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魔神の依代

「スザンナそろそろ部屋に戻らないか?」

エルヴィスが話しかけると休息していたスザンナが面倒臭そうに起き上がった。

「そうだね戻ろうかい」


隊長は一人奥に向かった、血に塗れた金属と革の残骸と衣服の切れ端を拾うと魔水で満たされた亀裂の中に投げ入れる、そして剣とお守りの様なネックレスを握りしめ戻ってきた。

それは犠牲になった部下の剣と遺品だろう。

用心棒は先程の戦いで壁に突き刺さった愛用のダガーを引き抜くため近づく、そして何かに気づいた様に素早く階段の入り口の前に移動すると姿勢を低くして身構えた。


「どうした?」

「エルヴィス、上から誰か来る」

「何だと?」

まさかドロシーなのか?彼女をスザンナ達に合わせたくはない。


「これは瘴気の気配がするね・・・」

スザンナの言葉にエルヴィスの心臓が鳴った。

「まさかミロンか?まったくしつこい奴よのう、やっかいな」

アームストロング隊長はうんざりした顔をして体をほぐし始める。

「まだわからないよ、さあみんな入り口からお下がり」


隊長は部下の遺品の剣を用心棒に手渡した、それは魔術で強化された魔術道具でもある。

だが近づいてくる足音は不安定でケガをしているかの様に覚束ない。


足音がやがて止まる、何やら話声が聞こえてくるが何を話しているのか聞き取れなかった、それは若い男の声の様に感じた。

それはしだいに笑い声に変わる、その笑い声は神経に障る不愉快な不協和音を奏でた、それも笑声は一人の声では無かった、少しずつ不審と緊張がその場にいる全員に高まる。


「その声はミロン君なのかい?」

アンソニー先生の問いかけの声からも彼の困惑が感じとれた。

「またアイツなのかよ」

リーノ少年の悲鳴じみた声が背後から上がる、それはエルヴィスも同感だ、だが何かがおかしい。


「もっと入り口から離れな」

スザンナが警告する。


やがてよろよろと笑い声の主が階段の出口から姿を現した、その姿に全員息を呑んだ、ミロンは人の姿をしていたが肩の上に頭が二つ乗っている。


「うわぁぁ、なんだあれ」

リーノ少年が叫ぶ、蛸の様な怪物を見た時にも出さなかった悲鳴だった、なまじ人の姿に近いせいで嫌悪と恐怖が刺激されるのだろうか。

二つの頭がそれぞれうわ言をまくしたてる。


「どうしたんだミロン?」

エルヴィスが気を取り直して幾分間抜けな質問を投げかけてしまった、すると頭の一つがこちらを向いて睨み返す。


「・・・再生を繰り返すとミスが起きるんですよ、よりによってこんな時に・・・」

もう片方の頭は何か意味の無い言葉を並べていたがやがて笑い始めた、エルヴィスと会話をしていた頭も目があらぬ方向を向いた。


「頭が二つ・・・これはまずい・・・」

ミロンはそうつぶやいたのを最後にヘラヘラと笑い始めた、背筋が寒くなる不気味な笑い声が虚しく響き渡った、ミロンはついに正気を失った。


「奴は万が一に備えて体の一部を隠しているね、こいつは大して強くはない、だけど再生力は脅威だよ、こちらが先に力尽きてしまう」

スザンナは確かに疲れ切っていたが彼女の威圧感が高まり力の波動を感じる。

「コイツを潰したら周囲を徹底的に調べるよ」


突然それは始まった。

アームストロング隊長がミロンを壁に叩きつけ蹴りを叩き込んだ、ミロンの肉体に拳と靴の形に穴が空き水蒸気の様な煙が吹き出す。

スザンナも続けざまに攻撃を加える、化け物の肉体が砕け飛び散った、用心棒が破片に走りより水筒の中身をその残骸に振りかけると白い煙となって消滅する。

やがてミロンが縦に裂けた、二つの頭が左右に生き別れになる、そして凄まじい速度で再生すると二人のミロンになってしまった。


