボ)る様に前に進む。


スザンナ達が気になり前を見る、スザンナの全身が薄い光に包まれ瘴気の濁流を切り裂く、隊長も同じ様に光に包まれていた。

灰色の怪異共はその光に触れると霜が解けるように消えていく。


瘴気が通路の大気を歪め先が良く見通せない、スザンナが急に立ち止まった、慌てて立ち止まると通路の先に巨大な何かが動くのが見える。


「何だいありゃ!?」


スザンナの呆れ返った言葉が聞こえる、木の橋の向こう側の地面が漆黒に染まっていた、その表面に赤い靄がかかっていた、そのタールの様な黒き地面から巨大な濡れた様に照り光る巨大な蛸の足が二本ほど突き出してうねる、その太さは人が両手を広げた程もある。

そして銀の人形達がその大木の様な触手と闘っていた、だがミロンの姿はどこにも見えない、あの巨大な足がミロンなのか?


銀の人形は武器を持たなかった、手足で殴り蹴り体当たりを加える、だが銀の人形が巨大な触手に触れる度に触手が大きく削れ瘴気が吹き出した、そして銀の人形も少しずつ痩せ細って行く。

人形達は巨大な触手に打ち据えられ潰されても、たちまち形を整え立ち上がると化け物に向かっていく、そして彼らを打ち据えた触手も無事では済まなかった。


「あれは魔水銀(マギカ・メルクリウス)だよ!」


スザンナが感嘆のあまり叫んだ。

「なんだと魔銀(ミスリル)だと思っておったが、たしかにそれでは自由に動けぬか」

アームストロング隊長もすぐにスザンナの意見に賛同した、その彼の表情はこわばり顔色も悪い。

「そうさ、あの形では魔銀(ミスリル)じゃ動けないね」

エルヴィスは魔銀(ミスリル)の人形ならからくり人形のように関節が必要なのだろうと考えた。


「スザンナ、あれは液体なのか?」

後ろを振り返りもせずにスザンナは答える。

「そうだよ魔水銀(マギカ・メルクリウス)さ、どんな仕組みはわからないけどね、あれはここの守護兵だそして強い」


見ると人形達は優勢に闘いを進めているようだ、闘いの全体が見えるようにスザンナ達が少し前に出ると、何か奇妙な音が聞こえてきた。


やがてその音の正体が判明する。


床を塗りつぶした漆黒のタールが亀裂や大空洞の崖から魔水に流れ落ちる音だった、魔水は黒く濁り透明度を失って行く、得体の知れない気体が湧いて泡が生まれる、大空洞を見ると透明な魔水がどんどん黒く変色し広がっていく。

エルヴィスはドロシーが溶かされた石棺の魔水と似ていると感じた。


スザンナが息を飲む音が聞こえる。


「まずい『幽界の羊水』を『魔界の羊水』に変えるつもりだね」

「ならば奴はすべてをこちら側に顕現させる気か!?」

アームストロング隊長がうめいた。


「なあスザンナあの足はミロンなのか?」

エルヴィスの疑問にスザンナは頭を横に振って応えた。

「あれはミロンに力を与えた魔界の下位の神の一部だね、名は知らないよ、こちらに完全に顕現させるには力が足りないのさ」


人形達の動きがいよいよ激しく変わる。

「人形はこれだけだと思うか?スザンナ」

アームストロングの疑問にスザンナが少し間を置いて答えた。

「アンタこれがもう最後かもしれないね」

アームストロングも同意してうなずく。


「スザンナ加勢しないのか?」

エルヴィスは当然の疑問を彼女にぶつけた。


「したいところだがね、人形が私らを認識できるのかわからないよ、試す気にもならないね」

「うむ、邪魔どころか同士討ちをしかねんわ」

アームストロングは白い魁偉な髭に指で触り撫でた。

床を覆った黒い液体は際限なく湧いているのか流れ落ち尽きることが無かった。


「『幽界の羊水』ってなんなんだ?」

スザンナは初めてこちらを振り返った。

「どう話せば良いのかねえ、物質界の命ある物を分解し溶融する液だよ、そして魂を溶かすと言われているのさ、現世でまずお目にかかることなんて無い代物だよ、そして魂を持つ者総てに致命的に作用する、異界の眷属も例外ではないんだよ、物質に依存する限りはね」