エルヴィスはドロシーとシーリが融合して一体の化け物になってしまった事を知っている、ならば一人の魂が二つに別れたらどうなるのか?それを一瞬の刹那に思った。

だが二人のミロンは正気には戻らない。


やがてそれぞれのミロンから何本も足が生えて伸びしだいに巨大化を始めた。

だが動きが鈍く見る間にスザンナと隊長に破壊されて行く、しかしその場でミロンは恐るべき速さで再生するのだ。

そしてエルヴィスはミロンの姿形が再生を積み重ねる度に狂っていく事に気がついた。


「なんだい?」

スザンナと隊長がミロンの異変に気づき距離を保つ、二人は阿吽の呼吸で見事に連携していた。


そこに有るのは人体をこねくりまわして固めた様な不気味な物体が二つ、黒いヌメるくすんだ色の肉の塊から手足が何本も生えていた、顔がいくつも埋もれ、半分だけ飛び出した頭の目がこちらをギョロリと睨みつけた。

口は何かを呟いていたが声にならない、眼の前で新しい人の足が肉塊から飛び出し生えた。

そして蛸の足の様な触手が新しく生えると虚しく中を(ウゴメ)いた。



「なんだこれは!?」


その聞き慣れた男の叫びにエルヴィスは驚いた、その声は聞き間違いようが無いラウルの声だった。

声のする方を見ると上に昇る階段の入り口にラウルの姿が見える、彼は砦の野営地のキャラバンを移動させる為に向こうに行ったはずだ。


「下がれラウル、こいつはミロンだ」

「なんだって!!これがか?」

ラウルは不気味な肉塊を指差した。


「おいラウル!テメエなぜ戻って来た」

「向こうは動き始めた、金庫番にこっちを頼むと言われたんだよ、ペンタビア本隊と遭遇したら俺がいてもいなくても同じだとよ」

「おっさんの差し金か」

「なあバーナビーが死んでいたぞ?他の奴らはどこだ?後で何が起きたか聞かせてもらうぞ!!」

調査隊でここにいない者が総て全滅した事を伝えなければならなかった、どうにもやる瀬無く気が重くなる。


「こいつをどうにかしてからだ」

瘴気がしだいにミロンだった物の周囲に集まる、だが異界への門を塞ぐ薬はすべて使い切ってしまった。

二つの肉塊は更に膨れ上がって行く。


アームストロング隊長が肉塊の一つに一気に迫るとまっすぐに拳で貫ぬいた。

「さっさと使えばよかったのう」

そうこぼすと引いた隊長の手に小さな銀の筒が握られていた。


「あんた持っていたのかよ?」

エルヴィスの言葉からは非難の色がにじみ出ていた、それはスザンナから預かった異界への門を塞ぐ物質の金属ケースと同じだ。


「一体の魔界の眷属に三個も使い切るなど有りえんぞ、一個で小さな城が買えるんだ、で五月蝿い事になるのう」

隊長が情けない顔をして頭を横に振る。

動きが大きく鈍った肉塊にスザンナが体当たりを食らわす、スザンナよりも巨大化していた肉塊をいとも容易く転がした。

大空洞の方向に転がる肉塊を隊長が追い打ちをかけ崖から魔水に蹴り出す、轟音を立て白い噴気が吹き上がる、白い水蒸気が消えた後には何も残らなかった。


だがもう一体は更に変異が進み巨大化していく。

「隊長、もう無いのか?」

「すまんな今のが最後だ、こいつは古代遺跡から偶然見つけるしか無い物での」


「さあアンタ話して無いでやるよ、こいつも落とす」

スザンナが呆れた様に隊長に激を飛ばした、彼女も疲れ切っていたが、彼女の目は強い眼光を帯びていた、エルヴィスはその輝きにミロンと似通った何かを感じる。

「応よ」

隊長も力強くそれに応えた。


肉塊から生えた無数の蛸の足の様な触手が無秩序に周囲を攻撃しはじめる、その動きにもはや知性を感じる事はできない、肉塊から生えた手の指が気まぐれに(ウゴメ)き、目や口が動くのが不快極まりなかった。