「黒い魔水は元に戻るのか?」

「この世の魂の負の思念を吸収し『幽界の羊水』は穢される、それを『魔界の羊水』と呼ぶのさ、幽界で浄化され力に変えられ上位世界へ昇って行くと言われているがね、まだよくわからないんだよ」


アームストロング隊長が大空洞の対岸の巨大な銀の円盤を指差した。

「ここの魔水もやがて幽界に引き戻され浄化される、だが穢れた魔の水は瘴気を含む、魔界に落ちた者達の魂の汚泥よ」

「魂の汚泥か・・」

ならばドロシーは魂の汚泥から再誕したのだろうか、エルヴィスは密かに己に自問した。


「そうさね、ミロンを踏み台にして開けた魔界の門から思念のヘドロを送り込んでいるんだよ」

人形たちの動きがいよいよ激しくなる、人形が黒い液体を踏みしめる度に小さな爆発が生じ黒い液面に穴が空き閃光が生じる、だがあるはずの岩肌は見えずただ暗黒が見えるだけだ。

「アンタ人形の闘い方が変わったよ」

「うむ」

隊長はそれにうなずくだけだ。


銀の人形達は自らの身で魔界の瘴気を相殺している、異界の神の一部に損害を与え傷の再生に力を割かせた、人形の数がもっと多ければ神すら撃退できるに違いない。


「なんとか押し切れるかのう?」

人形達の闘いを眺めていたアームストロング隊長の顔色が随分良くなって来た、闘いの趨勢に気力を取り戻したのだろうか。

「アンタ、もし押しきれない様なら私らでやるしか無いよ・・覚悟はいいかい?」

「ああ、わかっておるわい」


エルヴィスは悪寒を感じて思わず大空洞を見た、黒くタールの様に濁った魔水が広がって行く、その水面から瘴気が吹き出した、それと共に灰色の怪異が無数に湧き出し、朧気な人の影の様な怪異がエルヴィス達の方に向かって来る。


「取り憑かれると命を吸われるよ気を付けな!!」


聖霊拳の二人は拳で怪異を打ち砕き、エルヴィスは精霊変性物質のダガーで怪異を切り裂く。


その時、新しい足が狭い穴を無理にくぐり抜けようとするかの様に漆黒のタールの池から生えた、魔界の神の足が三本に増えたのだ。

更に湧き出す魔界の汚泥も増える。


「まずいこちらに出ようとしておるぞ!」

隊長が怪異を払いながら叫ぶ、そしてスザンナと顔を見合わせた。

「しょうがない加勢しようかね」


スザンナが介入を決めたその時人形達が白く発光し始める、闘っても傷一つ無い銀の人形が自ら輝き始めた、エルヴィスはその人形から聖域と呼ばれる場所に満ちる静謐な清浄な力と同じ何かを感じた。


「何だあれは良からぬ予感がするぞ、エルヴィス?」

隣で闘っていた用心棒が警告を発する。


エルヴィスは頭の上から襲いかかる怪異を切り裂いて叫んだ。

「スザンナ何が起きてるんだ?」

「アタシにもわからないよ」

スザンナの言葉から彼女の焦燥を感じとる。


人形達の輝きは更に強くなりその力も強大化して行く、そして神の足が四本に増えた時、魔界の汚泥が洪水の様に吹き出し始めた、その瞬間人形たちが魔神の足に一斉に飛びかかり抱きついた。