「巻き込まれるぞみんな下がれ、ラウル、リーノ、先生下がれ」

エルヴィスは命を下した、エルヴィスの視界の隅に先生とリーノが橋を渡り通路に下がって行く姿を捉えた。


するとミロンだった肉塊が突然白い蒸気を吹き出す、密かに忍び寄っていた用心棒が水筒の魔水を奴にふりかけたのだ。

背後からリーノの歓声が聞こえた。


だがミロンの瘴気は更に膨れ上がった、魔水に溶かされた場所から細かな無数の触手が吹き出すように生えて(ウゴメ)く、肉塊は更に膨れ上がり吹き出す瘴気がタールの様に黒く濃く粘つくように密度が高まった。


「変だ、何かが変だよ」


闘いの手を休めたスザンナがミロンを睨んだ。


ミロンはすでに動くのを止めていた、しだいに潰れ平たくなり部屋全体に薄く広がって行く、部屋の反対側にいたラウルが慌てて奥に走る。

噴出する瘴気の量は更に増え息をするのも苦しい。


「後ろに下がるんだよ」


橋を渡り通路に飛び込んできたスザンナと隊長を最後尾にして大回廊に向かって走った、まるで液体の様な瘴気が後ろから押し寄せる。

彼らが大回廊に駆け込むと静謐(セイヒツ)な空気に満たされた部屋に瘴気が流れ込んで来る。


「なんだあれは?」

隊長がスザンナに困惑した顔を向けた。

「昔一度だけ似た事があったよ、魔界の神が顕現(ケンゲン)しようとした時に似ている、神々は眷属を依り代にして物質界に現れる事ができるのさ」

エルヴィスはその言葉に驚いた。

「神々だと?あんたらなら勝てるのか」

「勝てるわけないよ」

スザンナは苦笑しただがすぐに真顔に戻る。

「それでも止めなきゃならないんだよ」


その時の事だ、階段橋の上から何か大きな金属的な音が轟いた、すぐに激しい騒音が近づいて来た。

「皆んな階段から離れろ!」

エルヴィスは先生とリーノが走リ出すのを見てから全力で奥に走る、エルヴィス達は階段から離れた大回廊の奥の大きな扉に向かって走った。


騒音はやがて無数の足音に変わる。


大扉の前までくると背後の階段橋を振り返った、扉が開く音と共に銀色に燦めく人の姿をした人形が数体階段を駆け下って来た、そして瘴気を吹き出す通路にまっしぐらに飛び込んで行く。


一瞬何も考える事ができなかった、その銀の人形が透明な壁の回廊の奥の部屋に安置されていた人形と同じだとすぐに気ずいた。

もしやミロンに刺激され動き出したのだろうか?


「エルヴィス、あの人形だ」

用心棒が慄くようにつぶやいた。

「ああ」

「あんたしっかりしな、ワタシラも行くよ!」


エルヴィスはスザンナの叱咤(シッタ)で我に返った。

その瞬間、大回廊全体が重い振動で揺すられると壁の淡い光が揺らぐ、通路の口から凄まじい勢いで瘴気が吹き出してきた、その瘴気の嵐の中に(ウゴメ)く灰色の影が見えた。

洞窟の探査の際に遭遇した怪異と似ている、シーリに憑依した下等な怪異の群れに近い、あの時よりもはっきりと目にする事ができた。


「厄介な事が起きているね、とにかく確認するよ」

エルヴィス達は先生とリーノをこの場にとどめ、通路に向かって突き進んだ、精霊変性物質の短剣で灰色の影を薙ぎ払う。


ふたたび大回廊全体が激しい振動で揺すられた。








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