そして更に強く輝く直視できない程の明るさに変わる、太陽がいくつも目の前に現われたかの様だ。


「まずい!!」


スザンナは叫ぶと通路の口をその魁偉な体で塞ぐと彼女の力が一気に高まる。

その時アームストロング隊長がその太い幹の様な腕で彼女を押しのけ後ろに突き飛ばした。


「アンタ!?」

スザンナが絶叫した、彼女の叫びから怒りではなく限りのない悲しみを感じた。


アームストロング隊長は魔神の様な顔をほころばせ笑う、そして魁偉な背中をこちらに見せると、隊長の放つ力が一気に高まり彼の背中も輝き始めた。


人形達と同じ様に彼の肉体は光となった。




そしてすべてが白く塗りつぶされると巨大な爆発が生じた。




エルヴィスは通路の奥に吹き飛ばされた、反射的に頭を守ったがそのまま通路の岩壁に叩きつけられ悶絶する。

何とか意識を失わずにすんだ様だ、用心棒は更に奥に吹き飛ばされていたが、彼はすぐに立ち上がった、エルヴィスも立ち上がり通路の出口を見る、隊長の巨体がそこを塞いでいた、彼はあの爆風に晒されても倒れる事も無く立っていた。

彼が爆発の力を大きく削いでくれたのだ。


スザンナも立ち上がり隊長に駆け寄った、そしてスザンナが悲鳴を上げる。


「アンターーー」


その叫びは普段の彼女らしくなかった、彼女は隊長を抱きかかえると床に寝かせる、エルヴィスも痛む体を叱咤して二人のところに急いだ。

橋の向こう側にもう魔神の足は見えない、今の爆発で倒されたのだろうか、スザンナが再び立ち上がり仁王立ちになりこちらに背中を見せた。


「隊長はどうなった、スザンナ」

「エルヴィス、まだ終わっていないよ」

「なんだと?」

だが木の橋の向こう側にはやはり何も無かった、噴水の様に吹き出す魂の汚泥は収まっていたが、漆黒のタールはまだ消えていない。


「エルヴィス・・・どうなった・・・」

足元から隊長の声が聞こえてきた、足元を見たエルヴィスは戦慄した、アームストロング隊長は仰向けに寝かされていた、彼の体の前面は酷く焼け爛れていた、そして岩や金属の部品らしき物が幾つも突き刺さり、彼の魁偉な白い髭は焦げて目も見えない様だ。


「ああ、なんとか倒したよ隊長」

エルヴィスはとっさに嘘をついてしまった。

「よかった、さてアンに会いに行こうかの・・・」


そして隊長の口はもう言葉を発する事は無かった、用心棒が座り込み隊長の脈を計ると頭を振った。


「スザンナ!!」

「悲しむのは闘いが終わってからだよ、エルヴィス!」

スザンナの言葉は怒りと悲しみを飲み込み抑え込んでいた。


やがてタールの池の様な漆黒の表面に波紋が生まれる、それが輪になり広がって行く。

その真中に小さな赤い霞が湧くと広がり始めた、そして蛸の足の先が現われる。


「さあ来たよ、依代を消滅させる事ができれば、現実界との接続が切れるのさ」


エルヴィスは大空洞から灰色の怪異が押し寄せて来るのを感じた、先程よりかなり数を減らしていたがそれが向かって来る、

だがそれは蛸の足に吸い込まれてしまった。


そしてしだいに湧き出す汚泥の量が増え始めた。

スザンナは橋を渡り前に出た、エルヴィスも続く、この大きさならば対抗できると感じたからだ。

隊長から預かった精霊変性物質の剣を構えた、そして用心棒も橋を渡る。


「ずいぶん弱っているよ、人間でも何とかなる、いや何とかするんだよ」

スザンナの叱咤と共に攻撃を開始する、用心棒が水筒の残りの魔水を蛸の足に浴びせかける。

蛸の足が水蒸気を吹き上げた。


「奴らが現世に顕現するには物質化しなければならないのさ、それが唯一の弱点なんだよ」

スザンナの攻勢と共に三人でその触手を切り刻んだ、だがそれは少しずつ大きくなっていく、さらに魔界の羊水から生まれた怪異の攻撃が激しくなる。

エルヴィスはこのままではいずれ押され敗北すると確信したその時の事だった。


スザンナは闘いを止めて屹立する。

「あんたらは時間を稼いでおくれ、アタシに考えがある」

「わかった」


エルヴィスはスザンナに何か秘策があると信じた、魔神の足になお激しく攻撃を加える、また魔剣が軋み刀身が悲鳴を上げた。






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